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星の隣人たち(8後) 接触!アスラン

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 砲手ウォフトーウイーの乗った護衛艦は激戦の末に航行不能となり、退艦命令が出された。全員が脱出できるだけの救命艇も戦闘で失われていたので、伝統に従ってまず艦長が残された救命艇に乗り、上級士官が続いて席を埋めていった。残る席に船員の誰が座るかを決闘で決める時間もなかったので抽籤が行われ、幸運にもウォフトーウイーに権利が回ってきた。しかし外れた船員の一人がそれでも席を奪おうと暴れたため、ウォフトーウイーはこう言った。
「お前が誇りを捨ててでも生き残りたいというのなら、俺の席を取れ」
 こうしてウォフトーウイーは爆発する艦と共に命を落としたが、その気高き名は今でも知られている。一方、恥知らずの臆病者は生還こそしたものの氏族から追放され、その不名誉な名を覚えているものは誰もいない――

■アスランと戦争
 氏族間の、領有権や権力や交通利権などを巡る争い事は、決闘と同様に非常に儀礼的に行われます(場合によっては死を伴いますが)。戦争では、中立氏族が調停者として監視を行います。この指名は非常に名誉なことであり、細心の注意と客観性を持って審判を下して、無意味に戦争が激化するのを防ぎます。
 戦争を起こすには、調停者を加えた全ての当事者が明確な交戦規定に事前合意する必要があります。一般的には、より抑制的な戦争を提案した側がその後の交渉で優位に立ちます。
 アスランの戦争には数多くの種類がありますが、大まかな分類は交戦規模が抑制的な順に以下の通りです。

・戦力の誇示
両陣営が総戦力を指定された戦場に集結させ、より多く強く見えた方が勝利。
・一騎討ち
集結した戦力の中の代表者が1対1で決闘を行う。
・模擬戦(捕獲戦)
荒野や無人衛星を戦場にして、勝利条件(敵陣の旗を奪うなど)を目指して戦う。
・刺客戦
氏族を代表する「刺客」が、指定された目標(敵氏族長など)を襲撃か誘拐できたら勝利。基本的に護衛を含めて殺してはならず、目標を「いつでも殺せた」ことを証明するだけで良い(ただし事前合意があれば本当に殺害することもある)。
・限定戦争
戦場が1星系に限られる戦争。戦闘員の殺害は基本的に認められる。星系内での宇宙船への攻撃も許可されるため、私掠戦術に発展することもある。
・小規模戦争
複数星系にまたがる戦争。重火器や戦艦の使用が許可される。小規模戦を選ぶことは、本音では双方が大きな損害を受けなくないことを意味するため、まめに特使を派遣しては停戦を探る。
・大規模戦争
2氏族以上が大規模戦争を行うことは稀で、数々の戦争儀礼はこれを避けるためにあると言ってもいい。大規模戦争では敵氏族の軍事・産業基盤の(人員も含めて)全てが攻撃対象となり、敗れれば領地や権力を致命的に失うこととなる。
・殲滅戦
勝利目標は敵氏族を焼き尽くし、男子を根絶やしにすることである。氏族が宇宙規模となった現代では、殲滅戦はほぼ不可能と考えられている。

■アスランと軍
 アスラン領ではそれぞれの氏族が独自の宇宙軍(Space Force)や地上軍(Ground Force)を構え、総称して「郷の守護者(トレッヒュイール)」こと氏族軍と呼ばれます。また、企業が軍を組織している場合もあり、一般的にそれは傭兵部隊と呼ばれます。
 氏族軍は文字通り、氏族全ての郷と権益を守るため「だけ」の組織であって、アスラン領全体を守るわけではありません。種族同士の戦いになったアスラン国境戦争の時ですら、交戦氏族以外は我関せずの態度を貫きました。
 アスラン領内では小競り合いは日常的で、氏族の勢力図は刻一刻と変化します。アスランは郷を得るために戦い、名誉のために死にます。戦争は非常に儀礼に則ったものですが、それでも時に命の奪い合いをすることに変わりはありません。
 他の社会と同じく、どの軍内の役職にも性差は影響しています。指揮官や操縦士や砲手は身分の高い男性がなります。なぜなら「正しく戦闘の指揮を執る」とか「正しくボタンを押す」程度で済む役職だからです。また、戦場で立身出世を狙う男性が戦闘員になります。アスラン男性は兵装の動作原理を理解しているわけではなく、そのため他種族では考えられない事故も起きますが、それでも平均的な戦闘力は上回ります。
 副官や情報士官といった技術的な知識を必要とする士官職は女性が担います。女性士官は男性指揮官を補佐し、平時は指揮官に代わって部隊をまとめ、補給を切らさないようにし、戦闘計画を管理することで作戦の成功を支えます。
 整備補給部隊や艦船の機関士といった後方支援役には女性(や身分の低い男性)が配属されます。非戦闘職の部隊には戦闘で名誉を得る機会はほとんどありません。

 アスランが他種族と戦う際に悩みとなっているのが、敵がアスランの提案した交戦規則を守ってはくれないことです。それに気づくまでアスランは不利な戦いを強いられますが、ひとたび気づけば過剰に反発し、無慈悲な報復を行います。とはいえ、彼らが最後に他種族と大規模な戦争を行ったのはもう700年も昔です。

宇宙軍:
 アスランの宇宙軍は、帝国における海軍と偵察局(と場合によっては商船会社)の機能を併せ持った組織で、艦隊戦や惑星降下といった通常の軍事作戦以外にも、氏族の人員輸送(主に入植のため)、探査や偵察(主に新天地を求めるイホテイのため)、旅客や通信や貨物の運搬など、氏族全体の領地を守り、豊かにするためにあらゆることをします。複数星系に入植地を持つ氏族にとって宇宙軍は「文化の架け橋」であり「忠誠の絆を深める」役割があるのです。
 惑星の一部のみしか支配していない氏族には、基本的に宇宙軍がありません。このような氏族は宇宙軍を持つ別氏族と同盟を組むか、その家来になるか、企業宇宙軍と契約をするかします。
 1惑星もしくは1星系を支配する氏族は、自領を守るために「惑星宇宙軍」を持ちます。これはジャンプ能力のない貨物船や惑星防衛艦で編成されますが、数隻の小型恒星間商船を含む場合もあります。
 「氏族宇宙軍」は複数星系を支配する氏族が持ち、ほとんどのアスラン宇宙軍がこの規模です。そしてこれが29選ともなるとより規模も大きくなり、より熟練した人員とより進歩した兵装が配備されています。

 男性が格闘戦を好むことと、主力艦の高額な建造費維持費を考慮に入れると、人類の艦隊に比べて氏族宇宙軍はより少数で小型の艦艇で編成されます。巡洋艦や大型軍艦に遭遇することは稀です。
 バトル・ライダー艦(ジャンプドライブを持たずにテンダー艦で運ばれる軍艦)は、氏族の軍艦調達問題の解決策として人気が高いです。平時はライダー艦は惑星防衛艦として、テンダー艦は大型貨物船として運用されるため、維持費の捻出の意味でも助けになるからです。
 なお、商船はほとんどが武装されています。宇宙船の操縦は男性のみの仕事なので、彼らは非武装の船を操るのが不安で仕方ないのです。

 アスラン領内で大型軍艦を建造できる造船所は珍しく、たいていは29選のどれかが所有しています。ほとんどの氏族は29選から軍艦を購入していますが、その多くは中古艦です。また、アスランが扱えるように改装された人類の中古艦に遭遇することもあります。
 というのも、アスランは「魂の入っていない」新造艦よりも、栄光で彩られた歴戦の中古艦を好む傾向があります。戦士が誇らしげに古傷を見せるのと同じように、外装の損傷は名誉の印なのです。

 氏族の勢力圏内を行く軍艦は基本単独行動ですが、勢力圏外での活動や特定の軍事作戦の際には戦隊や艦隊に編成されます。
 ラーヨ(意味は「六」で、通常は「戦隊」と訳されますが「機動部隊」の方が近いです)には一般的には文字通り6隻の軍艦が配属され、その構成は同種艦同士で編成する人類とは真逆で、ここでは例を示せないほどに氏族や目的によって千差万別です(編成数すら2~12隻と幅があります)。ラーヨは氏族長が任命した司令官の名前で呼ばれます。
 アイコーホー(「沢山の船」=「艦隊」)も規模や編成はまちまちです。アイコーホーは特定の任務のためだけに編成され、それは戦闘だけでなく移民輸送や貨物貿易のこともあります。
 「戦闘艦隊」は氏族の世界を防衛したり、戦争時に同盟氏族に派遣する際に編成されます。それぞれの艦隊は艦隊提督が指揮を執り、氏族提督の指揮下に置かれます。
 「通商艦隊」は商船団と護衛艦で構成され、アイコーホー・シーロホトという女性指揮官(軍人ではなく官僚)が率います。護衛戦隊はその規模と戦力次第で艦隊提督か艦長が率います。
 「移民艦隊」は「イホテイ船団」とも呼ばれ、氏族の余剰人口を新天地に送り込むために編成されます。艦隊は氏族提督に指揮され、氏族の勢力圏を出てからは提督が事実上の長となります(ただし氏族の伝統には縛られます)。船団には護衛戦隊と入植者や物資を運ぶ通商戦隊が同行します。このイホテイ船団に関しては後述します。

私掠船(アオフェーオ):
 アスラン領内では、人類社会と比べて宇宙海賊に遭遇する確率が遥かに低いです。彼らにとって海賊行為は不名誉なことで、まずそんな職業に就きたいとは考えません。しかし理屈をこねて納得さえできれば、彼らとて全くやらないわけではないのです。それが私掠船戦術です。
 非常に激しい氏族間戦争の際には、一定の規則の下で氏族は私掠赦免状を発行することができます。これは身内の企業に対して、どこであろうとも敵氏族の宇宙船への攻撃を許可するものです。企業はまず利益を求めますから、撃沈してしまうよりは無力化してから拿捕をし、積荷や船自体を売り捌きます。
 拿捕された船内の人員は、所属氏族次第で対応が変わります。単に居合わせた乗客など敵氏族でない者は安全に解放しなくてはなりません。敵氏族なら殺害しても構いませんが、基本的には捕虜にして身代金を要求します。

地上軍:
 アスランの地上軍は、帝国における海兵隊と陸軍・水軍・空軍の機能を併せ持った組織で、戦場の花形です。多くの氏族は男子の1割を常備軍の戦士に割いていると言われています。名誉のためには決して死を恐れず、「命と命を交換する」ような戦術を採るアスランは他種族には理解し難く、そして非常な脅威です。
 ちなみに、アスランは接近戦を好みますし、一般的な氏族の軍事費は乏しいため、編成は軽歩兵主体です。

傭兵部隊:
 私掠船と同じように傭兵も立派な職業であり、古から男性傭兵は己の力で戦果を勝ち取り、女性は富を産む源として部隊を営んでいました。傭兵部隊は何らかの理由で自力で戦士を養えない氏族の助け舟ともなり、平民男性やイホテイらが名誉と郷を求めて入隊を志願します。一般的に、氏族が賄える以上の余剰の戦士は傭兵となります。
 アスラン領内外に出向いている傭兵部隊は通常、裕福な女性や企業によって組織されています。経営者本人もしくは代理人が部隊司令部に同行して、傭兵チケットの交渉を行い、雇用に関して最終的な決定権を握り、事業全体の監督をします。しかし実際には、彼女は男性指揮官に戦場での判断を任せており、男性ならではの視点が部隊の利益に反すると判断した時のみ現場に介入します。

刺客(サイ・イーソ):
 アスランの刺客たちはよくテラの昔話の「ニンジャ」に例えられますが、実際には人類における特殊部隊に近いです。彼らは選び抜かれた精鋭戦士であり、個人戦と小隊戦の戦術に精通し、味方に尊敬され敵に恐れられます。氏族地上軍と傭兵部隊のどちらも刺客を抱えていますが、彼らの報酬は高額で、刺客戦になること自体も少ないので出撃は稀です。
 秘密裏に活動する人類の特殊部隊と異なり、刺客は作戦前に計画を相手に告げ、作戦後に誇らしげに戦果を公表します。しかし刺客の凄みは、事前に襲撃を知らせていても成功させられる点にあります。
 そもそも刺客に狙われるということは、その雇い主から畏怖されていたのと同義なので名誉なことと考えられます。仮に刺客に敗れたとしてもその名誉は語り継がれますし、逆に刺客の予告から逃げることは非常に不名誉なことなのです。
 不名誉の罪の償いとして刺客になることもあります。罪人は追跡者や決闘代理人となり、逃亡者を追っては決闘を申し入れるために雇われます。こうして雇われて(主に死を賭けた)決闘を生き延びた罪人は晴れて名誉を回復するのです。

■イホテイの「侵略」
 父親からの土地の相続が望めない第二子以降の男子(イホテイ)は、伝統的に自分の郷を求めて移住してきました。そうしなければ、他の誰かから奪うしかないからです。
 かつては辺境の野営地に各地からイホテイが集まり、夜な夜な焚き火を囲んでは自らの野望を語り合い、やがて単独で未開地に向かったり、見込みのありそうな男の下に集って集団で旅立ったり、夢破れて戻ってきたりする牧歌的な光景がありました。しかし宇宙時代となった今は、イホテイは船団を組んで新天地に向かうのが一般的です。
 氏族は定期的にイホテイ船団を編成し、郷を求める男たちや、職を求める平民や、名誉回復の機会を求める追放者が加わります。船団内での地位は、その者の技能と名声に加えて親の財力を示す装備具合に比例します(※そしておそらく氏族長の子が氏族提督になると推察されます)。また、氏族で余剰となった輸送船や護衛艦を寄贈するのもよくあることなので、イホテイの遠征隊はまちまちな技量ながら士気だけは異様に高く、時代遅れの船に乗っているのが常です。
 遠征は色々な意味で氏族に恩恵があります。身内の口減らしをしながら遠方の同盟氏族に変えられ、遠征の準備によって地場経済が潤います。そして遠征隊を次々と送り出すことが、周辺氏族に己の勢力を見せつける良い機会にもなります。

 理想的な新天地とは、資源が豊富で、近隣に良い市場がある、環境の良い手つかずの惑星です。もちろんほとんどのイホテイにとってそれは夢物語に過ぎず、既に入植している他の氏族や部族が無視した、あまり環境の良くない余剰地に定住せざるを得ません。とはいえこれは必ずしも悪いことではなく、他の入植者は資源を売り買いする相手にもなりますし、緊急時には助けを求められますし、何よりもその星が永住可能である証拠なのです。
 未踏星域に入る船団は、まず適した星を見つけるために女性の偵察隊を派遣します。目的地が見つかれば、29選から派遣された女性の「艦隊調停官(アイコーホー・エァレァトライゥ)」が船団員に郷を割り当てます。この時、どうしても大氏族の子弟により良く広い郷が充てられるのは否めません(彼らの親はそれだけ船団に多く投資しているのですから)。しかし、建前上29選の指示は29選の氏族(とその家来)にしか及ばなくても、船団員が調停官の決定に異議を唱えることはまずありません。また、現地民に入植を通告するかどうかは、彼女に一任されています。
 偵察隊が入植可能な土地や既存の入植地を調査している間に、船団は軌道上に入ります。ほとんどの入植者は輸送効率化のために冷凍寝台で眠っていて、第一陣がこの時点で起こされます。そして新植民地が開拓されるにつれて次々と入植者たちが覚醒され、船から降りていきます。植民者は船団の主の家来となり、氏族に尽くす見返りに庇護を得られます。
 一方軌道上の船団は、護衛艦は軌道上で哨戒を続け、後の惑星宇宙軍の礎となります。輸送船は商船に改装され、近隣世界との通商路を確立します。
 こうして入植地に誕生した新氏族は送り出した氏族と強い結びつきを持ちますが、とはいえ通常は故郷から遥か遠くに入植するので、時間が経つにつれて独立氏族となったり、近隣の他氏族と手を結んだりすることもありえます。やがて入植開始から数世紀を経て惑星上の全てが誰かの物になると、その星では新天地を求めるイホテイ船団が結成されます。

 アスラン国境戦争の記憶から、人類はアスランやイホテイを暴力的な征服者と考えがちです。しかし実際には、彼らは土地を欲する衝動に駆られてはいても、征服は手段の一つに過ぎないと考えています。
 アスランはしばしば、星系統治者から未開拓地を購入して定住します。何百年かかっても現地住民が開発しきれないような人口疎密な星であれば、その方が安上がりな手段だからです。代金は現金もしくは税金や賃料の形で支払うか、あるいは傭兵として駐留することで代わりにするかします。
 また、アスランは空き地に勝手に居座るかもしれません。典型的な辺境星系では、彼らを追い出すだけの人口も軍事力も政治的な熱意も欠けている場合が多いからです。そもそも住民が長い間、アスランが入植しているのに気づかないことすらありえます。
 国境沿いの世界では、イホテイの到来はもはや恒例の行事となっています。彼らが価値あると睨んだ星には、いくらでも雲霞の如く群がってくるのです。

 イホテイはアスラン文化の中でも興味深い位置を占めています。彼らは放浪の英雄であり、無頼漢であり、尊敬されなくとも立派な存在です。事実、アスランの人気娯楽の多くはイホテイ戦士とその家来を題材とします。
 イホテイに政治的影響力はなく、氏族から命令されることもありませんが、氏族の外交政策の一環としてイホテイを扇動したり、逆に抑え込んだりすることはあります。また、氏族の拡大はイホテイとなった息子への資金援助の額に比例するのも現実です。

■アスランの言語と名前
 彼らの共通語は「トロール」と呼ばれ、人類に限らず他種族で会話を極めた者はほとんどいません。学習が困難なほどその発音は複雑で、アングリック話者には美しく聞こえると同時に不協和音に苦しみます。彼らが人類の早口言葉よりも早く喋られるのは発声しながら呼吸ができるからで、そのために横隔膜を素早く動かす必要があります。実際、トロールとは「腹」を意味すると同時に、発声中のアスランの胃の動きも表しています。
 トロールは非常に厳格な言語であり、単語を並べただけでは全く通じません。学習者に救いがあるとすれば、トロールは4000年前から全く変化しておらず、地域特有の方言や訛りもないことです。ただしトロールにも性別があることを除けば。
 女性が話すトロールは科学・経済用語などを扱えるよう大幅に拡充されており、男性はすぐに会話についていけなくなります。一方で、法曹界や政界でのみ使われる男性専用の格調高いものもあります。そして異性の言葉を口にするのは恥ずかしいこととされています。
 トロールの単語はそれぞれが幅広く複数の意味を持つため、正確にアングリックに訳すのは困難です。「テレーイホーイ」はアスランの有名な傭兵部隊の名ですが、訳語として「夕闇の兵士達」「日没の騎士団」「宵星の戦士隊」のどれもが正解となります。

 トロールの筆記法は「トオー」といい、数百もの表意文字で構成されています。ただし一般的な文章であれば、数十個を知っていれば理解可能です。トオーは絵文字や爪痕から洗練されていったもので、男性体のトオーは伝統的かつ装飾的で曲線を多用し、複数の文字を組み合わせて新たな文字を作れる柔軟性があります(音楽+集団=楽団、金銭+戦士=傭兵)。女性のものはより正確な意味を読み取れるよう近代的に再設計され、活字も女性体しかありません。

 全てのアスランは(隔絶した入植地でない限り)共通の文化と言語を持ちます。しかしこの文化は非常に複雑で窮屈なため、個人名や言葉は理解が困難になる場合があります。
 独立した氏族長は、長本人が氏族の全てを表すことから氏族名で呼ばれます(文脈上の理由で氏族名と氏族長名を区別する必要があるなら、長は末尾に「コー」を付けます)。よって、ルーエァウィ氏族の長はルーエァウィもしくはルーエァウィコーと呼ばれます。
 家来の豪族は続柄がどんどんと付加されて長くなります。ルーエァウィ・オローオイェイ・ウォトイ・ロイェイウォフェーリロリテイテヤーホットテイシユー(ルーエァウィ氏族に仕えるオローオイェイ氏族に仕えるウォトイ氏族の家来で、イウォフェール川の分かれ目の谷間を治める誇り高き部族長たる祖父の三男の未婚の長男)のように、最高位の氏族から順に名乗り始めて個人で終わります。
 平民は仕える豪族の、女性は最も身近な男性の名の末尾に今の役目が付加されます。つまり「Xの船の次席機関士」「Xの二番目の、Y氏族から嫁いだ妻」となるわけです。

 このような本名は公的な場(儀式や決闘など)でのみ使用され、普段は短い「二つ名」で呼び合います。二つ名は「伝説の爪(イローイオァハ)」「星の智者(テアウエァス)」「六拾四(テウレァール)」のように個人の信念や功績を表し、いつでもつけたり捨てたりできます。イホテイが新たな郷を得て新氏族を興した際には、自分の子孫が誇りを持って名乗れるように気高く派手なものに変える傾向があります(氏族名=氏族長の名だからです)。
 トロールの性質上、二つ名の意味は曖昧になっています。結局どういう意味なのかを知りたければ、礼儀正しく本人の聞くのが一番早いです。そうすれば、どのような業績によってこの名を選んだか詳しく説明してくれるでしょう。
 本人の仕事や家庭環境の変化どころか気分次第でも名前は変わってしまいますが、呼び名を間違えると侮辱に取られる可能性もあるので、アスラン同士が再会した際には、例え仲の良い友人であっても現在の本名や二つ名から名乗り始めるのが礼儀とされています。

■アスランの数学と単位
 4本指であるアスランは、ごく自然に8進法(0,1,2,3,4,5,6,7,10,11…)の数学を発展させました。ですから彼らにとって8は切りのいい数となり、「多くの」や「たくさん」という比喩に64や4096が使われます。クーシューに集う氏族が「29選」なのに「トラウフー(参拾五)」と呼ばれるのも、10進法の「29」は8進法で「35」だからなのです。
 数学にも性差の影響はあり、男性でも四則演算ぐらいはできますが、平方根ともなるともはや女性の領分です。

 アスラン領内共通の時制は、母星クーシューの公転と自転の周期を基準に定められました。1年(フトヘァ)は212.2日、1日(エァホウー)は16時間です。アスランは人類における「分」の概念を「止(ホウオアオ)」と「走(オレイオアオ)」に割ったので、1時間(テッホオアオ)は8止、1止は64走、1走は8秒(ウーエァロアオ)となります。
 公転周期に端数があるため、5年に1度、第213日を挿入して調整が行われます。アスラン暦は最初のトラウフーが開かれた年を0年とし、帝国暦と同じように紀元前は負の数字で表します。
(※クーシューの1日は帝国標準時で約36時間なので、1日の長さが帝国の1.5倍あることに気をつけてください)

 長さを表す最も短い単位はオイーフタ(「親指の幅」=約3cm)で、続いてホウフィオ(「男の身長」=約2m)」、オレイオアオフタ(アスランが1走の間に駆ける距離=約140m)、エァホウフィオ(アスランがクーシューの1日で歩ける距離=約70km)となります。
 重さはフィーフトッホウ(「一片」=約110g)、トルーフトッホウ(「肉の重み」=約1.8kg)、フテフトッホウ(アスラン1人分の重さ=約100kg)で表されます。

■アスランの技術水準
 アスラン領内の技術水準は人類社会より一歩劣っていて、最高TLは14です。これは主にアスランの守旧志向によるもので、古のヴィラニ人のように技術的進歩に価値を置かないのです。ただし、自分たちの恩恵になると思えば他種族の進んだ技術を導入(もしくは複製)することは躊躇しません。
 多くの氏族ではTL9~11の物品が流通し、時にはTL12~13の、主に軍事装備や宇宙船を29選から購入することがあります。29選はTL12~13の物品を製造し、氏族内で流通させるか外部に輸出します。TL14のものはクーシューなど極々限られた星系でしか製造できず、一般にはほぼ流通しません。

■アスラン社会の人類
 帝国領内にアスランがいるように、アスラン領内でも人類を見かけることがあります。その多くは帝国やソロマニ圏からの駐在員や訪問客ですが、中にはアスラン文化を受け入れて氏族の家来となった人類や、アスラン領内に母星を持つ群小人類もいます。彼らは種族差別をせず、多くの氏族では非アスランの社会参加は認められていますが、アスランの名誉と伝統に従わない者は「蛮族」として差別します。
 アスラン領行きの観光業は開拓途上の分野です。企業は随行員付きの旅行商品を販売していますが、一般的には神経質なアスランの危険性を考慮して領内全域がアンバー・トラベルゾーン扱いとなっています。旅人が心掛けるべきは、アスランの習慣を理解して尊重すること、現地の氏族長の指示に従うこと、何よりも名誉のために戦うことです。これさえ守ることができれば、振る舞いが立派であり、礼儀正しく敬意を払って行動する限り、アスラン領内で何も恐れることはありません。そして、周囲に影響力を持つ後援者(豪族や重役)を得られれば、アスラン領内での取引や通行で何かと便宜が図られますし、他者に紹介状も書いてもらえるでしょう。

■人類社会のアスラン
 故郷を飛び出して人類社会に定着したアスランは、国境沿いの宙域では人口の約3%を占めます。そんな彼らは3つの種類に分類されます。
 「純なるアスラン(True Aslan)」は、定住先でもアスランの伝統文化と生活様式を守る者たちです。この場合は人類社会とは溝が生まれがちで、差別と貧困に苦しむ例が少なくありません。そして時とともに共同体は風化していきます。
 「彼方のアスラン(Other Aslan)」は、伝統を守りながらも共存のために現地の支配者(帝国なら皇帝)に忠義を誓った者たちです。中には帝国貴族の地位を手に入れた者もいますし、キャピタル皇宮のアスラン近衛連隊(Aslan Guard Regiment)はその忠誠心の高さと勇猛果敢さで知られています。
 伝統を捨て去った者たちは、本流のアスランからは蛮族扱いです。ダリアン連合やソロマニ連合(※)に帰化したアスランがこれに該当します。
(※ソロマニ自治区制定時にソロマニ圏内に取り残されたアスランのことです。彼らの一部は後のソロマニ・リム戦争でソロマニ軍の一員として戦いました)
 また当然のことながら、訪問者としてのアスランも多く見かけられます。観光客や研究者だけでなく、傭兵部隊は頻繁に雇われますし(装備の都合上、アスラン傭兵は部隊ごと雇用しなくてはなりません)、国境間貿易企業ティエーヨー・フテァラオ・ヨーはスピンワード・マーチ宙域やトロージャン・リーチ宙域に交易路線を持っています。

■ジャンプ技術についての疑惑
 自力でジャンプ航法を開発した種族を「主要種族(Major Race)」や「六大種族」と呼び、ドロイン、ヴィラニ人、ゾダーン人、ハイヴ、ククリー、ヴァルグル、ソロマニ人、そしてアスランの順に銀河に飛び出していったことは現在では常識とされています。しかし、アスランに関してだけはそれを疑う歴史学者(やソロマニ主義者)の声が少なくありません。
 事実としてアスランは六大種族の中で唯一、重力操作技術を確立させる前にジャンプ航法に辿り着いた種族です。開発年とされる帝国暦-1999年当時、アスラン文明はTL7でしかなかったと考えられており、しかも歴史的に常にいがみ合っていたはずの2氏族が突然裏で手を結んでジャンプドライブを極秘裏に共同開発しているのです。
 そして、初期のアスラン製ジャンプドライブが不思議とソロマニ製のものに似ているのも指摘されています。母星クーシューのあるダーク・ネビュラ宙域には当時ソロマニ人の探査隊が幾度となく訪れており、それらの全てが無事に帰還したわけではないのです。
 墜落した宇宙船を回収した説や、ヴェガン商人がドライブを密売した説など色々唱えられてはいますが、そもそもソロマニ人のジャンプ技術開発にすら同様の陰謀説が存在する以上、論議は不毛でしょう――確固たる証拠が出てくるまでは。

■アスランと超能力
 一般的にアスランには超能力の才能がないと考えられています。また、フテイレの教えは口から発した言葉に重きを置くため、テレパシーは他者を信用しないのに等しくて不名誉だと捉えられます。よって、アスラン領内での超能力研究は低い地位や悪評を覚悟せねばならず、使用者がいたとしても追放者や、人類の特殊部隊など「不名誉な敵に不名誉な手段で報復する」目的のみでしょう。
(※とはいえ何事にも例外はあって、「裂溝の向こう(Transrift)」のトロージャン・リーチ宙域やタッチストーン宙域には、超能力使いの刺客を抱える氏族があるそうです)


【ライブラリ・データ】
クーシュー Kusyu 1226 A8769H6-E U 高人・工業 703 As G4V D 国家首都
 ここはアスランの母星であり、選ばれし29の大氏族(29選)が集う「トラウフー」が開かれる「大会合所(Greet Meeting Hall)」があります。そのため星図上では「首都」と記されてはいますが、厳密には異なります。
 アスランはこのクーシューの大地を特に価値があると考えており、29選だけでなく約300もの氏族がここを一部分でも領有して権勢を見せつけています。
 クーシューの観光名所としては、フィールァフォヒール中央宇宙港の上空2kmに浮かぶ「空中庭園(ラッイハトーイ)」が挙げられます。ここは宇宙港の管制機能と集客施設(宿泊所・食事処・酒場・土産店など)を兼ねており、人類の居住区もここにあります。他に、スタウシェーオソレレァホ山頂街の眼下には息を飲むような絶景が開けています。
(※クーシューの位置については長年様々な資料で全く違う情報が提供されて混乱を極めていましたが、討議の末に「ダーク・ネビュラ宙域 1226」とすることで決着しました)
(※政治形態Hは「氏族分割統治」、基地コードUは「29選および氏族基地」を意味します。ちなみに現在の標準世界書式(UWP)では基地Uは廃止されていて、T(29選基地)かR(氏族基地)を使用することになっていますが、設定との整合性を鑑みてあえてUを採用しました)

アスラン国境戦争 Aslan Border Wars
 帝国暦-1118年から380年に渡って繰り広げられた、人類とアスランの一連の戦争のことを指します。
 主要種族の中で一番遅く宇宙に出たアスランは、すぐに人類の勢力圏と接触し、領土争いをする関係になりました。当時の人類には統一政体はなく、「小帝国」や星系単独政府がそれぞれアスラン氏族の攻勢に耐えなくてはなりませんでした。最盛期のアスランは旧帝国の領域を約40パーセクも侵食していました。
 しかし帝国暦200年にもなると〈第三帝国〉が伸長してきて、進んだ技術で秩序立った反撃が可能となりました。それでもアスランは氏族ごとにしか行動ができず、各個に撃破されていきました。
 最終的に、380年に帝国と4大氏族との間で「フトホァーの和約(Peace of Ftahalr)」が結ばれ、両者の間に約30パーセクの中立緩衝地帯を設けることで境界線が確定しました。それ以降人類とアスランの間に戦争は起こっていませんが、ソロマニ自治区(後のソロマニ連合)は和約に反して境界を越えて領土を得ており、問題となっています。

アスラン近衛連隊 Aslan Guard Regiment
 帝国皇宮を守る近衛軍団(Imperial Guard)の中の一つで、その名の通りアスランのみで編成されています。380年に帝国とアスラン氏族の間に結ばれた「フトホァーの和約」を受けて、友好と信頼の証として同年に帝国領内のアスラン(※)から兵員を選抜して設立されたのが起源です。
 この部隊が勇名を轟かせたのが、606年の帝国内戦です。プランクウェル大提督率いる突入部隊が皇宮を襲撃した際に、最後まで降伏せずに抵抗を続けたのがアスラン近衛連隊でした。結果的に部隊は壊滅し、皇帝殺害の阻止はできませんでしたが、その忠誠心と練度の高さは今に受け継がれています。
(※帝国領の拡大によって、勢力圏沿いの多くのアスラン居住星系が帝国に取り込まれました。彼らは自分の土地を捨てず、そのまま帝国市民になったのです)

ティエーヨー・フテァラオ・ヨー Tyeyo Fteahrao Yolr
 アスラン国境戦争の終結後、アスランは自分たちの嗜好に合った香辛料「塵胡椒(ダストスパイス)」が、裂溝の彼方のスピンワード・マーチ宙域にあることを知りました。ティエーヨー・フテァラオ・ヨー(恒星間塵胡椒輸入社。ティエーヨーとはクーシューの主星名であり「恒星」の意味も持つ)はこの塵胡椒をアスラン領に輸入するためにイハトエァリョー氏族が設立した国境間貿易会社です。そしてイハトエァリョー氏族はこの事業の成功によって勢力を拡大し、トラウフーに名を連ねる大氏族となりました。
 同社は現在ではモーラ~クーシュー間航路で、両国の価値ある様々な産品を取り扱う商社として発展を遂げています。

塵胡椒 Dustspice
 乾燥砂漠地帯の低木樹の樹皮から採取されるこの香辛料は、人類やヴァルグルは果物にかけますが、アスランは肉にかけるか、単体で食します。人類には軽く酩酊感を与える程度ですが、アスランやヴァルグルに与える多幸感は強烈で病みつきになるため、かつては高額の金銭で取引されていました。現在では安価な合成品が普及しましたが、美食家の間では未だに天然物を求める需要があります。
 生産地としては、原産地のロマー(スピンワード・マーチ宙域 2140)の他にキーノウ(同 2411)が有名です。


【参考文献】
・Journal of the Travellers' Aid Society #7 (Game Designers' Workshop)
・Alien Module 1: Aslan (Game Designers' Workshop)
・Rebellion Sourcebook (Game Designers' Workshop)
・Solomani & Aslan (Digest Group Publications)
・GURPS Traveller: Alien Races 2 (Steve Jackson Games)
・Alien Module 1: Aslan (Mongoose Publishing)

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