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ぶらりTL11の旅(4) 『星々を我が手に(These Stars Are Ours!)』暫定レビュー

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(※プレビュー版を基に文章をまとめたので、製品版との差異がある可能性があります)

 Stellagama Publishingから発売された『星々を我が手に(These Stars Are Ours!)』は、2D6 Sci-Fi OGLことCepheus Engine向け(当然ながらトラベラーシリーズも含めて)の設定集です。著者はかつてSpica Publishingで『Outer Veil』を発表したOmer Golan-Joel氏とRichard Hazlewood氏のコンビを主に、挿絵やデッキプランはトラベラー系宇宙船アートと言えばこの人、Ian Stead氏が担当しています。

 Golan-Joel氏が10年間温め続けたというこの設定、3年ぐらい前からその片鱗を見せ始めてついに発売に至ったという経緯があります。この『These Stars Are Ours!』は『Visions of Empire』という一大宇宙史構想の序章にあたる部分で、西暦2260年の地球近傍星域を舞台にしています。

 時は21世紀。人類はそれほど宇宙に興味を示さず、2043年に有人火星探査を行った程度でした。しかし2082年、太陽系の外から「彼ら」はやって来たのです…!
 突如としてレチクル星人(Reticulan)の大きな円盤型宇宙船が地球の大都市上空に現れました。彼らはレチクル座ゼータ星の知的種族であり(見た目は完全にリトルグレイです)、超光速航法技術で既に半径10パーセク規模の、いくつもの知的種族を従える星間帝国を築き上げていました。やがて彼らと地球との間には先進技術導入や星間貿易の推進などの条約が結ばれて、地球も独立国家の集まりから地球連邦管理局(Earth Federal Administration)の治める一極体制に変わりました。しかし、実はレチクル星人の傀儡政権に過ぎないEFAに反発した人々は地球防衛委員会(Terran Defense Committee)を結成して地下抵抗活動を開始し、EFAも「メン・イン・ブラック」と呼ばれる連邦保安機構(Federal Security Apparatus)がTDCの弾圧に向かいました。
 地球人には自治権こそあったものの、実際にはレチクル星人の支配下にありました。EFAは市民の自由を抑圧する一方、近隣の9星系に人類入植地を拡大していきます。
 レチクル星人による植民地支配が始まってから150年が過ぎた2232年、EFAによる不公平な税負担と弾圧に対し、ついに人類は蜂起します。地球や植民地で反乱の火の手が上がり、反乱勢力は団結して地球連合共和国(United Terran Republic)を標榜します。レチクル帝国は反乱の鎮圧を試みますが、反乱に呼応してレチクル帝国の支配下にあった一部種族も反旗を翻し、UTRと手を結びました。加えて、レチクル帝国側も一枚岩でなかったこともあり、2258年にレチクル帝国の前線拠点だったケイド星系の陥落をもって、レチクル側は停戦とUTRの独立を認める屈辱的な講和条約に署名しました。

 ということで、ゲーム『XCOM2』やドラマ『V ビジター』のその後を描いたかのような世界観で、特にATU(Alternative Traveller Universe)でも珍しくジャンプドライブを地球人が自力開発するのではなく外宇宙から新技術がもたらされる、というのが興味深い点です。そのおかげで地球人のTLは12~13程度まで進歩しています。
 『These Stars Are Ours!』は、そんな宇宙で生きるための情報が満載です。200頁超の本書には、今(西暦2260年)に至るまでの詳細な歴史、UTRの統治形態・軍組織、巨大企業、犯罪組織といった設定から、異星人も含めたキャラクター作成ルール、宇宙船のデッキプラン(中にはレチクル星人の600トン拉致船(Abductor)なんてものも)、各星系の詳細設定込みの星域図、12人のパトロン、ニュースサービスまで含まれています。プレビュー版では詳細不明でしたが、どうも超能力やサイボーグ化も解禁されているようです(レチクル支配時代に兵士の生体実験も行われてたらしいですし…)。

 さて、反乱を成功させて新国家を樹立させた地球人ですが、そんな宇宙でプレイヤーキャラクターは何をすればいいのでしょうか。いや、新国家を守るためにやらねばならないことは山ほどあります。経済浮揚のためには貿易商人が必要ですし、植民地の拡大のためにはまず探査をしなくてはなりません。UTRは良くも悪くも寄せ集め集団なので中には不心得者もいるでしょうし、宇宙海賊への対処も悩みの種です。味方になってくれた色々な異星人ともうまく付き合っていかなくてはなりません。そして何よりも、レチクル星人がこのまま黙って見ているはずがありません。「野蛮人」への逆襲の機会を伺って諜報戦を仕掛けているかもしれないのです…。
 つまり、従来のトラベラー型冒険は何でもできてしまうのです。新国家の勃興期らしく、かなり勇ましいイケイケな雰囲気が設定から伝わってきます。宇宙に危険は多いですが、可能性はもっと多いのです。立て人類の男女よ、地球の子らよ…星々を我が手に!

星の隣人たち(2) ダリアン人の歴史

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 ダリアン人も他の人類と同じく、太古種族によって約31万年前にテラ(ソロマニ・リム宙域 1827)からダリアン(スピンワード・マーチ宙域 0627)へ移された100人以下のホモ・サピエンスの子孫です。太古種族の真の目的は今となっては謎ですが、彼らはダリアン人が快適に過ごせるように惑星デイリーエン(Daryen)を大規模に改造し、生態系を調整しました。結果、デイリーエンの大地は高山山脈に隔てられた5つの盆地に全て分けられ、大型の捕食者はおらず、空気は澄み、危険な病原体もない文字通りの「楽園」がダリアン人に与えられました。ダリアン人は太古種族をオンソライック神(god Onsorik)として、後々まで崇めました。
 太古種族による最終戦争(Ancient's War)の前までに、ダリアン人は5つの「楽園(the Orchard)」ごとに集落を築いていたことが考古学研究からわかっています。樹林は実に人類好みの食料を実らせると同時に人々の住居ともなり、中心部にある直径2000メートルの「炎の窪み(Flame Pit)」の存在は住民に暖を取らせ、火を起こす必要すら感じさせませんでした。強いて難を言えば、水の確保のために毎日遠出しないといけない程度でした。
 そして最終戦争が始まるとオンソライック神こと太古種族は、(ダリアン人が好意的に解釈するなら)戦争の惨禍からこの星を守るために自ら去りました。どうやらデイリーエンに目立つ文明の人工物が無かったために無人の原始世界と思われたことが、この星が戦争による消滅を免れた理由のようです。オンソライックがその後どうなったかは誰もわかりませんが、少なくともダリアン人は神による「実験」から解き放たれました。

 「楽園」の中で古代ダリアン人は(一部テラから導入された)野生生物を狩り、果実を集めて、人口を増やしていきました。安全な環境の中では織物や陶器の技術開発程度で事足りたため、彼らは自由時間を文化を育むことに割きました。歌、舞踏、運動といった集団娯楽が花開き、哲学が高められました。
 やがて「楽園」が約100万人と推計される人口維持の限界に達すると、彼らは社会に適合しない者を排除するようになりました。諍いを起こした者、心を病んだ者がまず除かれ、やがて高齢者すら救われることがなくなりました。「楽園」での生活は、次第に殺伐としていきました。

 最終戦争から10万年が過ぎた頃、火山活動の活発化により「楽園」の木々は姿を消していきました。必然的に食料が不足し、多くの人々は他の「楽園」を探して荒野に向かっていきました。ダリアン人は自力で火を起こす術を身につけるなどして新たな環境に順応はしましたが、(※おそらく人類の持つ常在菌が変異した)病原菌によって致命的な疫病が広まりました。この頃2つの「楽園」が完全に滅び、社会秩序が崩壊した古代ダリアン人はついに「楽園」を放棄して各地に拡散していきました。
 次の10万年間、ダリアン文明は狩猟文化、遊牧文化、耕作文化を繰り返し、人口を増やしては各地の生態系を崩し、新たな疫病によって滅ぶこともしばしばでした。しかしそれらのことから学んだ彼らは文明の回復速度を徐々に早め、ようやく安住の地を見つけました。河川や海岸の整備を行い、水運によって居住地間が結ばれ、ようやく文明を取り戻したのです。

 畜産と輪作によって都市化が促進され、人口は持続可能な形で増加し始めました。人々は土地を求めて盆地から山岳地帯に生息圏を広げていくと、やがて凍てついた高山を経て赤道沿い3つと南極側の盆地の文明を結ぶ踏破路を発見しました。全く異なる言語、習慣、伝統を持つ文明同士の接触は、初めは畏怖や誤解を乗り越えて平和的な関係が構築されたものの、後に軍事的拡張と報復攻撃による虚しい戦争の時代に移っていきました。山岳の道は交易ではなく征服に用いられ、それが何千年も続きました。しかしながら、短い平和の期間には兵士の代わりに商人、学者、哲学者がその道を行き来しました。
 そんな-23000年頃、哲学王と称されるデーライアー・レイペット(Derir Lipit)は「全ての生命は自らの本質に従って生きる権利を持つ」という後々まで繋がる最初のダリアン哲学を提唱しました。しかし1000年後にはその考えもいくつかに分派し、例えばある隠者は「全ての生命は生きていなければならない」と他の生命を殺めることを厳格に戒めました。そして彼の信奉者たちは果実だけを食べ、枯れ木だけを焼き、羊毛だけを着ました。一方で別の地での解釈は柔軟で、「人は食物連鎖の最上位に位置しているが、殺すのは食べる時だけに限る」として、全ての生き物を動物も含めて「人道的に」扱いました。こういった哲学の深化の末、偉大なるノーテイン・テイリーズ(Notan Taledh)は2つの考えを統合したライボ律法(Rimb Law)を定めました。

「獣は捕食によって生きるが、人は理性を持ち生産で生きる。したがって、捕食者として生きる者は獣と同じであり、人としての本質を成し遂げていない。人は労働のために、もしくは食料のために獣を扱うかもしれないが、残酷に処してはならない。ましてや、人が人を捕食してはならない」

 このようにテイリーズは、合理性こそが人間の本質だと教えていました。生物の本能や感情はより低く見られ、それに囚われることは許されませんでした。ダリアン社会は哲学校に基づき、禁欲や平静が重んじられるようになりました。しかし自らの表現が他者に害を及ばさない限りは、自由な感情表現は許されました。現在でもテイリーズの生命尊重哲学は生きていて、平和主義も普遍的ではないにしろ敬意は払われています。
 テイリーズはまた、ダリアン人最初の法律を公布しました。テイリーズ法典(Taledh Code)は犯罪の定義、刑罰の定義、処罰の際の道徳的指導の3つから成り、犯罪の定義として テイリーズは他の生命を傷付ける可能性のある行為を犯罪と定めました。そしてそれが本当に害を引き起こしたのなら実の罪、可能性に留まったのなら虚の罪とし、実の罪のみを処罰の対象としました。また罪の重さは償える能力にも比例し、同じ罪でも裕福な犯罪者は貧しい犯罪者より多く罰金を払い、屈強な者は病弱な者より長く服役しました。このテイリーズ法典も、何世紀にも渡ってダリアンの法体系に多大な影響を与えました。

 デイリーエン最大の海洋である北極海に面する氷に閉ざされた地、ズローズ盆地(Zlodh Basin)には-16000年頃に文明が再興し、他の4文明との交流はその1000年後となりました。沿岸部は不凍とはいえ、その厳しい気候ゆえにズローズのダリアン人は技術面で素早く進歩していきました。海で食料を確保するために航海術を磨いた彼らは、やがて広範囲に海上交易を展開するほどになりました。
 ダリアンで最初の大帝国、ズローズ帝国が興ったのはこの海の沿岸でした。ズローズ帝国は科学的な神権政治に基づき、彼らの持つ磁針と天文学を用いた航海術は迷うことなく遠距離を進むことを可能としました。当初操船を任されていただけの海の聖職者たちは、やがて政治を動かすようになり、陸地をも権限に収めました。しかし聖職者は実際には統治を担わず、帝国の交易に欠かせない影の皇帝として振る舞いました。そして教団の思惑に従うように、より迎合的な皇帝に取り替えられていったのです。
 聖職者たちは科学を神秘とみなし、教団の外には漏らしませんでした。一方で合理的な探究心をもって、彼らは世界の多くの仕組みを解き明かし、実用的な天候予測、より難解な数学、高度な造船技術が得られました。更に彼らの科学的探求心は他の盆地への探検の資金提供を促し、探検隊は教団に新しい情報や科学知識をもたらしました。聖職者たちは伝道も兼ねて、各地の住民に教育を施しては信者を増やしていきました。
 彼らは世界がズローズ帝国の下で統一されることを目論んでいましたが、そうなる前に彼らは技術革新を扇動しすぎていたことに気付きました。忠実な信者たちは従来の枠を超えた新しい概念や思想を次々と生み出し、科学の新発見は燎原の火のように広がって帝国の支配構造を揺るがしました。中央集権的だった帝国は、徐々に権威主義的でないいくつかの小国に分割されていきました。
 -10000年頃には羅針盤や印刷術、建築学などが発展し、その頃には衰えていた教団はデイリーエン各地に点在する哲学校に姿を変えていました。ダリアン人は持ち前の好奇心で数千年間、生物学、天文学、数学に加えて、倫理や社会学や心理学といった社会科学も発展させていきました。-1511年までにデイリーエンはTL3になっていましたが、彼らの科学理論はTL8~9の段階にまで達していました。
 この時まで、世界は平穏に包まれていました。

 その頃のダリアン人が知るはずもないことですが、遥か彼方の宇宙では激動が続いていました。第一帝国と地球連合の恒星間戦争の末に-2204年に建国された第二帝国でしたが、暗黒時代への流れを食い止めることはできませんでした。-1776年に第二帝国が崩壊した後に続く250年間の無秩序と混乱は星間交易と経済を破壊し、新政府が誕生しては消えるを繰り返しました。この時代の市民が現状を逃れようとするのは自然なことでした。
 元々テラのトルコで創業し、当時はディンジール(ソロマニ・リム宙域 1222)に拠点を置いていたソロマニ人商社のイッツェン(Itzin)の経営者は、恒星間貿易の崩壊を見て新世界への移住を決め、従業員とその家族にも同乗する機会を与えました。-1520年に35隻の輸送船と10隻の護衛艦によるイッツェン艦隊が、ディンジールから大裂溝(Great Rift)に向けて出発しました。艦隊は旧第二帝国領を進み、-1516年にヴランド(ヴランド宙域 1717)に到達、その後はコリドー、デネブ、スピンワード・マーチといった当時は未開拓の宙域に向かいました。-1513年に一旦サクノス(スピンワード・マーチ宙域 1325)に艦隊は停泊すると、そこを拠点に周辺星系の念入りな調査が行われました。当時のスピンワード・マーチ宙域でもいくつかの世界(アルジン、ヴェインジェン、ゾダーン入植地など)は有人でしたが、その中で彼らが移住の候補に選んだのが、人口がそれなりに多く、ソロマニの技術を保つ可能性の高いデイリーエンでした。
 まず惑星は軌道上から探査され、次に偵察隊が送り込まれました。古代ダリアンの文明を結んだ山岳地帯の未踏地に秘密裏に基地が建設され、世界と社会の十分な分析を行ってから、ようやくソロマニ人たちは自分たちの存在を明らかにすることにしました。
 -1511年、イッツェン艦隊の人々はライボ盆地に姿を現しました。ダリアン社会が世俗的なことを理解していたので、彼らは「空から神として降臨する」のではなく、地上から訪問することを選びました。実際、ダリアン人から見たソロマニ人は、他所からの単なる移住希望者の集団に過ぎませんでした。しかし単なる移住者と違ったのは、ソロマニ人が持ち込んだ高度な技術の物品や知識が貿易材として機能したことです。ソロマニ人はそれらを積極的に交換し、多くの知己と資産を得ました。一方のダリアン人は熱意をもって来訪者から急速に技術を吸収し、広範囲な科学基盤を得ました。ダリアン人が新技術に馴染んだのを見て取ったイッツェン艦隊の指揮官は、ダリアン人との対等な協力関係を結ぶことを決めました。
 ダリアン文化とソロマニ科学の相乗効果は爆発的でした。ダリアン人が技術水準と産業基盤を急速に高めるのに、多くの時間は必要ありませんでした。

 イッツェン艦隊の3万人程のソロマニ人は、ダリアン社会に取り込まれることを当初から決めていました。ダリアン人の遺伝形質が自分たちより優性であることが確認されたからです。-1400年頃には婚姻によってソロマニの血はダリアン人の血筋に吸収されましたが、ソロマニ人がもたらした技術と理論を完全に理解したダリアン人は、彼ら自身の高い数学的能力を用いて論理的な結論を導き、それを超えて飛躍を始めました。
 当初ダリアン人は、イッツェン艦隊が残した船を利用して宇宙に出ることを検討しましたが、何十年も放置された宇宙船は稼働せず、宇宙を知る世代も既に亡くなっていました。しかし彼らは軌道上に係留されたままの艦船を解析する計画に立て直し、30年後には独自の偵察艦隊を他星系に派遣するまでになっていました。ダリアン圏(Darrian Group)に属するスプーム、マイア、コンダリア、ロジェ、イリウム、ルーレ、アングルナージュ、エクトロン、ラバーヴ、494-908は、-1395年~-1370年に探査されています。
 初期の探査はジャンプ-1の制約があって母星から数パーセク内に留まりましたが、やがてジャンプ-2の開発と燃料貯蔵量の増加によってその範囲は広がり、探査の末期には一部の船にはジャンプ-3が搭載されていました。-1270年にはダリアン人の到達範囲は半径20パーセクに達しています。ダリアン人は将来の広大な植民地候補の存在を知り、徐々により深い科学的調査に移行しました。

 探査隊が近隣星系を調査している間、ダリアン人の科学者は反重力技術や電子工学、磁気や放射線といった物理学の研究に情熱を傾けていました。高度な数学は直感的把握を助け、その進歩は驚異的でした。宇宙に対する彼らの理解は飛躍的に増加し、デイリーエンでは工業化が加速しました。ダリアン文明がTL3からTL10へと跳躍するのはあっという間でしたが、その間にも原子力発電所の事故、薬品や化学物質の予期せぬ副作用、環境破壊による汚染など、技術革新の負の側面も増大していました。ダリアン人の多くは、技術の進展が必ずしも良いことばかりではないことを学び始めていました。
 そんな中ゴールギー・ルーレ(Ghorge Rorre)は、技術によって汚染されていない新世界を求める運動を興し、やがて何万人もの支持者による資金援助によって彼の名を冠したルーレ星系(0526)に集団移住を行いました。そこではソロマニ人到来以前のTL3を越える技術開発を禁止し、環境保護を推進し、宇宙港の外で住民は農場を営みました。ルーレ産の農産物はその目新しさから市場で高く評価されましたし、牧歌的な雰囲気から観光地としても成功したようです。
 環境破壊の教訓は母星のダリアン人にも影響を与えていました。彼らは資源を惑星内から星系内へ、そして星系外へと求め始めました。軌道上には星系内資源の精製施設が建設され、ダリアン人の入植に向かないとされた星には採掘場が置かれて輸送船団が母星と行き来していました。今でも残っている遺構としては、ドゥバーレ(0830)の露天鉱山やタルチェク(1631)のガス精製所が挙げられます。

 ダリアン人は探査こそ広範囲に行い、無人の惑星を何十も発見しましたが、それら全てに入植できる程の人口も必要性もありませんでした。探査終了後のダリアン人は近隣世界の科学分析に注力し、-1250年~-1100年にはダリアン圏の11世界を徹底的に調査した上で、その星の生態系や鉱物資源を研究するための科学施設を各地に設置しました。同時に、長期滞在における心理的・生理学的影響も調査されました。
 それらの調査結果を基に何百もの開拓者が入植地を建設していき、数十年後には食料自給が可能な水準に達しました。しかし、依然として技術機器の多くはデイリーエンから購入するしかなく、デイリーエンが求める農産品の輸出に収入を頼るしかありませんでした(ルーレの植民地は母星からの自立を果たしていましたが)。

 ソロマニ人の来訪から400年が過ぎ、ダリアン人はTL14に到達していました。それは、彼らにあと400年の平穏な時間があればTL22~23に到達していたであろう、と言われるほどの躍進ぶりでした。ダリアン社会は研究と開発に邁進し、ある意味で傲慢でした。神の領域に挑むべく彼らは急ぎ、倫理面で疑わしい分野にも踏み込み始めました。研究は反物質生産、生命工学、物質転送原理、人工知能、超能力の分野にも及んでいました。星系探査も進められましたが、それも主に研究目的でした。研究こそが当時のダリアン社会の全てでした。
 -1000年頃、TL16になっていたデイリーエンの統一政府は主星テーニス(Tarnis)の調査研究計画を開始しました。というのも、スピンワード・マーチ宙域各地への遠征で得られたデータを検証すると、星の放射出力の面でテーニスのそれは理論値と実測値に不安な乖離が生じていたのです。
 -950年と-944年に並行して、主星内部を解明する2つの計画が進められました。主星近くの小惑星帯の基地から運営されるエブー(Abh)計画(直訳するとアルファ計画)と、北極海の海底都市のズローズ大学から運営されるウーズ(Udh)計画(オメガ計画)です。前者はデータを遠隔測定するために、保護したセンサーを直接恒星内部に送り込むもので、後者はスーパーコンピュータと新開発の中間子技術を応用して遠方から主星を観測し、恒星の寿命に関するデータを集めました。
 -925年には、エブー計画は恒星そのものに耐える最初の無人探査機(probe)の開発を完了しました。その探査機は約8分間高熱に耐え、深度18000キロメートルに達して焼滅しました。
 翌年、外殻を改良した2号機がテーニスに打ち込まれて深度30万キロメートルに達し、膨大な量のデータを送信し続けました。それは天体物理学者たちを喜ばせましたが、それも恒星の異変の兆候を示すデータが送られるまででした。探査機を停止させる決定が下される前に、恒星の表面下で猛烈な膨張が起こり、宇宙空間に星間物質を放出し始めました。
 巨大な爆発の最初の影響は、ガンマ線バーストでした。それは超新星爆発に比べれば微々たるものでしたが、それでも星系規模では恐るべき被害を与えました。光速で飛来した放射線は破壊的な電磁パルスとなって、星系内全ての電子機器を破壊しました。宇宙空間ではあらゆるコンピュータが故障し、宇宙船の乗組員や軌道施設の人々は暗闇の中で急性放射線障害を起こして即死しました。デイリーエンでも反重力機器は墜落し、自動運転の乗り物は急停止するか燃料が切れるまで動き続けました。コンピュータ上のデータは消滅し、大気中の通信電波も使用不能になりましたが、そもそもそれを送受信する機械も沈黙していました。ものの数秒で、TL16社会は石器時代に逆戻りしてしまいました。
 しかし、最悪の事態はこの後だったのです。テーニスから発せられた巨大フレアは時速30万キロメートルで宇宙空間を進み、わずか3週間でデイリーエンの公転軌道を通過しました。社会基盤の復旧に忙殺されたダリアン人は近付いてくる己の運命を知らず、自身を守ることができませんでした。フレアが直撃した瞬間、圧倒的なエネルギーによって地表気温は局地的に摂氏250度に達して、浅い海は蒸発し、森林や草原は燃え、3日間をかけて猛烈な嵐が吹き荒れました。地表のほぼ全ての生命は死に絶え、生き残ったダリアン人は地下施設や深海都市に閉じ込められていた約2割の人々だけでした。その生存者も、ほとんどが天候災害や放射線障害や飢餓などで数週間以内に死亡し、かつて数十億を数えた人口は数十万人にまで激減しました。極わずかな生存者たちは、この恐るべき災害を「大混沌」を意味する「メイギズ(Maghiz)」と呼び伝えました。
 メイギズの余波はデイリーエンに留まりませんでした。ガンマ線バーストは星系内全ての人工施設どころか、周辺6パーセク以内のダリアン人植民地をも順に襲いました。事前警告を受けて到達予定日がわかっていても、全ての電子機器を電磁波から守ることはできませんでしたし、そもそもそれができるほど植民地には資源も機材も足りなかったのです。


 メイギズ以前のダリアン植民地は、あらゆる面を全てデイリーエンに依存していました。地上車や重機を造る程度の工業能力は有っても、極小回路や先進的な医薬品、そして何よりもTL16の社会基盤を維持する能力に欠けていました。加えて植民地では科学情報のデータベースも整備されておらず、それぞれの世界では専門家の脳内に蓄えられていたものが全てでした。特に、宇宙船の新造は不可能となってしまいました。
 メイギズに続く20年間、デイリーエンとその植民地は細々とした通信や交易を行ってきましたが、宇宙船の老朽化に伴ってそれも難しくなり、-905年に全てのダリアン人入植星系はそれぞれ独自の道を歩むことを決めました。残った艦船は等しく分配され(※この時デイリーエンが秘匿していたTL16艦隊が約1300年後に発見されます)、-860年には世界間の交流は完全に停止しました。
 それから「長い夜」の間、それぞれのダリアン人星系は生き残りに苦心しました。彼らの禁欲主義傾向は、この苦難の時代に培われたのです。彼らの技術力は電子化前に戻り、ハイテク機器のほとんどは廃棄されるか、博物館に保管されました。

 -275年、マイア(0527)はTL10に回復していました。研究者たちは博物館に保管されていた宇宙船を調べ、自らの技術と産業基盤で新しくそれを建造できることに気が付いたのです。修復されたジャンプ-1の貨物船が探検隊として各地に進発した後、マイアは他のダリアン人植民地や母星デイリーエンとの交流を再確立し、4年後には自力建造した宇宙船によって新時代の幕を開けました。
 再建されたダリアン圏は、再接触計画を実施したマイアが必然的に主導することになりました。メイギズからの回復が遅れていたデイリーエンは遅れて-238年に相互友好条約に加わったため、ダリアン人の母星として尊重はされたものの実権は失いました。ちなみに、この年をダリアン連合(Darrian Confederation)は建国年としていますが、148年に正式に成立するまでは星系政府同士の緩やかな集合体に過ぎませんでした。

 再び宇宙に戻ったダリアン人が最初に発見したことは、自分たちに「隣人」が居たことです。-399年にソロマニ人が隣の星域に到着し、ダリアン圏から7パーセク離れたグラム(1223)に入植していました。グラムのソロマニ人たちは、予備探査で再建途上にあったダリアン文明の存在に気付いてはいましたが、彼らは自分たちだけの社会を築きたいと考えて接触は試みず、代わりに星域内の無人星系への入植を加速させました。
 やがて入植地にティソン、オルクリスト、スティングといった宝剣の名を冠し、「ソード・ワールズ人(Sword Worlders)」と名乗るようになった彼らは、-200年には星域全体の無人世界のほとんどを植民地化し、-186年にサクノス統治領(Sacnoth Dominate)を建国しました。なお、ダリアン人とソード・ワールズ人との接触自体は-265年にマイアの探査船によってなされていましたが、両者の公式な外交関係が樹立されたのは-164年になってからです。

 ゾダーン人も新たな隣人となりました。実は彼らは遥か昔の-2500年頃にスピンワード・マーチ宙域に進出していましたが、ダリアン人の探査隊はゾダーン人と接触することはなく、ゾダーン人も2000年間に渡ってリムワード方面よりもグヴァードンやプロヴァンス宙域方面に目を向けていました。
 -187年になってようやくゾダーン人の商業探検隊がダリアン人と接触し、以後双方は有意義な貿易関係を構築しました。ダリアン人は試作品を分析して再現することに熟達していましたし、ゾダーン人はダリアン人に製造や加工を行わせて購入した方が自分たちがするより利益になったからです。
 しかし20年後、ダリアン人は実は100年前からゾダーン人がソード・ワールズ人と交易をしていたことを知ります。何とゾダーン人は荒廃したダリアン世界を知っていて意図的に避けていて、それどころか長きに渡ってダリアン人の観測を続けていたのです。ダリアン人は、ではなぜゾダーン人が「長い夜」に苦しむ自分たちを人道的に助けなかったのか疑問に思いました。いくつかの分析の後、ゾダーン人がダリアン人を脅威に感じていたことが判明します。太古種族を除いた既知の文明で、誰もかつてのダリアン人が到達した技術水準に至っていないことがその理由と考えられました。
 それからダリアンとゾダーンの関係は相互不信から急速に冷え込み、現在に至っています。

 最後にやって来た隣人は、第三帝国でした。国境を押し進めてスピンワード・マーチ宙域まで来た彼らは、54年にマイアでダリアン人との接触を果たしましたが、その後ソード・ワールズ星域で内戦(グラム=サクノス戦争)が発生したために継続訪問は中断されました。帝国がダリアン圏との公的外交接触を行うのは、内戦終結後の148年まで待つことになります。
 帝国の到来により、スピンワード・マーチ宙域の本格的な開発が始まりました。巨大文明との接触は製品や資源取引の市場を産み出しましたし、ダリアン圏は工業化された星々の安定した政体として帝国の宙域統治にとっても理想的でした。帝国市場を巡ってソード・ワールズとの競争は自然に起こりましたが、ダリアン圏はソード・ワールズより市場規模が小さくても良質の製品を生産していましたし、ソード・ワールズの政情の不安定さも長期契約においてダリアンに有利に働きました。

 ダリアン連合は同種族による経済的連携を目指して結成されましたが、その主な目的は自衛でした。ゾダーンとの規模格差を考えれば、外部からの援助なしに自らを守り切れるとは思えなかったのです。
 隣のソード・ワールズとは経済的に競合相手であり、また彼らはダリアン人を軽蔑していたこともあって、交流関係は不安定でした。ダリアン人にしてもソード・ワールズ人は、メイギズさえなければ本来自分たちの入植地となっていたであろう星々を「横取り」したように映っていました。
 これら2つの仮想敵を考慮すると、打てる唯一の手段は帝国との連携でした。とはいえ当初ダリアン連合は、帝国とは経済面での関係を深めつつも軍事的には中立政策を採用しました。400年代になるとより抑止力の強化の必要性を感じ、新兵器の研究配備を加速させました。
 500年代に入り、宙域の情勢は更に不安定さを増しました。ゾダーンとソード・ワールズは対帝国同盟に入るよう打診してきましたが、ダリアンは中立政策を維持しました。その間にも防衛計画の見直しを続け、細心の注意を払っていました。
 589年、十年来続いていた国境問題が激化し、ついにゾダーンはヴァルグルとソード・ワールズと共同で帝国に攻め込みました。ダリアン人はこの時でも中立を守ることが最善と考えていましたが、ソード・ワールズが事態を一変させました。
 戦前のソード・ワールズはいくつかの政府に分立していましたが、開戦によって海軍の下に統一政府を作って団結しました。更にソード・ワールズ海軍は、ダリアンが中立を宣言しているにも関わらずアントロープ星団(Entropic Worlds)を593年に占拠し、そこにある鉱山を奪い取りました。これにより(※加えてゾダーン海軍による領域侵犯事件もあって)参戦の機運が高まり、ダリアン連合は帝国側についてソード・ワールズを両面から挟む形で戦いに加わりました。
 後に「第一次辺境戦争」と呼ばれるこの戦争は604年に終結しましたが、残念ながらアントロープ星団はダリアンに返って来ず、星団がソード・ワールズ国内の反体制派の流刑地として使われているのを黙って見ているしかありませんでした。

 第一次辺境戦争は、ダリアン社会のもう一つの転換点でもありました。軍事力整備が急がれていた開戦直前、ダリアン圏に新たな種族が訪れました。新たな土地を求めるアスランのイハテイ(第二の息子)艦隊がやって来たのです。
 イハテイらは自分たちの武力を売り込む絶好の相手を見つけ、領土奪還に燃えるダリアン人との利害が一致しました。アスランはダリアン正規軍に組み込まれた他、アスラン系傭兵部隊も雇用されてダリアン軍と合同で戦いました。宇宙ではダリアンの戦艦とアスランの巡洋艦が肩を並べていました。
 アスランは第一次辺境戦争に続く帝国内戦の時代もダリアンを守り、第二次辺境戦争(615年~622年)ではゾダーンに対して帝国軍やダリアン軍と共に戦いを続け、特にアスランの通商破壊船団はゾダーンやヴァルグル領の奥まで潜り込みました。
 彼らのダリアンに対する忠誠心は、金銭ではなく彼らにとって最も価値を持つもので報われました。ロジェ(0427)とアングルナージュ(0425)に広大な土地を得た彼らは、やがてダリアン社会の一員として迎えられ、アスランの方も社会に溶け込んでいきました。

 第二次辺境戦争でソード・ワールズが帝国に領土の半分を奪われる大敗を喫したにも関わらず、アントロープ星団がダリアンに返還されることはありませんでした。帝国が領土奪還のために何もしてくれないことに苛立ったダリアン人は、788年に電撃的にアントロープ星団を武力で奪還しました。この衝撃によって当時の統一ソード・ワールズ政府が崩壊し、不安定な三国同盟に移行しました。ダリアンはアントロープ星団に作られていた何千もの矯正収容所を廃止し、ダリアン連合への亡命を希望するソード・ワールズ人を喜んで受け入れました。積極的なインフラ投資も実り、星団は凍てついた鉱業の星から生産性の高い製造業の星へと変貌していきました。
 800年から826年にかけて、帝国は恐慌に駆られた超能力弾圧を開始しました。ダリアン連合は元々超能力には寛容でしたが、同盟国との関係に配慮してあくまで表向きは抑制的になりました。
 848年にソード・ワールズ星域の三国同盟が崩壊し、4年間の内戦に突入しました。当初ダリアン人からは歓迎されていましたが、政治学者は内戦の末により中央集権的な政府が誕生するのではないかと危惧し、実際にソード・ワールズ連合(Sword Worlds Confederation)の建国でそれは証明されました。

 第三次辺境戦争(979年~986年)では、ダリアン連合は直接参戦するのではなく、帝国軍の後方支援に徹しました。その休戦後、ダリアンは新設計の巡洋艦の建造をアントロープの造船所で始めましたが、それはソード・ワールズ連合側には挑発行為であるように見えました。加えて、帝国がクォー(0808)に新たに海軍基地を設置したことで、両陣営の緊張は更に増しました。クォー基地を将来の脅威とみなしたゾダーンは、ジュエル・クロナー両星域での奇襲攻撃に打って出て、第四次辺境戦争(1082年~1084年)が勃発しました。
 その開戦を口実にしてソード・ワールズ軍はアントロープ星団に攻撃を仕掛け、甚大な被害を受けたダリアン海軍は撤退を余儀なくされました。その際、刑務所星系トーメント(0721)に収監されていた凶悪犯がソード・ワールズ軍によって故意に「解放」され、以後ダリアン領内では海賊攻撃が頻発するようになりました。特に物流や補給網には深刻な影響が出て、停戦までに領土奪還を果たせなかった理由の一つとなったのです。この戦争では代わりにクーノニック(0822)をソード・ワールズから奪還はしましたが、アントロープ星団を失ったことによる求心力の低下は否めず、停戦後すぐにノニム(0322)とコンダリア(0528)が連合から脱退しています。
 この10年でダリアン海軍は、ゾダーンやソード・ワールズからの新たな侵略に備えて帝国からTL15艦艇の提供を受けています(※1012年にもライトニング級巡洋艦2隻を譲渡されています)。ダリアン連合は帝国との緊密な同盟国ではありますが、ダリアン人の間では帝国のストレフォン皇帝にアントロープ星団奪還への意欲が見られないことへの失望の声も聞こえています。
 ダリアンは現在の星図にTL16として記載されていますが、一般的に入手可能な物品はTL12程度です。メイギズの反省から急進的な科学技術の開発は行わず、物品が壊れた場合も新製品の購入ではなく再生利用が社会で重んじられているからです。依然として各地にTL16の施設はありますが、その多くは機能しない観光遺跡であり、技術の複製も戒められています。


(※「デイリーエン」の銀河公用語読みが「ダリアン」です。Traveller5以降「デイリーエン人」の方が正式名称となったようですが、混乱を招かないためにここでは「ダリアン人」を使用しました。また、ダリアン星域の星系名は明らかにダリアン語(Te-Zlodh)ではないため、帝国偵察局が付けた星系名に「翻訳されて」いるのは間違いありませんが、現地でどう呼ばれているかどうかの設定は見当たりません(※唯一の例外が人名由来のルーレですが、ゴールギー・ルーレはおそらくソロマニ人の家系の末裔です))


【参考文献】
Journal of the Travellers' Aid Society #14 (Game Designers' Workshop)
Alien Module 8: Darrian (Game Designers' Workshop)
Spinward Marches Campaign (Game Designers' Workshop)
GURPS Traveller: Behind the Claw (Steve Jackson Games)
GURPS Traveller: Humaniti (Steve Jackson Games)
Alien Module 3: Darrians (Mongoose Publishing)

星の隣人たち(3) ダリアン人の特徴

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ダリアン人の身体的特徴
 太古種族によってテラの約半分の表面重力の惑星に連れてこられたダリアン人は、30万年の間にその体を高く、細く変えていきました。純血のダリアン人の身長は2.1~2.3メートルに達し、ソロマニ人など他人類の血が混じっていても2.0~2.2メートル程になります。平均体重は男性78キログラム、女性は73キログラムですが、これはソロマニ人なら36キログラム程度しかないのと同じです。
 ダリアン人は皮下脂肪層が薄く、寒さに弱いように見えます。しかし彼らは摂取した食べ物を栄養や熱に変える能力に優れていて(食事量さえ確保できていれば)寒さを苦にしないだけでなく、その代謝能力は日頃減量に勤しむソロマニ人やヴィラニ人女性の羨望の的となっています。同時に、飢餓に強く発汗も少ないという特徴も持ち合わせています。
 遺伝的に低重力に適応したことはすなわち、高重力世界への入植には不利となるということです。生活のあらゆる面での不快感どころか、心肺機能への過負荷が寿命を縮める場合すらあります。この問題には医薬品の常用や、脆弱な骨格を支えるための外骨格機器の装着で対処されています。
 ダリアン人の肌は金色か灰色がかった黄色ですが、これは日焼けすることなく紫外線から体を保護するために有効です。また、白もしくは銀色の髪の毛も熱を反射するためにあります。ただしソロマニ人の血を引くダリアン人は濃い肌や髪の色をしている場合があります。
 自然と調和して生活していた期間が長かったためか、彼らは帝国人と比べて視力・聴力・反射神経に優れていて、特に印象的である尖った耳と合わせて「エルフ(古代テラの伝承に出てくる妖精)」の異名を持たせる理由になっています。加えて、母星のレトロウイルスの影響で高地の高濃度オゾン環境でも生活することができます(黄金時代にそれが解明されたので、ソロマニ人入植者たちもレトロウイルスの接種で同様の特性を得ています。よって現在のダリアン連合に住む全人類はこの特性を持ちます)。
 ダリアン人の約4割が両手利きまたは左利き(※両手利き2割・左利き4割・右利き4割とする統計もあります)のため、彼らの装置設計はどちらの手でも利用しやすいようになっています。これは解剖学的には、ダリアン人は左右の脳を両方とも均等に扱えることを意味し、彼らの優秀な数学的才能や創造性・歌唱力の高さもこれによるものです。
 彼らの骨盤は男女双方ともヴィラニ人より広いため、梁などの狭い場所での歩行は苦手としていますが、決して平衡感覚が劣っている訳ではありません。

ダリアン人の人生と家庭
 ダリアン人の妊娠期間は44週で、新生児は比較的脳が多い状態で生まれてきます(そして前述の骨盤構造が安全な出産を助けます)。そのため言語能力や運動能力は急速に発達し、出生後12週程度で走ることが可能になります。
 22歳から40歳ぐらいまでが彼らの身体的全盛期です。その後は緩やかに衰えていきますが、先天的な抗酸化体質によって温暖かつ低重力環境に居住しているのなら軽く100年は生きることができます。一方、寒冷地や高重力環境では心身に負担がかかって寿命が60年まで縮む場合がありますが、抗老化剤(アナガシックス)による寿命延長は可能です。
 ちなみに、晩年のダリアン人の多くは肉体的には健康でも骨粗鬆症に苦しみます。

 ダリアンは一夫一婦制の社会ですが(興味深いことにダリアン文化に染まったアスランも一夫一婦となっています)、結婚するまでは性交渉も含めて様々な相手と関係を持つことが奨励されています。そしてその中から(異性に限らず)最良の伴侶を決めたら、その後は終生添い遂げるのも特色と言えます。彼らの寛容さと我慢強さゆえに離婚は非常に稀で、感情を出さないのが美徳なので情熱的な結婚生活というのもあまり聞かれません。
 各家庭は平均2~3人の子供を持ち、子の姓は父親のものが生涯受け継がれますが(婚姻による変更もありません)、代わりに母親は子に「幼名(birth name)」を付ける権利を持ちます。ちなみに彼らの名前は「姓・名」の順で、その前に称号が足される場合もあります(※社会身分度10+)。また幼名とは別に成人後に自ら決めて名乗る「選択名(taken name)」があり、成人は姓と選択名を合わせて名乗ります(他人から姓だけで呼ばれることもありません)。「姓・幼名・選択名」の3つが揃って書き込まれるのは身分証明書ぐらいです。
 子供たちは年長者や地域社会に敬意を持つように、感情を殺して知識を蓄えるように教えられます。ダリアン人の子供たちは5歳(約6標準年)で公教育が開始され、以後12年間に渡って幅広く教育を受けます。子供たちの憧れの職業の定番は冒険家や軍人ではなく、研究者、学者、哲学者、教師です。
 やがて14歳(16.2標準年)の青年になると、自立に向けての準備が始まります。青年期の反社会的行動は、自分が社会の一員として他者との関係なしに生きられないことを理解するまで衣食住から切り離される形で罰せられ、それでも更生しないようであれば文字通り野垂れ死にするまで社会の恩恵には一切与れません。これは帝国人から見れば残酷なようですが、彼らが数千年間の生き残りの知恵から編み出した手法であり、実際には死に至るようなことはほぼありません(多くは死ぬ前に亡命を選びます)。
 成人年齢は大学を卒業する17歳(19.7標準年)で、この時点で家を出て自立することが求められます。そこから徴兵されるか就職するか大学院に進むかを選択し、約半数の若者が特定分野の学問を更に極めようとします。自立したとはいえ家族の絆はそのまま維持されて、老齢の両親は子や孫から面倒を見られるのが普通です。

ダリアン人の食事
 彼らは「楽園」の時代からずっと新鮮な野菜や果物を好んで食べていますが、その時代でも狩った野生動物の肉で栄養を補っていました。現代のダリアン人は全ての生命を尊重していますが、畜産による食肉は普通に行われています。ただし無闇な虐殺や、残酷な手法による屠殺は避けています。
 またダリアン人は工場で人工肉を量産できる技術力を持ちながら、ほとんどの人は有機的に育てられていない肉を拒みます。

ダリアン人の社会
 ダリアン人は家族よりも大きな集団への帰属意識に乏しく、特に恒星間国家の一員という意識は希薄です。しかしメイギズ以降に星系ごとに築かれた文化や習慣に多少の差異こそありますが、連合加盟星系の文明水準は驚くほど均一です。また、ダリアン人、ソロマニ人、アスランと種族が異なっていても同じ「ダリアン市民」と考えられます。全ての市民は平等に扱われ、職位の上下はあまり重要視されないので、経営幹部が平社員と友人関係となるのは別に珍しくありません。
 ダリアン人は科学研究に限らず何事にも徹底して完成度を追い求めます。加えてダリアン社会は協調性も重んじるので、仮に仲間を踏み台にして個人が大きな成果を挙げたとしても、集団全体で成し遂げたものより価値は落ちるとみなされます。
 ほとんどのダリアン人は仕事を愛していますが、余暇も大事にしています。彼らにとって最大の関心事は知識の追求で、趣味として大学に通い直して専門分野を更に極める者も少なくありません。他者と議論をするにしても、それは政治ではなく科学に関することです。また、旅行も好まれていて、ダリアン連合最大の産業が実は観光業なほどです。芸術は娯楽でも重要な役割を持ち、生の演劇や演奏会は非常に人気があります(逆にホロ映画などの「人工的な」ものは好まれません)。更に共同娯楽として、聴衆も参加する即興演劇や集団舞踊も人気があります。その反面、スポーツは娯楽としては地位が低く、集団競技はあくまで楽しむ程度に留まり、長距離走のような個人競技はむしろ精神修行の領域です。
 ダリアン社会は他者に対して非常に寛容的と知られていますが、彼らの忍耐にも限界はあります。窃盗・傷害・研究不正などの犯罪は無慈悲に処罰されますし、それは観光中の異国人であっても例外ではありません。彼らは平和主義者ですが、戦争を避けるための交渉が失敗に終われば、彼らは自身が持つ卓越性が科学面に限られないことを証明してみせます。
 ダリアン人にとって宗教とはあくまで哲学的命題であり、他種族で宗教団体が担うような活動(慈善行為や心理相談)は、それに応対する団体組織や親族関係で賄われます。ダリアン社会は多様性と寛容を重んじる一方で、個人の哲学と政治的信念とは厳格に区別されていて、特定の哲学が政治勢力となることを忌避する傾向があります。

ダリアン人の言語
 メイギズ以前は各盆地由来の5言語を公用語としていたダリアン人ですが、メイギズ以後はズローズ語(Te-Zlodh)が標準語となりました。なぜならメイギズからの大多数の生存者がズローズ(※の海底都市)に居たからです。
 ズローズ語は現在全てのダリアン人が話せますが、各世界ごとに訛りや方言が存在します。また、ソロマニやアスラン言語からの借用語も取り込まれています。
 ちなみに、ダリアン連合内のアスランは社会に同化する一方で自らの言語は守ってきましたが、近年では交易面を考慮してダリアン語(もしくは加えて銀河公用語)を学ぶようになってきています。

ダリアン人の技術
 星図に記された「TL16」の字に期待を膨らませてダリアンを訪れた観光客は、現地で大いに面食らうことになります。TL16は過去の遺物となっていて、実際に市場で流通しているのはジャサント産のTL13程度の製品がほとんどです。連合内の他の星系では生産基盤があまり整っておらず、それ以上の水準の物品は主に帝国からの輸入品となります。ただし兵器と造船の分野では質の高いTL15のものが製造されています。
 ダリアンの製品は人間工学に基づいた曲面で構成されているのが特徴です。そして修理が容易になるようにモジュール構造で作られていて、数十年分の修理保証を付けて販売されるのでかなり高価です。しかしこれは苦難の時代での資源節約から生まれた文化です。帝国からの輸入品は安価ではありますが、ダリアン人には「使い捨ての粗悪品」という悪い印象があります。
 もう一つの特徴は、あらゆる回路が電磁波から保護されていることです。それが例え電気髭剃りのような小物であってもです。

通信技術:TL14
 全盛期のダリアン人は中間子技術を通信に利用し、兵器転用はしていませんでした。技術を取り戻した現在でもそれは変わらず、星系内には中間子による軍事通信網が張り巡らされ、加えて旧式ながら信頼性の高い光ファイバーで二重化されています。一方でメイギズ以降に通信衛星が廃れたため、個人通信は低軌道距離(500km)の範囲内で、ただしそれでは大量の電力を消費するので実際はその10分の1程度に抑えて直接通話が行われています(※『トラベラー』の無線通信は、携帯電話普及以前のトランシーバー的なものが想定されているので注意が必要です)。
 ダリアン連合の通信網を独占するズローライル社(Zloril)は最近、自動応答サービスを開始しました。これは事前に利用者の容姿や個性をコンピュータに取り込んでおいて、通話を求められた際に仮想上の「自分」が高度なシミュレーションに基づいて応対(丁重に断るなど)をしてくれるものです。

電子技術:TL14
 前述した通り、ダリアンの電子回路は電磁波に耐えられるように防護されています。導電回路は廃れ、電磁波に強い結晶演算装置(crystal processors)を光ファイバーで結ぶやり方が採用されています。必然的にダリアン製のコンピュータはスピンワード・マーチ宙域で最も頑丈となりましたが、帝国製のコンピュータとは互換性がありません。データの格納についても複数のホロクリスタルに多重保存するのは当然で、政府機関や大学のコンピュータは地下数十キロメートルにある深度保管施設に中間子通信(に加えて光ファイバー)で送って複製データを保管しています。
 ダリアン人は製造業や建設業でロボットを活用していますが、それらは特定の用途に特化されたものです。汎用ロボットや擬生物型ロボットは非効率的とみなされ、鉱業や農業分野でも自律型ロボットは利用されていません。軍事用ロボットも乗っ取りの懸念から禁止されています。

エネルギー技術:TL15
 メイギズ以前のダリアン人は、大気汚染や原子力事故の反省から無公害の核融合技術への傾斜を加速させ、最終的には反物質炉の実用化一歩手前まで漕ぎ着けていました。しかし主星テーニス軌道上の施設はメイギズの際に消滅し、マイアの実験炉は電磁波による停止後に再起動をかけたところ爆発四散しました。
 メイギズ以後の各植民星系は様々な手段(水力・陽光・地熱・風力など)で電力を調達して、核融合炉の復旧が可能になるまでしのぎました。その間、節電技術は大いに発展しています。現在ではあらゆる電力は核融合炉から賄われ、ダリアン製の核融合炉は市場で最も小型化されていることで知られています。

医療技術:TL14
 ダリアン人の存在は生態系にとってそもそも異質であったため、彼らは医学を発展させる必要もなければ、発展させるヒントにも欠けていました。やがてダリアン人が惑星環境に馴染むと病に冒されるようになりましたが、本格的に医学が進歩したのはソロマニ人の到来以降です。彼らが持ち込んだ衛生学や抗生物質の概念は、ダリアン人にとって革命的でした。
 やがて遺伝子工学の発展によって植物由来の有益な医薬品の開発が進み、それらの品種の多くは(※植民星に移植されていて)メイギズを生き延びました。現在では多くの病気が新生児時の予防接種によって克服され、臓器や薬用植物のクローンを作るための装置は連合政府が資金を出して各世界に置かれています。

輸送技術:TL14
 ダリアン連合の多くの世界では、貨物輸送に地下鉄道が(地上を大型の物体が行き来するのは美しくなく、環境にも悪いと考えているのです)、個人輸送に反重力機器が用いられています。メイギズの悲劇の経験から反重力機器は滑空翼と一体化し、急に機能を停止しても無事に着地できるように設計されています。海では未だに帆船が見かけられますが、これは趣味で使われているものです。
 ダリアン製の宇宙船は宙域内で最も進歩していると言われています。ソロマニ様式に似ているのは元々ソロマニ人の宇宙船から技術を得たことに由来しますが、ダリアン人自身もソロマニ式の設計を好んで導入しています。デイリーエンやマイアの造船所はTL15艦船を造ることができ、ジャサントではほとんどの民間用のTL13船舶が製造されています。彼らはその気になればジャンプ-6の船も造れますが、国家規模が小さいので需要はジャンプ-3以下に集中しています。
(※GDW版とマングース版で貨物輸送に使われる「tube」の解釈が異なっているような気がします。アメリカ英語では「管・筒」ですから未来想像図にありがちなあのチューブ鉄道になりますが、これはイギリス英語では「地下鉄」の意味なので、そちらの方向性で設定が補強されてしまった感があります)

武器技術:TL15
 ダリアンはありとあらゆる最先端の兵器を製造・輸出しています。これらは極めて高価ですが、その信頼性と耐久性は一級品です。さすがにTL16の武器の入手は無理ですが、磁気ライフル、バトルドレス、フュージョンガンといった帝国では入手が難しい兵器ですら購入可能です。これらはあくまで輸出品なので一般のダリアン市民は所有が禁止されていますし、製造元が直接に国境外で商品を引き渡すよう厳重に管理されています。


【参考文献】
Alien Module 8: Darrian (Game Designers' Workshop)
GURPS Traveller: Behind the Claw (Steve Jackson Games)
GURPS Traveller: Humaniti (Steve Jackson Games)
Alien Module 3: Darrians (Mongoose Publishing)

星の隣人たち(4) ソード・ワールズの歴史

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「これは私見だが、ソード・ワールズ住民との初接触の報告書を一言でまとめるならこうだ……『彼らはきっと厄介者となる』」
―― ブレンハイム・オート=ムボー卿(初代アンドゥリル駐在帝国大使)

 太古種族期のソード・ワールズ星域に人類がばら撒かれた痕跡はありません。しかし、この星域の多くの星々の太古種族期以前の地層からは生命の痕跡すら見つからないことから、太古種族が広く大規模な惑星改造を行って人類の移植に適した環境を創り出そうとしていた可能性は十分考えられます。
 太古種族の滅亡後の約30万年間、数少ない例外(※エクスカリバーの第3衛星には「わずか」2万年前の謎の遺跡が存在します)を除いて知的種族がこの星域で活動した記録はありません。やがて隣の星域のダリアン人が宇宙に乗り出すと、ソード・ワールズ星域の星々は彼らに探査され、-1270年から各地に科学研究や資源採掘の基地が建設されました。しかし-924年に巨大フレアによってダリアン文明が壊滅すると、これらの基地は放棄されました。中にはグングニル星系の製薬施設のように100年ほど生き延びたものもありましたが、やがて職員の子孫たちは死に絶えました。
 -800年頃のソード・ワールズ星域は、再び静まり返っていました。

 -400年代後半、ソロマニ・リム宙域にあったOEU(Old Earth Union, 古き良き地球連盟)は、牛飼座星団(Near Bootes Cluster)との軋轢や、体制派と革命派による内戦で内憂外患の状態にありました。-420年、体制派のソード級輸送艦グラムは4万人の兵士を乗せ、遠征軍の一艦艇としてテラ(ソロマニ・リム宙域 1827)を離れました。この時乗せられていたのは、第8スカンジナビア陸戦軍団、アジッダ植民地連隊、ゲルマン猟兵3個大隊、その他工兵連隊などの支援部隊、という編成でした。遠征の目的はチェルノーゼム(同 1836)の攻略でしたが、惑星降下戦の最中に革命派の救援艦隊が到着し、数で不利となった遠征軍は重力井戸の内側で無謀なジャンプを試みました。そのほとんどは消息不明となりましたが、輸送艦グラムと6隻の駆逐艦や護衛艦のみがジャンプに成功しました。そして、惑星に取り残された第146海兵隊連隊などの降下部隊の運命は、また別の物語となります。
(※チェルノーゼムは牛飼座星団に属する星系なので、この戦いから牛飼座星団とOEU革命派が手を組んでいた側面が見えてきます)
 彼らはテラに帰投する途中で、体制派が内戦に敗れ、更にチェルノーゼム遠征軍の全員が戦争犯罪人として追われていることを知らされました。彼らは体制派の残党である軽巡洋艦ロバート・ザ・ブルースなどと合流しながら、包囲網の隙間を突いて逃げ延びました。

 敗残兵たちは、次に何をすべきかという問題に直面しました。従う祖国を失った結果、命令系統は不安定となり、偶発的事件によって陸軍と海軍の兵士たちの間には亀裂が生じ、集団全体が危機に瀕していました。いくつかの議論を経て、上級将校たちは自分たちがもはや軍隊ではなく「即興の植民船団」であると位置付けました。両軍の将校から構成された「グラム協議会(Gram Council)」の誕生です。
 協議会は、適切な惑星を見つけてそこに落ち着くことを決議し、物資の温存のために「新たな家」に到着するまで兵士たちを冷凍睡眠させました。斥候隊はマジャール宙域に入植先の候補を見つけてきましたが、革命派による残党刈りにいずれ発見される恐れから、人類圏から完全に離れることを決めました。

 とある小国家の首都ウー(マジャール宙域 0203)にて、彼らは小規模アスラン氏族フアオヘイリーユ(Faoheirlyu)の特使と連絡を取りました。フアオヘイリーユ氏族は当時、アロアイェイ氏族(Aroaye'i)に従属するワハトイ氏族(Wahtoi)の臣下でしたが、ワハトイが敵対氏族と戦争中のアロアイェイの支援に掛かりきりのため、フアオヘイリーユは独立氏族ロイフト(Roilhtyo)の略奪を抑えることができませんでした。グラム協議会はこの状況を利用し、フアオヘイリーユの傭兵となることで人類宇宙からの脱出を図ったのです。
 フアオヘイリーユは地上戦力を必要としていなかったので、護衛艦が戦っている間、兵士は冷凍寝台に横たわったままでした。その間協議会は、来るべき脱出の日に備えました。商船を雇い入れて密かにテラに潜入させ、船団の構成員の家族を呼び込みました。これらの「新人」はあらゆる年齢層のあらゆる職種に及び、特に協議会は健康で若い女性の確保に力を入れました。更に、1万人を冷凍寝台で運べる中古のアスラン植民船など、新植民地を築くための機材を購入しました(※その中にはウー産のミニファント(miniphant)の冷凍受精卵も含まれ、初期開拓で役畜として大いに活躍しました。役目を終えた今でもATV代わりに騎乗されることがあります)。幸いにも、これらの代金を支払うに十分なロイフト氏族の船を拿捕できたからです。
 アロアイェイが和睦するまで、グラム協議会はフアオヘイリーユを守り続けました。こうすることで、臣下を守ってやれなかったワハトイに「貸し」を作ったことになるのです。ワハトイは彼らに恩賞として土地を提供しようとしましたが(アスランなら最高の栄誉です)、協議会は代わりにアスラン領内の自由通行権を求めました。結果的にアロアイェイの助けを得て、それは実現されました。
 -404年中頃に彼らはアスラン領内に入り、様々な氏族との折衝や急襲などで数週間の停泊を度々強いられたり、大裂溝(Great Rift)の走破に1年を要したりしたものの、-401年末には当時のアスラン領のコアワード端、リフトスパン・リーチ宙域とトロージャン・リーチ宙域との境界付近に彼らは到達しました。

 しかし土地に対する執着心を考慮すると、アスラン領近辺も安住の地とはいえませんでした。なるべくアスランから離れようとした彼らは、やがてスピンワード・マーチ宙域にたどり着きました。そこで新天地となりうる世界を探査しましたが、候補こそ見つかったもののどれも理想的には見えませんでした。
 -400年の末頃、探査を続けつつ彼らは宙域座標1223へジャンプを行いましたが、何とか到着こそしたものの輸送艦グラムのジャンプドライブがとうとう破損してしまったのです。しかし、修復をしながらも護衛艦が星系内や近隣星系を探査すると、テラに似た環境を持つ世界が(不思議と)複数見つかりました。協議会は、もはや危険を冒してジャンプする必要を認めませんでした。
 -399年127日(西暦4122年8月22日)、彼らは船の名を取って「グラム」と名付けた惑星にようやく降り立ちました。そしてゲルマン神話で名剣グラムを振るった英雄にちなんで、主星をシグルズ(Sigurd)、伴星をシグムンド(Sigmund)としました。

 グラム協議会は、初期探査で隣の星域のダリアン人の存在に気付いていましたが、文明再建期にある彼らを助けるよりも、彼らから星々を「先取り」することを選びました。グラムからジョワユーズ、コラーダ、ティソーン、フルンティングに小さな植民地が次々と建設されていきました。
 それから協議会は、中央集権型の経済こそが発展に必要だとして全ての宇宙船と機材の国有化を宣言しました。建前上は民主主義と自由社会を唱えはしましたが、実質的にグラムは抑圧的な寡頭政治となりました。そしてこれらを正当化するために(本心かどうかはともかく)、周辺世界を植民地化して恒星間大国となることこそが、あらゆる敵から我ら「ソード・ワールズ人」を守る唯一の道だと人々に説きました。
 当時のグラムの入植者は20代~40代が多く占めていたため、人口は急速に成長しました。しかし入植者の多くが元軍人だったこともあって、男女比はやや男性に偏りがちでした。協議会は母体保護の観点から女性が危険な仕事を免除されることを認め、これが現在の男性上位社会の起源となりました。実際は入植初期では全てが危険な仕事だったので、女性も「男の仕事」を任うことが多かったのですが。

 入植開始直後、巡洋艦ロバート・ザ・ブルースはテラに残った家族と連絡を取り、可能であればグラムに呼び寄せるためにアスラン領に向かいました。この巡洋艦自体はテラから帰還中に消息を絶ちましたが、以後ワハトイ氏族の助けを借りてテラからソード・ワールズ星域に入植希望者が次々とやってきました。
 ちなみに、-200年頃にフアオヘイリーユ氏族がワハトイ氏族に反旗を翻したことで、ワハトイが背負っていたグラム協議会に対する「借り」も消滅し、テラとの繋がりも断ち切られました。

 住民の連帯と出産奨励によって、-300年にはグラムは40万以上、4植民地も3万ずつの人口を数えるほどになっていました。人口増加分の多くはデュランダル、ディルヌウィン、エクスカリバー、ホヴズ、サクノス、ティルヴィングの入植に振り向けられました。

 -292年、ゾダーン商人がグラムを訪れて交流が始まりましたが、決して密なものではありませんでした。ゾダーン領との距離の問題もありましたが、交流の加速によってゾダーン文化に自分たちが圧倒されるのではないかとグラム側が恐れたのもあります。
 -265年にはマイアのダリアン人探査船がティソーンを訪れています。この当時、グラムの人口は60万人、初期4植民地は20万人ずつ、6つの新植民地は計40万人(その多くはサクノス)になっていました。しかしマイアの人口はソード・ワールズ全体よりも多く、ゾダーン人と同様にダリアン人にも彼らは警戒心を抱いて交流はほとんど行われませんでした。とはいえ近隣星域に恒星間国家が存在するという事実は、彼らに軍備拡張を急がせました。

 -265年から-232年にかけてグラムの経済は、政府の中央統制に対して自由化を求めた政治運動によって混乱していました。新植民地は建設されませんでしたが、グラムからより住みやすい他星系への人口流出は続きました。特に経済成長著しかったサクノスへは多く移り住み、-232年にサクノス初の恒星間宇宙船が進宙した時には、ソード・ワールズ総人口240万人に対してグラムは80万人、サクノスは50万人となっていました。
 それから30年間、新たな植民地化の波が起こりました。ナルシル、アンドゥリル、オルクリスト、スティング、バイター、ビーターはこの頃にサクノスから入植され、グラムと違って伝承や神話ではなくテラの(そしてソード・ワールズの)人気古典作品の中から名付けられています。一方で-200年から-186年にかけては、モーグレイ(現グングニル)、オートクレール(現ミョルニル)、イセンファン(現マーガシー/ヴィリス星域)がグラムから入植されています。

 -187年にはサクノスの経済力はグラムを凌駕し、星域内の一大勢力に押し上げられていました。そして2年間の紛争の末にサクノスはグラムを破り、ソード・ワールズ初の恒星間政府「サクノス統治領(Sacnoth Dominate)」を建国しました。-164年にはダリアンと国交を樹立しましたが、孤立政策は変わらず、交易も深まりませんでした。
 -149年からは約10パーセク圏内の周辺星域に探査隊が送り込まれ、入植地や前哨基地がボウマン、カリバーン、ダインスレイヴ(現サウルス/ヴィリス星域)、ドラグヴァンデル(現テナルフィ/ルーニオン星域)、エリクセン(現タルスス/268地域星域)、ホディング(現ドーンワールド/268地域星域)、イグリイム(現スチール)、リューシン(現アスガルド/ヴィリス星域)、スコフニュング(現ガン)、タヌース(現ガーダ=ヴィリス/ヴィリス星域)に築かれました。


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 しかし-104年、サクノスとグラムの緊張は「ティルヴィング事件」(※両国の艦艇がティルヴィング軌道上で衝突した事件)をきっかけに「最初の革命戦争(War of the First Rebellion)」に発展し、最終的にエクスカリバーの戦いでグラムに敗れたサクノス統治領は-102年に崩壊しました。統治領はグラム連合(Gram Confederation)、サクノス連邦(Sacnoth Confederacy)、ホヴズ会議(Hufud Assembly)に分かれましたが、それぞれ交戦と停戦の繰り返しは収まることなく、-88年には3国とも恒星間国家としての体は失われていました。
 その後の時代は、後に北欧神話になぞらえて「大いなる冬(Fimbulwinter)」と呼ばれる停滞期となりました。ソード・ワールズの各世界は内戦で造船能力を失い、丁重に保存された数少ない宇宙船による接触を除いて星間交流は途絶えました。星域外の前哨基地や入植地の多くは放棄されるか、滅びました。

 -11年になると、グラムは宇宙船建造能力を回復しました。他星系もほぼ同時期に宇宙に復帰すると、それから数十年間のソード・ワールズ星域は、グラム同盟(Gram Alliance)、サクノス自治領(Sacnoth Dominion)、ナルシル=アンドゥリル二重君主国(Double Monarchy of Narsil and Anduril)、ティソーン連盟(Tizonian League)、トレイリング会議(Trailing Assembly)による「五国時代(The Five States)」に入りました。そしてこの頃、ソード・ワールズの総人口は2億人に達しています。
 53年、帝国偵察局の偵察艦「赤毛のエイリーク(Erik the Red)」がソード・ワールズと接触し、五国は巨大国家の存在を知ります。当時の帝国国境はソード・ワールズから遠かったので両者にとってあまり良い貿易相手ではありませんでしたが、やがてデネブ宙域への帝国の影響力が増すと貿易は拡大し、73年には帝国の巨大企業シャルーシッド社がバイターまで定期交易路を確立します。この影響は、贅沢品輸出でディルヌウィンがトレイリング会議の主導権を握り、コラーダがティソーン連盟の長になるほどでした。
 グラムとサクノスの緊張関係は、98年に実際に開戦するまで昔のままでした。5年間に及んだグラム=サクノス戦争の末に両者が疲弊したのを見て、周辺の三小国は二大国の打倒を企てました。アンドゥリル星系のエルダー島に三国の首脳は密かに集い、星域を自分たちで三分することで合意しました。更にグラムやサクノスで多数の叛徒集団を影から支援し、それぞれが独立国を築くよう扇動しました。
 104年には「旧大国」は双方とも完全に小国分裂状態となり、それを見るや三国は平和維持の名目で介入を行いました。締結されたマグヌスタッド条約(Treaty of Magnusstad)により、三国統治(Triple Dominion)の成立と、グラムやサクノスに誕生した数々の中小国の「独立」が保証されました。とはいえ中小国に軍艦を保有する権利は与えられず、三国に星系防衛を委ねる形となりました。
 新三大国は他国よりも上に立とう(もしくは他国を蹴落とそう)とお互いに出し抜き合ってはいましたが、それでも旧二大国を決して蘇らせてはならないという思いでは一致していました。彼らはそれぞれグラムやサクノスの別勢力を支援し、冷戦状態を維持することに神経を注いでいました。

 142年に帝国の外交使節団はディルヌウィンとアンドゥリルとコラーダ(※いずれも三国の当時の最大勢力です)を訪問し、ダリアン方面にも向かいました。147年には正式な外交関係に発展し、その3星系に帝国の大使館が置かれています(ダリアンとも翌年に国交を樹立しています)。
 212年、コラーダで熾烈な内戦が発生しましたが、ディルヌウィンと二重君主国は異なる側を支援したので合同軍による介入もできなくなりました。4年後には内戦は核戦争に発展し、惑星は荒廃しました。内戦前のコラーダは人口約1億の、ソード・ワールズ星域で最も重要な世界でしたが、たった一晩で推定人口100万人未満の第4勢力にまで落ちぶれてしまいました。ディルヌウィンと二重君主国は、コラーダの残された資産の分割で対立を深め、217年には星域は再び分裂状態に陥りました。その際、スティングはバイターやスチールと共にトレイリング会議から離脱しています。
 マグヌスタッド体制の崩壊は同時に、条約に縛られていたグラムやサクノスの再軍備を可能としました。この時、グラムの4国とサクノスの6国が軍艦の建造を開始しています。

 217年から604年までは「泡沫諸国時代(Squabbling States Era)」と呼ばれています。この400年間のソード・ワールズ星域は、小国が誕生しては拡大し、他国と衝突しては併合と分裂と滅亡を繰り返していました。
 コラーダの核戦争後、コラーダ海軍は工業力の低下から維持ができずに解散の危機にありました。そこでスヴェン・ダンヤルソン大提督(Grand Admiral Svein Danjalsson)は、ある腹案を実行に移しました。彼はティソーンに艦隊を移動させて政権を奪い、その領土を自分のものとしたのです。しかし100年もの間後進世界であったティソーンは、災い転じてこの簒奪によって主要国に返り咲いたのです。
 後の世に「スヴェン大帝(Svein the Great)」として知られる彼は、配下の艦隊を他のソード・ワールズ世界への征服ではなく、荒廃した星域内でティソーンの通商路を確保するために用いました。217年にはティソーンの鉱石と他星系の商品との交易が始まり、その20年後には、ティソーン商船は他のソード・ワールズ国家と流通量で肩を並べていました。
 この平和政策は、スヴェン1世の孫娘であるエストリド(Estrid)が281年に38歳で事故死するまで続けられました。18歳で彼女の後を継いだダンヤル2世(Danjal II)は、一転して拡張政策に打って出ます。コラーダ、フルンティング、イセンファン、クーノニックを支配下に置くと、彼は皇帝に即位して「ティソーン帝国(Tizon Empire)」が誕生しました。285年にはモーグレイを攻撃して翌年征服し、オートクレールも287年にそれに続きました。
 しかし、周辺星系が288年に防衛同盟として「王国連合(United Jarldoms)」を結成したため、帝国の拡大は停止しました。以後帝国は、征服した星の内政に力を注ぐことになります。

 グラムもサクノスも、過去の栄光を忘れたわけではありませんでした。両世界では統一の機運が盛り上がり、364年にはサクノス諸国連邦(Federated States of Sacnoth)が結成され、それを見たグラムでも371年にグラム共和国(Gram Republic)が建国されました。しかし両国は恒星間利権をめぐってすぐに衝突し、388年の王国連合解散のきっかけとなってしまいました。
 391年、ティソーン帝国はジョワユーズに侵攻して実効支配を目論みましたが、帝国の予想よりも早くグラム共和国がティソーンに宣戦布告すると(※当時グラムはジョワユーズを保護領としていました)、オートクレールとコラーダを攻略し、ジョワユーズに救援艦隊を送りました。結局3年後にティソーンはグラムに講和を申し入れ、その条件としてコラーダ、オートクレール、ジョワユーズはグラム共和国領とされました。そして、弱体化したティソーン帝国からはモーグレイが離脱し、グラムの属領となりました。

 400年代に入ると、ソード・ワールズ世界では北欧神話の現代版である「アース信仰(Aesirism)」が爆発的に広まりました。これは特にティソーン帝国で皇帝崇拝(※ティソーン帝国では皇帝を半神として崇めさせていました)への反発と信者の政治的団結を引き起こし、弾圧によってかえって信者を増やしていきました。468年にはフルンティング、イセンファン、オートクレール、モーグレイの4星系で相次いで革命が発生し、それぞれミスティルテイン、グリダヴォル、ミョルニル、グングニルといった「剣ではない」名前に改称されました。
 4星系の市民はアース信仰に人生を捧げ、「アース同盟(Aesir Alliance)」を結成して100年間ティソーン帝国に抵抗し続けました。しかし575年にはフルンティングが陥落し、続く3年で他の3星系も征服されました。ティソーン帝国は星系名を元に戻し、20年をかけて領土の再統合を試みましたが、フルンティングとイセンファンではうまくいったものの、オートクレールとモーグレイでは抵抗が続きました。
 後に、604年にティソーン帝国が滅ぶとアース信仰は旧同盟の星系で蘇りましたが、ティソーン皇帝という明確な敵を失ったアース信仰はかつてのようには盛り上がりませんでした。しかしその精神はソード・ワールズ中に広まっていきました。

 さて、383年にホヴズはスティングを征服して(同時に国号を「ホヴズ王国(Kingdom of Hofud)」と改め)、マリアンヌ女王(Hertugin Marianne)(※Hertugin(男性:Hertug)は直訳すると公爵となる貴族の地位ですが、ソード・ワールズでは国王と同等に扱われます)はバイターに逃げ延びて亡命政府を樹立しました。419年にホヴズはバイターにも進出し、それからバイターでは20年にも及ぶ激しいゲリラ戦が展開されました。
 ホヴズは435年に「根本的な解決」を目指し、バイター住民に銃を突き付けて集めてはホヴズ領内の星々に強制移住させました。この後判明したことですが、正確な移住人数がわからないのをいいことに、密かに移住船ごと虐殺すらもしていました。からくも移住を逃れた人々は荒野に潜みました。
 2年後、バイターの過激派はホヴズのヨハン2世の長男であるヤール・ビルイェル(Jarl Birger)を暗殺しました。ヨハン2世は報復として、叛徒が潜んでいると思われる大森林を生物兵器で攻撃するよう命じました。それから1年半に渡って数千トンの生物化学兵器がバイターで使用され、生態系の破壊によって多くの命が奪われました。
 「塩撒き(Saltsaar)」と呼ばれたこの蛮行は周辺国の怒りを買い、サクノスとグラムの黙認(ソード・ワールズ史で両星が同じ側に立った稀有な例です)の下でディルヌウィン盟約(Dyrnwyn Compact)がホヴズを制圧しました。これによりグラムはビーターを、ディルヌウィンはホヴズ、スティング、バイターを得ました。バイターの生存者はスチールに移住して独立し、他のメタル・ワールズの領有権を主張しました。

 バイターで起きた残虐行為は、ソード・ワールズ諸国の政治的統合を目指す政治運動を生み出しました。444年、レオナード・トーステンソン(Leonard Torstensson)は著書『同族(Fraender)』において、全てのソード・ワールズ星系は相互防衛のための「連合」の枠組み内でそれぞれ独立すべき、との考えを記しました。すぐに連合主義政党(Confederalist)が星域内各地で設立されましたが、それが実を結ぶのはもっと先になります。

 470年、第三帝国はヴィリス(※270年にモーグレイから入植されるも、286年のティソーン帝国によるモーグレイ征服を機に統治者の名を取って改称独立)、ガーダ=ヴィリス(※290年にヴィリスから再入植)を含めた星々を「アーデン伯爵領(現ヴィリス星域)」として保護領化し、576年には正式に編入しました。この星域を自国領と考えていたソード・ワールズ人はこの措置に怒り、ゾダーン主導の外世界同盟(Outworld Coalition)に加わる理由の一つとなりました。

 589年に開戦した第一次辺境戦争(First Frontier War)をソード・ワールズ人は、第三帝国に占拠された「失われた領土(Vilse Markniren)」を奪い返す絶好の機会と捉えていました。しかし現実には各国政府の足並みが揃わず、その機会をみすみす見逃しているようにも見えました。当時のソード・ワールズは、二重君主国、ディルヌウィン盟約、グラム共和国、サクノス(※532年に統一政府が誕生したので「連邦」が外されました)、スティング王国(Kingdom of Sting)、ティソーン帝国によって分けられていたのです。
 592年、5つの海軍(※サクノスと二重君主国は合同軍のため)はこの問題を話し合い、「連合」軍事政権で第三帝国に相対することにしました。各国政府は解体せずに連合海軍がその上に立つ形を採ったものの、結局彼らに第三帝国を攻める度胸はありませんでした。代わりにアントロープ星団(Entropic Worlds)の内戦を口実に占拠をしたものの、そのことが中立だったダリアン連合を第三帝国との同盟に走らせました。帝国=ダリアン同盟は両面からソード・ワールズに圧力をかけ、帝国が多くの軍艦を戦線に割くことなくソード・ワールズに二正面作戦を強いました。
 戦争は長引き、ようやく604年に全ての交戦勢力は講和に同意しました。ダリアンすら失った世界の奪還を諦めるほど、各国は疲弊していました。

 ところで、585年にアスランのイハテイ(第二の息子)艦隊がダリアンを訪れたのは有名な話ですが、その前年に彼らがナルシルを先に訪れていたことはあまり知られていません。しかし二重君主国を構成するナルシルには余った土地がなく、アンドゥリルは新たな政治派閥が誕生することを嫌い、そして何よりもソード・ワールズ人とアスラン双方の強すぎる自尊心が相互理解を阻みました。
 かくしてアスランはナルシルを去りましたが、この時彼らを受け入れていれば、その後の歴史は全く違うものになっていたでしょう。

 戦後、連合海軍の軍事政権は現在の六国連合体制から「個々の独立星系の上に単一の連合国家」の体制に移行させることを決め、「第二統治領(Second Dominate)」を建国させました。これはかつてのサクノス統治領の継承国として統一の正当性を主張するためですが、グラム、ナルシル、サクノスが拒否権を持つ政治機構はかなり不安定でした。加えて、ティソーン海軍は合流を拒んでティソーン帝国を支えることにしました。
 他の4海軍はそれを鎮圧するために即座に動きました。物量で劣っていたティソーン帝国でしたが、しぶとく戦いを続けて降伏まで3年を要しました。旧ティソーン帝国領のうち、オートクレールやモーグレイは彼らが望むようにミョルニルとグングニルと名を変えて自由を謳歌しました。

 615年、第二統治領は再編された外世界同盟に加わり、内戦中の第三帝国からヴィリス星域を奪い返そうとしました。第二次辺境戦争開戦直後はそれはうまくいっていましたが、第三帝国のアルベラトラ・アルカリコイ大提督がゾダーン戦線を膠着状態に持ち込むと、彼女の部下のツァイコフ提督(Admiral Zaitkov)はソード・ワールズ戦線で一方的に統治領軍を攻め立てました。620年には何と11星系が陥落しています(右図参照)。この時点でアルベラトラ大提督はゾダーンと講和し、そのまま帝国中央に向かうと内戦を終結させました。
 こうしてソード・ワールズの大敗で第二次辺境戦争は終わりましたが、ナルシル艦隊の司令官デニソフ提督(Admiral Denisov)は最後まで投降を拒否し、ボウマン星系の秘密基地を根拠地にして戦後も7年間戦い続けました。彼のしたことはつまりは組織化された海賊行為にすぎませんが、彼の誇り高き不屈の物語は今もソード・ワールズ海軍で伝統的に(美化されて)語り継がれています。
 一方で第三帝国は、頑ななソード・ワールズに対してアントロープ星団の返還を認めさせることができませんでした。最終的に625年に国境線は戦前に戻されて戦後処理はようやく終わりました。帝国による占領は、単に反帝国感情を増幅しただけでした。

 600年代後半になると第二統治領は中央集権化を強め、サクノス政府は統治領の傀儡と化しました。698年、統治領政府が提出した世界間貿易綱領に対してグラム・ナルシルが共同で拒否権を発動したものの無視されたため、グラムはアンドゥリル、コラーダ、デュランダル、ジョワユーズ、ナルシル、ティソーン、ティルヴィングと共に「第二の革命戦争(War of the Second Rebellion)」で統治領を打倒し、グラム共同体(Gram Coalition)を建国しました。
 しかしそれも788年までで、ダリアン連合が単独奇襲でアントロープ星団を奪還したことで権威は失墜しました。政権崩壊後はナルシル、サクノス、デュランダルによる「三極同盟(Trilateral Alliance)」が代わって台頭しましたが、星団の再奪還どころか、共同歩調すら取れない政治運営がなされました。
 相互不信から三極同盟は848年に解消され、しばらくは2~3星系規模の小国家が乱立しました。また、849年にはイセンファンが第三帝国の属領となるべく請願を行い、いわゆるソード・ワールズからとうとう離れました。

 852年、グラムが影響力を再び拡大して周辺星系をまとめあげ、現在に至る「ソード・ワールズ連合(Sword Worlds Confederation)」を建国しましたが、この裏には資金面などでゾダーンの関与があったと噂されています。反グラム感情を和らげるために首都はジョワユーズに置かれました。
 ようやく誕生した連合でしたが、978年に中央政府が加盟世界の内政に過度に干渉したことから分裂危機を迎えます。サクノスがティルヴィング、ビーター、ディルヌウィン、デュランダル、ホヴズと共に連合離脱の構えを見せ(※『Spinward Marches Campaign』掲載の図では国境線が引かれているので、事実上分裂状態だったのかもしれません)、グラムやナルシルといった政権中枢星系ですら大衆運動は3年間続きました。最終的に、連合加盟星系の自治権を大幅に強化するように連合憲章を改正することで落ち着きを取り戻しました。ちなみにこの時一方では、議会や官庁のための新都市建設を名目にして連合首都がグラムに遷されています。
 この「憲章危機(The Constitutional Crisis)」によってソード・ワールズ連合は第三次辺境戦争に参戦できませんでしたが、983年にはイセンファン政府に対して連合への加盟を打診し、再併合しています。

 900年代の終わり頃、グラム、ナルシル、サクノスの三大工業星系では労働者の不満が限界点を超えていました。上流階級の様々な醜聞が次々と明らかになり、連合全体の中産階級で改革の機運が盛り上がったのです。この時の民衆の拠り所はアース信仰に影響された「復古主義」でした。入植初期の(美化された)グラムどころか、古代テラの「ヴァイキング時代」にまでも社会規範の手本が求められ、社会進出していた女性たちは再び「女の仕事」に押し込められていきました。

 1082年に勃発した第四次辺境戦争では、連合加盟星系は連合軍の形でまとまり、アントロープ星団を奪い返しました。ダリアン連合も反撃してきましたが、クーノニックを占拠するので精一杯でした。帝国はこの戦争でイセンファンを占領し、1087年に現在のマーガシーと改称して正式に併合しました。
 1098年にはジョワユーズの諸国の対立から星系政府が崩壊し、内戦に突入しました。連合政府は外部からの干渉を防ぐために世界を封鎖し、1105年現在も戦いは終わる気配を見せません。

 ソード・ワールズ連合は外世界同盟の一員として、来るべき「第五次辺境戦争」に備えて艦隊の再編を急いでいます。ナルシル艦隊、ジョワユーズ艦隊、グラム艦隊、サクノス艦隊の4艦隊が実際に砲火を交えた時、それは連合の破滅となるのでしょうか、それとも栄光の未来の入口となるのでしょうか……?


【付録】 文中の「剣」について
●歴史・神話伝承由来の剣
0921 フルンティング(Hrunting):古代イングランドの叙事詩『ベオウルフ』に登場する剣。
0922 ティソーン(Tizon):11世紀後半のレコンキスタで活躍したカスティーリャ王国の貴族エル・シドが使った剣。「ティソーナ(Tizona)」とも。
1020 イセンファン (Isenfang):伝承上のヴァイキングの剣(らしい)。読み方は間違っている可能性あり。
1022 コラーダ(Colada):エル・シドが用いたとされる剣。
1121 オートクレール(Haulteclere):シャルルマーニュの家臣として有名なオリヴィエが持つの剣の名。
1123 ジョワユーズ(Joyeuse):中世フランスのシャルルマーニュが所持していたとされる剣。
1217 アロンダイト(Aroundight):円卓の騎士ランスロットの剣、とされているが出典は定かではない。
1221 モーグレイ(Morglay):イギリス伝承のサー・ベヴィスの剣。
1223 グラム(Gram):北欧神話ニーベルンゲン伝説における英雄ジークフリートの愛剣。
1225 エクスカリバー(Excalibur):アーサー王伝説のアーサー王が持つとされる剣。
1320 ダインスレイヴ(Dainslaf):一度鞘から抜かれると生き血を吸うまで納まらないと言われた魔剣。
1324 ティルヴィング(Tyrfing):北欧の古エッダやサガに登場する魔剣。
1325 ベリサルダ(Balisarda):シャルルマーニュ十二勇士の一人、ロジョロの持つ名剣。
1329 カラドボルグ(Caladbolg):ケルト神話のアルスター伝説に登場する剣。
1424 ガラティン(Galatine):円卓の騎士ガウェインの剣、と後にされた。
1429 スコフニュング(Skofnung):これで斬られると付属する治癒石以外では傷を治せないとされる剣。
1430 カリバーン(Caliburn):エクスカリバーの別名。
1519 リューシン(Lyusing):伝説上の英雄ラグナルが持っていた2本の剣の1つ…らしい。読み方は間違っている可能性あり。
1522 ディルヌウィン(Dyrnwyn):アーサー王伝説に登場するストラスクライドの王リデルフ・ハイルの愛剣。
1523 デュランダル(Durendal):フランスの叙事詩『ローランの歌』に登場する英雄ローランが持つ聖剣。
1524 ホヴズ(Hofud):北欧神話の神ヘイムダルの剣。英語読みしたものが「ホフド」。
1826 ドラグヴァンデル(Dragvandel):おそらく「ドラグヴァンディル(Dragvandil)」が正しい。古アイスランド叙事詩『エギルのサガ』に登場する剣。

●ヴィラニ伝承由来の剣
1118 タヌース(Tanoose):英雄マシュディイケ(Mashdiikhe)が悪魔を打ち払った魔法の剣「ダヌウズ(Danuuz)」が訛ったもの。
1529 イグリイム(Igliim):伝説的英雄「守り手ダアルウシンナギ(Daaluusinnagi the Defender)」が持っていた剣の名。そもそもイグリイム自体が「鋼鉄」という意味。
2035 アキ(Aki):戦士王ゴロシュ(Golosh)が持つ剣の名。

●創作作品由来の剣(サクノス系入植地)
0927 ナルシル(Narsil):『指輪物語』のドゥーネダインの上級王エレンディルの剣。
1026 アンドゥリル(Anduril):ナルシルが鍛え直されたもの。
1126 オルクリスト(Orcrist):『ホビットの冒険』に登場する、ドワーフ族の王トーリン・オーケンシールドの剣。
1325 サクノス(Sacnoth):ロード・ダンセイニの小説『サクノスを除いては破るあたわざる堅砦』に登場する魔剣。
(※初期探査の際に探査隊がサクノスと命名したものの、歴史や神話上の剣から取る命名規則に反していたのでグラムで物議を醸し、ベリサルダと改名されました。しかし後に入植地がグラムに肩を並べる存在となると、公然とサクノスを名乗るようになりました。サクノスから入植された星系が全て創作作品由来なのも、グラムへの当て付けの意味合いがあります)
1424 ビーター(Beater):『指輪物語』に登場するグラムドリングのこと。オーク語では「なぐり丸」。
1525 スティング(Sting):『ホビットの冒険』『指輪物語』に登場する剣。「つらぬき丸」とも。
1526 バイター(Biter):オルクリストの別名。「かみつき丸」とも。

●剣ではないもの(アース信仰の星系)
0921 ミスティルテイン(Misteltein):バルドル神を死に至らしめたヤドリギのこと。ただし、『フロームンド・グリプスソンのサガ』では同名の剣が登場する。
1020 グリダヴォル(Gridarvol):トールが女巨人グリーズから借りた杖。
1121 ミョルニル(Mjolnir):北欧神話のトール神が持つ鎚。
1221 グングニル(Gungnir):北欧神話の主神オーディンが持つ槍。

●その他
シグルズ(Sigurd):シグムンドの息子。父の形見(※物語によっては妖精から直接与えられる)の剣「グラム」を振るう。
シグムンド(Sigmund):北欧神話に登場する英雄。グラム星系で彼が伴星となったのは、おそらく彼が持っていた時点では剣に「グラム」と名付けられていなかったからか?
ギンヌンガガプ(Ginnungagap):北欧神話で、世界創造の前に存在していた空虚な裂け目のこと。

●不明
1119 スヴァヴァソルム(Svavasorm)
1531 ホディング(Hoding)

 ここに記載がないものは、鉱物かおそらく人名です。


【参考文献】
GURPS Traveller: Sword Worlds (Steve Jackson Games)
Sword Worlds (Mongoose Publishing)
Sign & Portents #80 (Mongoose Publishing)

星の隣人たち(5) 接触!ソード・ワールズ人

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「ソード・ワールズにいるのは、オトコと、オトコオンナと、オトコと…」
―― 帝国人の冗句 

(※厳密に言えば「ソード・ワールズ人」という種族は存在しません。言うなれば彼らはソロマニ人のソード・ワールズ族という民族集団ということになりますが、便宜上ここではソード・ワールズ人という用語を使用します)

ソード・ワールズ人の身体的特徴
 帝国で語られるソード・ワールズ人の印象と言えば、筋骨隆々の大男と豊満な美女というのが定番です。もちろん皆が皆そんなわけはなく、ソロマニ人入植者の子孫に過ぎない彼らと帝国人の間にさほど大きな身体的差異はありません。
 初期入植者がだいたい同じ民族集団であり、その後もヴィラニ人を含めて他の人類とあまり交わらなかったソード・ワールズ人は、一定の外見傾向を示します。彼らはたいていコーカソイド(白人)で、目は茶色か暗青色、髪は金色です。男女共通の遺伝的傾向として酒皶(しゅさ。鼻や頬の皮膚が炎症を起こして真っ赤になっているように見える)が挙げられます。

ソード・ワールズ人の食事
 彼らも人類である以上、栄養源として果物、野菜、肉、穀物といったものが全般的に必要です。中でも彼らは蛋白質を好み、焼かれたか燻製された肉類は伝統食として特に愛されています。また、実用主義の彼らにしては興味深いことに、砂糖や加糖食品に全く目がありません。厳しい社会から一時でも現実逃避したいかのごとく、彼らは甘味料を飲み物に加えて甘ったるくし、日々の食事には必ず甘いデザートを付けるのです。
 もう一つ、彼らが祖先から受け継いだビール類の味は、グングニル産の1本数百クレジットもする「ランビック・レッズ(Lambic Reds)」からティソーン企業の大衆向け量産品まで、宙域内でも一級品です。ソード・ワールズ人の男性にとって、ビールは食事の際の唯一の飲料です。

ソード・ワールズ人の言語
 現在の連合公用語「サガマール(Sagamaal)」は、帝国暦-900年代に古アイスランド語を基に作られた「古サガマール(Old Sagamaal)」が変化したものです。古サガマールはヴァイキング期の言葉にそれ以降の新語(航空機など)を含めて時代に対応したもので、文化復興の風潮に乗って北欧地方の人々が母語として使うようになりました。ソード・ワールズの入植第一世代の8割がこの古サガマールを第一言語としていたため、その後も入植者間の公用語として広まり、アングリックは廃れてしまいました。
 そして入植から1500年も経過した今、古サガマールは大きく変化しています。入植者たちの様々な出自を反映してノルウェー語に代表されるゲルマン語派言語やヴィラニ語からの多くの影響や借用語があり、文法は簡略化されました。また、各星系ごとの方言も存在します。
 他では、商人や政府官僚は銀河公用語(ギャラングリック)を理解し、一部の高官はゾダーン語も話せます。

ソード・ワールズ人の名前
 ソード・ワールズ人は古代スカンジナビアの伝統に則って命名を行います。名前の後に父の名から取られた「父称」が付属し、それは本人が男性か女性かで語尾が変化します。例えば、アンスガル・ブラエルソン(Ansgar Braelsson)に息子エマヌエルが生まれた場合、子の名はエマヌエル・アンスガルソン(Emanuel Ansgarsson)となります。
 更に、上流階層(※社会身分度9+)ではその後ろに「家門」が追加される場合もあります。イングリド・ロルフドッティル・レイヴン(Ingrid Rolfsdottir Ravn)は、レイヴン家の令嬢で父はロルフであることがわかります。この家門は主に一夫多妻の家庭において父方の家の血統を表し、それが子に引き継がれていきます。
 基本的に姓まで付けて呼ばれる(記載される)のは公的な場で、私的な場では名前のみで呼び合います。

ソード・ワールズ人の人生
 幼い頃から目上への服従が教育されたソード・ワールズ人は16歳で成人とみなされ、軍国主義的社会ゆえに男性には防衛義務が(民兵などに加入することで)課されます。多くの男性は就職前に鍛錬を兼ねて正規軍に入隊します。男性は社会で責任ある仕事を行い、女性は(危険の少ない)家庭で家事と子育てに専念します(家族経営の商店の手伝い程度は許容されます)。「伝統的役割」に固執しない女性は「男性のように」社会進出していますが、逆に「女の仕事」をする男性というのはこの社会では許されないようです。
 肉体の全盛期は20歳~55歳ぐらいで、その後は衰えていき、寿命は100年ほどです。もちろん周囲の環境が悪ければもっと短くなります。
 彼らは基本的に数世代に渡って同じ土地に住み続け、近隣住民と強い縁故関係を結びます。その友好関係は今の社会身分に左右されないのが特徴で、例えば数々の勲章を得た陸軍士官が幼馴染の下層階層の清掃人と生涯の友情を結び続ける、というのはおかしなことではありません。むしろ、生まれついての身分や現在の地位で交友関係が分断される帝国社会の方が奇異だと感じています。
 彼らにとって、暖炉(husenbrandt)はとても大切なものです。どんなに貧しい集合住宅であっても必ず自宅には暖炉があり、家の女性が火を絶やさず守ります。暖炉は家の中核であり、夫が謙虚に妻の助言を聞いて誓いを立てられる神聖な場です。仕事に疲れた男性は、家に戻って暖炉の前でようやく一息つけるのです。
 ちなみに、ソード・ワールズでは伝統的に一夫多妻でしたが、現代では一夫一婦も広まっています(※設定を繋ぎ合わせると、上流階層に一夫多妻の傾向があるようです。ただ、男性過多の社会なのでGURPS版設定では一妻多夫家庭の存在も示唆されています)。

ソード・ワールズ人と性差
 ソード・ワールズ社会の最も大きな特徴が、男女の性差です。男女同権が確立された帝国(※とはいえ星系自治が大原則なので、伝統文化であれば男女格差は許容されます)では理解し難いことですが、ソード・ワールズは軍国主義的で男性上位の社会です。男性は能動的で積極的、女性は受動的で受容的で、ほとんどの例外なく官公庁や企業や軍の高い身分は男性で占められていて、女性は家庭に入るのが当たり前です。女性の社会進出が認められていないわけではないですが、「男性の」職に就いている女性には「男性的な」態度と振る舞いが求められています。そしてそんな女性ですら結婚や出産を期に職を辞すのが当然とされているので、女性が長く働いて栄達するのは困難となっています(※その「抜け道」として家政婦の雇用などで仕事と家庭の両立も図れますが、必然的に「栄達する女性は富裕層」という図式が出来上がります)。
 この男性上位社会は植民初期に由来があります。その頃、多くの危険を冒す仕事を担った者ほど人々の信頼を集め、人々を指揮する地位に就きました。同時に女性は人口増産の必要性から家庭や菜園などの極力安全な仕事に回され、結果的に男性を上位とする社会が出来上がったのです。
 男性上位の社会は男女の産み分けにも影響しています。初期入植の時点で男性の方が多かった影響もありますが、現在でも女性100に対して男性が114という比率になっています。

ソード・ワールズ人と名誉
 ソード・ワールズ人は誇り高き人々です。彼らは数々の苦難を乗り越えて星々を開拓した先祖を誇りに思い、自己の業績も誇りにします。それが故に彼らは弱者や他種族を見下してしまう傾向もあります。帝国人は前世代の遺産で遊び暮らす怠け者、ダリアン人は欠点を技術で補うしかない平和ボケ種族、夫が妻に操られているアスランは嘲笑の対象ですし、ゾダーンですら内心の秘密を尊重できない「心の盗賊」とみなしています。とはいえ彼らは、自らの誤りを認めて自分たちに敬意を払う者に対しては取り引きに応じ、友人として迎え入れる用意があります。
 彼らにとって、仲間内での評価は最も大事です。今の評判を保ち、より高めようと彼らは常日頃から努力を怠りません。彼らの社会はアスランほどではないにしろ帝国よりは形式張っていて、特に男性は自分に敬意を払わない相手には激しく対応します。そのため、帝国人を含めて他の種族からソード・ワールズ人は癇癪持ちに見られ、逆にソード・ワールズ人の視点では他種族は臆病者に見えます。
 名誉を重んじる姿勢は社会の隅々に渡ります。ソード・ワールズでの名誉毀損罪は非常に重く(逆に適用も厳格です)、特に報道機関は帝国よりも慎重な取材で二重三重に確認を経てから公表を行います。弁護士は殺人事件の弁護の際に、被告がいかに被害者に名誉を傷つけられたかという証拠を持ち出して減刑を嘆願します。冗談ですら、他人を傷付ける可能性があるなら人々の口に上ることはありません。
 決闘は多くの世界で禁止されていますが、些細ないさかいや軽犯罪を解決する手段としての決闘は今も行われています。

ソード・ワールズ人と責任
 帝国での「責任」とは多くは「自己責任」のことですが、ソード・ワールズでは自分の指揮下、そして周囲の人々全てに対する責任のことです。確かに彼らは独裁的ですが、報酬に見合った大きな責任を負っているからこそ支持と賞賛を得られているのです。
 経営者は生命保険の受取先を会社にします。飛行機の設計者は試験飛行の際に必ず操縦士と共に乗り込みます。建築家は自分の設計した建物の最初の入居者となります。ソード・ワールズの物語で最大の「悪」は、ヴァルグル海賊でも帝国の侵略者でもなく、責任逃れをする臆病なソード・ワールズ人です。
 ただし臆病とは安全策を取ることではありません。警官は銃撃戦になることがわかっていれば当然防弾服を着ますし、軍人は補給もなしに無謀な突撃をしたりはしません。彼らにとって臆病とは、仕事を引き受けておきながらその責任から逃げ出すことです。

ソード・ワールズ人と信仰
 ソード・ワールズでは古代テラの北欧神話を基にした、自然崇拝の多神教であるアース信仰(Aesirism)が広く信じられていますが、現実的な無宗教者も多いのが実情です。アース信徒は、最も信仰の篤い旧アース同盟の星系で人口の4割、他の旧ティソーン帝国領やサクノスでは2割弱、その他の星系では5%程度です。しかしそれに反して、グラム、ナルシル、サクノスの上流階層でアース信徒が多いのも事実です。
 信者であるなしに関わらず、アース信仰の道徳的戒律はソード・ワールズ全体の人々の生活に影響を与えています。神殿は「自然の力」が強く働く場所、森林や都市部なら草地を確保して建てられ、1名以上の司祭を中心にして信徒が集う場所となっています。信徒の義務は少なく、礼拝への出席も必須ではありません。その代わり敬虔な信者は、自分が崇める神に倣って技能を身につけようとします。主神オーディンなら〈リーダー〉、豊穣の神フレイヤなら〈牧畜〉、戦いの神トールなら〈白兵戦(棍棒)〉といったようにです。
 しかしアース信仰は負の側面、混沌の神ロキの信者も生み出しました。元々はアース信仰が弾圧されていた500年代に反ティソーン帝国のテロリストが信仰し、やがて何者にも支配されたくない無法者が崇めるようになりました。現在のロキ信仰は秘密結社と化していて、連合当局は彼らへの監視と犯罪行為への対処に追われています。

ソード・ワールズ人の衣服
 帝国には多種多彩な装いがありますが、ソード・ワールズでは軍服が基本となっています。正規軍の軍人は非番でも非常呼集に備えて軍服を着ていますが、人口の多くが軍人なので街中に軍服が溢れることになります。税関の係官や政府官僚、建設作業員といった「制服」が求められる職種でも着ているのは軍服ですし、形式的な場に赴く際の「一張羅」も軍服です。民間人の私服ですら「軍的な装い」であり、シューズよりもブーツの方が一般的です。これは多くの成人男性が退役後も地元の民兵組織に所属することが多いからで、彼らは普段から誇らしげに従軍記章や階級章を着けて歩いています。
 一方女性は、男の仕事に就かない限りは過度に古式ゆかしい、床まで届くような服装をしています。富裕層・上流階層の女性は非実用的な、着用に時間のかかるような服装をして出掛けていますが、これは周囲に使用人がいることを誇示するためのものです。未婚の成人女性は家の資産を強調するような魅惑的な装いを好みますが、結婚後は一転して伝統的な格好に戻ります。

ソード・ワールズ人の暦
 初期入植者の出身国であるOEUが用いていたテラの暦、修正グレゴリオ暦(Revised Gregorian Calendar)(通称:西暦)を今も彼らは使用しています。1年が365日となるのは帝国暦と同じですが、テラの公転周期に合わせて4年に1回(厳密には400年で97回)1日を追加する「閏年」という概念があります。そしてこの修正グレゴリオ歴は、「西暦4000年を閏年としない」ことで3320年間で1日のずれを補正したものです。またこの暦には、1年を28~31日ごとに12分割した「月」という概念があります。
 帝国では毎年001日が全星系共通の祝日(建国記念日)と定められていますが、ソード・ワールズではフレミング・ハンセン中佐(Commander Flemming Hansen)がグラムに最初に降り立った5月5日が同様の祝日(植民記念日)となっています。またアース信仰由来の祝日として、12月21日の「冬至」(もちろんその星の実際の冬至とは異なります)と、信仰の復活を祝う3月8日(※ティソーン帝国が第二統治領に降伏した日)の「賛歌の日」が挙げられます。
 もう一つ彼らにとって重要なのが6月23日の「聖なる日(Sanktans)」で、この日は平日でありながら夜になると賑やかな祭りが各地で行われて人々が集い、花火が打ち上げられ、騒ぎは明け方まで続きます。この祭りは、地元の権力者の人形が焚き火で燃やされる(問題がある場所なら立体映像で代用)ことで最高潮を迎えます。

ソード・ワールズの技術
 ソード・ワールズ人も人類である以上、帝国の装備品を何ら問題なく扱えますし、逆もまた然りです。しかしそれはお互いの装備品に互換性があることを意味しません。帝国の装備品とは全く設計思想が異なるのです。
 ソード・ワールズの装備品は、民生品ですら軍用装備のように無骨で頑丈に作られています。そして最大の違いは、例え辺境でも工具一つで修繕可能なように設計され、工具や部品は全て標準化されていることです。そのため、ソード・ワールズのどんな星でも別の星で製造された装備を直すことができますし、占領下の小さな町工場でも部品を製造することができるのです。これは抵抗戦において大きな助けとなります。

通信技術:TL10
 ソード・ワールズの技術開発は、新技術にすぐに移行するのではなく今ある技術をとことん突き詰める傾向があります。そのため彼らが無線通信からレーザー通信に移行するのに多大な時間がかかりましたし、一度移行した後はレーザー通信機を完璧に追求しました。
 ソード・ワールズ連合軍ではTL10のコムドット(Commdot, 貼付式通信機)が現役で、小隊間や船同士の通信にはより高性能なレーザーが用いられています。より初歩的なTL9以下の通信機を利用する場合、軍では「野戦話術(Field Speak)」が使われます。これは帝国の手信号(hand signals)と同様の省略言語で、少ない単語で的確に応答することで充電寿命を倍以上に延長することができます。
 民間では通信に光ファイバーや無線が使われるのが標準です。現代的基準からすれば「遅い」技術ですが、運用・保守・修理が容易な点が利点として挙げられます。

電子技術:TL11
 手仕事を重んじるソード・ワールズ社会では、コンピュータは自分の手には負えないような複雑な計算(科学や数学、宇宙船の運用など)をするためのもので、個人用の小型コンピュータ(ハンドコム)以上に高性能なものは人気がありません。ましてや、楽をするためにロボットに頼るのは恥ずべきことです(例えそれが危険物の運搬であっても)。よって、学者や商人といった「女々しい」職業ぐらいでしかロボットは利用されません。

エネルギー技術:TL12
 ソード・ワールズでは、中央の巨大な発電所で電力全てを賄うのではなく、小規模発電所が分散して電力を供給するようになっています。これは一箇所への攻撃で電力を喪失しないようにするためです。基本的に核融合や地熱発電が主ですが、星系によっては風力、火力、水力も利用されています。

医療技術:TL9~13
 ソード・ワールズの医学は帝国やダリアンと比べれば進歩しているとはいえません。臓器移植は一般的ではありますが、人工臓器は普及していません。ロボットに対する不信と同様に、自分の体を機械化してまで生き長らえたいという人は少ないのです。
 ただし戦闘用のものとなると話は別で、彼らは「便利な道具」として捉えています。サイバー科学分野の研究は戦闘用に偏っていますが、実際に「改造」を受けた兵士には仲間から哀れみの視線を受けるのが実情です。

輸送技術:TL9~11
 ソード・ワールズの車両は帝国のものより単純かつ堅牢に作られていますが、これは軍用車両の設計が民生品にもそのまま流用されているからです(もちろん街中で反重力戦車が売られているわけではありません)。そして有能な整備士は、有事の際に民間車両を軍事用にすぐに転換させる技量を持っています。
 彼らの祖先が海に生きていたこともあって船舶も(アース信仰の強い世界では特に)一般的ですが、あくまで趣味なのであえて風力や内燃機関といった低技術で動かされています。
 彼らが設計する宇宙船は古の地球連合(Terran Confederation)の様式を模していて、星域内を行き来するためにジャンプ-2を基本としています。内装は実用を重んじているので窮屈かもしれませんが、乗組員は乗員を確実に守るために一般水準の倍の能力を持っているのは珍しくはありません。

武器技術:TL9
 ソード・ワールズ人は伝統的な近接武器を好み、どこの家にも剣や斧や鎚が置かれています(決闘のためとも言います)。もちろん銃器を使わないことはないのですが、彼らは安定性の低いエネルギー武器よりも実弾銃を好みます。ソード・ワールズ製の銃器は誰でも簡単に引き金を引け、信頼性が高く、交換整備が容易に作られています。

ソード・ワールズの通貨
 ソード・ワールズ連合には歴史的経緯から今も統一通貨はなく、各星系(や星系内国家)が独自に貨幣を発行しています。そのため基本的にはジャンプする度に両替が必要となりますが、連合財務省はその手数料を1.5~3%と定めています(場所によってはその2~3倍取られることもありますが)。両替はCクラス以上の宇宙港や大都市ならたいてい可能です。
 連合内で広く流通している通貨としては、グラム・クローネ(krone)、ナルシル・ナイマルク(nymark)、サクノス・マルク(mark)が挙げられます。他にダリアン、ゾダーン、アーデン、268地域星域の有力星系の通貨も一部上流階層で取り引きされています。帝国クレジットも使用可能ですが、帝国への不信感と偏見から額面の95%で扱われるのが常です。

ソード・ワールズ人と超能力
 友好国のゾダーンとの関係もあり、超能力を公的に禁止するようなことはありませんが、少なくともソード・ワールズ人の男性は「男らしくない」という理由で超能力に嫌悪感がありますし、人前で堂々と使うことはありえません。これは彼らの伝承で「千里眼」のような超能力を扱う者が女性ばかりであった、ということに由来します。
 サクノスに超能力研究所があるのは公然の秘密ですが、社会の超能力に対する偏見で活動は抑制的にならざるをえず、それでも星系間対立の影響で他星系に余計に反超能力感情を醸成させてしまっています。


【参考文献】
Journal of the Travellers' Aid Society #18 (Game Designers' Workshop)
GURPS Traveller: Sword Worlds (Steve Jackson Games)
Sword Worlds (Mongoose Publishing)

レビュー:『Cepheus Engine Vehicle Design System』

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 『Cepheus Engine Vehicle Design System』は、その名の通り『Cepheus Engine』の車両設計ルールです。
 以前説明した通り、『Cepheus Engine』は大人の事情でマングース版『トラベラー』第2版に乗れなかった人々が「自由に」使える2D6系SF-RPGシステムとして急拡大しているのですが、これまで車両設計システムは未搭載でした。というのも、『Cepheus Engine』の基となったTraveller SRDには、車両設計ルールとなる『Vehicle Handbook』は含まれていなかったのです。
 それを補うべくゼロから作られたこの『Vehicle Design System』、蓋を開けてみると何と「(SRDにある)宇宙船設計システムを車両にダウンサイジングする」という、今までありそうでなかった作りになっていたのです。クラシック版『トラベラー』をやったことのある世代ならピンとくるでしょうが、つまり「まず船体の大きさを決め、船体とドライブの出力(A~Z)との兼ね合いで速度が決まり、ドライブ出力はパワープラント(A~Z)の出力以下に制約される、あとは空いた隙間に必要な物を詰め込んで終わり」というお馴染みのあれなのです。

 さて今回のレビューですが、いちいちシステムを解説するのも長くなりますし、システム自体は無料で手に入れようと思えばできるので参照も容易ですし…ということで、実際に車両を設計することでレビューに代えてみようかと思います。
 やはり『トラベラー』の花形車両といえばエアラフト。しかし、クラシック版ルールでは1台60万クレジットもする超高級車でもあります。『Cepheus Engine』では27万5000クレジットと控え目になりましたが、それでもおいそれと買える値段ではありませんし(1クレジット=1ドル≒100円と考えると目安になります)、派手目なシナリオで壊してしまうとプレイヤーに恨まれそうです(汗)。
 そこで、庶民でも買えそうな「軽反重力車」をこの『Vehicle Design System』で設計してみます。はたしてそう都合よくいきますかどうか…?

1.車体の選択(Choose a Vehicle Chassis)
 輸送機器としての車体枠の大きさをまず決めます。これにより車両の重さ・積載容量が全て決まります。
 ここでは「大きさの例(Size Example)」に「小型車(Compact Car)」と書いてある「コード4」を迷わず選択します。重さは0.75トン、容量(Spaces)は9(容量1=1/12トン)、価格は2100クレジット、製造時間(Construction Time)は7時間と自動的に決まります。更に「閉鎖型(Closed)」か「開放型(Open)」かを決めます。一般のエアラフトのような開放型だと車体価格が1割引きとなりますが、差別化も兼ねてここはあえて閉鎖型を選択。
 また、特殊な環境で用いるための追加装備(腐食環境防護とか)も選べますが、全て省略。自家用車なので追加装甲もなしとしますが、一応車体の素材をTL4の「鉄(Iron)」にしておきます。これで自動的に基礎装甲点(base amount of armor)が2となります。
(※素材選択は「追加装甲の」価格と装甲点に影響するので、ここで車体を高TLの硬い素材にして余計に基礎装甲点だけを貰っておくズルも可能ではありますが…)

2.推進力の選択(Choose locomotion/propulsion)
3.動力源の選択(Choose power supply)
 ここはまとめてやってしまいます。反重力車両を作るので推進力は当然TL9の「反重力(Grav)」(TL12の改良型反重力(Advanced Grav)でもいいのですが、価格が倍になってしまうので…)、動力源にはTL9の「初期核融合(Early Fusion)」を選びます。ただこれ極端な話、積載空間さえ確保できれば石炭燃料のTL3外燃機関(External Combustion)で反重力車両を飛ばせるようにも読めます。私の勘違いであればいいのですが、まあこれはこれでスチームパンクな設計も可能だと好意的に解釈できなくもないです(笑)。
 ここで宇宙船と同様にそれぞれの「ドライブ番号」を決めないといけません。車体の大きさと欲しい速さに比例して必要とされる推進力は大きくなりますし、それを支える動力源もより大きなものが必要になります。車体コード4だと、ドライブBで「1」、Cで「2」、Dで「3」、Eで「6」が得られます。ここで得られた係数を「基本車両速度(Vehicle Base Speed by Drive Performance)」表で「反重力(Grav)」の欄を参照すれば、Bの係数1でも時速100キロメートルで走行可能なことがわかります。これで十分ですからドライブBを購入し、必然的にパワープラントもBが必要となります(C以上は無駄ですし)。
 「ドライブ価格(Vehicle Drive Costs)」表でBを、かつ反重力は「滑空(Thrust)」に属するのでその欄を参照すると、動力炉は基礎容量0.26の基礎価格が300クレジット、滑空の推進力は基礎容量0.3の基礎価格が15000クレジットと出ます。初期核融合や反重力はたまたまそれに掛ける倍率は全て1倍となっているので、先程の数字がそのまま使われます。

4.燃料容量の決定(Determine fuel requirements)
 動力源を核融合としたので、自動的に燃料は水素となります。その燃料をどれだけ蓄えるかを決めますが…空きスペースとの兼ね合いもあるので後回しにします。いずれにせよここでは、その輸送機器を「連続何時間(もしくは何日/何週間)動かせたいか」で必要な容量が決まります。さらに動力源の種類次第で燃料量に掛けられる数が変化します(といっても初期核融合は1倍ですが)。

5.操縦方法の選択(Choose vehicle’s controls)
 とりあえず何の補正もない(代わりに高くもない)TL4の「標準(Basic)」を選んでおきます。容量は1必要です。ちなみにTLが高くなるとヘッドアップ・ディスプレイによる操縦支援や、思考制御も可能になるようです(そして当然高額です)。
 ここで車両の敏捷度修正(Vehicle Agility)を出しておきます。これは走行方法や操縦席によって「運転が容易かどうか」を示す指標です(主に〈運転〉技能判定の修正値になります)。この車両の場合、反重力車両で0、小型(2トン以下)で+1、標準操縦で0の補正が得られるので合計で+1です。

6.通信機器の選択(Choose vehicle’s communications system)
7.探知機の選択(Choose vehicle’s sensor package)
8.搭載コンピュータの選択(Choose vehicle’s computer system)
 今回の用途には必要なさそうなのでとりあえず無視します。ちなみにコンピュータを搭載すると車両が技能を持つことができるようになるので、例えば搭載兵器の自動射撃が可能となります(自動操縦はここではなく操縦席の追加装備で「自動操縦(Autopilot)」の購入が必要となります)。

9.搭乗乗員数の決定(Determine number of required crew)
 車両の操縦には運転手が最低1名必要で、操縦席(Cockpit)の設置がいります。まず容量2の「標準操縦席(Cockpit, Basic)」を置きます。価格は1000クレジット。
 あと、3人掛けの「窮屈な座席(Seat, Cramped)」も置いて4人乗りにします(イメージとしては一般的な自動車の後部座席?)。容量は4、価格は2000クレジット。

10.追加装備の決定(Determine additional components)
11.砲塔・武器装備点の決定(Determine turrets, fixed mounts)
 ここは武器や追加装備を積んだりなので全て省略します。

 さてここで確認です。コード4の車体に積める容量は9で、これまで0.26+0.3+1+2+4=7.56を使っているので残りは1.44です。この中に後回しにしていた燃料タンクを作らなくてはなりません。
 「燃料要求量(Power Plant Fuel Requirements)」表でドライブBの動力源は1時間あたり容量0.00052が必要とされ、初期核融合の補正係数は1倍です。とりあえず容量の残り1.44のうち0.04だけ燃料に回すと、連続走行時間は約77時間と出ます。まあこれだけあれば大丈夫でしょう。

12.残った容量を荷台に割り当てる(Allocate remaining space to cargo)
 残った1.4の容量はそのまま荷物の積載空間とします。容量1.4をキログラムに直すと116.67キログラムなので、ちょっとした荷物は運べそうです。

13.最終的な価格と製造時間を求める(Calculate final price and construction time)
 ここまででかかった金額は20400クレジットです。宇宙船と同じく、これを標準設計の量産品とすることで1割引となるので、18360クレジットが最終価格です。2万クレジットを切る値段なら、ちょっとローンを組めばTL9の自家用反重力車が手に入りそうです。
 そして製造にかかる時間は、車体コード4の基礎製造時間が7時間、追加装甲はないので補正なし、標準設計にしたのでその補正もないので結局7時間で製造できることになります(ちなみにカスタムメイドだと10倍かかります)。

 ちなみにこのVDSでも、標準車両記述書式(Universal Vehicle Description Format)が定められています。先程完成した車両を当てはめると、

TL9軽反重力車
 閉鎖型0.75トン車体(船殻点0、構造点1、装甲点2)を採用したTL9軽反重力車は、初期核融合炉(コードB)と反重力機関(コードB)を搭載し、最高速度は時速100km、巡航速度は時速75km、敏捷度補正は+1です。動力炉は積載された水素燃料40リットルで約77時間稼働します。この車両は標準操縦席で制御されます。荷台には1.4kl搭載可能です。運転者を1名必要とし、他に3名を搭乗させることができます。価格は18.36KCr.(標準設計による10%引きを適用)で、製造に7時間かかります。

 ここから改造するとするなら、2000クレジットの追加で自動操縦(ただしTL9を維持するなら〈反重力機器-0〉しか取れませんが)、後部シートを外して操縦席を2人掛けにして貨物スペースを増やすか軽い武装をつけるか装甲を増やす、あたりでしょうか(容量が厳しいので車載武器は無理ですが)。操縦性を犠牲にして(敏捷度修正を減らして)車体価格を削るのは、元々の価格が安いのであまり意味がないでしょう。

 元々ケチくさいコンセプトの上に、VDS自体が「初期核融合+反重力」を基準にした係数設定になっているのでかえって見本としては不適格になってしまいましたが、従来の『トラベラー』シリーズの車両設計システムより簡易に作れるのはおわかりいただけたでしょうか。
 入手性の容易さから、今後このVDSで設計された車両が次々と産み出されそうな気がします、いや産み出されるに違いないと確信できる完成度です(疑問点や悪用されそうな点はなくはないですが…)。

40周年記念企画:『通信機』で見るトラベラーの40年

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 『トラベラー』が誕生した1977年から2017年までの40年間で大きく進化したものの一つに通信技術、つまり電話が挙げられます。今や小型化して「携帯電話」となっただけでなく、同じく大きく進化したコンピュータと一体化して「スマートフォン」と呼ばれる存在となり、生活のあり方すら変えてしまいました。SFというのは未来を予測する分野ですが、その予測が一番難しいのも事実。人間、自分の知識の範囲内からの延長線上でしか想像できませんから、1977年の段階で今のようなスマートフォンを想像しろ、というのは無理があるでしょう。

 さて本題です。『トラベラー』は「第三帝国」というある程度固定された世界観を持っていながらも、ファンタジーと違って未来を舞台としている以上、その認識は「今現在の」技術に影響されてしまうのは仕方ないことです。私自身、かつては情報収集に「図書館まで出向いて端末を叩く」という行為に何ら疑問を抱いていませんでしたが、今なら極自然に「宇宙船のコンピュータから星系のネットワークにログインして情報検索」ぐらいのことはするでしょう。
 ということで今回は、過去40年間に発売されたルールブックの中から『通信機(Communicator)』に関する部分が、時代の変化に合わせてどのように変遷していったかをまとめてみました。

(※下記解説文は一部文章を省略している場合があります。各単位は特記がない限り、重量はキログラム、容積はリットル、価格はクレジット、距離はキロメートルです)


Book 3: Worlds & Adventures(1977年)
 初代Little Black Bookの通信機(Communicator)には特に解説文はなく、しいて言えば(当然とはいえ)無線が使われることと、軌道上の艦船と通信するには長距離通信機が必要であることがわかる程度です。この頃の通信機は、音声トランシーバー以上でも以下でもありません。

 TL重量価格有効範囲 短距離通信機5310010 中距離通信機5520030 長距離通信機615500500


Adventure 2: Research Station Gamma(1980年)
 この『研究基地ガンマ』では、基本ルールブックには存在しない「個人用通信機(Personal Communicators)」が初登場します。TLの記載がなぜかありませんが、後の設定から逆算してTL8~9程度の物品と思われます。
個人用通信機 Personal Communicators
 長寿命のバッテリーを備えた小型のイヤホン型短距離通信機です。重量は無視できるほどで、一般の者にはまず気付かれません。
 有効距離:開けた場所なら10km、水中なら1km未満。価格:1個Cr.100。


Double Adventure 2: Across the Bright Face(1980年)
 邦題は『焦熱面横断』。記録媒体がTL11なのにも関わらずテープなのが時代を感じさせます(※TL11光学ディスクが最初に登場するのは『The Travellers' Digest』誌第5号(1986年)が最初だと記憶しています)。『Double Adventure 5: The Chamax Plague』(1981年)でも同じ装備が登場しますが、なぜか価格だけが2倍になっています。
無線送受信・録音機 Radio Receiver, Recorder, Transmitter
 音声または無線を受信し、記録し、その情報を連続的に送信することができる小型電子装置です。送受信は標準的な音声通信帯域で行われます。従ってこの機器は信号を受信して再送信したり、事前に記録された音声を継続的に送信したりすることができます。
 テープの長さ:10分。送信範囲:視界(建物や山などには遮られる)。TL11。寸法:25✕50✕50mm。基本価格:Cr.400。


Book 3: Worlds & Adventures(1981年)
 改訂版Little Black Book(雷鳴社版はこれが基になった)では、簡素ながら解説文と、TL7の軽量版通信機が追加されました。
短距離通信機(Short Range Communicator):ベルトに装着される無線機で、有効範囲は10kmです(地下や水中ではより短くなります)。
中距離通信機(Medium Range Communicator):ベルトに装着もしくは肩掛けで運ばれる無線機で、有効範囲は30kmです。
長距離通信機(Long Range Communicator):背嚢で運ばれる無線機で、有効範囲は500km。加えて軌道上の艦船と通信ができます。

 TL重量価格有効範囲 短距離通信機5510010 70.310010 中距離通信機51020030 70.520030 長距離通信機615500500 71.5500500


The Traveller Book(1982年)
 1981年版LBBを合本し、記述や編集を大幅に見直したこの本から通信機の項目が「個人用装備(Personal Devices)」から独立して再構成され、更に解説文が詳しくなりました。なおこの記述は翌1983年発売の『Starter Traveller』(ホビージャパン版はこちらが基)でも踏襲されています。
 ここでは短・中・長距離に加えて大陸間距離(Continental Range)が追加され、無線到達距離の区分けも変更されています。文を見てわかる通り「データ」の送受信も可能となっています。またTL10~13の「未来の」通信機も追加されましたが、運用の仕方は依然として「双方が受信範囲内に居る」トランシーバーを前提としているのは否めません。
 ところでなぜかこの版(と83年版)のみ、軌道上の艦船との通信に必要な能力が中距離に変更されています。50kmでは地球なら成層圏までしか届かないのですが…?
通信機 Communicators
 通信機は内部電源で作動する無線送受信機の組み合わせと定義されます。携帯用なので供給電力に接続する必要がありません。これは音声とデータを送受信することができます。軌道上の艦船と通信するには最低限中距離用が必要です。

 TL重量価格有効範囲 短距離通信機5202255 80.1755 中距離通信機57075050 100.425050 130.125050 長距離通信機51501500500 91.2500500 140.5500500 大陸間通信機5300150005000 91.550005000 12150005000


Megatraveller: Imperial Encyclopedia(1987年)
 邦題は『メガトラベラー:帝国百科』。従来の通信機とは別に「通信機(動画)」「通信機(レーザー)」が追加されたのが特徴です。通信機の項目からは「軌道上の艦船との通信」に関する文が消え、レーザー通信機にその用途が移されたように読めます。
 TL10で登場する貼付式通信機の「コムドット(Comdot)」がルールブックに登場したのもここからです。これは耳の裏と喉仏に貼り付けられる超薄型のイヤホンマイクですが、送受信範囲が1メートルなので通信機の子機として専ら使われます。通話で手が塞がれないのが大きな利点です。
通信機 Communicator
 (上記1982年版の解説に追記)0.2リットル以下のものは耳に装着でき、一般の者には気付かれません。
(※これは『研究基地ガンマ』に登場した「個人用通信機」の設定が取り込まれたと思われます)

TL容積重量価格有効範囲 540202255 51407075050 53001501500500 5600300150005000 80.20.1755 92.41.2500500 931.550005000 100.80.425050 122110005000 130.20.125050 1410.5500500

通信機(レーザー) Communicator, Laser
 レーザー通信機は視線の通る地域間距離(500km)以内を結ぶ機器です。この距離ともなると地平線までの距離がまず有効範囲を制限するので、地表ではほとんど必要とされませんが、軌道上を周回する艦船との通話の際に利用されます。レーザー通信機の主な利点は、収束光によって秘話通信を確保することにあります。
 複数のレーザー通信機ではしばしば「連携」通信網が構築されます。地平線や地域間の距離を置く基地局から基地局へと再送信することによって、世界中に通信を即座に伝えることができます。

TL容積重量価格有効範囲 1051.52500500

通信機(映像) Communicator, Video
 映像通信機は、500km(地域間距離)の範囲に音声と二次元映像を送信します。この機器はポケットに入れて運んだり、ベルトに掛けられるほどに小さいです。通信機には入力用のマイクとビデオカメラ、出力用の小型スピーカーと高透過性キュプロタリウム(polylucent cuprothallium)ディスプレイが内蔵されています。ディスプレイは使用されない時には本体内に格納され、ビデオカメラは必要に応じてスイッチを切ることができます。機器がベルトに装着されているなら、コムドットで話したり聞いたりすることができます。
(※ちなみにこの型の通信機(に加えてコムドットやレーザー通信機)の初出は『Grand Census』(Digest Group Publications, 1987年)で、そこでは大きさは「15cm✕10cm✕3cm」とされています)

TL容積重量価格有効範囲 140.450.2500500


Traveller: The New Era(1992年)
 解説文は上記の『メガトラベラー』のものを大筋で踏襲していますが、機種の整理統合、一部説明文の簡素化、容量・重量・有効距離の変更がなされています(※MTとは逆に重量が容積の倍の値になっているのですが…?)。あと、コムドットはこの新時代には残らなかったようです(笑)。

TL容積重量価格有効範囲 通信機5501002253 510020075030 6150300100003000 7102025030 80.10.2753 912500300 9102050003000 101225030 121250003000 140.10.2500300 通信機(レーザー)1081611000300 通信機(映像)140.40.81000300


Reformation Coalition Equipment Guide(1994年)
 軍事ゲームの色が強いTNEの装備品ガイドなので、ここで紹介されている通信機も軍用装備ばかりです。通信機の変遷という今回の企画意図から大きく外れるので紹介は割愛しますが、後にも先にも「メーザー通信機」のデータが有るのはこれだけのはずです。


Marc Miller's Traveller(1996年)
 基本設定の変更(帝国暦0年)に伴い、TL12が最先端技術扱いです。また「Comm」という略語が正式名称となった初のバージョンです。
 これまでの設定が統合されて、通信機一つで「手帳・時計・携帯テレビ電話」を兼ねるようになりました。そして低TL版通信機の存在が見当たりません。ここへ来てようやく、現代では常識の「通信機が基地局を経由して遠方の他の通信機に接続する」方式が登場して利便性が向上しています(逆に基地局のない低技術世界では使い物にならなくなってしまいますが)。
通信機 Comm
 通信機は、個人的な手帳、時計、携帯テレビ電話の機能を持つ通信機器の一形態です。一般的には男性用腕時計程度の大きさですが、首飾り、サングラス、折り畳み大画面の搭載、もしくは音声のみの耳輪にすることもできます。TL12の暗号化技術を利用して盗聴を防止した送受信が行われます。
 個人用通信機には所有者に関する基礎情報が入力されており、音声などで動かすことができます。一般的には所有者の名前・住所から親族・友人・仲間の通信コードのリストなど、所有者が持ち運ぶのに重要であると考える様々な情報が収められています。通信機は後に検索可能な少量の音声・動画、およびデジタルデータを受信して格納することができます。記憶容量は限られていますが、低品質のビデオカメラとして使うことができます。
 多くの星系では法令執行のために上書き命令(override command)ができるようになっています。これは火災や暴動などが発生した際に、警察本部から地域内全ての通信機に放送をするためです。
 電子機器の進歩に伴い、通信機は電力消費低減の代償に近隣に基地局を必要とするようになりました。人口密集地域や主要な旅行先では問題になりませんが、田舎や辺境ではブースターが利用されます。これは財布程度の大きさの増幅器で、通信衛星を介して相手まで通じるのに十分な強度で通信信号を送信します。衛星回線の利用は若干高価です。
 通信機は安価な物ならCr.50から、高性能の物ならCr.200で販売されていて、重量は0.1kg以下です。通信機はコンピュータ/1と同等です。


GURPS Traveller(1998年)
 T4が先進的過ぎたのか、1977年版LBBと同様の通信機像に差し戻されています。ただしなぜかTLは8に引き上げられました(※誤植ではないようです)。ここでは割愛しましたが「TL8デジタルカメラ」が別に存在することから、画像撮影の機能もなくなったと思われます。
(※GURPSルール下ではTLの刻みが従来と異なるため、この項目では独自に変換を行っています)
通信機(短距離)(TL8) Communicator, Short-Range
 しばしばヘルメットに組み込まれている、小型の双方向無線機です。基本有効範囲は10マイルで、TL9ではその10倍に、TL12では50倍となります。Cr.50、重量は無視できるほどです。価格を1割増しで腕時計や耳飾りに偽装できます。

通信機(中距離)(TL8) Communicator, Medium-Range
 手の平に乗る大きさの無線機です。基本有効範囲は100マイルで、TLによる拡大は上記と同様です。表示画面の追加はTL8なら価格が2倍となりますが、TL9なら無料で追加できます。Cr.200、重量1ポンド。

通信機(長距離)(TL8) Communicator, Long-Range
 書籍程度もしくは背負われる大きさの機器です。基本有効範囲は1000マイルで、TLによる拡大は上記と同様です。Cr.600、重量10ポンド。表示画面はTL8ならCr.100で、TL9以上なら無料で追加できます。
GURPS Traveller: First In(1999年)
 偵察局や探査活動を解説するこの本ではレーザー通信機と、コムドットと同等性能の「隠密行動通信機(Covert Action Communicator)」が登場します。TL15相当の装備とされたお陰か、有効範囲が単体で50マイルと広がり、低軌道上の艦船との直接通話も可能とされています。
レーザー通信機(TL8) Laser Communicator
  屋外用レーザー通信機は、無線通信が傍受される恐れのある際に探査隊が使用することが多いです。レーザー装置は頑丈な三脚に取り付けられており、狙いを維持しやすくなっています。有効範囲はTL8で10マイル、TL9で100マイル、TL12以上で500マイルですが、障害物によって妨げられます。連続送信で1時間稼働します。Cr.650。重量5ポンド。


Traveller20: The Traveller's Handbook(2002年)
 こちらもTL7以前の通信機はLBBを踏襲した上で、新たに「TL8個人通信機(Personal Communicator)」を登場させています。文面からすると、この段階では音声のみの携帯電話に相当する物でしょう。
長距離通信機 Long Range Communicator
 背嚢で運ばれる無線機で、有効範囲は500kmもしくは軌道上の艦船までです。TL7では重量が1.5kgに減り、ベルトまたは肩紐に装着できます。

中距離通信機 Medium Range Communicator
  最大30km圏内に対応できる、ベルトもしくは肩紐装着式の無線機です。TL7では重量が500gに減ります。

短距離通信機 Short Range Communicator
 10km圏内(地下または水中では更に短くなります)で利用できるベルト装着式の無線機です。TL7では重量が300gに減り、片手で持てるようになります。

個人用通信機 Personal Communicator
 携帯型の、単回線通信機器です。TL8以上の世界では、個人用通信機が世界の衛星通信網に接続し、有料で他の通信機に連絡することができます。回線は秘匿されていますが安全ではなく、一部の世界では監視される場合があります。通常、各星系の宇宙港ではわずかな料金で通信網への接続手段を手配できます。TL7以下の世界では個人用通信機は動作しません。

 TL重量価格有効範囲 長距離通信機615500500 中距離通信機51020030 短距離通信機5510010 個人用通信機80.3250解説参照


Traveller Hero(2006年)
 長中短の各通信機については「無線トランシーバー」と簡単な解説、というより定義があるだけです。TL9装備になった分だけ軽量化がされています。
携帯型レーザー通信連絡器 Portable Lasercomm Relay
 地表から軌道上への通信に利用されます。無線ではなく収束光で送信するため、秘話通信が可能です。

通信機(映像) Communicator, Video
 ポケットやベルトで運べるぐらいに小さく、音声や二次元映像信号を最大500km送信できます。

 TL重量価格有効範囲 長距離通信機91.5500500 中距離通信機90.520030 短距離通信機90.31003 携帯型レーザー通信連絡器101.52500解説参照 通信機(映像)100.81000500


Mongoose Traveller: Main Rulebook(2008年)
 ここでは音声のみのTL5トランシーバー(Transceiver)、通話に画像送信も含めたTL8の通信機(Comm)、超小型イヤホンマイクなTL10コムドット(Commdot)の3種類に分けられました。コムドットはともかくとして、トランシーバーも通信機も「TLが高くなるほどコンピュータとしての機能も向上する」のが特色です。マングース版ルール下ではコンピュータの性能値以下のプログラムを実行することができるので、主な用途としては〔翻訳(Translator)〕や〔熟練(Expert)〕(※知力・教育度関連技能判定の支援を受けられる)を走らせることが想定されます。
トランシーバー(TL5) Transceiver
 トランシーバーは単独運用される通信機器です。確立された通信網の存在に依存する通信機と異なり、トランシーバーは自らの電力で直接送受信することができます。ほとんどのトランシーバーは無線またはレーザーで通信が行われます。中間子トランシーバーも実現可能ではありますが、一般的には簡単には利用できません。確実に軌道上まで届かせるためには、500kmの有効範囲が必要です。

TL重量価格有効範囲特記 無線トランシーバー
Radio Transceivers520505 821005 9125050コンピュータ/0 121500500コンピュータ/0 13110005000コンピュータ/1 レーザー・トランシーバー
Laser Transceivers9 1.5100500 110.5250500コンピュータ/0 13-500500コンピュータ/1

通信機(TL6) Comm
 個人用通信機は、かさ張った送受話器(handeset)から薄型腕時計まで様々な大きさの携帯型電話兼コンピュータ兼カメラです。比較的大型の通信機は物理的な制御盤(※キーボードなど)と画面を持ち、小型のものは近くにデータや制御表示を投影したり、折り畳み式の画面に表示したり、サイバー化機器に接続(※人工網膜への投影?)したりします。通信は短距離の送受信機能しか持っていませんが、技術的に進んだ世界の多くでは惑星全体を覆う通信網を持ち、利用者がどこにいてもメッセージを送信してデータに接続できるようになっています。

TL価格送受信内容特記 650音声のみ  8150音声・映像コンピュータ/0 10500様々な種類のデータコンピュータ/1


Traveller5: Core Rules(2013年)
 様々なMakerによってあらゆる物を設計することが前提のT5ですが、さすがにそれではすぐに遊べないので、見本がいくつか掲載されています。
通信機 Comm
 一般的な通信機は容積0.2リットルの手持ち可能な機器で、有効距離は1000kmです。デザインには無数のバリエーションがあります。

通信機(改良型) Comm, Modified
 一般的な通信機の高技術版です。

通信機(最先端) Comm, Advanced
 帝国で製造された最高級の通信機です。これは何年ものの激しい使用に耐えるよう作られています。その「壊れない」電子基板は、人間工学に基づいたケースに収められています。ケースは改造防止機能を備えており、バッテリーには緊急用の内部ブレーカーが装備されています。

通信機(据え置き) Comm, Installation
 惑星間通信に用いられるような大規模通信アレイです。

通信機(長距離) Comm, Long Range
 携帯型通信機の優れたバージョンです。

通信機(豪華版) Comm, Luxury
 この通信機は非常に優れた物です。例として「ナアシルカCX-5700」は、信頼性の高いナアシルカ社製電子技術と優れた安全機能で知られています。この通信機は一般的な物と比べて25グラム軽い以上に、驚くほど軽く感じます。このクラスの通信機ともなると、天然素材の使用、個人に最適化された執事ソフトウェア、高度な侵入防止プログラム、衛星誘導機能(※俗に言うGPSです)など、様々な注文生産が可能となっています。

通信機(高耐久型) Comm, Ruggedized
 典型的な高耐久型通信機は、危険な任務を前提に設計されています。例えば10メートルからの落下にも耐えて、それでも機能します。内蔵された動画または静止画カメラのために、優れた雑音除去や逆光軽減などの機能が備えられています。「T-Del C10r」のような通信機は、真空や腐食性大気の中でも短時間耐えることができるため評価されています。

通信機(車載) Comm, Vehicle
 車載通信機は軌道上(500km)まで通信できます。

無線機 Radio
 容積1.5リットルのトランシーバー、もしくは携帯電話のことです。

無線機(試作段階) Radio, Experimental
 「SCR-300」は、有効範囲5kmの人が運べる大きさ(容積15リットル)の試験的通信機です。

 TL重量価格 通信機80.21000 通信機(改良型)100.2500 通信機(最先端)150.2500 通信機(据え置き)8-1500000 通信機(長距離)140.25000 通信機(豪華版)110.1755000 通信機(高耐久型)100.241750 通信機(車載)85050000 無線機71.5100 無線機(試作段階)4151000


Traveller: Liftoff(2014年・未発売)
 装備品リストの中にはないですが、「誰もが持っている物(Stuff Everyone Has)」の中に「スマートフォンと同類の個人用通信機(A personal communicator similar to a smartphone.)」の記述があります。


Mongoose Traveller: Core Rulebook(2016年)
 第2版ルールに移行したマングース版『トラベラー』ですが、記述自体に変更はありません(通信機(Comm)が携帯通信機(Mobile Comm)に変わった程度)。トランシーバーにいくつか機種の追加と変更があります。旧来のルールと比べて欠落していた部分の穴埋めとバランス調整でしょう。

TL重量価格有効範囲特記 無線トランシーバー5202255 57075050 51501500500 5300150005000 8-7550 9-500500 9-50002500コンピュータ/0 10-250500コンピュータ/0 121100010000コンピュータ/0 13-2501000コンピュータ/1 14-5003000コンピュータ/1 レーザー・トランシーバー91.52500500コンピュータ/0 110.51500500コンピュータ/0 13-500500コンピュータ/1


Cepheus Engine: System Reference Document(2016年)
 建前上は『トラベラー』ではないですが系列ゲームですし、一応「最新」なので紹介します。Open Game Licenses下にあるT20(厳密にはSciFi20?)を踏襲、というよりデータ面は全く同じですが、T20にはなかった解説文が追加されました。
通信機 Communicators
 物理的に隔てられたキャラクターは、時に会話を維持する必要があります。これらの通信機器はその要求を満たします。これらの機器の日常的な利用には技能判定は必要ありませんが、混信を解消しようとしたり他の目的で使用する際には〈通信機〉技能判定が必要です。

【まとめ】
 この40年の「通信機」の変遷を見てきたわけですが、ゲームのルールとしての後方互換性の確保(や大人の事情)もあって、「通信機」の解釈も行きつ戻りつしているように感じます(T4が意外にも飛び抜けて先進的な通信機像を提示しましたが)。とはいえ、今更「スマホすらない未来社会」という世界観を提示するのは無理があります。ならば、これまで記されてきた数々の設定を「美味しいとこ取り」して「均していく」必要があると思います。

 まず、『Liftoff』で提示された「誰もが個人用通信機を持っている」という設定は採用の価値があるでしょう。また同時に、T4やマングース版の「高TLの通信機はコンピュータと同等」という設定もありです。通信機としての全体的なバランスではマングース版がいいとは思うのですが、TL13のトランシーバーなんて需要あるか?という疑問はあります。反重力車両がやがて船舶や航空機を駆逐したように、TL10~11ぐらいで全てが個人用通信機に統合されてしまっても良いのではないか、と思います(まあ軍隊のことを考えるとそうもいかないのかもしれませんが…)。

 そして「個人用通信機」(略称はパーコムでしょうか、モバコムでしょうか?(笑))の設定も考え直してみます。未来デバイスですから音声操作は当然としてホロ(三次元)画面の一つも採用したいところですが、『メガトラベラー』設定では「Pocket Holovideo」(T5設定だと「Personal Holovideo」)なるものはTL16の産物とされています。帝国では家庭用三次元テレビはあってもモバイル環境で立体映像は見られなさそうです。
 個人用通信機にホロカメラ機能を搭載するのも問題です。『メガトラベラー』設定ではホロビデオ技術の確立はTL10、手持ち型ホロカメラ(Hand Holocameras)がTL13です。前述の「Pocket」や「Personal」が何を指しているかがあやふやなのが困るところですが、録画機能も含めた意味でのことだとすると、個人用通信機にホロ動画撮影機能が搭載されるのはTL16以降ということになります。

 こうなると、TL8~9のスマートフォンと見かけは大差ない(といっても中身のコンピュータは進歩した)物をTL12以降の旅人も携帯している、というあまり夢のない結論が出てしまいそうですが、「公式」設定を崩さないようにするにはそうせざるを得ないでしょう、残念ながら。まああまり進歩しすぎた未知のデバイスをプレイヤーに想像させるのもなかなか難儀なことですし…、眼鏡や腕時計などのウェアラブルな方向へ進化させるのが妥当な落とし所でしょうか。いずれにせよ現代のレフリーは、キャラクターがどこにいてもライブラリ・データを検索し、仲間と連絡をつけることに対して心構えが必要なのは間違いありませんね。

 なお、本稿の作成にあたり各方面に多大なご協力を頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。

レビュー:『ドラコニム星域(The Draconem Sub-Sector)』

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 『ドラコニム星域(The Draconem Sub-Sector)』は、著者Andrew J. Luther氏が最近流行りの「プロトトラベラー(Proto-Traveller)」という概念に共感してわずか1月ほどで作り上げた星域設定集です。

 まず「プロトトラベラー」とは何ぞや、ということなのですが、簡単に言うと「重く複雑になりすぎた『第三帝国(The Third Imperium)』設定を脱ぎ捨てて原点回帰する」といったところでしょうか。人によって「プロト」の部分が指す対象が曖昧ではあるのですが、一般的には「基本ルールとしてクラシック・トラベラーのBook 1~3に加えて『Supplement 3: The Spinward Marches』から得られる情報のみを使用する」とされています。そのため、あえて帝国設定を利用した際の雰囲気として「その力は徐々に弱体化しつつあります」というライブラリ・データの『Supplement 3』のみにある記述が重視されることが多いです。

 今回の『ドラコニム星域』は、「1977年版ルールで」1星域分40星系のUWP(77年ルールなのでUPPか)を作り、それぞれ設定(Planet Description)とシナリオフック(Adventure Seeds)を起こし、なかなか美麗なCGイラストとともに1冊にまとめたものです。余談ですが、作成に使ったルールこそトラベラーなものの、トラベラー固有用語の例えばUWP表記などは避けて記述されているので、「汎用SF-RPG向け設定集」です(熟練のトラベラーファンなら一目でUWP変換が可能にはなっていますが)。配布元のDrivethruRPGでもジャンル分けはトラベラーかつ「Old School Revival(OSR)」となっています(※このOSRも今や一大ジャンルなのですが、話が長くなるので割愛します)。

 『トラベラー』の1977年版ルールと日本語訳もされた1981年版以降のルールの最大の違いは、「星間航路(Space-Lane)」の有無です。『第三帝国』設定の整備が始まった81年版以降では「Xボート網」に取って代わられたこの「星間航路」は、航路策定の準備なしにジャンプできる「安定した航路」を表し、同時に通商路も表現しています。二星間の宇宙港規模の大小で航路が存在するかどうかの確率が上下し、航路があれば星域図に書き込まれます。航路がない星々をジャンプするには事前のプログラム準備が必要となり、必然的に自前の宇宙船持ちしかそういう芸当は不可能となります。
 この「星間航路」ルールは興味深くはあるのですが、今回のように1星域に40星系も詰め込まれると星域図の見た目がゴチャゴチャしますし、仮にジャンプ-3旅客船に乗っても各駅停車ならぬ「各星停船」を強いられがちなので、旅行価格が1ジャンプでいくらのトラベラー宇宙では高くつきます。逆に言えば自分の宇宙船が欲しくなる気分を高めてくれるわけですが…。

 この『ドラコニム星域』では、冒頭1ページに宇宙全体の設定が簡単にまとめてあります。いつしか宇宙に進出した人類は幾つもの異星人と共同で「諸世界連盟(Federation of Worlds)」という恒星間国家を築き上げ、中央では開拓も終わって社会は安定しましたが、逆に言えばプレイヤー・キャラクター(PC)のような「流れ者」にとっては沈滞した息苦しい社会に映るわけです。そこでPCは「何か」を求めて連盟非加盟の辺境であるこの『ドラコニム星域』にやって来た…という感じです。
 ドラコニム星域ではステラ・システムズ社(Stellar Systems Corp.)という社有星系すら持つ大企業が重要な存在となっており、海軍や偵察局ですらこのステラ・システムズ社傘下の「民営海軍・偵察局」なのです(イメージとしてはアニメ『マクロス』シリーズのS.M.Sやケイオス社のようなものでしょう)。海軍は宇宙海賊の脅威からの重要な防衛力なので色々な星系政府が契約していますが、悲しいかな会社の利益に反する作戦行動は取らないようです(苦笑)。
 また、各星系が独立星系であるがゆえに複雑な政治的利害関係が構築され、「神知教団(Found People of God)」なる宗教団体も星域内に信徒と勢力を拡大しています。加えて星域内には様々な知的種族も存在し、冒険とトラブルの種には事欠きません。
 各星系の技術水準は辺境なのでTL10~11ぐらい…と思いきや、突然15とか17(!)の星があったりと油断なりません(笑)。まあ小惑星星系のTLはルールに従うなら高くなりがちなので、上限を定めていないとこうなりますよね…。特に高TL星系が設定の根幹に関わってくる様子はないので、気に入らなければ12ぐらいに削ってしまうのも手でしょう。

 ざっと見た感じでも1か月で作られたのが信じられない力作で、これを作者サイトで無料配布してしまう太っ腹ぶり。投げ銭したい方にはDrivethruRPGで対応しています。これまで築き上げられた第三帝国設定を普段から「重く」感じている方には必携、覚えるべき設定が少ないのでカジュアルプレイや初心者向けセッションのお供に、そうでなくても設定作りの参考やシナリオのネタ探しに使える逸品です。

トラベラー40年史(1) 黄金の時代(~1987年)

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 1947年に生まれた「彼」は、14歳で『D-DAY』(Avalon Hill)と出会い、これが彼にとってのゲームの原体験となりました……が、実際にはルールを理解できずに棚にしまわれました。
 イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(UIUC)に進学した彼はそこで政治学の「ロールプレイング」と「シミュレーション」を学び、やがて陸軍に入ってベトナム戦争に砲兵として従軍しました(実際には防空任務の需要がなかったので、司令部勤務だったそうです)。
 1972年に24歳で軍を除隊した彼は、偶然イリノイ州立大学ゲーム同好会(Illinois State University Strategic Games Club)に出会います。この会はフランク・チャドウィック(Frank Chadwick)とリッチ・バナー(Rich Banner)が設立・運営しており、ここでようやく彼は棚に収められたままだった『D-DAY』をちゃんと理解して遊ぶ機会を得られました。ゲーム同好会の常連となった彼は深夜まで様々なゲームにのめり込み、やがてチャドウィック、バナーと共に自分のゲームを制作するようになりました。
 こうして彼は『Triplanetary』というゲームを作り上げるのですが、同時に彼と仲間たちはゲームに可能性を感じ、大学にゲームデザイナーとして雇うよう働きかけます。1973年1月、彼とチャドウィックとバナーは「Simulation Research Analysis and Design(SIMRAD)」を立ち上げて、学内で使用されるシミュレーション器具を受注して制作する仕事に励みました。しかしSIMRADへの大学の資金提供が1年半で打ち切られたため、彼らは創業に打って出ます。社長にはチャドウィック、彼が副社長となり、バナーはアートディレクターに就きました。また、創業時に新たにローレン・ワイズマン(Loren K. Wiseman)と、『Triplanetary』をミラーと共に作り上げたジョン・ハーシュマン(John Harshman)が加わって、1973年6月22日、最初の商業ゲームの発売と共に「Game Designers' Workshop(GDW)」の船出が宣言されました。最初の「本社」は、ミラーとチャドウィックが住むアパートに置かれました(後にイリノイ州ノーマルに社屋を移転)。
 GDWは当初、市場人気の高い第二次世界大戦ものに限らず数々のウォーシミュレーションゲームを産み出しましたが、1973年の段階であの『Triplanetary』を商業生産するなど、SFゲームへの関心を失ったわけではありませんでした。
 1974年、ゲーム業界に大革新が訪れます。ゲイリー・ガイギャックス率いるTSR社が『ダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)』を発売し、「ロールプレイングゲーム(RPG)」という新たなジャンルがやがて社会現象をも引き起こしました。当時のGDWでも仕事を忘れて迷宮探検に没頭していたようです(そのため「勤務中は厳禁」とする社則が設けられました)。GDWも遅れ馳せながら、1975年にチャドウィックらが銃士もののRPG『En Garde!』を開発して流れに乗ってきます。
 1976年、彼はその頃の市場で空白となっていた「サイエンス・フィクションRPG」を作りたいと仲間に告げ、了承を得ると制作に没頭します。彼は若い頃に触れていたE・C・タブの『デュマレスト・サーガ(Dumarest of Terra)』、アイザック・アシモフの『ファウンデーション(The Foundation)』、H・ビーム・パイパーの『スペース・ヴァイキング(Space Viking)』、ラリー・ニーヴンの『ノウンスペース(Known Space)』、ジェリー・パーネルの『連合国家(CoDominium)』、ポール・アンダースンの『惑星間協調機関(The Psychotechnic League)』といったSF小説から着想を得て、チャドウィックやワイズマンやハーシュマンの助けも借り、それはやがて「キャラクター作成と戦闘ルール」「宇宙船に関するルール」「世界作成ルール」と形になっていきました。軍隊「出身者」が冒険の旅に出るというゲーム構造は、ミラーらの経歴から発想されました。彼の仲間たちはそれを使って冒険を堪能し、楽しんだだけでなく良質のゲームだと判断しました。原稿は後に「Little Black Book」と呼ばれる5.5✕8.5インチの本3冊にまとめられ、サイコロ2個とともに箱詰めされました。リッチ・バナーが別の仕事で忙しかったので、箱や表紙は黒一色となりましたが。
 そのゲームの表題は『Traveller』とされました。購買層を考慮して「スター~」「スペース~」といった題名を避け、米国英語では普通使われない「ll」の綴りを商標保護のためにあえて用いました。

「プレイヤー・キャラクターが何をすべきかを、我々は表題で喚起したかった」
(ローレン・ワイズマン)
 彼の名は、マーク・ウィリアム・ミラー(Marc William Miller)。『トラベラー』の歴史が、ここから始まります。


【1977年】
こちら自由貿易商船ベオウルフ号、誰か応答してくれ……
メイデイ、メイデイ……我々は攻撃の中にあり……主機関が破損した……
第一砲塔も反応がない……メイデイ……船室の気圧も失われた……
誰か応答してくれ……頼むから助けてくれ……
こちら自由貿易商船ベオウルフ号……
              メイデイ……
(『Basic Traveller』の箱に書かれた一文)

(CC BY-SA 4.0) 1977年7月22日、ニューヨーク市のスタテン島で行われたゲーム見本市「オリジンズ'77」にて、『Basic Traveller』ボックスセットは先行発売されました(※小売店での一般販売は9月頃になったらしいですが、はっきりしたことはわかりません)。この『Basic Traveller』は評判が評判を呼び、最終的に12刷64320セットを出荷する大ヒット作となって、『D&D』『ルーンクエスト』と並ぶ古典RPGの「ビッグ3」と称される地位を築きます。

「2000部売れればと思っていたら、1万部台に達してしまった」
(マーク・ミラー)
 実のところ、『トラベラー』が最初のSF-RPGというわけではありません。Flying Buffalo社の『Starfaring』やTSR社の『Metamorphosis Alpha』が既に1976年中に発売されています。しかし1977年5月に映画『スター・ウォーズ』の公開でSF、特にスペースオペラの大ブームが巻き起こり、その直後に発売された最初のSF-RPGだったのです。大きな注目を集めるのは必然だったと言えるでしょう。

「映画館からの帰りの車中で、マークと話をした。詳しくは忘れてしまったが一言だけ覚えている。『ローレン、トラベラーこそスター・ウォーズなんだ』。そして彼は正しかった」
(ローレン・ワイズマン)
 ゲームシステムの面でも、16進数を用いる能力値表記や星系データはSFの雰囲気をよく出しており、『D&D』に代表されるクラス制ではなくスキル制をいち早く導入したのは革新的で、星系間貿易ルールどころか「人生の機微すら感じられた」キャラクター作成ルールすらソロプレイに向いていました。またリアリティ重視の観点から、キャラクターは他のゲームと比べて負傷に対して極めて脆弱であり、「人間はそう簡単に成長しない」とばかりに経験値による成長システムを廃したのも大きな特徴です。そして星系データや異星生物の作成ルールによって、冒険の舞台を誰もが想像力が尽きるまで用意することができました。
 ちなみに独特の「キャラクター作成時にキャラクターが死亡する」というルールは、テストプレイの際に「経験豊富で金持ちな年老いたキャラクター」ばかりを作られた(※成長の機会が作成時のみなので無理もありませんが)ことから対抗策として設けられたもの、と後に語られました。

 またこの年、ミラーは『Imperium(インペリウム)』を発表します(初版はConflict Game Companyから。2年後の再販分からGDWに移管)。宇宙の彼方からやって来た〈帝国〉軍と地球軍の戦いを描いた戦略級SFウォーゲームで、これ自体は1973年から開発に入っていたものですが(試作段階では『Star Fleet』という題名で、当初は拡張マップ『Twilight』との連結も構想されていました)、後に『トラベラー』史に大きな影響を与えることとなります。


【1978年】
「私が見た『トラベラー』の最初のレビューには、『これは素晴らしいが、私はシナリオのないRPGをやらない。背景設定も欲しい』とあった。同時に彼は編集後記で『私は特定の背景設定に縛られてプレイするようなゲームをやらない』ともしていたので、だから私は双方の消費者の態度に対処しなくてはならなかった」
(マーク・ミラー)
 GDWは当初、単独で完結している『トラベラー』の拡張を考えていませんでした。彼らは購入者が(自分たちと同じように)自分自身の宇宙設定を作り、NPCを生み出していると思っていました。しかし多くの人にはそうするだけの暇がないことに気付きます。

 この年、GDWは『Supplement 1: 1001 Characters(1001人のキャラクター)』『Book 4: Mercenary(傭兵部隊)』のサプリメント本を発売しました。他社に大きく先駆けて「特定の職業を掘り下げていく」本を出したこと以上に、特に重要なのは、『Mercenary』は文中に〈帝国(Imperium)〉という用語が登場した最初の本だということです。
 実は前年発売の『Imperium』とは別に、ミラーたちは1975年~1976年にかけて〈帝国〉というSFウォーゲームを練っていました。地球周辺20光年を舞台に様々な異星種族が軍事や経済で覇を競い合う内容で、アスラン、ハイヴ、ヴァルグルといった後の異星種族の原型が既に存在していました。ミラーはこれを銀河系規模に拡張して設定を創り上げていくのですが、しかし、〈帝国〉の全貌が明らかになるのはもう少し後のことになります。

「私はこの未来社会を、解りやすく親しみやすいものにしようとした」
(マーク・ミラー)
 また、『Mercenary』は最終的に23刷103849冊という、記録が残っているものの中では歴代最高の印刷数を記録しています(発行10万部以上は、この他に翌年発売された『Book 5: High Guard(宇宙海軍)』のみです)。

 そしてこの年、宇宙戦闘ゲーム『Mayday(メイデイ)』が発売されました。この時点では『トラベラー』とは独立した「シリーズ120」(120個の駒と12頁のルール、120分で遊べることを目指した入門者向けウォーゲーム)の一つでしたが、『トラベラー』との連携は初めから考慮されていたようです。『Triplanetary』譲りのベクトル移動ルールが特色の『メイデイ』は、この年付のチャールズ・ロバーツ賞(Best Fantasy / Futuristic Board Game部門)を受賞しています。

 Metagaming Concepts社が発行していたSFゲーム誌『Space Gamer』第15号から、『トラベラー』の記事が登場します。ただし毎号のように記事が掲載されるようになるのは第32号(1980年10月号)以降で、丸2年の空白期があります。
 他にもTSRの『Dragon』誌(第18号~第120号)や、Chaosiumの『Diffrerent Worlds』誌(第9号~第46号)、Games Workshopの『White Dwarf』誌(第9号~第82号)、Judges Guildの『Dungeoneer』誌(第9号~第19号)といったRPG雑誌にも『トラベラー』の記事が掲載されるようになりました。


【1979年】
 「Book」「Supplement」に続く新たなシリーズとして、ようやく冒険シナリオを収めた「Adventure」シリーズの刊行が始まります。第一弾はとある巡洋艦をめぐる物語の『Adventure 1: The Kinunir(キンニール)』で、この年付のH・G・ウェルズ賞(Best Roleplaying Adventure部門)も受賞しています。
 Supplementシリーズでは『Animal Encounters(異星生物との遭遇)』『Citizens of the Imperium(帝国市民)』も出ましたが、中でも重要なのが『The Spinward Marches(スピンワード・マーチ宙域)』です。星域単位の簡単な解説ながら、『キンニール』で示されたリジャイナ星域以外の全貌が明らかになったことで、旅の舞台は大きく広がりました。
 また、艦内戦闘ゲーム『Snapshot』も発売されています。これも「シリーズ120」ながら『トラベラー』との連携は意識されており(そもそも命中判定が『トラベラー』と同じです)、1マス1.5m四方のデッキプラン上での戦闘ルールとして機能していました。

 ローレン・ワイズマンを編集長に据えて、季刊誌『Journal of the Travellers' Aid Society』によるサポートも開始されます。第1号の特集は(いまだに)謎の宇宙船「アニック・ノヴァ(Annic Nova)」。ショートシナリオ「アンバーゾーン(Amber Zone)」、各地の異星生物や装備品の紹介といった定番コーナーも創刊当時に出来上がっています。そして『トラベラー』を特徴づける「トラベラー・ニュースサービス(TNS)」の掲載は第2号から始まり、これによりゲーム内の「歴史が動く」というリアルタイム性が当時の人々を更に惹きつけました。
 ウィリアム・キース(William H. Keith Jr.)とアンドリュー・キース(J. Andrew Keith)の「キース兄弟」が登場したのは第4号からでした。弟アンドリューが黎明期のJTAS誌に(ゲーム代を浮かせるために)投稿を始め、兄ウィリアムも「自分の方が上手くできる」とそれに続いたことで両者がワイズマンの目に留まり、デビューの運びとなりました。その後の彼らは、初期『トラベラー』の宇宙観を深める原稿や美麗なイラストを多数手掛け、無くてはならない存在となります。その活躍ぶりは、様々な仕事を「John Marshal」や「Keith Douglass」といった数々の偽名を使い分けてこなしていたことからも伺えます(後に熱心な読者に語彙分析で指摘されて白状しています)。
 ちなみにJTAS誌は、H・G・ウェルズ賞(Best Magazine Covering Roleplaying部門)を1979年、1980年、1981年の3度受賞しています。

 この年からGDWはライセンス提供を行い、『トラベラー』のサプリメントを自社以外も開発・販売できるようにしました。そこでまず参入したのが『D&D』などのサプリメント本を出していたJudges Guild社で、レフリー・スクリーン、ログブックといった小物から、『Dra'k'ne Station』を皮切りとしたシナリオ集・設定集、デッキプラン集を次々と出していきます。


【1980年】
 Adventureシリーズでは『Research Station Gamma(研究基地ガンマ)』に加えて、この年付のH・G・ウェルズ賞(Best Roleplaying Adventure部門)を受賞し、名作と名高い『Twilights Peak(黄昏の峰へ)』が発売されています。この作品では従来の単発シナリオと異なり、複数の冒険を繋ぎ合わせた「キャンペーン・シナリオ」の形式が提唱されました。
 また、Adventureシリーズの亜種として「Double Adventure」シリーズが始まります。これは20頁程度の小規模シナリオを1冊に2つ収めたもので、1960年代のSF小説の出版形式を模したものだそうです。この年は『Shadows / Annic Nova(シャドウ/アニック・ノヴァ)』『Across the Bright Face / Mission on Mithril(焦熱面横断/ミスリルでの使命)』が販売されています。
 Supplementシリーズでは『76 Patrons(60人のパトロン)』『Traders and Gunboats(商船と砲艦)』が販売されました。前者は「偶然の遭遇」による冒険の端緒を60人分と「傭兵チケット」を16種類収めたもので(※日本語版ではこの部分を分けて収録したのでタイトルが変わっています)、後者は各種艦船の解説とデッキプランが記されています。
 前年に発売されたばかりの『Book 5: High Guard』には、早くも改訂版が登場しています。旧版の購入者向けには、JTAS第6号~第8号にて変更部分が全て公開されました。

 関連ウォーゲームでは『Azhanti High Lightning(アザンティ・ハイ・ライトニング)』『Dark Nebula(ダークネビュラ)』発売されました。前者は『Snapshot』を転用した艦内戦闘ゲームで、この年付のチャールズ・ロバーツ賞(Best Fantasy / Science-Fiction Board Game部門)を受賞しています。後者は『Imperium』を「シリーズ120」に合うように簡略化し、無作為に組み合わせ可能なゲームボードが特徴となっています。加えて『Mayday』は第2版となり、包装が袋詰めから箱に変更されました。『トラベラー』とは直接の関係はないですが、ボードゲーム『Asteroid(アステロイド)』が発売されたのもこの年です。

 そして『Different Worlds』第9号にて、ついに〈第三帝国〉の設定が明らかになりました。自社誌のJTASではなくわざわざ他社誌を選んだ理由は不明ですが、この5頁の記事により既知宇宙(Charted Space)の全体像や、『Imperium』をも取り込んだ宇宙史が示されたのです。
 さらにGDWは、サードパーティ各社に「開拓認可状(Great Land Grants)」を出し、これを受けて既知宇宙各地の「開拓」が一斉に開始されます。Judges Guildは早くも年内に『Ley Sector』(およびその中の星系を解説した『Tancred』)、翌1981年には『Crucis Margin』『Glimmerdrift Reaches』『Maranantha-Alkahest Sector』を矢継ぎ早に発売し、Paranoia Pressは1981年に『Beyond』『Vanguard Reaches』を、Group Oneも同年『Theta Borealis Sector』を、FASAも同年『High Passage』誌(全5号)を創刊してオールド・エクスパンス宙域を、翌82年には(編集社を契約解除して新創刊した)『Far Traveller』誌(全2号)でリーヴァーズ・ディープ宙域を、シナリオでは『Sky Raiders』三部作や『Uragyad'n of the Seven Pillars(砂漠の傭兵)』『Rescue on Galatea(ガラテア救出作戦)』を1981年~1982年にかけてファー・フロンティア宙域で展開するなど、宇宙観は爆発的に広がりました。これら会社間の設定の調整には、ジョン・ハーシュマンが飛び回りました。
 GDWも1980年中にトロージャン・リーチ宙域を舞台にした『Adventure 4: Leviathan(リヴァイアサン)』を発売し、Games Workshop制作ゆえに設定に若干の齟齬はあるものの、長く愛される作品となりました。余談ですがこの本には、ゲームブック『火吹山の魔法使い』で名高いイアン・リビングストン(Ian Livingstone)が編集に参加しています。

 後に『Battletech』や『Shadowrun』で名を馳せるFASA社は、ジョーダン・ワイズマン(Jordan Wiseman)らによってこの年設立されたばかりでした。そんな彼らの企業としての第一歩は『トラベラー』用のデッキプラン『I.S.P.M.V. Tethys』でしたが、この頃のFASAにはイラストレーターがおらず、単純で稚拙な線画しか掲載することができませんでした。
 そこでジョーダン・ワイズマンは、マーク・ミラーの紹介で面識があったキース兄弟に白羽の矢を立てて招聘します。彼らを得たFASAは高品質の製品を作ることが可能となり、またキース兄弟もGDWとFASAの双方で自分たちが望むように『トラベラー』宇宙を開拓していきます(ちなみに前述の『I.S.P.M.V.』シリーズも後にキース兄弟によって手直しされています)。
 またこの年は、Judges Guildからの独立組で創業されたGroup Oneも参入しています(が、刊行点数こそ多かったものの翌年に解散し、従業員の多くはJudges Guildに出戻りました)。
 そして記録上ではこの頃には、Martian Metals社が『トラベラー』のメタルフィギュアの販売を開始していたようです。1982年とされる事業終了まで、最終的に車両も含めて40種類以上のフィギュアが制作されています。


【1981年】
TNSニュース速報
リジャイナ/リジャイナ(0310 A788899-A)発   1107年187日付
 リジャイナ公は家令を通じて緊急会見を行い、本日午前12時01分をもって帝国とゾダーンが公式に戦争状態に入ったと発表しました。家令によると、昨晩遅くにゾダーンのシュタービフリアシャフ大使から宣戦布告書を手渡されたとのことです。家令はこれ以上の情報は現時点では無いと述べて、記者陣からの質問には答えませんでした。
 JTAS誌に掲載されるTNSではきな臭い報道が続いてきていましたが、第9号掲載分でついに「第五次辺境戦争」が開戦となりました。この年発売された製品も、戦略級ウォーゲーム『Fifth Frontier War(第五次辺境戦争)』、ミニチュアゲーム『Striker』、艦船データ集『Supplement 9: Fighting Ships(戦闘宇宙艦)』と軍事色の強いものがずらりと並んでいます。『High Guard』で作り上げた自慢の艦船を一定のルール下で存分に戦わせられる『Trillion Credit Squadron(一兆クレジット艦隊)』や、シナリオ『Expedition to Zhodane』も発売されました。

 また1981年はルールブックが新版に移行した年でもあります。基本ルールであるBook 1~3の記述は各所が改められ、より〈帝国〉設定との結び付きが強まりました。またこの3冊に加えて『Book 0: An Introduction to Traveller』『Introductory Adventure: The Imperial Fringe』や「スピンワード・マーチ宙域図」を封入した『Deluxe Traveller』ボックスセットも発売されています。特にBook 0は、ロールプレイングゲームとはなにか、レフリーやプレイヤーのやり方、キャンペーン・シナリオの組み方などRPGの入門書としての役割を担っていましたが、遊び方の見本として「トム(レフリー)、ディック、ハリー、グロリア」の4人がどう発言したかを戯曲の台本のように表記した……つまり今で言う「リプレイ」が掲載されているのが注目点です。

 キース兄弟制作の『Double Adventure 5: The Chamax Plague / Horde』は、1981年7月のゲーム大会「GenCon East」にて行われた競技シナリオを含めたシナリオ集ですが、これは「フォーイーヴン宙域」を舞台とした数少ないGDW「公式」出版物です(※現在では「Free Sector宣言」によって、フォーイーヴン宙域を舞台にした公式出版物が出されることはありません)。

 カナダの『Adventure Gaming』誌第6号に、マーク・ミラー書き下ろしのシナリオ『Stranded on Arden』が掲載されました。これは後に「出国ビザ型」と呼ばれる、官僚機構という名の迷宮を右往左往させられる『トラベラー』独特の型式のシナリオの元祖です。この作品は1993年になってStar Quest Gamesから復刻単行本が発売されたものの長らく幻となっていましたが、2001年にようやく『Double Adventure 7』に収録されました。

 Games Workshopは前述の通り、自社誌『White Dwarf』にて『トラベラー』の記事掲載を行っていましたが、自社製品としてはこの年にデッキプラン集『IISS Ship Files』や『Personal Data Files』『Star Ship Layout Sheets』といった小物を展開しただけで終了しました。
 Marischal Adventuresからは、キース兄弟がGDWで没とされたシナリオ『Fleetwatch』『Flight of the Stag』『Salvage Mission』や、『Space Gamer』誌に掲載した「スコティアン・ハントレス号」シリーズの『Flare Star』『Trading Team』『Periastron』『The Newcomers』が単行本化(といっても1冊が4~6頁という代物でしたが)されました。そしてこのシリーズのもう一つの作品『Night of Conquest(侵略の夜)』は、翌年に『Double Adventure 6』に収録されてGDWから発売されています。
 そのキース兄弟の助力を得たFASAは、デッキプランに加えて『Ordeal by Eshaar』でシナリオ集にも参入し、特に翌年にかけて発売された『Sky Raiders』三部作は、初期シナリオの中でも傑作巨編として知られています。

 この年発売された『Double Adventure 3: Death Station / The Argon Gambit(デスステーション/アルゴン・ギャンビット)』『Double Adventure 4: Marooned / Marooned Alone(逃避行/単独逃避行)』は従来のスピンワード・マーチ宙域ではなく、新たに「人類の故郷」ソロマニ・リム宙域を旅の舞台としていました。翌年には『Supplement 10: The Solomani Rim』『Adventure 8: Prison Planet』、さらにその翌年には『Adventure 9: Nomads of the World Ocean(海洋世界の遊牧民)』『Adventure 11: Murder on Arcturus Station』と立て続けにそこを舞台にした書籍も発売されるなど、スピンワード・マーチ宙域と平行して新宙域の整備が続きました。
 ちなみに描く時代こそ違いますが、帝国軍による地球侵攻をテーマにしたウォーゲーム『Invasion: Earth』も発売されています。

 現在確認されている最古の『トラベラー』ファンジン(ファン制作の雑誌)である『Alien Star』が、この年創刊されました。当初は英国ドーセットにある中等教育校(Grammar School)での会報として制作され、ゲーム大会や『White Dwarf』誌を通じて販売されました。後に大学進学などの事情で編集権はD.W.Hockham社に譲り渡され、1982年の第8号まで刊行されています。

 そしてこの年付で、マーク・ミラーはチャールズ・ロバーツ賞の殿堂入りを果たしました。また『Games Magazine』誌は「Games 100」に『トラベラー』を選んでいます(その後も1982年、1983年、1984年、1991年に受賞)。

 5月20日にGDWは、Edu-Ware Services社との訴訟で和解に至っています。Edu-Wareは1979年に『Space』『Space II』というコンピュータゲームを出したのですが、これをGDWは『トラベラー』の著作権侵害だとして訴えていたのです(事実、『トラベラー』の模倣としか言いようのない代物でした)。その結果、GDWは和解金の支払いと引き換えに2作品の著作権と全在庫を譲渡されました(つまり流通を停止させることができたのです)。

 ところで、Chaosium社からファンタジー小説原作の『Thieves' World』が発売されたのですが、これは当時としては珍しい「汎用RPG設定集」でした。様々なRPGに対応させるためのルールや図表が盛り込まれていて、その中には『トラベラー』も含まれていました。『Thieves' World』自体が世界初のシェアード・ワールド小説なので、その精神が反映されたとも考えられます。

 出版点数や出来事から振り返ると、この時が『トラベラー』の絶頂期とも言える年でした。なおこの年、GDWは社屋をイリノイ州ブルーミントンに移転しています。


【1982年】
 1981年版のBook 1~3を加筆修正し、シナリオ『Shadows(シャドウ)』『Exit Visa(出国ビザ)』、既知宇宙やリジャイナ星域の解説などを全て160頁のペーパーバック1冊にまとめた『The Traveller Book』が発売されました。RPG市場は成熟が進んでもはやLBBでは店舗の棚で目立たないので、判型の大型化と表紙のカラー化という改良が施されたのです。
 Adventureシリーズでは傭兵シナリオ『Broadsword(ブロードソード)』が、Supplementシリーズでは前年発売の『Library Data(A-M)』に続いて『(N-Z)』が発売されました。この『Library Data』は単にライブラリ・データを集めただけでなく、帝国皇室やメガコーポレーションに関する情報、スピンワード・マーチ宙域の歴史、ソロマニ・リム宙域の政治力学など興味深い情報も収められています。

 『Imperium』などのGDW製ウォーゲームをホビージャパンが輸入し、日本国内で和訳ルール付きで販売を開始しました。また、創刊されたばかりのウォーシミュレーションゲーム専門誌『タクテクス(TACTICS)』第3号では、海外の動きとして初めて『トラベラー』を紹介する記事が掲載されました(本格的な紹介記事は、翌年第5号の「宇宙をたずねてみませんか? ロールプレイングゲーム“トラベラー”の世界」(高梨俊一)を待ちます)。

 メタルフィギュア製造のCitadel Miniatures社が参入し、1983年にかけて『Adventurers』『The Military』『Ships Crew』『Civilians』『Aliens』の5種類のボックスセット(1箱20個入り)を販売します。これとは別にブリスターパック版も存在し、『Adventurers』『Military』『Aliens』『Law Officers』『Robots』が販売されています(基本的に箱版の再構成ですが新造されたフィギュアも封入されています)。
 また北米市場でCitadel製品を販売していたRAFM Companyもビニール袋入りで5セットを販売し、後に『Striker』向けに再構成した11セットを出しています。

 スティーブ・ジャクソン率いるSteve Jackson Gamesが参入しますが、この時はペーパーフィギュア『Card Board Heroes』の販売のみに留まりました。ただし同社が1980年の独立開業と同時に得た『Space Gamer』誌で、『トラベラー』のサポートは続けられました。
 この会社が『トラベラー』史における重要な役割を担うのは、まだ先のことです。


【1983年】
 前年発売の『The Traveller Book』を「Rules Booklet」「Charts and Tables」「Adventures」に三分割し、サイコロなどを封入したボックスセット『Starter Traveller』が発売されました。ただし収録シナリオは『Shadows(シャドウ)』と『Mission on Mithril(ミスリルでの使命)』に変更され、設定紹介は割愛されました。製品の位置付けとしては、従来ファン向けの完全版である『The Traveller Book』に対して、新規入門者向けの『Starter Traveller』だったようです。

 『トラベラー』最大の(記述量の)キャンペーンシナリオ『The Traveller Adventure(トラベラー・アドベンチャー)』が発売されたのもこの年です。表紙はカラーイラストで、ページ数も160頁弱であることから、前年発売の『The Traveller Book』と対になるように作られたのだと思われます。また、これを皮切りに『The Traveller Alien』『The Traveller Encyclopedia』『The Traveller Fleet』『The Traveller Soldier』という製品が予定されていましたが、発売は中止されています(一部は形を変えて発行されました)。
 さらに、Prentice Hall Trade社によって5月頃から『The Traveller Book』の書店流通が始まっています。ただし書店流通版は判型こそ大判化されているものの、ハードカバーの表紙はLBBと同様の黒一色に戻されています。上記の『The Traveller』シリーズは書店流通も睨んだ製品と思われますが、実際に販売されたのはこの『The Traveller Book』のみでした。

 他には4年ぶりのBookシリーズの新作『Book 6: Scouts(偵察局)』が、Supplementシリーズでは最後の作品『Forms and Charts(トラベラー書式集)』『Veterans(ベテラン)』が発売されています。また、それに代わって新しい刊行形態「Moduleシリーズ」が始まります。従来の書籍形態ではなくボックスセットで販売することで、図表の封入など表現力を高めた展開が可能となりました(また『The Traveller Book』の時と同様に、店舗で目立つことも意図しています)。その第一弾として、一つの星系を徹底解説した『Tarsus』が販売されています。

 『Mayday』第3版、『Dark Nebula』第2版、『Asteroid』第2版が発売されました。それぞれ箱絵が変更されています。

 メタルフィギュアにはGrenadier Modelsが参入しました。『Imperial Marines』『Adventurers』『Alien Animals』といったフィギュアセットを(ショートシナリオを封入して)発売し、翌年には『Alien Mercenaries』と独自設定シナリオ『Disappearance on Aramat』を展開しています。

 FASAが『Star Trek: The Role Playing Game』発売のために『トラベラー』関連の製品展開を打ち切ります(複数作品が発売されずに幻となりました)。『Far Traveller』第3号も発売されず、キース兄弟は自らが持つ『トラベラー』関連の版権を(Marischal Adventuresの物も含めて)Gamelordsに移しました。
 1980年創業のGamelordsは『トラベラー』に参入したのは前年発売の『Lee's Guide to Interstellar Adventure』が初という新参でしたが、キース兄弟が権利を持っていたリーヴァーズ・ディープ宙域を舞台にした、『The Undersea Environment』を皮切りとするEnvironmentシリーズや、シナリオ『Ascent to Anekthor』『Duneraiders』『The Drenslaar Quest』、星域設定集『Pilot's Guide to the Drexilthar Subsector』をこの年から翌年にかけて発売していきます。


【1984年】
 Adventureシリーズは『Safari Ship』『Secret of the Ancients』の2冊が発売されました。特に後者は、『黄昏の峰へ』から続く文字通りの「太古種族の秘密」に迫る重要なキャンペーン・シナリオです。
 Moduleシリーズでは小惑星帯を舞台にした『Beltstrike』も出ていますが、この年は何と言っても『Atlas of the Imperium』の発売でしょう。帝国(とその周辺合わせて35宙域)を網羅した宙域図集として期待を集めましたが、実際の中身は宙域図は宙域図でも「座標と宇宙港クラスと高人口世界と水界やガス惑星や基地の有無がわかるだけ」という残念な代物でした。とはいえ、サードパーティ各社がそれぞれ展開していた宙域設定が(Judges Guildを除いて)GDW公式設定として取り込まれた、という意味では画期的でした。
 そして「Alien Module」シリーズが開始されます。この年から順次、アスラン、ククリー、ヴァルグル、ゾダーン、ドロイン、ソロマニ、ハイヴ、ダリアンと、1年で3作のペースで刊行が続きます。

 日本語版『トラベラー』の展開がついに開始されました。この年は7月に『スタートセット』、12月に『研究基地ガンマ』が発売されています。日本語版の特色としては、全ての製品がボックスセットであり、その美麗な箱絵は画家・加藤直之が手がけていることです。またGDWからの発売順での訳出に拘らず、レフリーやプレイヤーの習熟具合を見計らって同系テーマの本を一箱にまとめて発売する方式を採っています。一方で安田均による翻訳は、訳文の正確さよりも直感的な理解を優先させたために当時でも賛否が分かれていたと聞きます。
 なお、『スタートセット』は前述の『Starter Traveller』を丸ごと翻訳したものですが、本家には入っていない「スピンワード・マーチ宙域図」が付属しています。
 また、雑誌『タクテクス』第18号では『トラベラー』大特集が組まれ、日本におけるロールプレイングゲームの時代の幕開けを告げる記念碑的な号となりました(ただし、安田均による連載「ロールプレイング・ゲーム入門」はそれに先駆けて第17号から開始されています)。その後は、JTAS誌の翻訳記事である「ジャーナル・コーナー」も定期掲載されました。

 ジェファーソン・スワイカファー(Jefferson P. Swycaffer)が小説『Not in Our Stars』をAvon Booksから発表します。これは彼が身内で遊ぶために制作したキャンペーン世界〈アーカイヴ機構(The Concordat of Archive)〉を舞台にしたもので(※『Dragon』第59号(1982年)掲載の「Exonidas Spaceport」に小説の登場人物がNPCとして既に登場しています)、非公式扱いながらも一応初の『トラベラー』小説となります(※ゲーム内用語の使用は許可を得ていますし、出版の際にはJTAS誌で紹介もされています)。その後彼は1988年まで2つの出版社から合計7冊の〈機構〉設定小説を刊行していきます。
(※日本語版ではThe Concordat of Archiveの訳語を〈公文書機構〉としていましたが、Archiveとは〈機構〉の首星名のようなので修正を施しました)

 GamelordsがRPG市場の縮小により活動停止に追い込まれます。『Grand Survey』『A Pilot's Guide to the Caledon Subsector』という製品が印刷を待っていたと伝えられていますが、発売されることはありませんでした。しかし後者に関してはその原稿が1994年に『Traveler Chronicle』誌で発表され、2009年には電子版ながらも「書籍」の形で発行されました。
 なおキース兄弟は活動拠点をFantasy Games Unlimited社に移しながらも、その後も変わることなくGDWのJTAS誌やエイリアン・モジュールなどに携わります。中でも特に『K'kree』『Hiver』は、兄ウィリアムの元衛生兵としての解剖学的知見が存分に発揮された作品として名高いです。

 JTAS誌は第19号から年3回発行になり、年1回の恒例だった総集編『Best of the JTAS』も第4号をもって廃止されました。ちなみに、JTAS第20号にて約3年に及んだ第五次辺境戦争が停戦しています(※正式に休戦するのは翌年発行の第22号です)。

 余談ですが、この年に発売された傑作コンピュータゲーム『Elite』は、随所に『トラベラー』の色濃い影響が指摘されています。マーク・ミラーも「話を聞いてやってみて、『トラベラー』のクローンかと思った」と語っていますが、製作者本人は噂を再三否定しています。ただし発売当時の雑誌記事の中に、製作者が「『トラベラー』を遊んでいた」という記述も存在します。


【1985年】
 前年にジョー・フューゲート(Joe D. Fugate Sr.)とゲイリー・トーマス(Gary L. Thomas)によって設立されたDigest Group Publicationsが、季刊誌『Travellers' Digest』を創刊しました。目玉は何と言っても「Grand Tour(グランドツアー)」でしょう。記者アキッダとその仲間たちが、スピンワード・マーチ宙域を飛び出して古都ヴランド、帝国首都キャピタル、人類の故郷テラ、そしてアスラン領へと数年間に及ぶ旅を続ける、という全21話の(当時のRPG業界でも最大級の)壮大な各話完結キャンペーンシナリオで、シナリオの舞台となった(これまで全く設定のない)星域のライブラリ・データも併せて掲載されるなど、『トラベラー』宇宙をさらに深掘りする大人気連載となりました。そして創刊号から第3号にかけて掲載されたロボット作成ルールは、その完成度から翌年にGDWから『Book 8: Robots(ロボット)』として単行本化されました。
 また、初期のダイジェスト誌では「一般判定書式(Universal Task Profile)」の試作改良が続けられました。これは『トラベラー』に欠けていた統一的な判定システムを導入するものでしたが、この完成形が後の新作の核となるのです。

「ダイジェスト・グループの『トラベラー』製品についてどう思うかって? 君が『トラベラー』に本気なら、彼らの製品を入手すべきだと思うよ」
(マーク・ミラーによる宣伝文句)
 『Book 7: Merchant Prince(豪商)』が発売されましたが、これは元々JTAS第12号(1982年)に『Special Supplement 1』として掲載されたものに加筆して単行本化したものです。Moduleシリーズでは、第五次辺境戦争の総集編である『The Spinward Marches Campaign』が出ています。
 そしてAdventureシリーズとしては最後の本、『Adventure 13: Signal GK』も発売されました。ソロマニ・リム宙域を舞台に冒険が繰り広げられるのですが、このシナリオの存在が後にとんでもない出来事を引き起こすとは当時は知る由もなかったのです……。

 日本では3月に『メイデイ』、7月に『宇宙海軍』、12月に『黄昏の峰へ』が発売されました。さらに『インペリウム』『アステロイド』の日本語版も発売されています(これらも加藤直之が箱絵を担当し、『インペリウム』にはアニメを元ネタにしたジョークユニットが追加されています)。
 また、Fantasy Productionからドイツ語版『トラベラー』シリーズも発売開始されました。ドイツ語版は独自のカラー表紙が目を引く装丁となっています。


【1986年】
 エイリアン・モジュールやこの年発売のシナリオモジュール『Alien Realms』など、GDWの稼ぎ頭である『トラベラー』自体の展開は続いていましたが、TSRの『Star Frontiers』(1982年)やICEの『Spacemaster』(1985年)などの追い上げを許し、もはや『トラベラー』がSF-RPG界を独占しているわけではありませんでした。草創期を支えたサードパーティ各社も1984年を最後に全て離れ、入れ替わるように1985年に参入したDGPとSeeker(とドイツ語版のFantasy Productionsと日本語版のホビージャパン)だけが『トラベラー』を支えている有様でした。
 ただし、これは無理もない面もあります。製品の出来自体はともかくとして、サードパーティにとって『トラベラー』ですら『D&D』ほどには本が売れなかったのです。実際、いち早く参入して精力的に展開を行ったJudges Guildは、最終的に倉庫に30✕50✕高さ6フィート(※デッキプランの60マスに高さ1.8メートルまで本が積まれていると考えると目安になります)もの在庫を抱えてしまったそうです。やり過ぎた例ではありますが。

 1984年11月にGDWが発売した軍事RPG『Twilight: 2000』(フランク・チャドウィック作)は、初版1万セットをすぐに売り切る人気作となりましたが、ある意味これが「トラベラーの黄金時代」の終わりを告げることになりました。サポート誌JTASも1986年発行の第25号から刊行形態を変更してGDWのゲーム総合誌『Challenge』となり、JTAS自体は「誌内誌」扱いとなりました(第33号までは表紙にその名を残していましたが……)。

 そんな中、マーク・ミラーが『Challenge』第27号にて新作『Traveller: 2300』を発表します。発売から10年近くが過ぎて古さが否めなかった『トラベラー』を世界観から(『Twilight: 2000』より続く未来史として)全面刷新し、DGP製の一般判定書式を搭載(ただし10面体ダイスを使用)するなどゲームの近代化を目指した作品でした。スペースオペラとは別の柱としてハードSF路線も打ち立てる狙いがありましたが、『トラベラー』の要素を何一つ残さなかったのに『Traveller』を「SF-RPGの代名詞と自認して」冠したのは確かに紛らわしく、市場の評価は今ひとつでした。結局第2版(1988年)以降は『2300AD』と改題され、全くの別ゲームとして存続することになります。
 この失敗を受けてかミラーは、『Book 8: Robots』以来目をかけていたDGPのフューゲート、トーマスらに書簡を送り、『トラベラー』の正統後継作の制作を依頼します。彼らの実力を高く評価していたのもありますが、GDWとしては『Traveller: 2300』に専念できる利点もありました。しかしその開発期間は、あまりにも短かったのです。
 ちなみに、そのDGPからは『101 Robots(101ロボット)』『Grand Survey』が発売されています。

 日本では6月に『傭兵部隊』、12月に『第五次辺境戦争』が発売されました。

 ルールやコンポーネントを改定した『Imperium』の第2版が発売され、この版から『トラベラー』と連動した小冊子「History of the Imperium」(恒星間戦争史)が同梱されるようになりました。

 ファンジン『Imperium Staple』『Third Imperium』誌創刊。特に後者は毎号トロージャン・リーチ宙域の設定を公開し、現在にも影響を残しています。
 DGPも含めてこういった小規模出版が活発になったのは、コンピュータの低価格化により出版までのハードルが下がったことが挙げられます。


【1987年】
 『トラベラー』としては最後のモジュール『Alien Module 8: Darrian』が発売されました。この後も「イレリシュ宙域を舞台にした貿易取引・海賊行為のモジュール」や「『Striker』と『アザンティ・ハイ・ライトニング』の良い所取りをした新戦闘ルール」といった新モジュールの予定はあったようですが、全て中止されています。特に前者は付録にイレリシュ宙域図が付属するようだったので惜しまれます。
 なお、DGPからは『Grand Census』が発売されています。

 カタログ上ではHobby Products Miniaturen社が、この頃から1990年にかけてメタルフィギュアを6セットほど展開していたようです。

 7月1日、トラベラー・メーリング・リスト(TML)の開始が宣言されました。80年代からGEnieなどパソコン通信内でファン同士の交流が続けられていましたが、その舞台をインターネットに移したことになります。

 日本では6月に『砂漠の傭兵』、10月に『レフリー・アクセサリー』、12月に『アザンティ・ハイ・ライトニング』が発売され、また、この年の終わり頃には安田均による連載をまとめ、シナリオ『侵略の夜』を翻訳収録した『トラベラー・ハンドブック』が発売されています。

 第五次辺境戦争休戦後は大きな事件もなく細々と続けられていたTNSでしたが、この年から季刊に戻った『Challenge』第27号で帝国暦1112年142日付を掲載した後、第28号ではとうとう休載となりました。しかし、『トラベラー』10周年記念号である第29号で拡大復活したTNSは、衝撃のニュースを伝えていました。

キャピタル/コア(0508 A586A98-F)発   1116年132日付
 ストレフォン・イーラ・アルカリコイ皇帝陛下が同日1517現地時に、キャピタルの皇宮宮殿・謁見の間にて暗殺されました。続く銃撃によってイオランス皇后陛下、イフェジニア皇女殿下の他、アスランのイェーリャルイホ氏族大使や12名の近衛兵、多数の列席者も殺害された模様です――
 それに併せて誌面上で、後継作『MegaTraveller』の発売がミラー自身から予告されました。7月発売の『Travellers' Digest』第9号でもフューゲートが『MegaTraveller』について言及し、皇帝暗殺当日のキャピタルを追体験する『メガトラベラー』初のシナリオ「Lion at Bay(窮地のライオン)」が掲載されています。
 時代は、激動の反乱(Rebellion)に向けて突き進んでいました――


(「トラベラー40年史(2) 反乱と苦難の時代」に続く)
(文中敬称略)


【ライブラリ・データ】
オリジン賞 Origins Award
 毎年夏に行われる、Game Manufacturers Association(GAMA)主催の「オリジン・ゲーム・フェアー(Origins Game Fair)」(※2006年以前はOrigins International Game Expo)にて、前年発売のゲームの中から優秀なものにAcademy of Adventure Gaming Arts and Designから贈られる賞です。この賞の源流は、1975年のオリジンズから表彰が行われた「チャールズ・ロバーツ賞(Charles S. Roberts Award)」で、当時は優秀なシミュレーションゲームを称えるものでした。
 1977年度からは新ジャンルであるロールプレイングゲームを表彰する「H・G・ウェルズ賞(H. G. Wells Awards)」が新設され、そしてチャールズ・ロバーツ賞が1987年にオリジンズから独立して以降は「オリジン賞」として再編されて現在に至ります。
 また、極めて優秀と認められた個人や作品には、後に「殿堂入り(Hall of Fame)」の称号が贈られます。なお、1986年度までにチャールズ・ロバーツ賞の殿堂入りを果たした12名は、オリジン賞の殿堂入りとしても扱われます。
(※文中に登場した者では他に、ゲイリー・ガイギャックスが1980年、スティーブ・ジャクソンが1982年、フランク・チャドウィックが1984年、ジョーダン・ワイズマンが1994年に殿堂入りしています)

トラベラー40年史(2) 反乱と苦難の時代(1987年~1993年)

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【1987年】
「ある意味では、この10年でやったことは全て試遊に過ぎなかった」(エド・エドワーズ)
 10年前のあの夏の日と同じように、7月2日からメリーランド州ボルチモアで行われた「オリジンズ'87」の会場で、『MegaTraveller Box Set』は公開されました(※この会場では、ウィリアム・キースによるSeeker社製の『トラベラー』10周年記念ポスターも出展されています)。箱の中にはやはり同じように『Players' Manual』『Referee's Manual』『Imperial Encyclopedia』の3冊のルールブックと、10年の時を経て微妙に変化した「スピンワード・マーチ宙域図」が収められていました。


 Digest Group Publications(DGP)のフューゲートとトーマスが『MegaTraveller』の制作で採った手法は、過去の全『トラベラー』ルール・データの「総集編」でした。ゲームルールの核には自分たちが練り上げた共通判定書式(UTP)を採用し、過去に発表された上級キャラクター作成ルール、スクエア制戦闘ルール(『Snapshot』や『アザンティ・ハイ・ライトニング』)、改定貿易ルール、ライブラリ・データなどを全て盛り込み、『トラベラー』10年間の集大成として仕上げました。確かに『Mega』を冠するに値する分量であり、それでいてルールは緻密で、これはファンや市場が求めていた物と製作期間の最大公約数を取れば妥当と言える判断でしたが、裏を返せばルールや表の肥大化を招き、詰めの甘さが散見される仕上がりとなってしまいました。
 そして最大の問題点が「誤植の多さ」でした。これはDGPとGDWが当時使用していたワードプロセッサ・ソフトウェアの間にデータの互換性がなく、DGP側が仕上げた原稿をGDW側が印刷のために「手作業で」入力し直していたことに起因しています。これにより、GDWは8頁もの正誤表小冊子の発行(ただし1990年9月になって)や、『Challenge』誌でのサポートに追われることになりました。誤植が取れ切るのは1992年発売の第3刷までかかっています。

「この10年間でレフリーもプレイヤーも、宇宙のどこに何があり、どのような危険があるか知ってしまったはずだ。スリルのあるゲームを楽しむためには、何か劇的な変化が必要だったんだ。それが『メガトラベラー』なのさ」
(マーク・ミラー)
 さらに、前述したストレフォン皇帝一家暗殺事件によって宇宙設定にも大幅な変動が加えられました。突然の暗殺で1100年の歴史を誇る〈帝国〉は分裂し、諸勢力が相争う時代となったのです。兄の不可解な死体の上に皇位を継承したルカン、暗殺を決行しながら〈帝国〉を掌握できなかったイレリシュ大公デュリナー、両者の皇位継承を認めない貴族が担ぎ出した先々帝の血を引くマーガレット、自領防衛のためにルカンの命令を拒み独立を選んだワリニア公クレイグと〈新ヴィラニ帝国〉、中央から切り離されて自活を迫られたデネブ大公(を領内安定のために詐称した)ノリス、大裂溝の淵で決起した「本物の」ストレフォン、〈帝国〉を見限ったアンタレス連盟、に加えて、空前の大混乱に乗じて侵攻を続けるヴァルグル海賊やアスランやソロマニ連合……と、〈帝国〉全土が戦場と化しました。『Challenge』誌のトラベラー・ニュースサービスは毎号「反乱(Rebellion)」の推移を報じ、同時にショートシナリオや新設定の公開などにより、第五次辺境戦争以上の戦乱の宇宙がレフリーとプレイヤーに提供されました。

 最終的に『MegaTraveller』は総出荷数26642セット(※加えて、後に単品売り版が各9000部前後出荷されています)を数えるヒット作にはなりましたが、かつてと比べれば、業界自体の勢いの陰りを示すようでもありました。

 マイケル・ミケシュ(Michael R. Mikesh)と、1984年~1985年にかけて全11号が発行されたファンジン『Working Passage』の編集者であったエド・エドワーズ(Ed Edwards)によって「History of the Imperium Working Group(HIWG)」が結成されました。HIWGはDGPと連携し、〈帝国〉に限らず既知宇宙全ての歴史や設定を起こしていくための団体で、最盛期には全世界で200名を越えた会員の中にはクレイ・ブッシュ(Clay Bush)、ドン・マッキニー(Don McKinny)、ジオ・ジリナス(Geo Gelinas)といった重要人物が含まれています。後に下部組織としてHIWG-UK(イギリス)、HIWG Australia、HIWG-NZ(ニュージーランド)も作られました。
 またパソコン通信のGEnieやTML、会報『Tiffany Star』『AAB Proceedings』『Starburst』『Starport』『Kfan Uzangou』などで会員同士の交流や情報交換、設定公開が積極的に行われました。

 このように『メガトラベラー』は、アマチュア(実質セミプロ)団体HIWGが起こした設定をサードパーティDGPが拾い上げ、システムやシナリオに組み込んだ物を原作者マーク・ミラーの下で製造元GDWが販売する(逆にミラーからHIWGに要望を出すこともありました)、というRPG業界でも稀有な体制で制作が続けられました。この三者協調は初めは非常に上手くいっていましたが、しかし作品世界を動かす権限を終始GDWが握っていたことが、彼らの関係を徐々に歪にしていったのです。

 ファンジンでは『Jumpspace』(全6号)、『Security Leak』(全5号)、およびジオ・ジリナスによる『Traveller Times』が創刊されています。特に『Traveller Times』は、途中『Terra Traveller Times』と名を変えて1991年まで存続しました。紙としては全43号が刊行され、以後電子化がなされましたが現在では全て消失しています。

 なお余談ですが、この頃ジョー・フューゲートは公式設定にある単語や文法を用いて、まるでヴァルグルのように喋ることができるようになりました。ただし喉に非常に負担がかかり、日頃の練習が欠かせないようです。


【1988年】
 GDWから『Rebellion Sourcebook(反乱軍ソースブック)』と『Referee's Companion』が発売されました。前者は反乱の経緯や各反乱勢力の解説、後者はボックスセットに収まり切らなかった各種設定情報(エイリアン・モジュール総集編など)やルールが詳述されています。

 DGPからは車両データ集『101 Vehicles』、入手困難だった「グランドツアー」第1話~第4話をまとめた単行本『The Early Adventures』、レフリー・スクリーンに加えて(ザルシャガル宙域を舞台にした唯一の)シナリオ小冊子が付属した『Referee's Gaming Kit』、宇宙船運用ルール・設定集『Starship Operator's Manual Vol.1』が発売されました。

 『Challenge』誌が季刊から隔月刊に移行しました。また、第34号から誌面内の『Traveller』表記が『MegaTraveller』に切り替わり、第35号からはGDW製に限らないSF-RPG総合誌として再編されました。これはかなり異例なことではありますが、意図としては他社ゲームのファンをGDW作品に引き込むことが推察されます。自社製RPGを優先的に扱う方針に変化こそなかったものの、相対的に『メガトラベラー』の地位が低下したともいえます。

 日本では『タクテクス』第58号から「グランドツアー」の翻訳連載が開始されています。年末には『トラベラー・アドベンチャー』も発売されました。


【1989年】
 GDWから『COACC』が発売されました。惑星の大気圏と低軌道を守る「空軍」に焦点を当てた初の資料集で、解説と様々なデータが収録されています。
 製品番号から推測すると、この『COACC』の次には『Flashback: Historical Adventuring in the Imperium's Past』というシナリオ集が計画されていました。PCは冷凍睡眠による時間旅行者となって、恒星間戦争、暗黒時代の始まり、帝国建国、内乱の始まりと終わり、超能力弾圧、ソロマニ・リム戦争といった歴史的事件に立ち会い、最終的に帝国暦1300年の未来から「過去」を俯瞰する、という構成だったようです。この企画は1992年に再浮上したようですが、結局この時も立ち消えとなりました。

 DGPからは『World Builder's Handbook』が出されました。これは『トラベラー』時代の資料集『Grand Survey』『Grand Census』(1986年~1987年)を合本して調整を施したもので、半分は偵察局による惑星探査活動の解説や追加装備、残りの半分はかつての『偵察局』や『メガトラベラー』搭載の上級星系作成システムよりも詳細な、星系の文化や宗教観にまで踏み込んだ作成のできる改定ルールが収められています。

 『Challenge』第39号に「Special Supplement: The Hinterworlds」が掲載されました。ヒンターワールズは中立星系や小国家群が多くを占める宙域で、〈帝国〉の反乱から離れたい人々(と新規入門者)に向けて掲載されたようです。宙域の歴史や小国家の解説、かつての『Supplement 3: The Spinward Marches』と同等の宙域内全UWPや星域情報が収められています。
 そしてこの号から後、チャールズ・ギャノン(Charles E. Gannon)によるヒンターワールズ宙域を舞台にしたショートシナリオが少しの間掲載されるようになります。

 Paragon Softwareが『トラベラー』初のコンピュータゲーム『MegaTraveller 1: The Zhodani Conspiracy』を開発しました(販売はMicroproseから)。『メガトラベラー』のルール自体を(簡略化しながらも)そのまま取り込んだことに称賛の声が挙がったものの、一方で戦闘システムの作りがまずく、『Computer Gaming World』誌では「歴代4位の酷いゲーム」と(1996年発売の第148号にて)評されてしまいました。
 ちなみにこれは、『メガトラベラー』を冠しながらも反乱以前の時代を描いた唯一の作品です。

 パソコン通信GEnieに、ジョー・フューゲートが『Atlas of the Imperium』を基にした膨大な量のUWPデータを公開しました(DGPからフロッピーディスクで販売する予定でしたが、実現しませんでした)。1994年にGEnieのFTPサーバーであるSunbaneに転載されて広まったことから今では「Sunbane」と呼ばれるこの標準世界書式(UWP)集は、欠けた部分を補う手法の違いで幾つかの派生版を産みましたが、現在にまで至る既知宇宙設定の根幹を成す最重要資料となりました。ただしデルファイ宙域のUWPに「10043」が多発したり、マッシリア宙域にTL16世界が乱立したりしたのは、当時から問題視されていました。

 日本では『タクテクス』誌の「グランドツアー」連載が第6話をもって事実上打ち切られ(ただし第6話として掲載されたものは本当は第7話です)、佐脇洋平による『メガトラベラー』紹介連載に切り替えられました。また、ホビージャパン版『トラベラー』としては最後のサプリメント『トラベラー・ロボットマニュアル』が発売されています。日本でもいよいよ『メガトラベラー』時代の到来となるのですが、諸事情により発売までは随分と待たされることになります(その間は細々とTNSの翻訳記事が掲載されました)。

 一方で、Diseños Orbitales社からスペイン語版『トラベラー』が発売されました(※1987年の段階でミラーが言及しているのでかなり遅れたようです)。内容は1977年版の翻訳らしいのですが、表紙も含めて再編集が行われ、チャート小冊子やスペイン語版のスピンワード・マーチ宙域図、珍しいものとしてはペーパーフィギュアが付属していました。
 その後は『Suplemento 1: 1001 Personajes』『Aventura 1: Kinunir』『Libro 4: Mercenario』が発売されたものの、そこで展開は途絶えました。


【1990年】
 GDWから艦船データ集『Fighting Ships of the Shattered Imperium』、キャンペーン・シナリオ『Knightfall(ナイトフォール)』が発売されました。後者は反乱激戦区のマッシリア宙域で行方不明となった貴族の謎を追う話なのですが、日本語訳された際に随所に訳者から指摘が入るという穴だらけの展開と、まさに労多くして功少なしな締め方は、各地で数々の悲喜劇を生んだようです。実はこの作品は「太古種族の秘密」に代わる新シリーズの序章に過ぎなかったのですが、続きや結末が明らかになることは結局ありませんでした。
 ちなみに『Knightfall』以降のGDW製品は、全て発行部数が5000部に減らされています。『トラベラー』時代は1万部を切ることがなかったことを考えると、寂しい数字ではあります。

 DGPからはまず、ヴランド宙域を舞台にしたキャンペーン・シナリオ集『The Flaming Eye』が登場しています。前述の『Knightfall』もそうですが、DGPが提唱した「ナゲット・システム」によるシナリオ進行が特徴です。
 そして『メガトラベラー』版エイリアン・モジュールである「MegaTraveller Alien」シリーズの刊行が『Vilani & Vargr: The Coreward Races』から始まりました。その質は極めて高く、特にヴィラニ人に関する設定資料は現時点ではこの本だけという貴重なものです。そして翌年には第2弾の『Solomani & Aslan: The Rimward Races』も発売されています。

 雑誌『Travellers' Digest』の方では、第21号をもって「グランドツアー」が(作品内で)12年間に及んだ長旅を終えて遂に完結し、翌年発売分からは『MegaTraveller Journal』に改題して主にデネブ領域の設定掘り下げに特化しました。
(※なお日本では『タクテクス』第74号において、「グランドツアーの面々も、ダイジェスト誌11号以後は崩壊した帝国での冒険を続けています」との情報が流されましたが、最終話は帝国暦1112年なので当然崩壊はしていません。問題の第11号から対応システムが『メガトラベラー』に移行したことによる勘違いと思われます)

 この年からAdjutantという(自費出版同然の)ところから『Striker』用の車両・航空機データ集が、翌年まで全10冊が刊行されました。
 また、RAFM社からは28mmサイズの宇宙船メタルフィギュアの製造・販売が始まっています。最終的に30種類ほど制作されたようです。

 『Challenge』第43号から編集長が交代し、長年編集長を務めたローレン・ワイズマンは副編集長に退きました。
 また、『Far & Away』誌が創刊されています。キース兄弟が記事や表紙に参加し、雑誌広告も打つなど華々しくデビューしましたが、発行はわずか第2号で潰えたようです。ファンジン『Coreward』も創刊されました(これも全2号でしたが)。


 年末、日本語版『メガトラベラー スターターセット』がホビージャパンから発売され、それを受けて『RPGマガジン』第9号にて特集記事が組まれました。(日本語版全てで)翻訳は佐脇洋平が、表紙絵は漫画家・山田章博が手掛けています。しかし原文由来の多くの誤植に加えて日本語版固有の誤植も抱えてしまい、その訂正は有志がパソコン通信上で行った上で、1993年発売『RPGマガジン』第39号~第41号掲載の「メガトラベラー正誤表」まで待つことになります(そしてその後、正誤表を小冊子として添付した単品売り版が販売されました)。

 また、富士見書房から小説『トラベラー(1) 戦乱のアウトリーチ宙域』が発売されましたが、これは前述の「Not in Our Stars」を佐脇洋平が和訳したものです。翌年には『逃亡の惑星(Become the Hunted)』も刊行されましたが、展開はそこで途絶えました。
(※解説文を寄せた安田均が「(著者は)いまは“メガトラベラー”小説に取り組んでいる」と記しているのは、「別の出版社(※New Infinities Productionsのこと)」から出された「同じシリーズ」の数を「二冊」としていることから、1988年に既に発売されている『Tales of Concordat, Book 3: Revolt and Rebirth』を指してしまっていると思われます)

 余談ですが、Steve Jackson Gamesのスティーブ・ジャクソンは自社紙『Roleplayer』第19号において、1981年発売の第2版が絶版になって以降幻となっていた『Triplanetary』の復活を宣言します。「オリジンズ'89」の会場でマーク・ミラーと交渉して後に権利を得たこと、1991年に発売の見込みであること、単なる復刻ではなく自社のGURPS Spaceとの連携も企図した改定がなされることが明かされました。
 ……が、後に追信として、当時のSJGはかの「合衆国シークレットサービス強制捜査事件」の渦中にあったこと、また試作はなされたものの社外での試遊は行われなかったことが記され、結局『Triplanetary』が復活することはありませんでした。


【1991年】
 この年はGDWにとって、様々な意味で転機となる年となりました。まず8月発売予定で制作が進んでいたシナリオ集『Rebels’ Tales』が4月に中止され、製品番号に2つ目の欠番が生じました。これは元々「Rebellion Sourcebook 2」として企画され、帝国暦1125年までの反乱の推移とその時代のショートシナリオ数本を収める予定でした。しかしマーク・ミラーは、そもそもこの本の必要性には懐疑的だったと伝えられています。

 そしてそのマーク・ミラーが、この年GDWを退社しています。彼は当時副業で保険代理店を営んでおり、そちらに専念してGDWから給与を受け取ることをやめたのです。依然としてミラーはGDWの大株主であったので会社に対する影響力は保持していたものの、彼の退社に前後して『メガトラベラー』に、そして目をかけていたDGPに重大な影響がありました。

 実のところ、GDWは売上不振から1990年の段階で事業閉鎖を考えていました。ウォーゲームは全盛期の2割に落ち込み、『Twilight: 2000』はまだまだ現役なものの、不振だった『2300AD』や『Space: 1889』は前年で新製品の投入をやめてしまいました。
 SF-RPG界隈も大きく変わっていました。特に1988年発売の『Cyberpunk』(R. Talsorian Games)が火付け役となった「サイバーパンク」の隆盛はスペースオペラを過去のものとし、一方でそのスペースオペラもWest End Gamesの『Star Wars』(1987年)に大きく侵食されていました。

 しかし、1990年8月に起きたイラクによるクウェート侵攻がGDWの転機となります。1991年1月初頭にフランク・チャドウィックが書き下ろした『The Desert Shield Fact Book』が、同月17日のアメリカ軍による「砂漠の嵐作戦」開始によって大ベストセラーとなったのです。ニューヨーク・タイムズ紙による売上ランキング1位を獲得し、ある意味GDW最大のヒット作と言えるかもしれません。この本で得た多額の資金で息を吹き返したGDWは、社員や設備を増強して反転攻勢を狙います。

 ミラーに代わって『メガトラベラー』の担当となった新規雇用者デイビッド・ニールセン(David Nilsen)が9月末に初出社した際に見たものは、数枚の「崩壊した帝国」図を含むイラストと、表紙原稿のコピー、そして倉庫にあった5000部分の完成した表紙カバーでした。そして彼に与えられた仕事は、来る出版のために原稿を編集することでした。
 実はGDWはミラーの退社前にチャールズ・ギャノンを中心にして、従来と異なりDGP関係者を一切使わずに(※一部のHIWG会員は関わっています)この『Hard Times(ハードタイムズ)』を、そしてそれに続く2作品を書き上げさせていたのです。

 ミラーやDGPはそれぞれ、(少なくともミラーは1988年の段階で)帝国暦1125年時点での反乱終結の構想を持っていました。ミラーは、ストレフォンとマーガレットの滅亡、ソロマニ占領地の中で孤立したヴェガ自治区と〈帝国〉中央を繋ぐ1本の「スター・レーン」というアイデアを持ち、一方DGPは、ダイベイの陥落、デュリナー=マーガレット同盟とソロマニ連合との停戦合意、アンタレスの超新星爆発による滅亡、といういずれも「小国分裂による現状維持」を思い描いていました。
 しかしギャノンがミラーに提示したものはそれらよりも遥かに過酷で現実的な、〈帝国〉が軍事的ではなく経済的に自壊するというものでした。ミラーはそれを認めて自身の「1125年停戦」構想を取り消し、『Rebels’ Tales』の発売中止に至ったと思われます。

「マークはどんな構想に対しても寛大で、私の創造性を抑え込んだりもみ消したりするような職権は決して用いなかった」
(チャールズ・ギャノン)
 この『Hard Times』によって、設定は反乱の最中の帝国暦1122年から一気に1128年に進み、もはや反乱勢力の誰も〈帝国〉の再興は望めない、荒廃した「苦難の時代」が描かれました。国家に代わって個人(つまりプレイヤーが)が英雄となりやすくなることを企図した激変でしたが、これによりDGPは深刻な打撃を受けます。これまでのミラーを間に入れたGDWとの協調体制を反故にされただけでなく、発売を準備していた資料集・シナリオが路線変更によって出版する機会を逸してしまったのです。

 1990年の段階で、DGPは以下の作品の出版計画を持っていました。

『Campaign Sourcebook 1: The Black Duke』:
1989年末発売予定。イレリシュ宙域を舞台にした『トラベラー・アドベンチャー』型の商人キャンペーン・シナリオで、前述のデュリナー=マーガレット同盟締結の話にも触れられるはずでした。1990年に入って『Rebels’ Tales』との入れ替えでキャンセルされたようです(※この時に同時に、『Knightfall』や『Solomani & Aslan』とも絡めたDGP側の反乱終結構想も立ち消えとなったと思われます)。
『Manhunt』:
キャンペーンシナリオ「Onnesium Quest」三部作の第1部で、GenCon '90(1990年8月)で発売予定でした。銀河で最も希少な物質「オンネシウム118」が多く眠るとされる伝説の小惑星帯ははたしてどこに? そして、鉱脈を見つけたと言い残した宇宙鉱夫はどこに消えたのか? 第2部『Antares Down』も1990年秋発売予定だったようです。
『Robots & Cyborgs』:
1990年夏発売予定。ロボット作成ルールの改定と人体の機械化ルールの追加、『101ロボット』相当のロボット型録を収録する予定でした。ロボット作成ルールに関しては2011年に草稿が発掘され、有志によって『MegaTraveller Robots: Shudusham Concords Revisted』として編纂されました。
『Grand Explorations』:
1990年夏発売予定。深宇宙探査や植民地化の解説、未知世界用に調整された星系作成システム、探査シナリオに向いたフラニ宙域の設定と新知的種族、4つの探検シナリオが収録される予定でした。
『Starship Operator's Manual Vol.2』:
1990年秋~冬発売予定。ジャンプドライブや宇宙船整備についての解説、宇宙船の入手について、宇宙船の駆動方式について、100トン偵察艦の派生型等々が盛り込まれる予定でした。
 他にも「Alien」シリーズの第3~5巻である『Zhodani & Droyne: The Psionic Races』『K'kree & Hiver: The Exotic Races』『Humans & Nonhumans: The Minor Races』、反乱の主役たちのインタビュー記事を中心に構成した総集編『The Best of the Travellers' Digest』が1991年以降の発売予定で計画が組まれていましたが、これら全てが「時期外れ」となってしまいました。これら未発売作品の原稿料などによって、DGPの財務は大きく苦しめられました。結果的にDGPから出たサプリメント本はこの年発売の『Solomani & Aslan』が最後となり、その後は『MegaTraveller Journal』の発行に専念しつつ、裏でとある企画を動かしていました……。

 この年、SeekerがSeeker Gaming Systemsに社名変更しています。SGSは1985年の創業以来『Research Facility』『Empress Marava』『Gazelle Class Close Escort』といった、『メガトラベラー』(や『2300AD』)向けに様々な建物や艦船のデッキプラン(兼ミニチュアゲーム用ゲームボード)を提供してきました。また、表紙にウィリアム・キースを起用するなどキース兄弟とも近く、彼らが版権を持つ「スコティアン・ハントレス号」シリーズなどの復刻も手掛けています。
 しかし翌1992年に活動を停止してしまいました。

 『メガトラベラー』の広報紙『Imperial Lines』がGDWから発刊されました(実質HIWG制作ですが)。8頁の中に設定や追加装備、ショートシナリオが収録されています。また、スピンワード・マーチ宙域に隣接する「フォーイーヴン宙域」の設定作りを個々のレフリーやプレイヤーに正式に委ねた、後の「Free Sector宣言」に繋がる重要資料も掲載されています。
 なお、第2号も年内に公開されたものの、1992年6月発行予定だった第3号は延期され、第3/4号合併号として仕切り直して同年11月発行に向けて制作が続けられましたが、結局幻となりました(第5号の計画もあったようです)。

 日本では9月に『反乱軍ソースブック』が発売されています。また、『RPGマガジン』ではキャンペーン・シナリオ「ガシェメグの嵐」が連載されました(全9話)。シナリオの舞台となる「ガシェメグ宙域」はマーク・ミラーの許可を得て日本独自設定での展開がなされ、簡素ながら一部の星域図・UWPの公開もされています。
(※ちなみにこの「ガシェメグの嵐」では“「本物の」ストレフォンはクローン”説が採用されていますが、一方HIWGではエド・エドワーズが“「本物の」ストレフォンはクローンだが、暗殺されたストレフォンも実はクローン(オリジナルは10年前に死亡)で、ルカンに捕殺されなかったクローンがあと1人行方不明となっている(しかも超能力者)”という設定を起こしています。そしてGDWは……)

 ドイツ語版『トラベラー』最後の作品『Splitter des Imperiums』が発売されました。これは『トラベラー』と『メガトラベラー』の橋渡しをする独自編集本で(といってもJTAS誌の翻訳記事も多いですが)、ルールの変更点の解説、デッキプラン、異星生物などが収録されています。
 ドイツでは(と言うより日本以外では)『メガトラベラー』は翻訳されなかったため、ドイツでの『トラベラー』の展開はこれで一旦途絶えることになります。

 マーク・ミラーによると、1991年末以降の発売予定で『トラベラー』初の公式小説が企画されていたようです。ヒューゴー賞受賞の大物編集者が携わり、大手出版社から様々なテーマ(太古種族、第五次辺境戦争、反乱等々)の小説が出るようでしたが、結局何一つ発売はされませんでした。

 コンピュータゲーム第2弾である『MegaTraveller 2: Quest for the Ancients』が発売されました。前作の反省を活かしてシステムを刷新し、またマーク・ミラーが直接製作に関与しています(前作では資料提供のみ)。今回は上々の評価を得られ、直接の続編である『MegaTraveller 3: The Unknown Worlds』の制作も予告されましたが、1992年に製作元のParagonがMicroproseに買収されたのが響いてか、結局発売されることはありませんでした。


【1992年】
「我が社の製品名がこれから起こることを不気味に暗示していた。『苦難の時代(Hard Times)』『荒れ狂う波(Troubled Waters)』『危険な旅路(Dangerous Journeys)』『異議あり(Challenge)』と……」
(デイビッド・ニールセン)
 『ハードタイムズ』時代としては初の(そしてGDWとしても初の二つ折り判の)シナリオ集『Assignment: Vigilante』が発売されます。荒廃したディアスポラ宙域を征く星間傭兵ヴィジランテの活躍を描いたこの作品ですが、著者のはずであるチャールズ・ギャノンは「自分の原稿の大部分が削除され、『劇的に』書き直された」と後に語っています。同じく発売された宙域設定集『Astrogator's Guide to the Diaspora Sector』についても「希望の兆しを示すはずだった」と振り返っています。

 というのも、ギャノンはまず『ハードタイムズ』で反乱を事実上終結させ、その後の200年に及ぶ復興期を新作「Surveyor」で描く構想を持っていました(『ハードタイムズ』本文中にもその伏線が伺えます)。また、フランク・チャドウィックが1990年頃から開発を進めていたものの発売中止となったミニチュアゲーム「Star Viking」は、その中間の帝国暦1130年頃に位置付けられることになっていたようです。これにはGrenadier社との提携も見据えていた上に、ギャノンによる小説執筆の契約もされていました。
 ギャノンの構想では、サーベイヤー(探査者)たちが傭兵スター・ヴァイキングと共に、かつての『リヴァイアサン』のように未知と化したも同然の危険な宇宙の荒野に飛び込み、海賊らと戦って人々を助け、やがて復興と成長を遂げた彼らの前に機械の体で永遠の命を得たルカン率いる「暗黒帝国」が立ち塞がり、イリジウム玉座の奪還を目指す戦いが始まる……というものだったようです。

「イリジウム玉座への帰還は新たな帝国を象徴していただろうし、“短い夜”の終わりを明示したことだろう。もっとも、それが良い企画だったかどうかは全く別の問題だが……」
(チャールズ・ギャノン)
 しかし、ギャノンのGDWでの仕事はミラーの退社とともに終了しています。なぜなら1991年から開発が始まったとされる新作“Traveller: Take 3”は、彼が全く想定していなかった「新時代」を舞台としていたからです。

「事実、JTASやChallenge誌の一番人気はトラベラー・ニュースサービスだった。彼ら(GDW)のファンは彼らが築いた宇宙を熱愛していたのに、その歴史を根本的に終わらせて別のものとして再開させるのは、それに至った議論は理解するにしても決して理解できない商売上の決定だったと思う」
(チャールズ・ギャノン)
 9月発売の『Challenge』第64号に、突如として「When Empires Fall」という8頁の記事が掲載されます。その内容は、何かを示唆した詩、「帝国暦1130年、〈帝国〉は滅んだ。」という衝撃の一文から始まる文章、そして人工知能や宇宙船の自動応答装置(transponder)に関する設定が記され、最後に『Twilight: 2000』第2版由来のゲームシステムを搭載した『Traveller: The New Era』が1993年2月に発売される(※実際は6月までずれ込みました)という予告が載りました。

 こうして反乱は、そして『メガトラベラー』は事実上の終焉を迎えたのです。この路線変更がミラーの退社後に行われたのは間違いありません。これがミラー主導なのかGDW主導なのかははっきりしていませんが、ギャノンの証言の中でミラーが以前から“Traveller 3rd Edition”を準備していたくだりがあるので、ミラー退社後にGDW側で“3rd Edition”が“Take 3”に差し替えられた可能性は高そうです。また、HIWG会員は1991年末の段階で路線変更のことを知らされています。

「ノリスに伝えてくれ。すまなかった、と――」
(皇帝ストレフォンの遺言)
 GDWが制作した最後の『メガトラベラー』作品である『Arrival Vengeance: The Final Odyssey』は、ノリス大公の特命を受けて3年間に及ぶ航海に旅立ったライトニング級巡洋艦アライバル・ヴェンジェンスの軌跡を体験するシナリオ(の概要)集です。かつての「グランドツアー」とは奇しくも逆回りに、ある「重要人物」と共にデネブ領域を出てアスラン領を経由し、ワリニア公クレイグやデルファイ公マーガレットといった反乱の当事者と会見し、荒廃した帝国中央を突っ切り、最後は「本物の」ストレフォンに「託されて」大裂溝を踏破してデネブに帰還する……という、来るべき「新時代」に向けての地ならしと伏線張りの要素が強く感じられます。また、長らく秘密にされてきた「本物の」ストレフォンの正体が明かされるという意味でも重要な資料です(とはいえ、今さら明かされてもどうにもなりませんが……)。

 日本では『ナイトフォール』が発売され、『RPGマガジン』にてリプレイ『サイオニック・バスターズ!』が連載開始されました(全6回)。反乱とは距離を置き、超能力者PCたちが同じく超能力を駆使する宗教団体への潜入任務を行うという派手さを求めた、ある意味「邪道」(本文より)な話でした。
 そして、このリプレイ連載終了と共に『RPGマガジン』での記事掲載は散発的となり、翌年発売の第44号の記事と『ハードタイムズ』の発売をもって日本における『メガトラベラー』は終了します。構想では日本独自のレフリー・スクリーン、「ガシェメグの嵐」の単行本化、『Referee's Companion』や『The Flaming Eye』の翻訳が挙げられていましたが、全て幻となりました。


【1993年】
 Sword of the Knight Publicationsから『Traveller Chronicle』誌が創刊されました(刊行数は年2~4)。掲載された重要資料としては、かつてFASAが展開していたファー・フロンティア宙域の設定紹介や、チャールズ・ギャノン自らが執筆した「Astrogator's Update to Diaspora Sector」、リーヴァーズ・ディープ宙域の幻の設定集「A Pilot's Guide to the Caledon Subsector」が挙げられます。

 米国のヘビーメタルバンド「The Lord Weird Slough Feg(現Slough Feg)」は、文字通り『トラベラー』を主題としたアルバム『Traveller』をリリースしました。「The Spinward Marches」「High Passage/Low Passage」「Vargr Moon」といった曲が12曲収められています。各地の批評を見る限りでは、音楽ファンから非常に好評をもって受け入れられたようです。

 前号から1年振りに発行された『MegaTraveller Journal』第4号には、ウィリアム・キース書き下ろしの大規模キャンペーン・シナリオ「Lords of Thunder」が丸々収録されました。これは元々SGSから発売する予定だったものを買い入れた、という経緯があります。旅の舞台はゲイトウェイ宙域に(Judges Guildのものに上書きして)設定され、これまで距離的事情から絡みの少なかった知的種族ククリーが大きく関わってきます。
 ちなみにこの「Lords of Thunder」が、長らく『トラベラー』を支え続けたウィリアム・キースにとって最後の作品となりました。その後、ウィリアムは以前から平行して手掛けていた小説業に専念して数々の作品を残します。

「『Traveller: The New Era』の登場で、我々は『トラベラー』のサポートをやめることにしました。これには多くの理由がありますが、最も重要なのはゲームの針路を自分たちで決めたいという望みです」
(ジョー・フューゲート)
 そしてこの第4号は、DGP最後の出版物でもありました。いえ、彼らはこれを最後にする気はなかったのです。彼らは『A.I.』という超未来(もしくは超過去)の「サイエンス・ファンタジーRPG」を計画し、着々と準備を進めていました。当初予定では1991年10月の発売で、それから遅れに遅れてはいたものの雑誌やイベント会場で広報活動を念入りに行い、華々しく発売させるはずでした。DGPの悲劇は、優れたゲームシステムや設定をいくら作り出しても、ゲームの「針路」自体を自分たちで決められずに翻弄されたことにありました。自社作品の『A.I.』なら、それができるはずだったのです。

 しかし、信じがたいことに『A.I.』の原稿を収めたハードディスクが破損する事故により、出版は頓挫してしまいます。この話が本当かどうかはさて置いても、『A.I.』を出せずに借入れ金を返済する見込みがなくなったDGPは、いくつかの原稿料遅配トラブルを抱えつつ、ジョー・フューゲート1人だけの債権整理企業として消えていきました……。

 ……が、まだDGPをめぐる物語は終わりません。1994年にフューゲートのもとをロジャー・サンガー(Roger Sanger)なる者(※といってもHIWG会員だと思われます)が訪れ、DGPの資産(版権や商標を含む)の買収を持ち掛けます。9ヵ月間に及ぶ交渉の末、数千ドルでDGPはサンガーの物となりました。その後のフューゲートはゲーム業界から身を引き、趣味だった鉄道模型の世界で活躍しています。
 そして1996年、サンガーとDGPが歴史の表舞台にもう一度だけ現れるのですが……その前に「新時代」について語らねばなりません。「新時代」がもたらしたものは、反乱以上の混乱と凋落だったのです。

「もうよせ、報道を止めても無駄だ。全てが終わったんだ」
(帝国暦1130年243日付TNS記事より)

(「トラベラー40年史(3) 新時代、そして暗黒時代へ…」に続く)
(文中敬称略)

トラベラー40年史(3) 新時代、そして暗黒時代へ…(1993~1997年)

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【1993年】
「フランクが最初にコンピュータウイルスのアイデアを述べた時の皆の反応は、『不可能だ。今はウイルス保護ソフトがあるので、ウイルスで〈帝国〉が滅びるのはありえない』だった。しかしそれでは『自分が見ていない・理解できないことは起こり得ない』というのと同じことだ。そうだ、我々は『Signal GK』という冒険をしていたのだ……」
(デイビッド・ニールセン)

緊急速報 緊急速報 緊急速報
セスタオ(レフト宙域 1301 A120675-C アンバー)発   1130年312日付
 デネブ領域海軍は、領域境界を即時無期限で封鎖すると発表しました。今後デネブ領域への侵入を試みる者は誰であろうと捜査、押収もしくは発砲の対象となります。通信は全て拒否されます。
 繰り返す、デネブ領域は直ちに応答を停止す。我々は文明の炎を守る。さらば。以上通信終了。

緊急速報 緊急速報 緊急速報
全TNSデータノードを対象
 ウイルスは通信に乗って宇宙船で運ばれるものと判明。Xボート網とトラベラー・ニュースサービスも既に感染しており、これを読むことでウイルスがそちらのデータシステム内に広まる可能性も考えられる。
 唯一の対処方法はあらゆる通信を遮断することである。全システムを落とし、通信を受けるな。更なる報 告 告 ................. . . . . . . . . . . .m1√0TUT .... ... .. äE@>]K0√0√... ......A%aÜcƒÅ...HX'ö"(...a¯...J@-ÇíÄD...'δ) R_CËâ*‡Δ 1ÄP...Cr=!D....±?2ìA0'F(Ñ(Ê(íΔä ...â" Ç...HBÄx√)|...... ...... . . . ±√årT'â JÖ@AÇå Fä1«q«0√
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 凶王ルカンが創らせた「超兵器」コンピュータウイルスは、そうとは知らないデュリナー大公によって奪取され、宇宙船間通信によって帝国全土に拡散しました。自殺衝動を組み込まれていたウイルスはあらゆる人を、建物を巻き込んで破壊の嵐を引き起こし、恒星間文明は瓦解しました。一方で、いち早く事態を察知したデネブ領は境界を封鎖してウイルスの侵入を何とか食い止め、文明の炎を守りました。
 「大崩壊(Collapse)」から約70年後、オールド・エクスパンス宙域の人類は友朋種族ハイヴらと共に文明再建の第一歩を再び宇宙に踏み出しました。しかし彼らの前に立ち塞がるのは、より進化してロボットや宇宙船どころか知的生命をも支配下に置くウイルスだけでなく、荒野星域に取り残された人々に蔓延する「技術恐怖症」、そしてそんな人々を扇動して貴重な技術の独占を目論む組織の暗躍だったのです……。

 そんな帝国暦1201年、改め「新暦元年(New Era 1)」を舞台とする新作『Traveller: The New Era』(通称「TNE」)は、設定だけでなくゲームシステム自体に全面変更が施されました。当時のGDWは自社製RPGのシステムを、『Twilight: 2000』第2版に改良を加えた「ハウス・ルール」に統一を進めていました。これには一つのルールに習熟すれば他のゲームの習熟も容易となり、全体として売り上げが増えるであろう、そして新ゲームを出す際にも開発費を削減できるであろうという(よくある甘い)目論見があったようですが、従来から掛け離れたシステムへの移行と宇宙設定の激変への反発は強く、中には「The New Error」と陰口を叩かれる始末でした。一方で熟成を重ねたゲームシステム自体に対しての評価は高く、この年付のオリジン賞(Best Roleplaying Rules部門)を受賞もしています。

 そしてもう一つ、TNEで加えられた重大な変更点に「スラスター駆動の廃止」があります。ジャンプ航法・反重力といった『トラベラー』の根幹を成す「大ボラ」は残し、残る部分は現実的な物理法則に則って装備品や輸送機器のルールが再構築されたため、もはや反重力は「重力を打ち消す」だけで推進力を持たず、宇宙船だけでなくエア・ラフトに代表される反重力機器すら燃料の残りに神経をすり減らすようになりました。地表からジャンプ可能となる距離への到達にも数十時間、下手すれば百時間越えと、従来と同じ宇宙とは思えないほどです。
(※スラスター駆動には「燃料が続く限り無限に加速できかねない」という物理的に見過ごせない問題点があったために、今回の変更となったようです)

 そんな『The New Era』と『メガトラベラー』を繋ぐ本として『Survival Margin』も発売されています。皇帝暗殺以降の全ニュース(に加えてルカン、デュリナー、ストレフォンの回想録付き)や「When Empires Fall」を再録し、「新時代」の大まかな解説とさらに『メガトラベラー』のキャラクターを『The New Era』のシステムに合わせて変換するルールを載せています。

 『Fire, Fusion, & Steel』は設計に特化した本で、車両や宇宙船だけでなく武器も緻密に設計可能です。また、様々なものに事細かく動作理論や科学的根拠が示されているのも特徴です。ちなみに『トラベラー』では扱われないワームホール航法やスターゲート利用、『2300AD』のスタッターワープ航法どころか「超能力駆動機関」の宇宙船すら制作できてしまいます。

 『Brilliant Lances』は『メイデイ』の系譜に連なる艦船戦闘ゲームで、TNEの世界観に合わせて武器や燃料関係などのルールが調整・精密化されています(反重力のない『2300AD』に合わせて出された『Star Cruiser』(1987年)での進化を踏まえた、とも言えます)。

 『Traveller: The New Era Deluxe Package』(※資料により商品名にかなりの表記揺れがありますが、現在はこの名前で出されています)も発売されています。これは本体ルールブックに『Fire, Fusion, & Steel』と補助カード類、そしてスピンワード・マーチ宙域図(帝国暦1130年版)を同梱したもので、箱絵はかつての『Deluxe Traveller』の内側からTNEが破り出て来る、という構図でした。ちなみにこの商品は、当初は『Brilliant Lances』を同梱する計画でしたが、価格面を考慮して『FF&S』に差し替えられた、という裏話があります。

 「Reformation Coalition Manual」シリーズの第1弾『Path of Tears』は、プレイヤー・キャラクターが基本的に所属する〈再建同盟(Reformation Coalition)〉の歴史、組織、加盟星系それぞれの文化、友朋種族シャリィ(Schalli)の解説、同盟の誇る「スター・ヴァイキング」の作戦行動の対象となりうる星系の設定などなど、様々な設定が収められています。
(※この『Path of Tears』は資料ごとに発売時期のずれが有り、1994年初頭の発売だった可能性もあります)

 ちなみに本体ルールブックは12月に、『Fire, Fusion, & Steel』は翌年1月に誤植修正や微調整が施された「Mark 1, Mod 1」版が発売されています。この版の『FF&S』には『Upgrade Booklet』という小冊子が付属しており、初版の本体ルールブックを「Mark 1, Mod 1」版に合わせるために必要でした。

 激動の新時代とは別に、『Luna: Travellers Guide』という小冊子がStar Quest Gamesというところから出ています。これは1984年にマーク・ミラーが雑誌『Dragon』第84号に書き下ろした原稿の単行本化で、表題通り惑星テラの衛星ルナについての設定が記されたものです。
 また、ドイツのIBR Productionsというところからは『The Traveller's Aid Society Alien Encyclopedia』が200冊限定で出版されました。これは『トラベラー』時代のエイリアン・モジュールの総集編で、全てに製造番号とマーク・ミラーのサインが入っていたようです。


【1994年】
 「Reformation Coalition Manual」シリーズでは『Smash & Grab』『Reformation Coalition Equipment Guide』『Star Vikings』が発売されました。
 『Smash & Grab』はTNEで新たに導入された遊び方「一撃強奪(Smash & Grab)」を解説するもので、少人数のスター・ヴァイキング精鋭部隊(つまりプレイヤー)が強襲をかけ、短時間で目標を襲撃もしくは対象の奪取を図ります。そういった作戦任務シナリオ数本と追加装備品が収録されています。
 『Reformation Coalition Equipment Guide』はその名の通り装備品集です。〈再建同盟〉に限らず、〈旧帝国〉の遺産や荒野星域の低TL世界で使用されるもの(といっても戦車や対空ミサイルも十分「低TL」の範囲ですが)も収められています。
 『Star Vikings』は『トラベラー』史上初と言ってもいい、人物像に主眼を置いたNPC集です。頼もしい味方から憎らしい敵まで、様々なNPCが収録されています。後に明かされたことですが、一部の重要人物は「砂漠の嵐」作戦に参加した実在の軍人の顔と性格を取り入れているとのことです。
(※余談ですがこの縁が巡り巡って、後に『熱砂の進軍』(トム・クランシー、フレッド・フランクスJr.著)の参考文献に『Command Decision』が加えられることになります)

 チャドウィック作のウォーゲームは2作品が出されています。『Battle Rider』は、一艦船単位の戦いだった『Brilliant Lances』をさらに小艦隊単位にまで拡大させたゲームで、艦隊戦を再現するためにカードによる戦闘解決ルールが導入されています。
 『Striker II』は、同じくチャドウィック作で1986年度H・G・ウェルズ賞(Best Miniatures Rules部門)を受賞した傑作ミニチュアゲーム『Command Decision』を、TNEの世界観に合わせて(といっても懐かしの「第4518反重力化歩兵連隊(リジャイナ公直属部隊)」など、旧帝国時代の部隊編成も付録で収録して)改良したものです。『Command Decision』は小隊規模の地上戦ゲームでしたが、こちらは旧『Striker』と同じく1車両・1班規模に縮小されています。また、『Fire, Fusion, & Steel』で設計した車両を登場させることも可能でした。なお、発売中止となった「Star Viking」との関係は不明ですが、時期的に改題転用された可能性は十分あると思われます。

 他に『World Tamer's Handbook』が発売されていますが、これには詳細な探査活動ルールや上級星系作成ルールに加えて、経済面も含めた入植ルール、大規模戦闘ルール、シナリオ2本、さらに「黒色火薬」銃器の設計ルールやデータを収録しています。

 ちなみに『Star Vikings』発売の後、TNEの公式グッズとしてTシャツ(大きさはLとXLのみ)が発売されたのですが、その図柄はTNE最大の秘密である「ブラック・カーテンの内側」をイメージしたもの、ということが後に明かされています。おそらく今後の展開を睨んでの伏線だったのでしょう。

 『Traveller Chronicle』誌も第5号からTNEへの対応が進みます。リーヴァーズ・ディープ宙域の解説記事も帝国暦1201年を舞台とするようになりました。


【1995年】
 この年から〈再建同盟〉だけでなく、ウイルスを瀬戸際で食い止めたデネブ領域の〈摂政領(The Regency)〉を扱う「Regency Manual」シリーズが始まり(※その存在自体はルールブックや『Survival Margin』に記されています)、『Regency Sourcebook』と『Regency Combat Vehicle Guide』が発売されます。前者はデネブ領域の全UWPデータや各知的種族の設定などが収められ、後者はその名の通り〈摂政領〉で使用される戦闘車両のデータ集です。
 〈摂政領〉は従来のファン向けに基本的にウイルスとは無縁の旅が可能なように設定されていますが、それでもゾダーン人難民の受け入れに伴う超能力解禁や、Xボート網を廃止してより情報伝達を効率化した「Xウェブ」の導入など、「大崩壊」から70年を経た変動は避けられませんでした。

 〈再建同盟〉側の資料集としては、知的種族ハイヴなどを解説した『Aliens of the Rim』、「Virus Redux Epic」と銘打たれた新キャンペーン・シナリオの第1部『The Guilded Lilly』、そしてTNE最大の謎と敵であるウイルス自体を解説する『Vampire Fleets』が発売されました。
 他に、『トラベラー』初の公式小説『Death of Wisdom』『To Dream of Chaos』が発売されています。これらはTNE設定の3部作構成の物語でしたが、この時は未完に終わっています。

 HIWG-NZによるファンジン『Meshan Saga』が創刊され、彼らの管轄だったメシャン宙域などについて設定を掘り下げています。1999年までに全10号が発行され、2007年には(主要会員のマーティン・レイト(Martin Rait)が経営する)FSpace PublicationsからCD-ROMに収録されて再販されています。

 しかし、『Challenge』誌が第77号をもって休刊となりました。季刊から始まり、隔月刊化を経て1991年には月刊化もされた雑誌でしたが、1993年には季刊に戻っていることからその衰退ぶりが伺えます。ただし第78号の予告は誌面に掲載されていたので、発行後に休刊の判断があったのでしょう。また、ローレン・ワイズマン本人が「1995年に失業した」と語っていることから、休刊に合わせて編集者たちは皆GDWを退社したと思われます。

 低迷を続けていたGDWの業績はこの年も回復せず、それどころか10月~12月期は突如35%も急落します。決断の時が、迫っていました。


【1996年】
「市場が失敗したのではない、我々が市場で失敗したのだ。我々は変化に適応しなかった」
(フランク・チャドウィック)
 2月29日、資金繰りに行き詰まったGDWがついに事業を停止します(※声明発表は1月5日でした)。予告されていた『Reformation Coalition Player's Handbook』『Regency Starship Guide』は当然ながら発売中止となりました。
 ミラーは「皆が燃え尽きていた」と当時を振り返っています。会社に郵便や電話で押し寄せる質問への対応が追いつかず、昼食時間を削って対応するよう指示が出されたほどでした。

「GDWでの最初の1年は週77時間働いていた。2年目は78時間働き、3年目は79時間働いた(それ以降は数え切れないぐらい悪化した)。結果として、私は離婚した」
(デイビッド・ニールセン)
 それでいて末期のGDWは売上不振が社員の解雇を呼び、それがまた売上不振を呼ぶという悪循環に陥っていました。最後の社員は、社長のチャドウィックの他に経理担当のもう1人だけでした。

 事業が行き詰った理由は、まず、1991年の『Desert Shield Fact Book』の大成功を受けて同年春に刊行した『Gulf War Fact Book』が、その年の後半には大量の返本に遭って逆に大損してしまったことです。GDWは流通取次への返本代金を支払えず、書店への販路も失われました。

 加えて、1993年に発売された『Magic: the Gathering』に始まるトレーディング・カードゲーム(TCG)の世界的大流行により(※余談ですが、マーク・ミラーは1994年に『Super Deck!』なるTCGを出しています)、縮小を続けていたRPG市場にとどめの一撃が加えられたことですが、アニメ原作で軽妙さが求められた『Cadillacs and Dinosaurs』に重くて現実的な「ハウス・ルール」を載せてしまったように、GDWの打ち出す施策自体がファンどころか市場にも受け入れられていませんでした。
 ただし、別の見解を持つ者もいます。

「『The New Era』に移行した本当の理由は“混沌”を導入することだった。宇宙全体が混沌としていれば敵と戦って勝利することができ、プレイヤーは盛り上がれる。しかしその実装が成功しなかったのは、第一にGDWの制作陣が混沌よりも秩序を好み、混沌を深めようとしている時でも混沌を減らそうとする物語を書いていたからだ」
(マーク・ミラー)
 そしてもう一つは、「RPGの父」ゲイリー・ガイギャックスを迎えて1992年に大々的に発売した『Dangerous Journeys』が、『Dangerous Dimensions』からの題名の変更(略称がDDとなるので)や、広告で「これは『AD&D』第2版ではない!」と再三連呼する労力をかけたにも関わらず、結局『D&D』のシステムの権利を持つTSRから訴えられて、1994年の和解で販売を停止するはめになったことでした。在庫分の金銭は得られたものの、将来の利益は永遠に失われました(ガイギャックスによると、ようやく軌道に乗ってきた矢先の和解だったようです)。

 しかしGDWは最後に「ゲームの版権をデザイナーに譲渡する」という英断を見せます。これにより、『トラベラー』全シリーズの版権はマーク・ミラーに帰属することになりました。また、声明では『2300AD』『Twilight: 2000』『Dark Conspiracy』の版権は当初チャドウィックに帰属していましたが(後ろ2つはチャドウィック作なので当然です)、販売か何らかの事情でこれらもミラーが持つことになりました。
(※『Dark Conspiracy』の版権は直後にDark Conspiracy Enterprises社に売却され、ミラーはGDW版の販売権のみを持つ形になっています)
 その後、『Space: 1889』などの版権を得たフランク・チャドウィックはミニチュアゲーム作家として活動を続けながら、版権管理会社Heliographを設立します。2009年には『Volley & Bayonet: Road to Glory』でオリジン賞の候補作にも選ばれています。

 さて、GDWの解散を受けてミラーの取った動きは素早いものでした。2月には早くも『トラベラー』シリーズの新作制作に着手し、4月には『トラベラー』などの著作権管理会社「Far Future Enterprises(FFE)」を自宅のあるイリノイ州ブルーミントンに設立しています。そして8月頭には新作ゲーム『Marc Miller's Traveller』(通称「T4」)の完成に驚異的な早さでこぎつけているのです。
(※加えてミラーは、この年1月から地元の反人種差別運動の広報担当に就き、2月からは児童音楽学校Pratt Music Foundationの主宰を務め、3月には妻が経営するHeartland Publishing Servicesの副社長にもなっています)

 ここでケネス・ホイットマン(Kenneth E. Whitman Jr.)について語らねばなりません。彼は1989年に最初の会社を興してRPG業界に参入し、2つ目の会社が1994年に買収された後はゲーム大会Gen Conの役員としてTSRに雇われ、RPG業界内に多くの知己を得ることになりました――その中にはマーク・ミラーも含まれます。
 やがてTSRを退社したホイットマンはミラーと合流し、1996年2月にImperium Gamesを共同設立します。ただしホイットマンは特段『トラベラー』をやりたかった訳ではなく、「自分が経営する」RPGの出版社で「何か」をやりたかったものの、様々な所に持ち掛けた交渉が上手く行かなかっただけであったことが関係者の証言で明らかになっています。

 そしてミラーは、船出したばかりのImperium Gamesの出資者として映画会社Sweetpea Entertainmentとの提携にこぎつけます。経営者にして映画監督(※ただし監督デビュー作はこの4年後です)のコートニー・ソロモン(Courtney Soloman)は当時『D&D』の映画化権を持っていましたが、加えてテレビドラマやMMORPGの題材になりそうなSF作品を欲していました。両者の思惑が合致し、『トラベラー』の映像化権とImperium Gamesの株式と引き換えに、Imperium Gamesに資金が投じられました。

 共同経営者ながら、ミラーがゲーム開発に専念したために社長となったホイットマンは、持てる人脈を駆使して執筆者を集めました(正規雇用ではなく個人契約ですが)。元GDW社員として『Traveller: 2300』『2300AD』の開発や『Challenge』誌の編集に参加し、1989年にTSRへ移籍すると「Ravenloft」や「Dark Sun」の設定制作に関与した経歴を持つティモシー・ブラウン(Timothy B. Brown)。同じく元GDW社員で、TSR移籍後に開発したトレーディング・ダイスゲーム『Dragon Dice』でオリジン賞を受賞したレスター・スミス(Lester W. Smith)。後に『Dragonlance Campaign Setting』を執筆するドン・ペリン(Don Perrin)など、自ら「ドリーム・チーム」と称するほどの陣容でした。
 特に表紙絵には小説『ファウンデーション』や『レンズマン』などの表紙や、映画『エイリアン』で宇宙船デザインを手掛けた巨匠クリス・フォス(Chris Foss)を、挿絵には『D&D』や『Magic: The Gathering』で名を成したラリー・エルモア(Larry Elmore)起用するなど気合の入ったものでした。ただしエルモアは基本ルールブックのみの参加に留まり、クリス・フォスは従来の宇宙船デザインとは掛け離れた独自の絵のタッチだったので、残念ながら好評価には繋がりませんでした。

 『Marc Miller's Traveller』制作の驚異的な早さの裏には、ブラウンは異星人について、ペリンは宇宙船、ホイットマンは超能力、と、「ドリーム・チーム」が完全分業制で自分の仕事「のみ」を完遂したことが挙げられます。彼らは2月に一度集合して会議を行うと、それ以降はインターネットと電話ですり合わせを行う程度で、次に顔を合わせたのは最終作業に入ってからでした。全ては8月14日から始まるゲーム業界の一大商戦である「Gen Con 19」に間に合わせるためです(※広告では8月1日発売になっていましたが、印刷所から納品されたのは8月2日でした)。確かに短期間での制作にはこの体制は合理的でしたが、試遊や推敲をする時間は全くありませんでした。そして編集を担当したホイットマンは、ローレン・ワイズマンのような優秀な編集者ではなかったのです。
 かくしてT4は、またしても大量の誤植を誘発してしまいました。単語の打ち間違いや文法ミスに始まり、時間短縮のために過去の『トラベラー』から転写された文章が不整合を起こしていたり、挙句の果てにはISBNコードや価格表記すら取り違えていました。

 T4はゲームシステムにも大きな変更が加えられました。『メガトラベラー』までは、技能レベルと能力値(修正値)にサイコロの出目を加えて目標値を上回るかどうかで判定する「上方ロール」でしたが、T4では能力値+技能レベル+修正値以下を難易度で定められた数のサイコロの合計値が下回るかどうかで判定する「下方ロール」となりました(※TNEで採用されたハウス・ルールも下方ロールです)。しかし失笑を買ったのは下方ロールへの移行自体ではなく、難易度によって振るサイコロの数に小数点以下が存在する、つまり6面体サイコロと「3面体サイコロ」を併用するという不格好な発想でした。
 ちなみに、初代『トラベラー』を指して「Classic Traveller」と表記したのは、このT4ルールブックが最初だと思われます。

 予告では翌月からすぐさまサプリメント展開が始まるはずでしたが、第1弾の『Starships』が出るまでに間隔が空いてしまいます。この時期、事務所をウィスコンシン州レイク・ジェニーバ(※ちなみにここはTSR創業の地であり、Gen Con発祥の地です)からカリフォルニア州ビバリーヒルズに移転させていた影響もありますが、一番の問題は売上金をImperium GamesとSweetpea Entertainmentのどちらが使っていいのかが不明確だったことにつきます。これにより完成した原稿を印刷に回すことができなかったのです。発売計画の遅れは財務面での不安を呼び、Sweetpea側が原稿料の3割削減を命じてくるなど混迷は深まりました。その頃、社長のホイットマンはインターネット(のメーリングリスト)上で、発売の遅れに苦情を申し立てた顧客への「まあ落ち着けよ!(GET A GRIP!)」発言で批判の矢面に立たされていたのですが、加えて会社の会計に使途不明金を発生させたことで早くも辞任に追い込まれます。
 Sweetpea側はImperium関係者が持っていた株式を買い取る形で再建に乗り出し、後任の社長にティモシー・ブラウンを据えました(同時にImperium Games唯一の正規社員となりました)。

 かくして11月になってようやく発売された艦船設計ルール集の『Starships』でしたが、内容の6割がデッキプランなのはともかく、美麗だが内容とは特に関係のないクリス・フォスによるカラー挿絵が1割強も占めていました。
 それは置いておくとしても、Imperium Games作品全てに言えることでしたが、GDW時代と比べてT4の本はページ数が減った上に価格はむしろ高くなっており、商品の魅力を更に損なっていました。

 その後は遅れを取り戻すべく、異星人(ただし母星の位置をあえて特定しない「汎用の」)設定集『Aliens Archive』、追加装備集『Central Supply Catalog』と立て続けに出版されました。しかし、編集力の無さが年末発売の『First Survey』『Milieu 0』(およびハードカバー合本版『Milieu 0 Campaign』)でまたも露呈します。T4が扱う新設定である「帝国暦0年代(Milieu 0)」の解説、という重要な役割を担うこの本で、収録した9宙域約4000星系分のUWPデータを全て誤る(※政治形態コードと治安レベルの数値が皆同じ)というとんでもない失敗をしてしまったのです(偶然合ったものもあるかもしれませんが、確認する術はありません)。後の有志による正誤表作成でもこの本だけは匙を投げられ、「存在自体が誤植」との不名誉な烙印を押されてしまいました。
 一方で好評だった作品もあります。前述の『Central Supply Catalog』と、復刊された『Journal of the Travellers’Aid Society』です。特に新JTAS誌は旧JTASとの継続性を示すべく「第25号」と銘打たれていました。

 一方『Traveller Chronicle』誌の第10号からは、元HIWG会員のハロルド・ヘイル(Harold D. Hale)による新企画「Children of Earth」が開始されています。これは「新時代」のソロマニ・リム宙域を解説し、GDWが全く触れなかった空白地帯を埋めるものです。これは事前にデイビッド・ニールセンの査読を受けてから発行されているので、扱いとしてはほぼ公式と言っていいでしょう(※ただし、フランク・チャドウィックは「Virus Redux Epic」の結末をテラ方面で迎えさせる構想を持っていたそうなので、実際に続いていた場合は「設定の衝突」が起きたはずです。またニールセンも、〈再建同盟〉とテラ共和国が復興と拡大を続けた場合、両者の対立でTNEの主軸(ブラック・カーテンとの戦い)がぶれることを懸念していました)。
 大崩壊後に成立した「ガブリール教(Gabreelism)」を拠り所にソロマニ党との激しい内戦を経て復興を果たした「テラ共和国(Terran Republic)」や、暗黒時代以来の復活となった「ディンジール連盟(Dingir League)」、知的種族ヴェガンの設定や、変わり果てたソロマニ・リム宙域全星系のUWPデータ、シナリオなどが掲載されていきました。

 またこの頃、Traveller Mailing List(TML)上で作られていた「摂政領文化教育学会文書(RICE Paper)」と呼ばれるTNE設定などをまとめた『B.A.R.D.(Bureau of Aggregate Reference Data)』がウェブサイト上に公開され始めています。

「新しい『トラベラー』の持続的な発展のために、ブリテン島(British Isles)と合衆国(United States)が共に手を取り合って働けることを嬉しく思う」
(マーク・ミラーが贈った序文)
 1993年にDGPやSGSが撤退して以来、久々のサードパーティとしてBritish Isles Traveller Support(BITS)がこの年から参入します。BITSは1995年に結成され、イギリス国内で『トラベラー』のゲーム大会を開催するなどで普及に努めている団体です(後に法人化されますが、これは米国内で製品を販売する際に必要だった措置で、形式上は今もアマチュア団体です)。
 BITSが最初に出版事業に乗り出したのはキャンペーン・シナリオ『Long Way Home』で、これは9月に行われたEuropean Gen Con 1996に合わせ、T4普及のために制作されたものです。制作にはHIWGでグシュメグ宙域の設定を起こしていたデイビッド・ワイズ(David Wise)や、『Signal-GK』誌のジェイ・キャンベル(Jae Campbell)、レイトン・パイパー(Leighton Piper)らの協力を得ており、会場で実際に販売された140部は非常に好評をもって受け入れられました。
 そしてこの『Long Way Home』の刊行には、新設された団体「CORE」を宣伝する目的も持っていました。COREはHIWGに並ぶアマチュア執筆者集団を目指して、BITSの会員に加えて外部から様々な国籍の執筆者が集いました。そんなCOREは10月には、代表作となる「101シリーズ」の第1弾として『101 Cargos』『101 Plots』を発表します。
 この「101シリーズ」は、様々な遭遇・異星生物・貨物・団体などを101個ずつ収録したものです。これらはT4対応で出されましたが、全『トラベラー』シリーズで利用可能な汎用性の高さが魅力です。COREは早くも翌1997年には訳あってロゴだけ残して解散状態となるのですが、それでも残った会員らが1998年にかけて集中的に7作品を出し続け、2001年以降に発売された3作品は初めから「トラベラー汎用」資料集として出されています。

 もう一つ、この年は重要な出来事があります。1995年末から新生Digest Group Publicationsのロジャー・サンガーは動きを活発化させていました。各方面にDGPの復活を宣言する文書を流し、DGPの過去作品をまとめたCD-ROMの販売を約束します。それどころか、あの『A.I.』だけでなく新作SF-RPG『Infinite Earths』『Interstellar』『MetaSpace』の発売計画も発表しました。全ては、10月のマーク・ミラーとの直接会談の結果次第でした。
 しかし交渉は決裂します。新生DGPがT4のサプリメント本を「版権料なしで」出す用意があることを告げ、旧DGP書籍の版権を数十万ドルという法外な価格での購入を求めたため、当然ながらミラーに拒絶されたのです。
 かくしてサンガーは、貴重なDGPの版権を抱えたままRPG業界から姿を消しました。最後にサンガーは11月になって、DGPが起こした設定について今後の利用を妨げない声明を発表しましたが、あくまで口約束にすぎないため、膨大で極めて質の高いDGP設定は「無視もできないが触れもできない」デリケートなものとなってしまっています。ましてや、電子復刻の可能性はほぼ皆無です。
 ロジャー・サンガーがこの後どうなったのか、今どこで何をしているのか、誰も知りません。


【1997年】
 ところで、1997年に入ってから発売されたT4製品には「Edition 4.1」という表記が入っています。これはImperium Gamesが早くも誤植修正と微調整を施した「第4.1版」ルールへの移行を進めていた証であり、BITSの書籍には「第4.1版」の判定システムが記載されていましたが、結局11月に計画されていた「第4.1版」の発売は幻に終わりました。会社の状況が、それを許さなかったのです。

 Imperium Gamesからはこの年だけでも、資料集『Emperor's Arsenal』『Emperor's Vehicles』『Psionic Institutes』、設計ルール『Fire, Fusion, & Steel』、デッキプラン集『Naval Architect's Manual』、シナリオ本『Anomalies』『Missions of State』『Long Way Home』『Gateway!』『Annililik Run』、小帝国運営ゲーム『Pocket Empires』『Imperial Squadrons』と、驚異的な速度での刊行が続きます。この間、Imperium Gamesは個人の執筆者と次々と契約を交わし(その中には後の『トラベラー』を牽引するマーティン・ドハティ(Martin J. Dougherty)も含まれます)、中には外部団体のBITSから原稿そのものを入手してまで刊行を急ぎました。
 これにはSweetpeaから出資を受ける際に交わした契約が関係しており、Imperium Gamesは毎月1冊以上の新刊発行を義務付けられていたのです。製品の質は二の次でも、彼らは本を出し続けるしかありませんでした。原稿の執筆体制自体には決して無理はなかったのですが、売り上げは上向くことはなく、続々と出るはずだった新JTAS誌も刊行が早くも第26号で停止していました。

「Imperiumの関係者は良い人ばかりだったが、全体的に私の印象はひどいものだ。彼らの製品の多くは『トラベラー』を知る者が書いておらず、『トラベラー』の基本設定すら守られていなかった(例えば、通信をした4~5日後に宇宙船がやって来るなど)。編集に関しても誰かがスペルチェッカーで何も考えずに置換していたらしく、スペルチェッカーが知らない単語は文意が通らなくなるように改悪されていた。どうやら最終校正をする者はいなかったようだ」
(マーティン・ドハティ)
 しかし彼らの努力に原稿料で報いることができないほどに、この年に入ってからのImperium Gamesに余力は残されていませんでした。会社の資金は明らかに欠乏していたのですが、訳あってSweetpea側からの支援は先延ばしにされていました。というのも、当時のSweetpea Entertainmentは大逆転の博打のために資金が必要だったのです。
 それは、あのTSR社の買収でした。『トラベラー』に加えて『D&D』をも手に入れ、その強力な知名度を活かして映像化やコンピュータゲーム化など知的財産ビジネスに打って出ようとしました。

 しかし1997年4月10日、あの『Magic: the Gathering』のWizards of the Coast社がTSRの買収を発表します。Sweetpeaは入札に敗れていたのです。すぐさま『World of Darkness』シリーズで名高いWhite Wolf Publishing社の買収も目指しましたが、これも失敗に終わりました。
 これら買収の失敗で余計に資金は失われ、もはや打つ手はなくなりました。8月のGen Conの頃にはImperium Gamesは死の淵に瀕しており、その後は細々と在庫処分が続けられました……。

 1998年3月31日、マーク・ミラーはTMLにて公式にImperium Gamesの閉鎖と、Sweetpea Entertainmentに与えた『トラベラー』ライセンスの失効を宣言します。T4に関する版権は全てFFEに戻され、こうして短かったT4の時代は終わりました。最後の製品は、3月にByron Preiss社から出されたばかりの小説『Gateway to the Stars』でした(これも物語としては未完に終わっています)。
 予告されていて発売されなかった「Nobles」「Aliens, Volume 1」「The Vilani Hypothesis」以外にも、1997年夏の段階で企画されていたT4製品は多数に上りました(とはいえ企画した本人が原稿料の遅れに悩まされていたので、実現したかどうかは怪しいですが)。マッシリア宙域を舞台にしたシナリオ、再接触や大裂溝探査をテーマにした資料集、ジュリアン戦争や融和作戦の解説本、太古種族や遺跡に関する設定集……、さらに新展開として「帝国暦200年代(Milieu 200)」、つまりアスラン国境戦争時代のダーク・ネビュラ宙域やソロマニ・リム宙域の設定集、年代に関係のないものとしては主要種族や人類の設定集、追加経歴部門、都市や宇宙港の解説本、等々……。
 特に「The Vilani Hypothesis」は、0年代と200年代と400年代を繋ぐ3部作キャンペーン・シナリオの序章として設計され、まずこの話で学者の調査に協力して「ヴィラニ仮説」の証拠を集め、第2部「The Solomani Hypothesis(ソロマニ仮説)」で学者の子孫がヴィラニ仮説の隠蔽された真実に迫り、第3部でソロマニ仮説を証明すべくテラに探検に赴く……という展開でした。

 そもそもT4は「30万年前から宇宙の熱的死まで」を扱うという壮大な構想を掲げて旗揚げされました。帝国暦0年代を前提としていた本体ルールでも、帝国暦1105年を舞台にするあの懐かしのシナリオ「Exit Visa(出国ビザ)」を収録していたほどです。しかし掲げた理想の天文学的な大きさに対して、制作の現実があまりにお粗末だったことが製品の寿命を縮めてしまいました。彼らは、過去にGDWが犯した失敗から何も学んでいませんでした。

 他社の方でも『Traveller Chronicle』が第13号で休刊しています。この第13号からハロルド・ヘイルに編集長が交代し、第15号までにTNE誌から総合『トラベラー』誌への転換が宣言されていた矢先の出来事でした。翌1998年には出版元のSword of the Knight Publicationsが閉鎖されます。

 そして最後にHIWGについても記しておきます。元々HIWGは〈帝国〉の歴史と地誌を編纂するための団体でしたが、1991年の『ハードタイムズ』、そして1993年登場のTNEによって〈帝国〉自体が滅亡してしまい、存在意義を無くしてしまいました。
 会としては存続したものの目的を失った影響は大きく、次第に求心力が失われていきます。HIWG-UKとHIWG Australiaは1995年の時点で休眠状態となっていました。会員はそれぞれの道を歩みます。TNEに協力した者(会員の起こした設定の一部は公式に採用されています)、個人の活動に切り替えた者(「Children of Earth」や『Signal-GK』など)、単純に離れていった者……。
 現時点で残されているHIWGの活動記録は1999年9月末が最後です。末期のHIWGは恒星間戦争時代の設定を細々と起こしていました。

 こうして『トラベラー』20年の歴史は幕を閉じました。皮肉なことにこの年、オリジンズにて『トラベラー』がオリジン賞殿堂入りを果たし、『Adventure Gaming』誌の創刊20周年企画でも殿堂入りしています。まるで一つの時代に終止符を打つかのように……。
 しかしそれは新たな20年の幕開けでもあります。そう、『トラベラー』は終わってなどいなかったのです。

「これは我々とファンが長く、長く待ち望んでいたことだ。我々はついにそれを実現できてとても嬉しく思う。とりわけ、『トラベラー』を偉大にした人々と共に働けることに」
(スティーブ・ジャクソン)

(「トラベラー40年史(4) 夜明けの時代」に続く)
(文中敬称略)


 その後のSweetpea Entertainmentですが、コートニー・ソロモンは念願叶って2000年に『Dungeons & Dragons(邦題:ダンジョン&ドラゴン)』で映画監督デビューを果たしたものの、評価は散々でした。それでも諦めずにプロデューサーとして2005年には低予算映画ながら第2作、2012年には第3作を公開し、翌2013年には劇場から法廷に舞台を移してWizards of the CoastやHasbroとの戦いを始めました。2015年に訴訟が解決した後は、製作中の『D&D』最新作映画のプロデューサーとして参加しているようです。

トラベラー40年史(4) 夜明けの時代(1998年~2007年)

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 Steve Jackson Gamesは1997年9月4日付の『Daily Illuminator』にて、GURPS版『トラベラー』の権利獲得を公表します。古くからの『トラベラー』愛好家であるスティーブ・ジャクソンは、既に80年代末にDGP関係者とGURPS版『トラベラー』の構想について話し合っており、1996年のGDW閉鎖直後には早くも『トラベラー』ライセンスの取得に動いていました。
 GURPSは1986年に初版が発売されたゲームで、当時は第3版改訂版(GURPS Basic Set Third Edition Revised)が最新版ルールでした。「Generic Universal Role Playing System」の名が示す通り、「包括的な汎用RPG」としてGURPSはあらゆる分野、そして様々な原作世界をも再現しようとする野心的な作品であり、また、キャラクター作成に乱数を用いず一定の点数で「特徴を買う」という形式を採った最初の成功作です。1988年にはオリジン賞(Best Roleplaying Rules部門)を受賞し、2000年にはオリジン賞殿堂入りを果たしています。一方でこの頃のGURPSは、90年代初頭の「合衆国シークレットサービス強制捜査事件」やトレーディング・カードゲームの流行によって停滞期にあり、GURPS版『トラベラー』にはGURPS復活の期待もかけられていました。
 さらに衝撃の情報が続きます。主任編集者(兼アートディレクター)として、あのローレン・ワイズマンを起用すると発表したのです。彼はGDW退社後、郵便局や内国歳入庁のパートタイムの仕事を経て当時は会社員になっていたのですが、このために生まれ育ったイリノイ州ノーマル(※ブルーミントンとは同じ都市圏です)からSJG本社のあるテキサス州オースティンに転居しています(同時に彼はSJGの営業幹部として迎えられたからです)。
 そしてもう一つは、旅の舞台を大胆にも「反乱の起きなかった帝国暦1120年」をするとしたのです。これはSweetpea Entertainmentが「従来の時間軸」の権利をまだ手放していなかったことによる回避策だったようですが、結果的に反乱とそれが引き起こした破滅的結末を望んでいなかった層に歓迎されることになりました。

 ゲームシステムの抜本変更にはファンの間でも賛否両論あったようですが、何はともあれ期待と不安に包まれながら発売のその日を待つことになります……。


【1998年】
TNSニュース速報
キャピタル(コア宙域 2118 A586A98-F)発   1116年131日付
 デュリナー・アストリン・イレシアン大公閣下が本日、艦載艇の原因不明の爆発によって亡くなられました。艇は大公の旗艦である巡洋艦サーゴンから皇宮に向かう途中に航空管制の指示した航路から逸れ、深宇宙で巨大な火の玉となりました――
 『GURPS Traveller』の開幕に先駆けて3月に「復活」したオンライン版トラベラー・ニュースサービスは、「デュリナー大公爆殺事件」の報道で連日埋め尽くされました。従来の時間軸なら皇帝暗殺事件の起きたであろう日の前日に起きたこの大事件により、人知れず〈帝国〉は崩壊を免れました。実行犯は結局判明せず、デュリナー大公の故郷イレリシュではつつがなく葬送と大公位の継承が行われ、ルカン皇子は内なる野心に未自覚なまま趣味に生き、各地の諸侯は己の職務に精励し、国境線は穏やかでした。いくつかの事件こそ起きたものの、その後の定期更新では皇女イフェジニアの婚礼などの報道が伝えられ、〈帝国〉の安定(ある意味では停滞)は盤石なものとなっていきます。この平和な時間軸は、後にファンから「Lorenverse(ローレン時空)」と呼ばれました。

「反乱は確かに魅力的でしたが、それを無かったことにして欲しいとの多くの願いが存在したのも事実です。GDWは『Challenge』誌の四月馬鹿号でその感情をパロディ化しましたし(※ストレフォン皇帝は単に6年間も長風呂をしていただけだった、という第59号付録の冗談TNS記事のこと)、反乱が起きなかった別の時間軸の企画を持った外部の執筆者がGDWを何度も訪れて来ていました。GDWは様々な理由でそれを採り上げることはありませんでしたが、それと同じ発想を今スティーブ・ジャクソン・ゲームズがやっているのです」
(ローレン・ワイズマン)
 ルールブックは9月(8日のDragonConでお披露目して14日発売の予定でしたが、印刷が間に合わず23日に延期されています)に発売されています。まず表紙にあの「ベオウルフ号からの救難信号」を載せて『トラベラー』の帰還を宣言し、内容の多くをライブラリ・データに割きました。他に、各種キャラクター・テンプレート、装備品、キャラクター変換ルール、宇宙船のデータとデッキプラン(GURPSの戦闘ルールに合わせたため、1マスが従来の1.5メートル縮尺の正方形から1ヤード≒1メートル縮尺の六角形に変更されています)、車両・宇宙船設計ルール、宇宙戦闘ルールが収録されています。
 ルール本体がGURPSに移行したので、遊ぶには『GURPS Basic Set(第3版)』が必要となり、ルール本文ではそれに加えて『GURPS Compendium』『GURPS Space』『GURPS Ultra-Tech』『GURPS Vehicles』を参照させる記述も見られます(必須とまではいきませんが)。

「『GURPS Traveller』にはもう一つの目的があります。〈第三帝国〉の歴史と設定を詳述している原書の多くは絶版となっています。この仕事によって、新規の人でも20年来の収集家と同等の情報に接することができるのです」
(ローレン・ワイズマン)
 元々高品質の資料本を数多く刊行していたSJGはこの言葉通り、10年以上絶版となっている過去作品以上の資料本を次々と刊行していき、「GURPSで遊ばなくても一級の資料として購入の価値がある」という認識をファンに定着させていきました。

 本体ルールに続いて発売されたのが『Alien Races 1』で、これは従来のエイリアン・モジュールに相当するシリーズです。この第1巻では主要種族のゾダーン人、ヴァルグルに加えて3種の群小種族の歴史・身体的精神的特徴・言語・社会・政治形態などが詳細に記載されています。
 この『Alien Races』シリーズは翌年以降も発売され、第2巻ではアスラン、ククリー(と群小種族2種)、2000年発売の第3巻ではドロイン、ハイヴ(と群小種族2種)、2001年発売の第4巻では16種に及ぶ群小種族が解説されていきます。

 そして忘れてならないのが『Behind the Claw』です。マーティン・ドハティと盟友ニール・フライヤーによる渾身の一作で、スピンワード・マーチ宙域「全星系の」詳細な設定を組み上げるという難事業を見事に実現させました(ただし、かなり新設定を盛り込んだことは賛否両論だったようです)。星系データの記述法こそ『GURPS Space』に準拠して従来のUWP式は廃されましたが、新設定の帝国暦1120年に至る歴史、大小数々の企業の紹介、政府機構や群小種族の解説、レフリーだけが知るべき秘密などを収めて、この宙域を旅の舞台とするなら必携の一冊となりました。

 電子技術の発展とともに、コンピュータをゲームの支援に使おうとする動きは当然起こりえます。古くはJTAS誌にマーク・ミラー制作のBASIC言語によるプログラムを載せる企画「Using Your Model/1 bis」などがありましたし、パソコン通信上でも『メガトラベラー』のキャラクター作成プログラム等が公開されていました。DGPは本以外にもプログラムの開発には積極的でしたし、TNE時代にも支援プログラムが発売されました。
 そしてこの年、長く『トラベラー』ファンに愛されたMS-DOS用プログラム「Galactic 2.4」(通称「GAL24」)がジム・バシラコス(Jim Vassilakos)によって開発されました(※これより古いバージョンについては調査がおよびませんでした)。GAL24はSunbaneのUWPデータを「星域図として」書き出す(もしくは乱数生成する)プログラムで、収録されたデータの差異によって幾つかの派生版が存在します。このGAL24の登場で星域図を簡単に可視化することができるようになったのです。

 12月にSJGはBITSと契約を結び、翌年1月からBITS製品の米国内での流通に協力することになりました。BITSはこの年、『101 Governments』『101 Religions』の発売と『102 Vehicles』の無料公開をしています。


【1999年】
 GURPS Travellerでは前述した『Alien Races 2』に加えて、商人に焦点を当てた『Far Trader』、偵察局に焦点を当てた『First In』、傭兵部隊に焦点を当てた『Star Mercs』が発売されています。特に『Far Trader』では宇宙港ごとの貨物取扱量から交易路を算出するルールが設けられ、従来のXボートとは違った視点から星域図を眺めることができるようになりました。翌年4月にはこの『Far Trader』ルールで描画された「Trade Routes of the Imperium(国内全通商路図)」が公開されています。

 BITSからはシナリオ『SpaceDogs』『Khiidkar Incident』が発売されました。前者は1998年のGen Con UKで使用されたもので、プレイヤー全員が事前生成された帝国籍のヴァルグルを演じ、海賊に脅かされている植民星系を守る勧善懲悪物シナリオです。同時期発売の後者は、Imperium Gamesが発売したシナリオ集『Missions of State』にマーティン・ドハティが寄稿した同名シナリオの単品売りです。元々T4用でしたがこの版ではGURPSでも遊べるように調整が施されました(BITS製品はこの頃から『トラベラー』全シリーズ対応がされていて、これらも例外ではありません)。

 Microsoft Windows用『トラベラー』支援プログラム『Heaven & Earth』の開発が始まり、最終安定版のバージョン1.0.4は2000年10月に公開されています(非公開の最終ベータ版は2001年2月のバージョン1.0.8です)。これは1999年に開発が終了した『World Builder Deluxe』を継承し、宙域データを取り込み、表示するだけでなく、星系内の惑星・衛星の詳細なデータ、異星生物との遭遇表、貨物や旅客需要、経済・軍事情報、惑星図などの自動生成機能(クラシック版の『Scouts(偵察局)』形式、メガトラベラーの『World Builders Handbook』形式、TNEの『World Tamer's Handbook』形式、GURPSの『First In』形式全てに対応)を備えていて、さらにデータや図自体の編集操作も可能な代物でした。

 そんな中、初期『トラベラー』を牽引したキース兄弟の弟、アンドリュー・キースが8月2日に40歳の若さで亡くなりました。言うまでもなく彼は『トラベラー』に多大な貢献をした偉人であり、その早い死は多くの人々に惜しまれました。


【2000年】
 GURPS Travellerでは陸軍・海兵隊に焦点を当てた『Ground Forces』、ソロマニ・リム宙域の資料集『Rim of Fire』、宇宙港を解説した『Starports』が発売されています。特に『Starports』は『トラベラー』の遊び方に新たに「宇宙港キャンペーン」を導入した一冊です。
 またデッキプラン集の発売も始まり、第1弾として『Beowulf』が出ています。これはSJGの出していたペーパーフィギュア『Cardboard Heroes』で遊べるようになっていたため、200トン自由貿易商船であっても実際にはかなりの床面積を取ってしまうのが玉に瑕でした(ベオウルフ級のメインデッキすら7枚組です)。なおこのデッキプラン集にはGURPS向けとは別に、伝統的な「1マス=1.5メートル縮尺の四角形」のデッキプランも収録されているので、従来のルールでも遊べるようになっていました(ただGURPS側に合わせて壁や障害物が設置されているので半端なマスの処理が厄介ですが)。

 2月にはJTAS誌もローレン・ワイズマンを編集長とする年額15ドルの会員制オンライン誌として復活します。公開当時の購読者数はわずか100名程度だったようですが、半年後には600名まで増えたことが公表されています。そこに記載された数々の記事の一部は2004年に『Best of JTAS Vol.1』として書籍刊行もされました。
(※単行本化されなかったものについては非会員が触れる機会がなかったのですが、2017年11月にマーク・ミラーが刊行予定の『GROGNARD: Ruminations on 40 Years in Gaming』の特典として「オンライン版JTAS総集編USBメモリ」が用意されたため、今後CD-ROM等で復刊される可能性も考えられます)

 FFEは「Classic Traveller Collecters' Edition」(通称「Hardcopy Reprints」「Classic Reprints」)シリーズの刊行を始めます。これはクラシック・トラベラーの全書籍・ゲームを「見開き2頁を1頁にして」印刷し直したもので、当然ながら判型は横長になっています。『Books 0-8』『Adventures 1-13』『Basic Books 1-3』『Short Adventures 1-6+』『Games 1-6+』『JTAS 01-12』『JTAS 13-24』『JTAS 25-33』『Alien Modules 1-4』『Alien Modules 5-8』が2003年まで順次刊行されていきます。

 Cargonaut Pressはキース兄弟の初期作品を集めた『Lost Supplements Collection』を500部限定で発売しました。これにはシナリオ『Letter of Marque』『Scam』『Faldor』、宇宙港での乱数遭遇集『Starport Planetfall』、悪環境ルール『Arctic Environment』、設定集『Reaver's Deep Sector Sourcebook』、『Imperial Calendar (Memorial Edition)』、1985年に制作されたApple II用ゲーム『The Volentine Gambit』(※現在はマーク・ミラーの許可によりフリーソフト化されています)、地図など小物類が箱に収められていました。

 BITSから『At Close Quarters』が発売されています。これはT4(もしくはクラシック版)の戦闘ルールを合理化することを意図したミニチュアゲームで、各キャラクターは「敏捷力+知力+〈戦術〉技能レベル」で求められる行動力(Action Point Pools)を消費しながら様々な戦闘行動を組み立てていきます。
 また、Gen Con UK 1998で使用されたシナリオ『Star Worn』が無料配布されています。内容は、題名から薄々感じられる某有名SF映画のパロディであり、事前作成されているどこかで聞いたような名前のキャラクターをプレイヤーは演じます。

 クリフォード・ラインハン(Clifford Linehan)による「Core Route Project」が開始されます。これは非公式ながら「ゾダーン人による銀河核方向探査」で得られたであろう167宙域分の星図を構築するものですが、事前にマーク・ミラーとの質疑応答を経ているので裏付けが存在します。ウェブサイト自体は2005年以降に消滅しましたが、ここで得られたデータは各種設定に取り込まれています。


【2001年】
 GURPS Travellerでは資料本『Modular Cutter』の他に、デッキプラン集である『Modular Cutter』『Empress Marava』『Assault Cutter』『Sulieman』が発売されました。また、新シリーズ「Planetary Survey」が始まり、特徴的な1つの惑星の設定を32頁で解説していきました。遊園地惑星『Kamsii』、GDWのシナリオ『Safari Ship』のその後を描く『Denuli』、海賊の拠点『Granicus』、小惑星都市『Glisten』、海洋惑星『Tobibak』、刑務所惑星『Darkmoon』が刊行されています。

 BITSからは資料集『101 Corporations』とシナリオ『Delta 3 is Down』が発売されています。『Delta 3 is Down』は1999年のGen Con UKで使用されたシナリオで、事前作成されたゾダーン人キャラクターを演じるという『トラベラー』史でも類を見ない構成となっています。またT4用に設計されていますが、舞台は第五次辺境戦争初期のスピンワード・マーチ宙域(エメラルド星系)となっています。

 Seeker Gaming Systemsが、自社が保有していたFASA製品の版権をマーク・ミラーに譲渡しました。翌年からは自社製品である『メガトラベラー』時代のデッキプランの再販(在庫処分かもしれませんが)を開始しています。

 久々のボードゲーム『Imperium 3rd Millennium』がAvalanche Press社から発売されます。小幅のバランス改善に留めた第2版と異なり、駒絵の刷新、艦隊戦用・地上戦用マップの導入など大幅な改定を施した内容は賛否両論を呼びましたが、オリジン賞の候補となるだけの評価は得ていたようです。なお、2006年に販売終了となりました。
 また、『インペリウム日本語版 2nd edition』が国際通信社から発売されました。ホビージャパン版と異なり『Imperium』第2版の翻訳ですが、独自にルールを明確化し、ユニット総数に変更があるので厳密には「国際通信社オリジナル版」という扱いです。同社の雑誌『コマンドマガジン』ではリプレイの掲載も行われました。

 HIWG-NZ(およびFSpace Publications)のマーティン・レイト(Martin Rait)は、これまで築き上げてきたメシャン宙域の設定を商業出版しようとマーク・ミラーの許可を得ます。しかしこの企画は翌年に棚上げとなりました。


【2002年】
 この年を語る前に、まず2000年からのRPG業界の潮流を知っておく必要があります。その2000年にWizards of the Coast社が発売した『ダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)』第3版は大人気作品となりましたが、それ以上にこの『D&D』第3版がRPG業界にもたらした革新は、Open Gaming License(OGL)とd20 System Trademark Licenseという画期的な「契約」でした。TSR時代の『D&D』でもサードパーティは互換製品を出してはいたものの、それは「汎用」という名のオブラートに包んだものに過ぎず、堂々と銘打てばTSRからの訴訟に晒されていたのです。しかしOGLの登場で「誰も」が「自由」に堂々と『D&D』互換製品を出すことができるようになり、商業出版に対してはd20 System Trademark Licenseによって版権料と引き換えに「保護」が得られるようになりました。そしてWizards社は、OGLの下で『D&D』第3版の中核である「d20システム」のSystem Reference Document(SRD)を無償で公開したのです。
 d20システムは瞬く間にRPG業界を席巻し、2000年から2004年にかけて『D&D』互換製品だけでなく様々なRPGが、言うなれば猫も杓子もd20システム化されて出版されました。最盛期には数百もの新規や老舗の会社が参入していたとされています。
 そして、この流れは『トラベラー』とも無縁ではありませんでした。

 1998年にハンター・ゴードン(Hunter Gordon)によって創業されたQuikLink Interactive(QLI)社は、元々はインターネット上で(『トラベラー』も含めて)RPGを遊ぶためのソフトウェア『GRIP(Generic Roleplaying for Internet Players)』を開発・発売するための会社でした(GRIPには通常版の他に『トラベラー』向けに調整が施された『GRIP: Traveller Boxed Edition』が存在します)。
 『トラベラー』ライセンスを取得したQLIはまず、ペーパーバック書籍の『Basic Books 1-3』を、FFEとの共同制作で発売します。表紙は他の「Reprints」シリーズと異なり特別なカラー表紙仕様で、内容も1981年版のルールやスピンワード・マーチ宙域図に加えて、マーティン・ドハティ書き下ろしの短編小説「The Olympia Incident」が収録されていた豪華版でした。ちなみにドハティはマーク・ミラーの推薦でこの仕事を得て、ゴードンと知り合うことになりました。
 そしてゴードンは新作の開発に着手します。それこそがd20システム版『トラベラー』こと『Traveller20』(通称「T20」)だったのです。

「マーク・ミラーとの長い議論の末、d20版『トラベラー』はソロマニ・リム戦争の直前直後の時代に設定されました。そこは冒険せずにはいられない、わくわくするような時代です」
(ハンター・ゴードン)
 2001年3月にこの企画は公表され、翌年の発売まで試遊が繰り返されました。ルール本体はハンター・ゴードンが制作しましたが、ルールブック『The Traveller's Handbook』の大部分の執筆や編集はマーティン・ドハティが担いました。そしてドハティはこの後、ほとんど全てのT20サプリメント本の編集に携わります。またルールを64頁にまとめた『Traveller's Handbook Lite Edition』(通称「T20 Lite」)も無料公開されました。
 陸軍や海軍といった各経歴部門は「職業(Class)」に姿を変えましたが、「上級職(Prestige Class)」に用意されたのが「懸賞金稼ぎ(Big Game Hunter)」「トラベラー協会特派員(TAS Field Reporter)」「エースパイロット」というのには大きな疑問符がつきました。
 『トラベラー』のd20システム化で一番懸念されていたことが「レベルアップとともにヒットポイントが増加する」ことでしたが、ヒットポイントと同義の「スタミナ」に加えて決して成長することのない「生命点(Lifeblood)」という能力値を設定することで、『トラベラー』らしい「死にやすい」戦闘システムを提供しました。
 その他、輸送機器の設計や貿易、遭遇などのルールはd20システムに合わせて改定されながらも残されました。事前公表された「新設定」についてはルールブックには特に盛り込まれませんでしたが、プレイヤー・キャラクターとして選択できる種族(race)として人類以外にもヴァルグル、アスランなどの異種族を選ぶことができ、それぞれ特徴的な利点・欠点が設けられました。
 ただし、d20 System Trademark Licenseによる保護は同時に、遊ぶ際に『D&D Players Handbook(第3版)』が必須となるという制約も生んでいました。契約上、キャラクター作成や戦闘に関する中核ルールは掲載できなかったのです。

 QLIは『The Traveller's Handbook』こそハードカバー書籍で刊行しましたが、その後の「Traveller's Aide」と名付けられたサプリメント展開は主に電子出版を採用したのが時代を感じさせます。第1弾の武器データ集『Personal Weapons of Charted Space』、第2弾の『Grand Endeavor』がこの年発売されていますが、なぜか後者は短編小説集(しかもその一篇はT20が扱っていない恒星間戦争時代を舞台にしたもの)でした。これとは別に、本体ルールで触れられなかった「新設定」については極一部が『Linkworlds Cluster』で解説されました(この文書は翌年発売の『T20 Referee's Screen』に再録されています)。

 QLIの最大の功績は、自社サイト内に『トラベラー』系総合掲示板「Citizen of the Imperium(略称CotI)」を設立したことです。これにより各地に分散されていたファン共同体の拠り所ができ、情報交換や各種新設定の開発などがより進むことになりました。
 また、1987年の設立以来、1992年、1994年、1999年、2001年と管理人交代やサーバー移転を繰り返しながら存続していたTMLはこの年、当時の管理人が接続料を賄えなくなり、ゴードンの提案によりQLIのサーバーに移設されました。

 加えてQLIからはマーティン・ドハティによるTNE小説『Diaspora Phoenix』が電子出版されています。これこそがかつてドハティがGDWに持ち込み、契約にまで至ったものの出版が中止された幻のデビュー作なのです。熱心なTNE設定のファンとして知られるドハティによって(※彼はルールを把握できなかったので、遊ぶ時は自作システムを使ったそうです)、TNEの要素を余すところなく盛り込まれたこの作品は、TNE解説書としても「リプレイ小説」としても高い評価を得ています。作品自体は壮大な5部作構想を掲げ、最終的に「カーテンの向こうの暗黒帝国」との最終決戦を迎えるはずだったようですが、それは後に形を変えて披露されることになります。
 この作品は2004年にはペーパーバック書籍としても出され、2006年に一旦絶版となりましたが2012年に再度電子復刻されています。

 SJGからは『Heroes 1: Bounty Hunters』が発売されています。NPC集として新シリーズとなる予定でしたが、続刊は出ませんでした。また8月に、SJGは自社の持つ『トラベラー』ライセンスに関して3年間の延長でFFEと合意に達しました。また同時に翌年夏からの「新展開」についての予告がなされましたが、何らかの事情でそれは遅れに遅れ、実際に発売されるまでには2006年まで待つことになります。
 また、4月30日付で『GURPS Traveller』の主任編集者がローレン・ワイズマンからジョン・ジーグラー(Jon F. Zeigler)に交代しました(オンライン版JTASの編集長も交代しています)。ワイズマンは後見人的立場として『GURPS Traveller』全体の舵取り役を任され、同時に一執筆者として『GURPS Traveller』(や他のGURPS作品)に関わっていきます。

 BITSからは艦船戦闘ゲーム『Power Projection: Escort』が出ています。これはGround Zero Gamesの『Full Thrust』(1991年)を原型にして『トラベラー』に合わせて改良が施されたもので(当然許諾を得ています)、5年もの開発期間を経て満を持して発売されました。
 このルールでは「Escort」の名が示す通り、主に護衛艦規模以下の戦いを再現します。旧来の宇宙戦闘ゲームと同様に「二次元ベクトル移動」が採用されていますが、移動や射程の管理はヘクスではなくミニチュアゲームのように「物差し」を使用します。
(※ちなみにGen Con UK 2002で75部だけ初販売された際の題名は『Power Projection: Lite』でした。しかし「Lite」が無料のお試し版と誤解されやすいことから、誤植修正と合わせて改題されました)


【2003年】
 QLIの「Traveller's Aide」シリーズからは、地上車データ集『On the Ground』、NPC集『76 Gunmen』、シナリオ(と超能力者の上級職試作版)『Objects of the Mind』、反重力機器集『Against Gravity』、戦闘艦艇集『Fighting Ships』が発売されました。

 SJGからは資料集『Humaniti』『Starships』が発売されました。また、ローレン・ワイズマンが長年の功績を評価されてオリジン賞の殿堂入りを果たしました。

 日本の雷鳴社からは、『トラベラー』の『基本ルール ボックスセット』が発売されました。かつてのホビージャパン版と異なり、雷鳴版は1981年の『Deluxe Traveller』を基にして翻訳を全てやり直しているため、ゲーム内用語の差異が見受けられます。表紙や箱は著作表記がGDWからFFEになったのを除いて忠実に再現されていますが、挿絵は加藤直之によるものです。この『ボックスセット』には『Book 1~3』の他に、初邦訳となる『Book 0』が封入されています(※スピンワード・マーチ宙域図は翌年発売の『Supplement 3』に同梱されました)。
 そして同年中には『Supplement 1: 1001キャラクター』『Supplement 2: 動物との遭遇』 『Double Adventure 1: シャドウ/アニック・ノヴァ』が出されています。このように雷鳴社版は「番号順」での刊行がこの後も続きます。
 サポート誌としては国際通信社の『RPGamer』誌、アークライト社の『Role & Roll』誌がその役目を担いました(後者は佐脇洋平が文を書いています)。加えて、この年発売の『RPGamer』創刊号には『アステロイド』が付録として収録されています。

 BITSから『Power Projection: Fleet』が発売されます。前年発売の『Power Projection: Escort』の完全版と言うべき内容で、大型艦艇同士の艦隊戦を再現するルールが追加されました。また『一兆クレジット艦隊』型の戦略ゲームや、『宇宙海軍』や『メガトラベラー』やT20の艦船を『Power Projection』形式に変換するルールも含まれています。

 ロジャー・マルムスタイン(Roger Malmstein)がHIWGの『Kfan Uzangou』誌などで創り上げてきたグヴァードン宙域の設定をまとめた『Gvurrdon Sector Campaignbook』が刊行され、グヴァードン宙域の歴史、各勢力の解説、ライブラリ・データ、1105年・(反乱の起きた)1120年・1200年に対応したUWPデータなどが収録されました。これは2006年にインターネット上に公開され、2008年には改訂版(Rev1.1)が発表されています。

 そして4月1日、ついにマーク・ミラーの新作『Traveller 5』の情報が公開されました。制作自体はImperium Games閉鎖直後に始まっていて(この時はT4の第2版という意味で「Traveller, 4th Edition」という仮題でした)、ファンの間では周知の事実となっていたようですが、公式情報サイトTraveller5.comの開設によってその存在が公となったのです。
 同時に公開された文書には本体ルールの目次や刊行予定書籍リストが記され、期待は高まりました……が、まさかそこから実際に製品が届くまでには長い月日を要するとは思わなかったのです。


【2004年】
 SJGから『Sword Worlds』が発売され、シナリオ集『Flare Star』が無料配布されました。

 雷鳴からは日本語版『Book 4: マーセナリー』『Book 5: ハイ・ガード』『Supplement 3: スピンワード・マーチ宙域』『Adventure 1: キンニール』が発売されています。また、『RPGamer』第5号の付録として『メイデイ』が(安田均を監修に迎えて)収録されました。一方で、『Role & Roll』誌のサポート記事は第5号をもって終了しています。

 QLIの「Traveller's Aide」シリーズは第8弾の船舶データ集『Through the Waves』が出たのみでしたが、この年は久々のハードカバー書籍(※電子書籍版もあります)でようやくT20の主舞台となる「帝国暦1000年頃のゲイトウェイ領域」を解説する『Gateway to Destiny』が発売されています。マーティン・ドハティ入魂の一冊となったこの本は、〈帝国〉、ソロマニ連合、ハイヴ連邦、ククリーといった大国やメガコーポレーション、そして大国の合間に浮かぶ中小国家の詳細な解説、そして4宙域分約1000星系の全UWPデータを収めていました。
(※この『Gateway to Destiny』の発行により、Judges Guild社がかつて起こした設定は完全に上書きされました。現在では『Gateway to Destiny』の設定の方が「公式」とされています)

 そしてそのマーティン・ドハティがAvenger Enterprisesを設立します。ドハティは以前、ニール・フライヤーと共にIlelish Free Pressという出版社を起業しようとして頓挫したこともあり、念願の独立となりました。初期のAvenger社はQLIと提携し、QLI名義で電子出版に特化して刊行していました。Avenger/QLIの書籍にはいくつかのシリーズがあり、T20だけでなくクラシック・トラベラーも対象としていました。
 「EPIC Adventure」シリーズは『Stoner Express』『Into the Glimmer Drift』『Chimera』『Merchant Cruiser』『Scout Cruiser』が出されました。また「Golden Age EPIC Adventure」シリーズは帝国暦1100年代の「黄金時代」を舞台にしたもので、『The Forgotten War』が発売されています。この「EPIC」とは「Easy Playable Interactive Checklist」の略で、前年にマーク・ミラーが提唱したシナリオ記述方式のことです(シーン制やキーイベントの概念など、DGPの「ナゲット・システム」に類似していて革新的とは言い難いのですが…)。
 「Special Supplement」シリーズでは第1弾として『Sydymic Outworlds Cluster』が出ています。レイ宙域の〈帝国〉国境付近の4星域分の解説と、噂、遭遇、シナリオヒント、傭兵チケット、シナリオ1本が収録されています。
 これとは別に、群小種族の設定を記した『The Mahkahraik』という文書が無料配布されています。

 電子出版物販売業OneBookShelf社が2001年の「RPGNow」に続いてこの年、「DrivethruRPG」を創業します。それに合わせてFFEは、過去のGDW製品の中からまず『メガトラベラー』とTNEとT4の関連商品を電子復刻してこの新市場に投入します。


【2005年】
 SJGからは『Nobles』『Psionic Institutes』が出ています。特に前者は〈帝国〉の有力貴族家の設定から、貴族の暮らしと責務、〈帝国〉の政府機構や裁判制度といったものまで網羅した他に類を見ない設定集となっています。

 QLIのT20製品は完全に停滞期に入っていました。この年刊行されたのは、Avenger制作の「EPIC Adventure」シリーズ『Mercenary Cruiser』『Merc Heaven』の2作品のみでした。

 雷鳴版『トラベラー』の展開も『Supplement 4: 帝国市民』の発売をもって途絶しました。現在もウェブサイトは健在ですが、事業の再開はなされていません。
 また、『ダーク・ネビュラ』が『RPGamer』第9号の付録として収録されています。

 ジェイソン・ケンプ(Jason Kemp)によるファンジン『Stellar Reaches』が創刊されました。当初はFLTGames Gaming Groupから、2009年公開の第9号からはSamardan Pressから出版されています。内容はエンプティ・クォーター宙域の設定紹介に特化しており、定番の帝国暦1105年に限らず、帝国暦993年(T20)、帝国暦1125年(メガトラベラー)、帝国暦1200年(TNE)のデータが揃っているどころか、「苦難の時代(ハードタイムズ)がそのまま続いた帝国暦1145年」「暗黒時代が訪れずにローマ・カトリックが国教となった第三帝国」なる別時間軸のものまであるという、ファンメイドの非公式設定とは思えない充実ぶりです。
 刊行間隔こそ広がったものの現在も続いており、最新刊である2016年冬号で通巻26号を数えます。

 FFEから『MegaTraveller CD-ROM』(と『2300AD CD-ROM』)が発売され、当然ながら「GDWが」発売した『メガトラベラー』製品のみが電子版で収録されています(※ただしDGPやSGSが出した「ライセンス製品」の表紙画像が付録として添付されています)。

 Cargonaut Pressが事業を終了し、全製品は一旦絶版となりました。

 インターネットの普及により、オンライン上で星域図・宙域図を確認したい・表示しようという動きが活発化します。この年以前にもいくつか存在していましたが、その決定版といえるものがヨシュア・ベル(Joshua Bell)が制作した「Traveller Map」で、Google Mapの仕組みを取り入れることによってマウスなどの操作で星域図を「動かす」ことが可能となりました。Traveller Mapは誕生以降、搭載機能と収録UWPデータの拡張を繰り返して『トラベラー』ファンに必須のサイトに成長します。


【2006年】
 QLIからは『The Traveller's Handbook』の分冊版『Characters and Combat』『Vehicles and Starships』『Worlds and Adventures』、「Golden Age EPIC Adventure」シリーズの第2弾『Gabriel Enigma』、TNEシナリオ『The Guilded Lilly』の復刻版、T20を利用して『2300AD』の20年後の宇宙を描いた『2320AD』を発売しています。

 しかし2月になって、Avenger EnterprisesはQLIとの関係を解消し、同時にComstar Media社と提携して(後に傘下に入って)製品を発売すると発表しました。理由は定かではないですが、後にマーティン・ドハティがQLIからの原稿料が不払いになっていたことを示唆する発言をしています。これ以後のAvenger製品はComster Games名義で発売されます。
 優秀な執筆者かつ編集者であるドハティを失ったQLIは、これにより実質上の終焉を迎えました(前年の段階で実質休眠状態であったとする指摘もあります)。一方、枷が無くなったAvengerはT20の「Gateway Domain」「Special Supplement」シリーズを継承しつつ、帝国暦1100年代の「Golden Age」シリーズと、帝国暦1200年代の「The New Era」シリーズを新たな看板とし、ここから怒涛の出版展開を見せます(マーティン・ドハティは原稿を書き溜めておいて一気に刊行する傾向があるので、以前から大量の原稿を書き上げていたと思われます)。

 「Golden Age Starships」シリーズでは、『Fast Courier』『Sword Worlds Patrol Cruiser』『Archaic small craft, shuttles, and gigs』『Boats and Pinnaces』『Cutters and Shuttles』『Corsair』『Modular Starship』『Armed Free Trader』が出ています。
 帝国暦1110年のスピンワード・マーチ宙域を舞台にした「Adventure」シリーズでは、『Call of the Wild』『Range War』が、1星団を掘り下げる「Cluster Book」シリーズでは『Bowman Arm』『Starfall』(前者は268地域星域、後者はゲイトウェイ宙域)が、1星系をさらに深く掘り下げる「System Guide」では『Datrillian』『Flexos』が刊行されています。
 T20を拡張する「Special Supplement」シリーズでは、ロボット関連の『Robots of Charted Space』『Robot Adventures』、遭遇集『Patron Encounters』、シナリオ『One Crowded Hour』が出ています。

 単発で出された『Grand Fleet』は、これまでなぜか出ていなかった帝国海軍の組織そのものの設定集です。これは元々2000年に発売予定だった「GURPS Traveller: Imperial Navy」の原稿でしたが、訳あって企画自体がなくなり、この機会でようやく日の目を見た作品です(GURPSルールに関する部分は削除されています)。

 「New Era」シリーズでは単発シナリオ『Early Fallen』の他にキャンペーンシナリオ「Operation Dominoes」が始まり、第1弾として『Moonshadow』が発売されました。さらにTNE小説として『A Long Way Home』も出しています。これは『Traveler Chronicle』誌第11~13号で連載された同名小説をまとめ、同誌の廃刊によって幻となった後半部分を書き下ろして完結させたものです。この作品は後にChaosium社から2012年に『A Long Way Home: Tales of Congressional Space』という題名でペーパーバック書籍化されていますが、版権の事情でTNEに関する設定は別の物に置き換えられています。
 加えて、マーティン・ドハティによるTNE小説『Tales of the New Era 1: Yesterday's Hero』も出されています。これは主人公の15年間に及ぶ「経歴」を11本の短編小説にまとめた回想録的な体裁をとった構成になっていますが、『Diaspora Phoenix』との接点は特にないようです。

1248年設定の既知宇宙図 そして「New Era」にはもう一つ、「New Era 1248」シリーズが加わります。ウイルスによって〈第三帝国〉が滅亡してから〈第四帝国〉が再建されるまでの激動の118年間を解説しつつ、過去の『トラベラー』シリーズで積み残された数々の伏線を次々と消化していったマーティン・ドハティの豪腕に、ファンが色々な意味で騒然となりました。もちろんマーク・ミラーの許可を得ての出版なので、今では「公式の」時間軸に加えられています。ただし『トラベラー』宇宙の真相を知る一人であるデイビッド・ニールセンに対してはドハティ側から接触はなく、独自の推論で1248宇宙を構築していきました(ニールセン本人も真相については「忘れた」と語っています)。また「大人の事情」で一部設定(「Children of Earth」など)が取り込まれていません。

「何よりも私は、1248年設定に全ての『トラベラー』を提供したいと思っている。時間軸を動かして安定感が戻ったところで、TNEの1202年設定が好みと大きく異なると感じていた古参ファンに何かを提供できると考えたのだ」
(マーティン・ドハティ)
 「New Era 1248」は特定のルールに依存せずに過去のあらゆる遊び方を許容するように設計されており、「安定した帝国」での商業活動や貴族の陰謀劇をしたければ〈第四帝国〉が、スターヴァイキングとしてウイルスとの戦いを続けたければ〈再建同盟〉改め〈自由連盟(Freedom League)〉が、群雄割拠の反乱時代を体験したければ荒野地域の小国家群が、T20のように小国家間や中立星系を巡る旅をしたければ「スピンワード諸国(Spinward States)」が用意されています。
 このシリーズは、まず「帝国暦1248年」に至る歴史と宇宙設定の全体像を解説する『Out of the Darkness』と〈第四帝国〉を解説する『Bearers of the Flame』、1248年代の宇宙船を解説する「1248 Ships」シリーズの第1弾として『Small Merchants』が刊行されています。

 更にAvengerは新たな『トラベラー』の開発に着手します。「Avenger Classic Traveller」と名付けられたこの企画は『メガトラベラー』の判定システムとT20の設計システムを併せ持ち、クラシック版のBook1~8と同等の内容を備えて出版される計画でした。

 Seeker Gaming Systemsが、3Dグラフィックソフトウェアの制作・販売に業態変更するために『トラベラー』事業を終了しました。FFEへの版権の譲渡は現時点で行われていないので、SGS製のデッキプランは全て絶版となりました。

 元HIWGのレイトン・パイパー(Leighton Piper)によって、電子版『Signal-GK』誌がインターネット上に公開されました(が、何らかの事情により長らく第6号のみが欠けた状態でした)。
 そしてネット上での最も大きな動きといえば「Traveller Wiki」の開設が挙げられます。『トラベラー』シリーズの膨大な設定が有志の手によって続々と書き記され、資料の有力な情報源として今も編纂され続けています。

 Mega Miniatures社はこの年、25mmサイズの宇宙船(ベオウルフ級自由貿易商船・S型偵察艦・小艇)と知的種族(ドロイン・ヴァルグル・ブワップ・ククリー)のメタルフィギュアの製造販売を始めました。

 2003年夏発売を目指して開発が続けられていた『GURPS Traveller: Interstellar Wars』が、ようやくこの年発売されました。2004年にGURPS基本ルールは第4版に移行したため、遅れ馳せながらこの『Interstellar Wars』も第4版ルールに対応した「新展開」となっています(※厳密には前年発売の『Psionic Institutes』から第4版対応です)。
 旅の舞台は帝国暦から遙か以前の、西暦2170年の恒星間戦争期に置かれました。この本には、恒星間戦争に至る歴史(そして「未来」も)、地球連合やジル・シルカ(第一帝国)の詳細な設定、戦争に関わった各種族、後のソロマニ・リム宙域にあたる太陽系周辺星系の全データ、宇宙船、シナリオヒント等々が盛り込まれています。また同時に、宇宙戦闘用に『Interstellar Wars Combat Counters』も別途発売されました。
 今後の展開も期待させる内容ではありましたが、残念ながら『GURPS Traveller』自体が結果的にここで終了します(※GURPS自体も2007年以降終息に向かっていました)。

 ローレン・ワイズマンは電子自費出版ブランドLoren K. Wisemanを立ち上げ、デッキプラン集『30-Ton Ship's Boat』『600-ton Subsidized Liner』の販売を開始します。データ部分に関しては『宇宙海軍』、『メガトラベラー』、『GURPS Traveller』の3作品に対応していますが、マス目は「1マス=1.5メートル四方」のみとなっています。

 FFEからは小説『The Force of Destiny』が電子出版されています。これは数奇な運命を辿った作品で、著者は元々FASAの『Far Traveller』誌などで編集者として参加していたのですが、同誌の廃刊後にファー・フロンティア宙域を舞台としたこの作品を書き上げてGDWに出版を持ち掛けていました。合意していればおそらく初の『トラベラー』小説となったでしょうが、その前にGDWは閉鎖されてしまいます。
 その後、自身の原稿をEbayで販売していたところCargonaut Pressから声をかけられ、200部の発行で合意に達します。しかしこの時は版権的には疑義の残る形での出版でした。そこで2003年にHamster Press社が正式に『トラベラー』ライセンスを取得して改めて出版されたのですが、編集に難のある残念な形となってしまったようです。かくして2006年になって、ようやくちゃんとした形での発行にこぎつけたのです。

 7月、ドン・マッキニー(Donald E. McKinney)が『MegaTraveller Consolidated Errata(メガトラベラー統合正誤表)』の初版を公開します。これは過去に公開された『メガトラベラー』関連製品の公式な正誤表や、CotIでの討議を経て指摘された誤植修正をまとめたものです。これ以後改版を繰り返し、2013年まで修正作業は続きました。
 またマッキニーは『Integrated Timeline』を9月に公開しています。これは30万年前から帝国暦1116年までに起きたあらゆる出来事を、過去に発売された膨大な公式資料の中からことごとく拾い上げて歴史年表としてまとめたものです。

 年末、新興のSpica Publishingから『Traveller Calendar 2007』が発売されました。これは児童福祉事業への寄付を目的とした企画で、T20やGURPSで挿絵を担当したアンドリュー・ボールトン(Andrew Boulton)、ジェシー・デグラーフ(Jesse DeGraff)、ウェイン・ペータース(Wayne Peters)がCG絵画を提供しています。
 このカレンダー企画は翌年以降も恒例化し、参加するCG作家も増えていきます。


【2007年】
 『RPGamer』の後継誌である『季刊R・P・G』第3号に、最後の『トラベラー』記事が掲載されています。これをもって日本における『トラベラー』の展開は事実上の終了となりました。

 実はこの年、2005年創業のTud Glas社からクラシック版『トラベラー』のフランス語版が出る予定でした。編集はやり直され、「ルールブック」「スクリーン」「主要種族」「ソロマニ」「技術」「反乱」と分冊されて9月から翌年にかけて販売される計画でしたが、公式サイトは更新されないまま2009年頃に閉鎖され、書籍が実際に出た形跡は見当たりません。

 HIWGの中核会員として多大な貢献をしたクレイ・ブッシュ(Clayton R. Bush)が6月12日に48歳で死去しました。生前はHIWGの主席(Chairsophont)として会を牽引しただけでなく膨大な量の設定を起こし、公的出版物の方でも『Travellers' Digest』第18号掲載の「第三帝国概史(A Concise History of the Third Imperium)」や『MegaTraveller Journal』第1号掲載の「反乱概史(A Concise History of the Rebellion)」といった歴史解説やいくつかのシナリオを遺しました。

 Ad Astra GamesはMega Miniaturesから権利と金型を譲り受けて、宇宙船メタルフィギュアの製造販売に乗り出します。さらにBITSの『Power Projection: Fleet』の米国内販売権も獲得し(※これまではSJGが販売していました)、「自社製」フィギュアですぐに遊べるようにしました。またこれに合わせてルールブックが第2版に移行しました。
 加えて、プランクウェル級などの縮尺が75000分の1となる艦船フィギュアの製造と予約受付も開始しました。

 BITSはGen Con UK 2005で使用したシナリオ『Cold Dark Grave』を発売します。イリース星系(リジャイナ星域)の小惑星帯を舞台に、破産寸前の採掘業者に舞い込んだ「簡単でおいしい仕事」が当然のごとく思わぬ事態を巻き起こす話です。
 この本が現時点でBITS最後の出版物ですが、会の活動は今も続いています。

 Loren K. Wisemanからはデッキプラン集『20-ton Launch』『40-ton Pinnace』が出されています。

 FFEからついに『Classic Traveller CD-ROM』の販売が開始されました(2006年末の発売予定でしたが、パッケージ印刷の遅れでずれ込みました)。このCD-ROMにはこれまで幻となっていた作品がいくつか収録されており、『Double Adventure 7』に収録された「A Plague of Perruques」と『Short Adventure 8: Memory Alpha』は、元々ゲーム大会向けに30部程度が制作されたのみであり、原稿自体が失われていたのを有志が所有していた原本から電子復刻したものです(※ただし『Memory Alpha』は舞台を変えてT4の『Game Screen』に収録されています)。また、『Double Adventure 7』には「Stranded on Arden」も再録されています。加えて、『Special Supplement 4』として『Lost Rules of Traveller』が新規に制作されています。これは1977年版・1981年版・1983年版(『Starter Traveller』)の各ルールブックの文章の差異をまとめたものです。
 一方、同時期に発売された『JTAS CD-ROM』には旧JTAS誌第1号~第24号、および『Challenge』の誌内誌時代の該当分第25~第36号、総集編『Best of the JTAS』第1号~第4号が収録されました。
 そしてFFEはこの年、Gamelords社製品の版権を取得しています。

 Avengerはこの年も好調でした。新設の「Gateway Domain Campaign」シリーズでは第1弾の『Homecoming』が、T20の「Special Supplement」シリーズでは『Short Adventures』『Guns, Gadgets and Gear』が、「Operation Dominoes」の続編として『Minds of Isdur』『Isdur Gambit』が、「Guilded Lilly」の新作続編として『Belly of the Beast』が、「New Era 1248 Ships」からは『Scout Ships』、と続々と発売されました。

 加えてComstar Gamesは『トラベラー』の新たなルールブックを刊行しました(※出版の名義上Avengerから出ていますが、制作には関与していないようです)。それが『Traveller Hero』です。「Hero」とはHero Games社の『Hero System』を指し、『GURPS Traveller』と同様に別の汎用RPGシステム上で『トラベラー』を再現する試みでした。
 『Hero System』の歴史は古く、その起源は1981年のスーパーヒーローRPG『Champions』にまで遡ります。その後1989年に第4版に移行した際にルール部分が独立して『Hero System』となり(その際『指輪物語ロールプレイング(MERP)』のICE社と背景設定を共有していました)、紆余曲折を経て2007年当時は第5版改訂版が最新ルールでした(※現在は2012年発売の第6版改訂版が最新です)。
 『Traveller Hero』は「Book 1」「Book 2」の分冊で出され、第1巻ではキャラクター作成、超能力、戦闘、種族について、第2巻では背景設定、装備品、輸送機器、ロボット、宇宙船についてのルールが記載されています。設定は〈帝国〉を前提としていますが時代背景には特に指定はなく、過去作品の帝国暦0年から「新時代」(ウイルスに関するルールも載せられています)、『GURPS Traveller』の別時間軸、そして自社製品の「帝国暦1248年」まで全て対応していることを打ち出しています。
 ただこの『Traveller Hero』はサプリメント展開に恵まれず、この年から翌年にかけて「Golden Age Starships」シリーズを『Traveller Hero』に合わせて変換したものが計8冊出されただけで終了してしまいました。

 QLIからは『The Traveller's Guidebook for Players』が発売されています。これは「for Players」が示す通り、プレイヤー向けにT20ルールブックから「キャラクター作成と成長」「装備品」「戦闘ルール」を抜き出して再編集したものですが、キャラクターが選択できる「職業(クラス)」が大幅に増強された上に(上級職も含めて16種類が29種類に)、ゲームを遊ぶ際に必ずしも『D&D Players Handbook(第3版)』を参照しなくても良いようになっています(※d20 System Trademark Licenseによる保護と制約を脱してOpen Game Licenseのみによる刊行としたため可能になったのです)。
 またこの本には、ローレン・ワイズマンが序文を贈っています(が、文中の表現からこの序文は2004年頃にハンター・ゴードンから依頼を受けて書き上げたものと推測されます)。

「しばらくの間、サイエンス・フィクションは科学技術が悪用された陰惨な未来への警句でした。1980年代後半から1990年代初頭のロールプレイングゲームはこの気分を反映しています。一方、『トラベラー』は違いました。『トラベラー』のゲーム世界は、来るべき未来について楽観的です。未来は鬱屈としたディストピアではありません。未来社会は生活するだけの価値があり、宇宙は素晴らしい場所です」
(ローレン・ワイズマン)
 11月、イギリスのMongoose Publishing社は新たな『トラベラー』ルールブックの発売を予告し、年末にFFEは電子版『Traveller 5』の予約受付を開始します。この時点では1000頁に及ぶ内容が予告され、販売開始は当初翌年1月31日とされていましたが、実際に「ベータ版が」購入者に送付されたのは2009年になってからです。

 このように30周年を迎えた『トラベラー』は、また新たな時代に向けて一歩一歩動きつつありました……。


(「トラベラー40年史(5) 古典復興の時代」に続く)
(文中敬称略)

トラベラー40年史(5) 古典復興の時代(2008年~2015年)

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 イギリスのMongoose Publishing社はマシュー・スプレンジ(Matthew Sprange)らによって2001年に設立され、当初はオリジナルRPGの製作販売を行っていましたが、その後d20システムに乗り換えて発展しました。2003年頃に「d20バブル」が崩壊するとOpen Game License製品に切り替えて社命を繋ぎ、2004年からはミニチュアゲームにも参入しています。また、他社版権製品の製造にも元々積極的で、2002年の『Judge Dredd』を皮切りに『Babylon 5』『Conan』『Paranoia』『Elric of Melnibone』『RuneQuest』といった人気作を次々と販売していきました。
 そしてそんなMongooseが打った次の一手が『トラベラー』、それも新作だったのです。

「このゲームは『王道の』SFゲームとなる可能性をまだ秘めている」
(マシュー・スプレンジ)

【2008年】
「公開プレイテストは驚くべき体験だった。ファンはルールを試して好みかそうでないかを言うだけでなく、サブシステム全体を書いたり、文章を再編集したり、統計分析を行ったり、何千時間もゲームを論じたりしていたのだ」
(ガレス・ハンラハン)
 前年の発売予告では2月でしたが、若干遅れて5月にMongoose版の『Traveller: Main Rulebook』が書籍で発売されました(電子版は7月)。懐かしのLittle Black Bookから続く黒一色の伝統の表紙はそのままに、判定方式には『メガトラベラー』以来となる2D(6面体サイコロ2個)を採用し、クラシック版では攻撃命中の指標に過ぎなかった「8+(2Dで8以上)」をゲーム全体で使用するようになりました。
 キャラクター作成も旧来通りに経歴部門に「就職」する形態を採りつつも、「人生経験表」などの導入でまさにキャラクターが人生や人脈(や時として投獄歴や借金)を背負って生成されるようになりました。戦闘システムは『メガトラベラー』などで採用された「1.5メートル四方のマス」に戻りつつ、ルールの簡略化や整理統合が進められました。クラシック版よりはキャラクターが負傷に耐えやすくなったのも特徴です。緻密だが複雑怪奇な方向に進んでいた宇宙船設計ルールはクラシック版同様の簡素なものになり、貿易ルールもクラシック版の改良型と言える範囲に留まりました。
 
 このように、このMongoose版の最大の特徴は「クラシック版への回帰」と同時に「ゲームの近代化」を成し遂げたことでしょう。この方針はファンの間でも絶賛され、発売後の売り上げは『RuneQuest』を抜いて同社一のヒット作となります。作品自体の評価としてもEN Publishing主催のENnie賞(Product of the Year部門)に選出されるほどでした(金・銀賞の受賞は逃しましたが)。
 なおルールブックに関しては、内容を192頁まで削り込んで往年のLittle Black Bookと同じ判型にした『Pocket Edition』も発売しています(書籍版のみ)。価格も『Main Rulebook』の(米国価格で)半額とお得感はありましたが、活字の小ささによって視認性に難を抱えました。

 Mongooseはサードパーティ向けにDevelopers Kitも公開しました。これはTraveller Logo Licenseに関わる条項が収められており、Open Game Licenseの採用によるゲームシステムの開放と同時に「〈第三帝国〉設定の独占」も定められていました。FFEによる「Free Sector宣言」によって全ての人に制作が開放された(と同時に公的出版物であっても非公式設定扱いとなる)フォーイーヴン宙域を除き、サードパーティ各社は今後〈第三帝国〉を含めた従来の既知宇宙に関わる出版物を刊行することができなくなったのです。
 この影響は大きく、『Traveller Calendar』のSpica Publishingは参入第一弾として計画していたスピカ宙域の設定本の制作中止を余儀なくされ(その後、汎用経歴部門集『Career Book 1』で参入します)、Avenger Enterprisesも11月に『トラベラー』ライセンスの更新をせずに全製品を一旦絶版としました。同時に、試遊キットを希望者に配布してベータテストを行っていた「Avenger Classic Traveller」の開発も中止となっています。ただしAvengerは、Mongooseによる小規模出版社支援プログラム「Flaming Cobra」に移行して、年末にシナリオ『One Crowded Hour』(2006年の再販)を出しています。

 Mongooseはサポート展開も懐かしい様式を踏襲しました。つまり「Book」と「Supplement」の両方によるゲームの拡張です。その刊行速度は怒涛のごとく、9月から年末にかけて『Book 0: Introduction to Traveller』(無料)、『Book 1: Mercenary』『Book 2: High Guard』『Supplement 1: 760 Patrons』『Supplement 2: Traders and Gunboats』が一気に刊行されました(ただし『Mercenary』は発売を急いだあまりに試遊段階のものを発行してしまい、後々禍根を残します)。
 加えて新設の「The Third Imperium」シリーズの第一弾として、マーティン・ドハティによる『Spinward Marches』が発売されています。これはGURPSの『Behind the Claw』ほどではないにしろスピンワード・マーチ宙域を詳細に解説したものですが、Mongoose版『トラベラー』は「汎用SF-RPG」を標榜したため、〈第三帝国〉ですら諸設定のうちの一つという扱いでした。「The Third Imperium」シリーズとして切り離されているのはその意思表示とも言えます。
 〈第三帝国〉以外の俗にATU(Alternative Traveller Universe)と呼ばれる設定本の刊行は翌年から始まり、Mongooseからだけでも(第一弾作品とされていた『Starship Troopers』こそ版権の都合で出なかったものの)『Judge Dredd』(2009年)、『Hammer's Slammers』(2009年)、『Strontium Dog』(2009年)、『Reign of Discordia』(2009年)、『Universe of Babylon 5』(2009年)、『Chthonian Stars』(2010年)、『Cowboys vs. Xenomorphs』(2012年)、『2300AD』(2012年)が出されています(※ただし『Reign of Discordia』『Chthonian Stars』は別出版社の作品の移植版です)。中でも『Judge Dredd』『2300AD』は発売後も、多くのサプリメント展開がなされました。

 一方でMongooseは、GDWからSJGで踏襲された「トラベラー・ニュースサービス(TNS)で宇宙の歴史を動かす」ということに関しては、頑ななまでに「帝国暦1105年から時間軸を動かさない」ことに拘りました。理由は明かされていませんが、その後Mongooseから発売された全ての設定本・シナリオが「帝国暦1105年」で固定されています。

 今回、サポート誌は特に無かったのですが、自社の電子広報誌『Signs & Portents』(※当時は無料でしたが、現在は有料化されました)内にてシナリオの掲載(その中には『Annic Nova』も)や設定・追加ルールの紹介が、同誌が休刊となる2011年まで行われました。

 ドイツの13Mann Verlag社は早くもこの年、Mongoose版『トラベラー』コアルールを独語訳した『Traveller: Grundregelwerk』を発売し、同時にオリジナルシナリオ『Blockade Runners』も出しました。13Mannは翌年以降も精力的にMongooseのサプリメント本のドイツ語版を翻訳展開していきます。

 前述の通り年末に独自の活動を終えたAvenger/Comsterですが、それまでに精力的に出版をしています。キャンペーンシナリオ「Guilded Lilly」シリーズの第3部『Into the Darkness』、「Operation Dominoes」シリーズ第4部『The Iskyar Metamorphosis』、一転して「黄金時代」のスピンワード・マーチ宙域を舞台とした『Type S』『One Crowded Hour』、そして「New Era 1248」シリーズは小国が分立するようになってしまった旧デネブ領域を解説する『Spinward States』、ウイルスとの戦いが続く『Freedom Leagues』が出されています。
 しかしこれらの製品は過去作も含めてこの年で一旦絶版となり、後にFFEの『Traveller: The New Era-2 CD-ROM』に「New Era 1248」「Guilded Lilly」「Operation Dominoes」が再録されるまでは幻の作品となってしまいました。

 QLIはこの年、『Revelation Station』という「汎用」シナリオを公開しています。もちろんT20対応なのは言うまでもなく、現在ではT20製品の一つとして数えられています。

 この他に、D. B. Game Design社が宇宙船解説本『Ares Dragon class Mercenary Cruiser』『Venture Frontier Courier』を出しています。恒例の『Traveller Calendar 2009』も出されていますが、この年からSpicaを離れて有志による発行となっています(そのためSpica時代の『2007』『2008』については現在は絶版です)。


【2009年】
 FFEは『Traveller5』試作版の配布を章ごとに順次開始しました(※2008年11月説もあります)。2007年時点での予告ではMongoose版の拡張版という位置づけとされていた(つまり互換性がある)T5でしたが、蓋を開けてみると行為判定方式はT4を踏襲し(さすがにダイス個数の端数はなくなりましたが)、輸送機器設計も同じく『Fire, Fusion & Steel』を継承するなど、全くの別システムとなったことが(一般公開こそされなかったものの)これで明かされたことになります。
 またFFEはMarischal Adventures製品の版権を取得し、DrivethruRPGにてクラシック版『トラベラー』(FASA製品・ドイツ語版・スペイン語版を含む)、および関連ゲームの電子版単品売りを開始しています。ただしGDW本体のクラシック版『トラベラー』製品群については翌年に持ち越されました。また『Traveller: The New Era CD-ROM』の販売も始まっています。
 なおこの年出された『Classic Traveller Apocrypha-1 CD-ROM』(FASA、GameLords、Paranoia Press製品を収録)には、これまで単行本化されていなかった『Pilot's Guide to the Caledon Subsector』が収録されています。
(※おそらくこの年、Quantum Enterprisesから『Classic Traveller T-Shirts』『Full Colour Printed T-shirts』の販売も開始されているはずです)

 Mongooseも「Alien Module」シリーズを開始します。この年は『Aslan』(これに関してはアスランの容姿を「ライオンに似た」ではなく「ライオンそのもの」に変えてしまったことに多くの批判があります)が、翌年には『Vargr』『Darrians』、2011年には『Zhodani』、2012年には『Solomani』と発売されていきました。各種族を詳細に解説しているのはGDWの「Alien Module」と同じですが、種族の解説だけでなくその種族が主に住む宙域の設定も収録されているのが特徴です(宙域設定部分に関してはそれぞれ別途単品売り版も存在します)。なお、Mongoose版Alien Moduleは続刊として「Droyne」が長らく予告され続けてきましたが、残念ながら執筆者不在という理由により計画は中断されています。
 経歴部門ごとにルール・データを補強する「Book」シリーズは、『Scout』『Psion』『Agent』『Scoundrel』が、輸送機器や装備を拡充する「Supplement」シリーズは『Fighting Ships』『Central Supply Catalogue』『Civilian Vehicles』『Military Vehicles』、さらにシナリオ集である「Adventure」シリーズが始まり、『Beltstrike』『Prison Planet』(両方ともGDWの同名作品とは全くの別物です)が、またこれとは別に「Third Imperium」シリーズとしてキャンペーンシナリオ『Tripwire』が発売されました。

 Mongooseの「Flaming Cobra」の下で出版を継続することになったAvenger/Comsterは、以前と変わらぬ勢いで出版を続けています。シナリオ『Fiddler's Green』『The Windermann Incident』、企業設定『Spinward Salvage LIC』、星系設定集「SITREP」シリーズとして『Callia』『Aster』を発売しました。
 加えて『Patron Encounters』といったT20時代の2006年に出した出版物の再販も始まり、シナリオ『Call of the Wild』『Range War』に新作を加えた『Project Steel』、「Golden Age Starships」をまとめた『Golden Age Starships Compilation 1-5』も出ています(※現在は単品売り版のみ)。

 QLIがかなり遅れ馳せながら「Traveller's Aide」シリーズ9作目となる『Fighting Ships of the Solomani』を刊行しました。これはソロマニ・リム戦争時のソロマニ連合海軍の艦艇や編成を解説する資料本ですが、QLI製品で唯一マーティン・ドハティが関わっていない「ことになっている」作品です。というのもドハティ本人は「この仕事は2003年に受けた」と後に語っていることから、何かしらの一悶着があったことが伺えます。
 いずれにせよ、この作品をもってT20の製品展開は完全に終了しました。

 Spicaは追加経歴部門集『Career Book 2』とオリジナル宇宙船解説本『Nemesis Class Pursuit Ship』を出しています。
 Jon Brazer Enterprisesがこの年から参入しています。初期作品はオリジナルの異星生物を1つずつ扱う「Creatures of Distant Worlds」シリーズや、巨大ロボットも含めて戦闘機械を解説する「Mech Tech 'n' bot」シリーズでした。
 K Studioはフォーイーヴン宙域を舞台にした「Denizens」シリーズを2011年までに3作品投入しています。
 Samardan Pressが「Flynn's Guide」で参入し、『To Alien Creation』『To Magic in Traveller』といったルール集や、汎用短編シナリオ『Vengeance by Proxy』を出しています。
 Terra-Sol Games LLCが『Twilight Sector Campaign Setting Sourcebook』、および無料シナリオ『Into the Star』『Somnium Mundus』で参入します。これはマーティン・ドハティによるATU設定で、設定の中核に突然変異種(Mutants)を置くなど〈第三帝国〉とは全く異なる未来図を描いています。
 Skortched Urf StudiosはオリジナルのNPCを1人1冊で徹底解説する「S.C.A.R.E.」シリーズで参入します。採り上げられたNPCは皆秘密(Secrets)を持ち、パトロン(Contacts)にも味方(Allies)にも競争相手(Rivals)にも敵(Enemies)にもなり得るように設計されています。このシリーズを翌年まで全5冊出し、オリジナルの異星種族を解説する「Minor Races」シリーズも出して刊行は途絶えました。
 Loren Wisemanはデッキプラン『30-Ton Slow Boat』を出しています。

 ファンジン『Freelance Traveller』『Frontier Report』誌が創刊されました。後者こそ創刊号のみの発行で終了しましたが、『Freelance Traveller』はオンライン無料ファンジンとして長くファンに愛されることとなります。

 Zozer Gamesのポール・エリオット(Paul Elliott)が『Mercator』を無料公開します。これはクラシック版『トラベラー』を用いてローマ帝国時代を遊ぶためのルール集で(※エリオットはローマ帝国時代を主題にした本やRPGを多く出版しています)、当然ながら宇宙船は帆船やガレー船に差し替えられ、帆船の設計ルールどころか地中海を交易で回るためのルールすら整備されているというかなりの異色作です。

 毎年恒例となった『Traveller Calendar 2010』も発売されています。


【2010年】
 Mongooseの「Supplement」シリーズでは『1001 characters』『Cybernetics』、「Book」シリーズでは『Merchant Prince』『Dilettante』、「Third Imperium」シリーズでは『Sector Fleet』『Reft Sector』が出されました。ちなみに『Sector Fleet』は2006年発売の『Grand Fleet』の復刻版ですが、内容は「宙域規模」に再調整されており、目玉であるスピンワード・マーチ宙域艦隊の編成表も『The Spinward Marches Campaign』(第五次辺境戦争)ではなく『Rebellion Sourcebook』(反乱時代)を踏襲しています(※この2冊の設定がなぜか矛盾しているため、愛好家の間では「戦後に星域艦隊が帝国内で再配置された」という解釈がされています)。
 新たに刊行を始めた「LBB」シリーズは、往年のLittle Black Bookの大きさまで「Book」シリーズを縮小した『Pocket Edition』と同じ企画のものです。『Mercenary』から『Dilettante』までの計8冊に加え、旧来のライブラリ・データ総集編である『LBB 9: Library Data』が出されています(なお『LBB 9』のみ電子版が存在します)。
 「Living Adventure」シリーズは、小売店や同好会などでのイベント用に無償公開されたものです(その代わりに事前申請と結果報告が一応必要でしたが、ダウンロードの制限は特にありませんでした)。『Of Dust-Spice and Dewclaws』『Spinward Fenderbender』『A Festive Occasion』『Rescue on Ruie』の4作品が存在し、全体の統括をドン・マッキニー(Don McKinney)が、シナリオ執筆をBITSのアンディ・リリー(Andy Lilly)、GURPS版『Sword Worlds』のハンス・ランケマドセン(Hans Rancke-Madsen)、T5開発チームのロブ・イーグルストーン(Robert Eaglestone)が担うなど、当時の『トラベラー』界の著名人が集った豪華な布陣でした。
 そしてMongooseは、全10章のキャンペーンシナリオ『Secrets of the Ancients』の無償公開を開始します。単なる復刻ではなく、GDWの旧『Secret of the Ancients』と比べて「秘密」の部分が複数形になっていることからもわかる通り、全面的な改修が施された内容となっています。他にS&P誌の『トラベラー』関連記事の総集編である『Compendium 1』も出されました。
 加えて、マーク・ミラーが最初の出版計画を明らかにしてから23年の時を経て、Mongoose版の翻訳ではありますがついにフランス語版『Traveller: Core Rulebook』が発売されました。翌年に『Livre 1: Mercenaire』、翌々年には『Les Marches Directes』と細々と翻訳展開は続けられましたが、その後は途絶えています。

 シナリオ集『Crowded Hours』は、Avenger制作のシナリオ『Type S』『Fiddler's Green』『One Crowded Hour』『The Windermann Incident』をまとめて、Mongooseの書籍版として編集し直したものです。
 なおAvenger/Comstarはこの作品をもってMongooseの下での活動を終了させています。

 FFEは『Traveller Apocrypha-2』(Judges Guild製品を収録)、『JTAS 01-36』、『Traveller More New Era-2』の各CD-ROMの販売を開始し、さらにDrivethruRPGにおいて『Starter Traveller』の期間限定無料配布を行いました(※記録は残していませんが、その後数年間は無料のまま放置されていたはずです)。

 この年、ローレン・ワイズマンが心臓発作で倒れたという情報が流れ、有志がバイパス手術の費用や術後の生活費を寄付金で募り始めました。実際マーク・ミラーがQLI/FFE版『Classic Reprints』の、BITSとAd Astra Gamesは共同で『Power Projection』シリーズの売り上げの一部を寄付しています。

 Terra-Sol Gamesは無料シナリオ『Ancient Trails: So It Begins』、有料シナリオ『Beyond the Open Door』を出していますが、興味深いのは(前年の『Somnium Mundus』、2012年発行の『Ancient Trails, Witness to History』も含めて)それぞれシナリオ本体に加えてNPCの「音声データ」を公開し、新たな演出技法を模索していることです。
 さらに追加設定集『Setting Update #1』、サポート誌『The Starfarer's Gazette #1』を発行するなど、精力的な展開が続きます。

 SpicaはNPC集『Allies, Contacts, Enemies & Rivals(ACER)』、星系設定集『System Book 1: Katringa』を出しています。この『ACER』は、Mongoose版ルールで制作されたキャラクターの持つ人脈のサンプル集として優れていました。

 Jon Brazer Enterprisesはこれまで出してきた「D66」シリーズの総集編である『D66 Compendium』を発売しました。この「D66」とは、6面体サイコロ2個で様々な名前や状況などを乱数生成するための表のことです。

 リーヴァーズ・ディープ宙域の設定を深掘りするファンジン『Into the Deep』の刊行が始まります。この年で第1~2号が、翌年に第3~4号が、2015年には第5号が出されています。
 また『Signal-GK』誌が(第6号を除いて)電子復刻され、ネット上に無料公開されています。

 Flying Buffaloは2008年から『Famous Game Designers Playing Card Deck』というトランプカードセットを出していたのですが、その2010年版の各スートの「K」にマーク・ミラー、ローレン・ワイズマン、リッチ・バナー、フランク・チャドウィックの4人が、「スペードの7」に『トラベラー』が描かれました。
(※2011年版の「スペードの7」、2014年版の「スペードのJ」にも再び『トラベラー』が採用されています)


【2011年】
 Mongooseの「Supplement」シリーズは『Campaign Guide』『Merchants and Cruisers』『Animal Encounters』『Dynasty』と『760 Patrons 2nd Edition』、「Book」シリーズは『Robot』が出されています。しかしこの頃になると粗製乱造による作り込み不足が目立つようになり、無理もないことであっても「汎用SF」なのが裏目に出る局面が相次ぎます。『Campaign Guide』は乱数生成されたシナリオが〈第三帝国〉ではあり得ない状況になりがちで不評であり、『Robot』は欠陥だらけだった上に「まるでピクサー映画のよう」という批判も上がりました。
 これまでMongooseが刊行を急いできたのには理由がありました。同社に限らず小規模出版社共通の悩みは、出版間隔が開くと会社の資金が枯渇してしまうことです。会社を回すためにも、とにかく新刊を出し続けないといけなかったのです。こういった状況は社内体制が改革される2016年まで続きました。
 なお他には、「Third Imperium」シリーズの『Starports』『Sword Worlds』『Spinward Encounters』や、S&P誌総集編の『Compendium 2』も出されています。
 ちなみにMongooseは『トラベラー』システム上でTVドラマ『スター・トレック』の世界観を再現する『Traveller: Prime Directive』を2012年春に発売すると公表し、表紙も完成していました。しかしその後全く音沙汰はなく、製作元であるはずのAmarillo Design Bureauも一切のコメントを出していません。

 Mongooseは『Secrets of the Ancients』を製本した有料版を発売しました。無料版と比べて内容の追加・変更は無いようです(無料版の配布も続けられています)。
 そしてそれと入れ替わりで、新たなる無料キャンペーンシナリオとして『The Pirates of Drinax』の公開が開始されました。プレイヤーは私掠船免状を得た「海賊」となり、危険極まりない星域アウトリム・ヴォイドに乗り出していくのです。全10章のシナリオ掲載は2015年まで順次続けられます。

 『Sign & Portents』第88号に、突如としてウィリアム・キース名義の記事「Destiny: Within the Two Thousand Worlds」が掲載されました。書き下ろしであれば実に18年ぶりの『トラベラー』復帰作となります(※転載や編集原稿の可能性もありますが、調査不足でどれも裏が取れていません)。

 さて、GDW末期の1995年に発売されたTNE小説3部作のうち、前述の通り第2巻までは発売されたのですが、第3巻『The Backwards Mask』は印刷目前で発売が中止され、その後原稿は行方不明となってしまいました。
 やがてマーク・ミラーは未完のままだったTNE小説を完結させようと、作家マシュー・カーソン(Matthew Carson)に2009年頃に執筆依頼をしました。彼らは前の2冊を熟読して構想を練り直し、新たに882頁(30万語)の壮大な完結編『The Backwards Mask』を書き下ろしてAmazon Kindleの電子書籍で発売します……が、原著作者ポール・ブルネット(Paul Brunette)による元原稿が後から発掘されてしまったのです。かくして2つの結末を持つ合本版『The Backwards Mask』がDrivethruRPGで発売されることになりました。
 なお、カーソンによる短編『The Errand』も無料公開されています。

 FFEは『Traveller 4th Edition』『Challenge Magazine 25-77』のCD-ROMを発売し、電子版『JTAS』『Challenge』誌、Judges Guild製品の単品売りも始めました。
 そして最新最後の『メガトラベラー』製品である『MegaTraveller Robots』も出されています。元々クラシック版『Book 8: Robots』のルールは『Striker』に合わせて構築されていたため、『メガトラベラー』の戦闘ルールとは噛み合っていませんでした。これを長年有志が調整を続けてきていたのですが、やがてDGPが出す予定だったロボット関連本の原稿が発掘され、制作が一気に進展します。その成果がこの一冊なのです。

 Samardan Pressの「Flynn's Guide」に「Azri Drakara」シリーズが加わります。この年は、地球から遙か1000パーセクの宙域にある幾つもの小国家や知的種族を紹介する『A Primer』、星域設定本『Rodan Subsector』、宇宙船解説本『Republic Starships』が出されました。

 Scrying Eye Gamesはデッキプラン集『Type S Scout/Courier: IISS Dreamcatcher』を皮切りに、2013年までに各種デッキプランを計11作品ほど発売しています(その内、S型偵察艦が3種、A型自由貿易商船が2種、Y型ヨットが2種)。またLoren Wisemanからもデッキプラン『40-ton Slow Pinnace』が出されています。

 Spica Publishingが傭兵資料集『Field Manual』に加えて、オリジナル設定集『Outer Veil』を発売します。これまで発売された他社のATU設定集はTL15以上の超未来を描いたのに対し、この『Outer Veil』はTL11の近未来(西暦2159年)を舞台とした異色作であり、それがかえって好評を得ました。というのも、

「我々は非常に高度な技術を想像するという問題に悩まされていた。私はクラシック・トラベラーで15以上の技術レベルを想像するのに困っていたし、メガトラベラーやTNEでさえ本当に想像を絶する技術というものが何であるかを示せなかった」
(マーク・ミラー)
 このように本家GDWであっても高度星間文明を想像し、提示しきれていませんでした。創造主にすらできないことは素人には到底無理であり、夢のような未来技術を実は皆が持て余していたのです。そんな中で登場した『Outer Veil』は地味であっても想像しやすい未来像を示したことで人気を獲得したのです。

 Gypsy Knights Gamesが「Quick Worlds」シリーズで参入しました。これは1冊ごとにオリジナルの1星系の詳細な設定を記したもので、この年から翌年にかけて計25冊が、最終作となった第26巻が2014年に発売されています。このシリーズは本来背景設定を特定しない汎用設定集として始まったものですが、この総集編となる「Subsector Sourcebook」シリーズで独自設定が徐々に積み重なっていきます。また「21」シリーズは様々な組織・施設・パトロンなどを21種類ずつ収録したもので、この年は『21 Plots』『21Plots Too』が出されています。

 Terra-Sol Gamesも勢いを増します。『Twilight Sector』の追加設定集『Setting Update Alpha』『Tinker, Spacer, Psion, Spy』、追加データ集「Six Guns」シリーズとして『Gauss Weapons』『Rescue Organizations』、『Shipbook: Mirador』に加え、文字通り「剣と魔法の世界」である『Netherell』の設定集とシナリオ『The Beast of Karridan's Hollow』を一気に投入します。

 Comster Gamesの活動停止に伴い、マーティン・ドハティのAvenger Enterprisesは提携先をAvalon Games Company(※最古のウォーゲーム『Tactics』(1952年)を発売した会社とは別です)に変更しました。新生Avalon/Avengerは年末、ATU設定集『Far Avalon Book 1~3』を皮切りに参入を果たします(ややこしいのですが、これは2009年にシステムを問わない汎用設定集として発売されたComster/Avenger版を『トラベラー』ロゴを取得して出版し直したものです)。

 拡張現実ゲーム『Traveller-AR』のベータテストが開始されています。これはスマートフォン(iPhone限定)を利用して現実の位置情報と連携させたゲームを目指していたのですが、予定していた2012年中の正式サービス移行は結局成し遂げられず、その後うやむやのうちに(おそらく2013年に)終了してしまったようです。

 なおこの年がGURPS Travellerの契約最終年でしたが、新製品が出ていないにも関わらず2015年末まで契約延長されています。


【2012年】
 Mongooseからは、「Sector」シリーズとして『Solomani Rim』『Deneb Sector』が、「Supplement」シリーズは『Campaign Guide』、および『Civilian Vehicles』と『Military Vehicles』を合本してルールの改定を施した『Vehicle Handbook』、「Special Supplement」シリーズからは『Deadly Assassins』『Biotech Vehicles』、シナリオとしては往年の『The Traveller Adventure』をMongoose版『トラベラー』向けに調整して復刻した(挿絵を原典に忠実に模写しているこだわりぶりです)『Aramis: The Traveller Adventure』が、そして新規の「Minor Alien Module」シリーズの第1弾として『Luriani』が発売されています(第2弾の企画もありましたが頓挫しました)。

 『Traveller5』のオープンベータ・テストが3月末をもって終了し、6月、ついにKickstarterにて資金募集が始まりました。結果的に2085人から29万4628ドルを集めるという史上空前の成功を収めます(当時のRPG分野における最高記録です)。
 8月にはその成功を祝して『Traveller5 Wallpapers』が無料公開されました。

 Gypsy Knights Gamesは「Subsector Sourcebook」シリーズの『Franklin』『Hub』『Sequoyah』に加えて、『The Hub Federation』を刊行しました。これにより「Subsector Sourcebook」や「21」シリーズで徐々に構築されてきた「クレメント宙域(Clement Sector)」設定の一端が明かされたことになります。この4星域の外の辺境を解説する『The Superior Colonies』や、「クレメント宙域」内の1星域を舞台としたシナリオ「Cascadia Adventures」3部作である『Save Our Ship』『The Lost Girl』『Fled』も発売されました。
 また「21」シリーズでは『21 Plots III』『21 Plots Planetside』『21 Organizations』が出ています。

 「Twilight Sector」のTerra-Sol Gamesからは『Setting Update Beta』『Starfarer's Gazette #2』『Techbook: Chrome』が発売されましたが、この頃から制作陣からマーティン・ドハティが抜けたことで勢いが落ち、その後2012年、2013年、2016年に『Twilight Sector Podcast』シリーズを計3作品出した程度で展開は完全に停滞してしまいます。2015年に「Six Guns」シリーズの『Lasers』が出たのが最後の書籍です。

 Avalon/Avengerから小説『Diaspora Phoenix』『Tales of New Era 1: Yesterday's Hero』復刻版、および新作短編『Slice of Life』『Hazard to Navigation』に加えて、追加装備集「Kitbag」シリーズが開始されます。翌年にかけて発売された第5巻までは銃や刀剣などの武器を扱い、2015年発売の第6~7巻では野外・悪環境活動に必要な装備を揃えています。
 なお、マーティン・ドハティのAvengerとしての活動はこの「Kitbag」シリーズが最後となっています。上記の通り、Terra-Solでの仕事もやめたドハティはこの後、一執筆者として各社を渡り歩きます。

 Zozer Gamesは新ATU設定資料集を展開していきます。これは以前ポール・エリオットが私的に公開していた「STL(Slower Than Light)」の全面改訂版で、超光速航法開発以前(TL9)の太陽系を舞台に、『Outpost Mars』では火星探検時代を、『Orbital』では太陽系開発時代の全体設定を、『Horizon Survey Craft』『Vacc Suit』(無料)で宇宙船や宇宙服といった装備の解説を行っています。年末には『Outpost Mars』用シナリオ『Gift of the Makers』も出されました。
 また汎用星系設定集「Planetary Tool Kit」シリーズとして『Ubar』『Korinthea』、翌年には『Mazandaran』『Antioch』と、どれもSFらしい強烈な個性を持つ設定で出されています。

 DSL Ironworksがこの年から汎用デッキプラン集「Quick Decks」シリーズや、フォーイーヴン宙域を舞台にした「The Bastards of Foreven」シリーズなどで参入しています。

 Gorgon Pressがこの年から参入し、デッキプラン集「Ship Book」シリーズの『Aegis Class Scout』『Chiron Class Hunter』『Garuda Class MSV』 に加えて汎用惑星設定集『Kalashain』を、翌年にも同じく惑星設定『Long Runner』を出しています。

 Spicaは追加経歴部門集『Career Book 3』を出しました。なおこれには自身の身体的特徴や家族構成を乱数決定するルールが追加されています。

 8月11日、CotIの管理者を勤めていたアンドリュー・ボールトン(Andrew Boulton)が亡くなりました。2003年からQLIで『トラベラー』関係の仕事を始めた彼は、数々の宇宙船のコンピュータ・グラフィクス作品を残しました。また2006年以降は『Traveller Calender』のまとめ役となっていました。
 年末恒例だった『Traveller Calender』の2013年版はイアン・ステッド(Ian Stead)が発起人となって制作され、彼の死を悼んで「Andrew Boulton Memorial Edition」と名付けられました。なおこのイアン・ステッドは、ボールトン亡き後の『トラベラー』宇宙船絵画界を牽引していく存在となっていきます。

 Expeditious Retreat PressからTraveller SRD(を核にして『OSRIC』『Castles & Crusades』といった『D&D』のOGLクローンを取り込んだ)ファンタジーRPG『Worlds Apart』が発売されました。経歴部門や技能はファンタジー風に変更されながらも、技能取得や判定は『トラベラー』を継承していますし、もちろん超能力ではなく魔法が導入されています。さらに、宇宙船が遠洋船(Voyager ship)に差し替えられ、星々に代わってそれぞれの「島」が固有の政治体系や文化を持っていることになっています。
 なお発売当時は文章はそのままで挿絵がないだけの無料版も存在しましたが、現在では削除されています。

 Traveller Wikiを置いていたWikiサービス「Wikia」の規約と『トラベラー』のフェアユース規定の衝突が問題となり(Wikiaの規約ではWikiaに書き込まれた文章をまとめて有料販売しても構わないのですが(実際されています)、それは無償公開を前提とするフェアユース規定違反となるのです)、年末をもって一時閉鎖されました。紆余曲折を経て翌年から最終的にCotI内のサーバーに移築して再開し、現在に至ります。


【2013年】
 Mongooseの「Supplement」シリーズとして『Starport Encounters』(および翌年発売の『Space Stations』『Powers and Principalities』『Adventure Seeds』)を出していますが、これは実はBITSの「101シリーズ」の合本再編集版です(内容に変更はありません)。余談ですが、同時期にBITSがDrivethruRPGで「101シリーズ」の単品売りを開始したため、同内容の電子書籍が並行で販売されるという不思議な事態となりました。
 「Adventure」シリーズは『Trillion Credit Squadron』が出されました。旧作同様に冒険シナリオと言うよりは艦隊戦のキャンペーンゲームとして構築されており、軍艦のデッキプラン集の他に、戦いの舞台となるアイランド星団の簡単な設定も掲載されています(星団については『Reft Sector』の方が詳細ですが)。
 他に『Compendium 3』や、『Vehicle Handbook』を補強する『Special Supplement 3: Vehicle Upgrade Manual』も出されています。

「私はT4が終わった直後に『Traveller5』に取り組み始めた。私がこれまで扱ってきたことを繰り返すだけでなく、私は、私自身が夢見てきたものを網羅したいと思っていた。私は1冊の本の中にそれら全てを入れたかったのだ」
(マーク・ミラー)
 3月26日付で『Traveller 5: Core Rules』の発送が開始されています。一般販売価格75ドル(CD-ROM版は35ドル)という高額設定ながらも、656頁の分厚い書籍には多くのルールと、そして膨大な量の図表が収められていました。この「T5」最大の特色は、ナイフ1本から星系1つまであらゆる物を「Maker」で制作できることでした。また、技術レベル(TL)の拡張や遺伝子操作・クローン・人工生命体に関するルールの導入など新たな知見を盛り込み、マーク・ミラーが35年分の『トラベラー』への思いを込めた、まさに究極版の『トラベラー』として満を持して送り出された…はずでした。
 しかし資金募集時の熱狂とは裏腹に、実際のルールへの評価は芳しくありませんでした。元々不人気だったT4由来の行為判定方式はさて置いても、何をするにしてもまず「Maker」で何もかも作ることから始めなくてはならず(そして指針も例示もありません)、その前に膨大な量の表という表に購入者は打ちのめされていたのです。「これは遊具(ゲーム)じゃなくて工具(ツール)だ」という言葉は、人々の困惑を端的に表していました。
 そしてシリーズ共通の悪癖として、今回も文中にかなりの数の誤植を含んでいました(7月末の段階で10頁に及ぶ正誤表が公開されましたが)。特に誤りが多かったのがキャラクター作成部分というのが致命的で、今作は3年間も試遊が繰り返されていただけにT5開発陣の無策を指摘する声は大きいものでした。なまじMongoose版『トラベラー』の完成度が高く、「顧客が求めていたもの」と合致していただけに、『Traveller5』への失望はより大きなものになってしまいました。
 結果的に、『Traveller5』は新たなファンを獲得することも、従来のファンを喜ばせることもできませんでした。熱が冷めると、多くのファンはそれぞれ自分が慣れ親しんだルールへと戻っていきました……。
 なおFFEは、『Traveller5』の発売に合わせて『Traveller5 Dice Set』『Traveller5 T-Shirts』(Player、Referee、4518thの3種類)の販売も開始しています。

 QLIのハンター・ゴードンが47歳で死去しています。彼は2011年末に末期癌であることを明かし、晩年はT20から『トラベラー』の版権に関わる部分を差し替えた『Sci-Fi20』を細々と売っていました。なおQLI製品、およびCotIの権利などはFFEに譲渡されていたため、そのまま今も存続しています。

 Greylock Publishingによる『Traveller5』用のシナリオ『Cirque: Touring the Spinward Marches』の資金募集が、262人から12072ドルを集めて成功しました。これはかつて『Lee's Guide to Interstellar Adventure』(Gamelords)を出したグレゴリー・リー(Gregory P. Lee)が31年振りに執筆した、スピンワード・マーチ宙域を巡回するサーカス団にまつわるキャンペーンシナリオで、T5へのサードパーティ参入第1弾作品となりました…が、追随する出版社は現れておらず、現時点では最初で最後の作品となってしまっています。翌年には無事に書籍版・電子版共に発行されています(現在は販売終了)。

 13Mann Verlag社製のシナリオ『Hephaestus』の英語版販売のためのクラウドファンディングが、1191ユーロを集めて無事終了しました。ただし終了間際に突然354ユーロもの匿名投資が入って目標額を辛うじて越えたので、会社側が自腹を切ったのだと思われます。その後『Hephaestus』は翌年1月初頭に無事に発売されています。
 また13Mannは2010年に発売した『Roboter』の英語版『Robots』を出しています。これはロボットに関する同社独自の制作ルール・資料集で、Mongoose版『Robot』の評価が低かっただけにこの発売は大いに歓迎されました。またMongoose版と違って〈第三帝国〉設定に密着した構成となっているのも特徴です。

 Spica Publishingは、マーティン・ドハティによる『Outer Veil』設定のキャンペーンシナリオ『Through the Veil』全10話を翌年にかけて順次無料公開しました。これは後に編集をやり直した豪華版の販売を前提としての企画でしたが、結局それが実現することはありませんでした。
 他には旅客船設定集『The Astral Splendour』、星系設定集『System Book 2: Xibalba』を出しています。

 Avengerが離脱したAvalon Gamesからは、宇宙船設定集『Apparition Class Intruder』が出されています。同社としてはこれが最後の『トラベラー』作品となりました。

 Gypsy Knights Gamesは『Clement Sector: Core Setting』を発売しました。これにより「クレメント宙域」の全貌(と追加ルール)がついに明かされ、『Outer Veil』に続くTL11のATU設定がまた一つ増えました。辺境の入植地を扱う『Peel Colonies』『Dawn Colonies』、「Dawn Adventures」シリーズのシナリオ『The Subteranean Oceans of Argos Prime』『Hell's Paradise』、「21」シリーズの『21 Plots Misbehave』『21 Starport Places』に加えて、新規の「Ships of Clement Sector」シリーズの刊行も始まりました。

 Samardan Pressの「Azri Drakara」シリーズに、パトロン集『Patrons by the Dozen』が加わっています。

 宇宙船CG絵師であるイアン・ステッドの個人企業Moon Toad Publishingがこの年から参入しています。基本的にはデッキプラン集「Ship Book」シリーズを出していますが、この年だけ『Vehicle Book: Navarro UTE』なる輸送機器データ本も発売しています。

 Zozer Gamesは、1人で貿易ゲームを遊ぶためのルール集『Star Trader』に加えて、『Attack Squadron: Roswell』を投入します。1950年代の地球を舞台に「謎の円盤」とアメリカ空軍の迎撃機が空中戦を繰り広げる、という前代未聞の作品となっています(両方とも現在は絶版)。

 Battlefield Press社は『トラベラー』システムで小説『Double Spiral War』を再現する『Warren C. Norwood's Double Spiral War (Traveller Edition)』の資金募集を開始し、55人から1250ドルを集めることに成功しました。その後、予定より1年遅れの2015年にようやく無事刊行されました。
 ちなみに同社は、2016年にこれの「Expanded Edition」、翌2017年には別の小説『The Cold Cash War』を再現する設定本の資金募集を行いましたが、いずれも不成立に終わっています。

 以前から更新頻度が激減していた『GURPS Traveller』のオンライン版トラベラー・ニュースサービスに、最後の記事が掲載されました。

キャピタル(コア宙域 2118 A586A98-F)発   1130年047日付
 帝国海軍は本日、故デュリナー大公の旗艦であった巡洋艦サーゴンが、御息女であり相続人でもあるイシス現大公閣下に返還されると発表しました。故デュリナー大公は1116年に、搭乗した小艇がキャピタルの地表に向かう途中で爆発し、暗殺されました。巡洋艦はそれ以来帝国海軍施設で厳重な警備下に置かれていましたが、海軍の調査官はこれ以上犯罪の証拠が出てこないと判断し、大公の御遺族に戻す判断をしました。イシス大公閣下は現在星系内には居られませんが、大公府関係者は艦をイレリシュに還すための人員が派遣される、と詳細は不明ながら報道各社向けに発表をしました。
 「デュリナー大公爆殺事件」で幕を開けた『GURPS Traveller』は、こうして事件捜査の終結(未解決)という形で幕引きとなったのです。その後も新製品が発売されることはありませんでしたが、製品の販売は契約終了年の2015年末まで続けられました。


【2014年】
 Mongooseは「Adventure」シリーズとして『Into The Unknown』、「Special Supplement」シリーズの『Rescue Ops』、そして久々の「Book」シリーズとして『Cosmopolite』と『Mercenary 2nd Edition』を投入しています。前述した通り、『Mercenary』の旧版は完成度を高めないまま出版してしまった経緯があり、この全面改訂を施した『2nd Edition』の発売は必然といえるものでした。なお、このBookシリーズから版組デザインが変更されています。
 そして「Vehicles of World War II」というシリーズがなぜか始まります。これは表題通りに第二次世界大戦期(TL5)の各国の戦闘車両を多数収録したもので、独米英ソ日伊仏の計7冊が発売されました。
 加えて、1989年以来25年振りにスペイン語版コアルールである『Traveller: Libro de Reglas』も出されていますが、フランス語版と違いサプリメント展開はありませんでした。

 13Mann Verlagは、入門者向け『トラベラー』こと「Traveller: Liftoff」の刊行計画を明かします。これはマーティン・ドハティがMongoose版『トラベラー』のルールを簡素にし、ルールブックをフルカラーかつ挿絵を多用して「読みやすい」作品を目指した野心的な企画でした。年末商戦に向けてボックスセットの発売を目指し、試作ルールを無償公開して意見を集め、3度に渡るルールの改定を経て、9月にようやく資金調達を開始しました。
 ところが設定された調達目標額が10万ユーロと実現不可能そうなのが敬遠されたか、わずか2649ユーロしか集められず、企画は立ち消えとなりました。これ以降13Mannは「Liftoff」に限らず、ドイツ語版『トラベラー』に関する活動もやめてしまいました(販売は継続されています)。

 そして資金調達という話に関連して、この年にはもう一つ重要な事件が起きています。
 3月、D20 Entertainment社のケン・ホイットマン(Ken Whitman)……そう、Imperium Games元社長のあのケネス・ホイットマンが映像プロデューサーとして、「Spinward Traveller」なる映像作品企画を明かし、6月から資金調達をKickstarterで始めたのです(※この影響で上記の「Liftoff」はマーク・ミラー側からの要請で調達開始を9月にずらすはめになり、年末商戦での販売を断念した裏話があります)。最終的に827人から49588ドルの投資を集めることに成功しました。
 しかし翌2015年初頭から計画の異変が漏れ聞こえ始めます(どうもこの時点で資金を使い尽くしていた模様です)。Gen Con 2015で公開されるはずだった完成品は現れず、11月末にはCGや模型製作者への代金不払いが発覚し、さらに投資者から集めた資金で購入したはずの撮影機材すら売却したことが告発され、騒動は一気に炎上します。同時進行で進められていたD20 Entertainmentが資金を募っていた複数の企画も同時に音信不通となり、事実上「逃げた」ものとみなされました。
 しかし無理もなかったのです。Imperium Gamesを追われてからのホイットマンは、RPGの出版社を作っては潰しを繰り返し、その度に周辺で騒動を起こしていました。特に、印刷会社を営んでいた2007年には複数の受注した仕事を納期に間に合わせられなかったのですが(それもよりによって最大の商戦であるGen Conにです)、そのことを話題にしたRPGnetでの自分に関する全ての書き込みを消すよう法的措置をちらつかせた…ものの運営側に拒否される、という事件もありました。さらにKickstarterによる資金調達が一般的になると、阿里巴巴(Alibaba)で仕入れた商品を自分で開発したと偽り、資金を募っては投資者に送付するという、詐欺的とも回りくどい通信販売とも言える行為をしていたことも明らかになっています。
 さて「逃亡後」のホイットマンですが、投資者からの追求もどこ吹く風で、俳優の卵に講義と宿を提供する新商売に手を出すなど、逃げも隠れもせずにのうのうと生きています(各種SNSだけでなく、自分を批判するブログにも堂々と現れています)。しかも2016年からは役者業を本格化させ、人気テレビドラマ『The Walking Dead』に端役として3話ほど出演を果たしています。そして「出演者」として会費50ドルの講演会を開いたり、小道具の売却で新たな騒動を引き起こしたりしているのですが、制作再開する気はあると主張している「Spinward Traveller」に進展がない限り、もはや『トラベラー』とは関係のない話です。

 もう一つ資金募集絡みでは、11月に『Traveller Ascension: Imperial Warrant Boardgame』が244人から35468ドルを集めています。〈第三帝国〉黎明期をモチーフに、未知の星々を発見・征服して帝国領を拡大し、他のプレイヤーよりも多くの名声を獲得することを目指すゲームです。引き渡しは2015年5月の予定でしたが完成は遅れに遅れ、とはいえ遅々としながらも発売に向けて一歩一歩進んでいるようです。

 FFEは広報誌『Imperiallines』を23年振りに(有料で)復刊しました。刊行予定のあった第3/4合併号、および第5号を引き継いでの刊行という意味で復刊号は「第6号」となっています。内容はT5で設定追加のあったリジャイナ星系(と知的種族アミンディ)についてです。翌年には第7号も刊行されています。
 他には『Charted Space Map』『Classic Traveller Orientation Pack』を1ドルで販売しています。後者の内容はドン・マッキニー作の正誤表や『Integrated Timeline』(※これにより年表の無償公開は中止されています)、『Book 0: An Introduction to Traveller』、(無料の)製品カタログである『Guide to Classic Traveller』『Guide to FASA Traveller』で、普通に買えば4.99ドルする『Book 0』を安く手に入れるならこれを選ぶべきでしょう。
 『Traveller5』関連では、『Traveller5 Starships & Spacecraft-1: Two Deck Plan Set for Kickstarter』の販売を開始しています。T5仕様の偵察艦と自由貿易商船のデッキプランを22✕34インチ(約56✕86センチ)で収録したものですが、偵察艦の8.5✕11インチに縮小した白地図のみは先行で無料公開された上、少し遅れてコルベット艦、巡洋艦、Xボート、付録としてスピンワード・マーチ宙域図を追加した『Traveller5 Starships & Spacecraft-2: Five Deck Plan Set』が無料公開されたため、わざわざ購入する意義はなくなりました。
 加えて『Traveller20 CD-ROM』や、マーティン・ドハティによる小説『Shadow of the Storm』も販売開始されています(※電子版は2016年発売)。

 Spicaは『Through the Veil』の完結後に、同じく『Outer Veil』設定のシナリオ『The Wreck of the Tereshkova』を発行します。今後の飛躍が期待されていた会社でしたが、これ以降表立った活動は途絶え、ウェブサイトも一時閉鎖されます。2015年に活動を再開したものの新製品の予告等は一切出されておらず、事実上の休眠状態にあります。『Outer Veil』等の版権は新会社Universal Machine Publicationsが受け継いだという話もありますが、継続展開についての話は現時点では出ていません。

 Gypsy Knights Gamesは、追加設定集『Hub Federation Ground Forces』『Hub Federation Navy、追加経歴部門集『Career Companion』、シナリオ『Grand Safari』、「21」シリーズ『21 More Organizations』『21 Plots Samaritan』の他、「Ships of Clement Sector」シリーズ数点を出しています。

 Moon Toad Publishingは「Ship Book」シリーズの『Lune Class Freelancer』『Panga Class Merchant』、これらとは別にR型商船を徹底解説した『Type R Subsidised Merchant Operators Manual』を出しています。

 13Mannはシナリオ『Three Blind Mice』を無料で公開し、Samardan Pressは「Azri Drakara」シリーズの『Cepheus Subsector』を、Gorgon Pressも『Gun Book: Mk8 EMA-1』を出しています。なおこの3社は、それらの作品をもってMongoose版『トラベラー』での出版展開を終了しています。

 Jon Brazer Enterprisesが「Foreven Worlds」シリーズを開始します。その名の通りフォーイーヴン宙域を独自に解説するもので、『Fessor Subsector』『Massina Subsector』に加えて『Vehicles of the Frontier』が出されています。
 なおこの「Foreven Worlds」シリーズは、2015年に『Tsokabar Subsector』が、2016年には『Alespron Subsector』が発売されました。

 『Traveller Calendar』がブライアン・ギブソン(Bryan Gibson)の葬儀費用への寄付のために2年振りに復活しました。ギブソンの遺作を含め、12名の『トラベラー』系CG作家が作品を無償提供しています


【2015年】
 Mongoose版『トラベラー』を巡る動きとしては、まずドン・マッキニーによるMongoose版『トラベラー』統合正誤表がようやく公開されたことが挙げられます。Mongooseの問題点は誤植の修正どころか公表すら非常に及び腰であったことが挙げられますが(正誤表が公式に公開されたのは初期作品のみという有様で、それ以降は誤植があるかどうかも表明していませんでした)、有志による努力(とマシュー・スプレンジの協力)により、この年全出版物の一部ではありますが修正されたことになります。
 そしてMongooseは「Referee's Aid」シリーズを開始します。基本的には宇宙船の解説ですが、小惑星帯など「星系内」に注目した解説本もあります。出版されたのは『Among the Trojans』『Type-S Scout/Courier』『Type-A Free Trader』『A Guide to Star Systems』『Type-Y Yacht』『Societies and Settlements』『Type-R Subsidised Merchant』『Traders & Raiders』の8作品です。
 加えて「Borderland」シリーズも始まりました。これは『Pirates of Drinax』の舞台となるトロージャン・リーチ宙域のボーダーランド星域を掘り下げていくもので、『The Borderland』に続いて『Into the Borderland』『Arunisiir』『Tanith』『Wildeman』『Inurin』『Counterweights and Measures』が、翌年には『Umemii』が発売されています。

 そして満を持して9月に、Mongoose版『トラベラー』の第2版ルールの試遊が早期予約者を対象に開始されました。翌年発売に向けて期待が高まりましたが、しかしこれは思わぬ余波を生みます。ドン・マッキニーは「第2版の登場で役目を終えた」として、公開されたばかりのMongoose版『トラベラー』正誤表を取り下げてしまったのです。そして必要性を訴える声にもなぜか耳を貸さないまま、不幸なことにマッキニーはこの年死去してしまいます。正誤表を置いていたサイトは翌年初頭には閉鎖され、貴重な正誤表集は喪われました(※Internet Archivesにはありますが、Mongoose版正誤表のみ収録されていません)。

 FFEの『Traveller5』コアルールは6月にようやく修正が充てられて「v5.09」に改定され、DrivethruRPGでの電子版販売も開始されています。編集も改められて総ページ数は759にまで増えていますが、以前から指摘されていた粗雑な編集による可読性の低さは改善されておらず、索引が追加されたが今度は目次が壊れている、など新たな問題も発生しています。
 他には、T20および『Traveller Chronicle』誌の復刻販売を開始し、Cargonaut Press製品の版権を取得しています。

 Gypsy Knights Gamesは、艦船設計ルール『The Anderson & Felix Guide to Naval Architecture』、追加ルール集『The Clement Sector Player's Guide』、「21」シリーズ『21 Vehicles』『21 Villains』を出しました。

 Moon Toad Publishingは「Ship Book」シリーズの『A2L Far Trader』『Type A Free Trader』を出しました。

 Zozer Gamesは『トラベラー』での活動を再開し、星系の詳細な設定を乱数生成する『World Creator's Handbook』を出しています。

 個人出版のFelbrigg Herriotが『トラベラー』向けに作品を提供し始めたのがこの年で、小物設定集「Decopedia」シリーズや、短編シナリオ「One-shot Scenario」シリーズを展開していっています。

 2014年頃から刊行間隔が開き気味だった『Freelance Traveller』が隔月刊に移行しました。それでも通巻80号以上を数える過去最大のファンジンとして活動を続けています。

「私が彼(マーク・ミラー)に直接尋ねたのは、〈第三帝国〉が本来の『トラベラー』から掛け離れていったと感じているプレイヤーたちが『3冊のLBBのみ』に回帰していることについてだ。彼は肩をすくめて『皆がそれをやりたければそれでいい』と語ったが、彼は〈帝国〉について書くことが好きなので、それは引き続き『トラベラー』の一部となり続けるだろう」
(E・T・スミス)
 そしてこの2015年頃から「プロトトラベラー(Proto-Traveller)」と呼ばれる遊び方が注目されるようになってきています。
 概念自体の登場は2005年と言われている「プロトトラベラー」とは、人によって解釈が異なりますが、クラシック版(それも1977年版が望ましいとされます)『Book1~3』のルールだけを用いて『トラベラー』の原点に立ち返った遊び方をすることで、背景設定は自分でサイコロを振って用意するか、〈第三帝国〉設定を採用するにしても『Supplement 4: The Spinward Marches(スピンワード・マーチ宙域)』までに書かれている情報のみとするのが一般的です。この影響を受けた作品としては『The Draconem Sub-Sector』(2017年)が挙げられます。
 これは40年近くに渡って積み重なっていった〈第三帝国〉設定や、増え続けるルールの数々を「重荷」に感じていた層からの反発と問題提起であり(そしてルールや設定の軽量化を求める時代の流れでもあります)、広範囲ではないにしても根強い支持を得ているのもまた事実です。


(「トラベラー40年史(6) 三者並立の時代」に続く)
(文中敬称略)

レビュー:『Cepheus Engine Vehicle Design System』

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 『Cepheus Engine Vehicle Design System』は、その名の通り『Cepheus Engine』の車両設計ルールです。
 以前説明した通り、『Cepheus Engine』は大人の事情でマングース版『トラベラー』第2版に乗れなかった人々が「自由に」使える2D6系SF-RPGシステムとして急拡大しているのですが、これまで車両設計システムは未搭載でした。というのも、『Cepheus Engine』の基となったTraveller SRDには、車両設計ルールとなる『Vehicle Handbook』は含まれていなかったのです。
 それを補うべくゼロから作られたこの『Vehicle Design System』、蓋を開けてみると何と「(SRDにある)宇宙船設計システムを車両にダウンサイジングする」という、今までありそうでなかった作りになっていたのです。クラシック版『トラベラー』をやったことのある世代ならピンとくるでしょうが、つまり「まず船体の大きさを決め、船体とドライブの出力(A~Z)との兼ね合いで速度が決まり、ドライブ出力はパワープラント(A~Z)の出力以下に制約される、あとは空いた隙間に必要な物を詰め込んで終わり」というお馴染みのあれなのです。

 さて今回のレビューですが、いちいちシステムを解説するのも長くなりますし、システム自体は無料で手に入れようと思えばできるので参照も容易ですし…ということで、実際に車両を設計することでレビューに代えてみようかと思います。
 やはり『トラベラー』の花形車両といえばエアラフト。しかし、クラシック版ルールでは1台60万クレジットもする超高級車でもあります。『Cepheus Engine』では27万5000クレジットと控え目になりましたが、それでもおいそれと買える値段ではありませんし(1クレジット=1ドル≒100円と考えると目安になります)、派手目なシナリオで壊してしまうとプレイヤーに恨まれそうです(汗)。
 そこで、庶民でも買えそうな「軽反重力車」をこの『Vehicle Design System』で設計してみます。はたしてそう都合よくいきますかどうか…?

1.車体の選択(Choose a Vehicle Chassis)
 輸送機器としての車体枠の大きさをまず決めます。これにより車両の重さ・積載容量が全て決まります。
 ここでは「大きさの例(Size Example)」に「小型車(Compact Car)」と書いてある「コード4」を迷わず選択します。重さは0.75トン、容量(Spaces)は9(容量1=1/12トン)、価格は2100クレジット、製造時間(Construction Time)は7時間と自動的に決まります。更に「閉鎖型(Closed)」か「開放型(Open)」かを決めます。一般のエアラフトのような開放型だと車体価格が1割引きとなりますが、差別化も兼ねてここはあえて閉鎖型を選択。
 また、特殊な環境で用いるための追加装備(腐食環境防護とか)も選べますが、全て省略。自家用車なので追加装甲もなしとしますが、一応車体の素材をTL4の「鉄(Iron)」にしておきます。これで自動的に基礎装甲点(base amount of armor)が2となります。
(※素材選択は「追加装甲の」価格と装甲点に影響するので、ここで車体を高TLの硬い素材にして余計に基礎装甲点だけを貰っておくズルも可能ではありますが…)

2.推進力の選択(Choose locomotion/propulsion)
3.動力源の選択(Choose power supply)
 ここはまとめてやってしまいます。反重力車両を作るので推進力は当然TL9の「反重力(Grav)」(TL12の改良型反重力(Advanced Grav)でもいいのですが、価格が倍になってしまうので…)、動力源にはTL9の「初期核融合(Early Fusion)」を選びます。ただこれ極端な話、積載空間さえ確保できれば石炭燃料のTL3外燃機関(External Combustion)で反重力車両を飛ばせるようにも読めます。私の勘違いであればいいのですが、まあこれはこれでスチームパンクな設計も可能だと好意的に解釈できなくもないです(笑)。
 ここで宇宙船と同様にそれぞれの「ドライブ番号」を決めないといけません。車体の大きさと欲しい速さに比例して必要とされる推進力は大きくなりますし、それを支える動力源もより大きなものが必要になります。車体コード4だと、ドライブBで「1」、Cで「2」、Dで「3」、Eで「6」が得られます。ここで得られた係数を「基本車両速度(Vehicle Base Speed by Drive Performance)」表で「反重力(Grav)」の欄を参照すれば、Bの係数1でも時速100キロメートルで走行可能なことがわかります。これで十分ですからドライブBを購入し、必然的にパワープラントもBが必要となります(C以上は無駄ですし)。
 「ドライブ価格(Vehicle Drive Costs)」表でBを、かつ反重力は「滑空(Thrust)」に属するのでその欄を参照すると、動力炉は基礎容量0.26の基礎価格が300クレジット、滑空の推進力は基礎容量0.3の基礎価格が15000クレジットと出ます。初期核融合や反重力はたまたまそれに掛ける倍率は全て1倍となっているので、先程の数字がそのまま使われます。

4.燃料容量の決定(Determine fuel requirements)
 動力源を核融合としたので、自動的に燃料は水素となります。その燃料をどれだけ蓄えるかを決めますが…空きスペースとの兼ね合いもあるので後回しにします。いずれにせよここでは、その輸送機器を「連続何時間(もしくは何日/何週間)動かせたいか」で必要な容量が決まります。さらに動力源の種類次第で燃料量に掛けられる数が変化します(といっても初期核融合は1倍ですが)。

5.操縦方法の選択(Choose vehicle’s controls)
 とりあえず何の補正もない(代わりに高くもない)TL4の「標準(Basic)」を選んでおきます。容量は1必要です。ちなみにTLが高くなるとヘッドアップ・ディスプレイによる操縦支援や、思考制御も可能になるようです(そして当然高額です)。
 ここで車両の敏捷度修正(Vehicle Agility)を出しておきます。これは走行方法や操縦席によって「運転が容易かどうか」を示す指標です(主に〈運転〉技能判定の修正値になります)。この車両の場合、反重力車両で0、小型(2トン以下)で+1、標準操縦で0の補正が得られるので合計で+1です。

6.通信機器の選択(Choose vehicle’s communications system)
7.探知機の選択(Choose vehicle’s sensor package)
8.搭載コンピュータの選択(Choose vehicle’s computer system)
 今回の用途には必要なさそうなのでとりあえず無視します。ちなみにコンピュータを搭載すると車両が技能を持つことができるようになるので、例えば搭載兵器の自動射撃が可能となります(自動操縦はここではなく操縦席の追加装備で「自動操縦(Autopilot)」の購入が必要となります)。

9.搭乗乗員数の決定(Determine number of required crew)
 車両の操縦には運転手が最低1名必要で、操縦席(Cockpit)の設置がいります。まず容量2の「標準操縦席(Cockpit, Basic)」を置きます。価格は1000クレジット。
 あと、3人掛けの「窮屈な座席(Seat, Cramped)」も置いて4人乗りにします(イメージとしては一般的な自動車の後部座席?)。容量は4、価格は2000クレジット。

10.追加装備の決定(Determine additional components)
11.砲塔・武器装備点の決定(Determine turrets, fixed mounts)
 ここは武器や追加装備を積んだりなので全て省略します。

 さてここで確認です。コード4の車体に積める容量は9で、これまで0.26+0.3+1+2+4=7.56を使っているので残りは1.44です。この中に後回しにしていた燃料タンクを作らなくてはなりません。
 「燃料要求量(Power Plant Fuel Requirements)」表でドライブBの動力源は1時間あたり容量0.00052が必要とされ、初期核融合の補正係数は1倍です。とりあえず容量の残り1.44のうち0.04だけ燃料に回すと、連続走行時間は約77時間と出ます。まあこれだけあれば大丈夫でしょう。

12.残った容量を荷台に割り当てる(Allocate remaining space to cargo)
 残った1.4の容量はそのまま荷物の積載空間とします。容量1.4をキログラムに直すと116.67キログラムなので、ちょっとした荷物は運べそうです。

13.最終的な価格と製造時間を求める(Calculate final price and construction time)
 ここまででかかった金額は20400クレジットです。宇宙船と同じく、これを標準設計の量産品とすることで1割引となるので、18360クレジットが最終価格です。2万クレジットを切る値段なら、ちょっとローンを組めばTL9の自家用反重力車が手に入りそうです。
 そして製造にかかる時間は、車体コード4の基礎製造時間が7時間、追加装甲はないので補正なし、標準設計にしたのでその補正もないので結局7時間で製造できることになります(ちなみにカスタムメイドだと10倍かかります)。

 ちなみにこのVDSでも、標準車両記述書式(Universal Vehicle Description Format)が定められています。先程完成した車両を当てはめると、

TL9軽反重力車
 閉鎖型0.75トン車体(船殻点0、構造点1、装甲点2)を採用したTL9軽反重力車は、初期核融合炉(コードB)と反重力機関(コードB)を搭載し、最高速度は時速100km、巡航速度は時速75km、敏捷度補正は+1です。動力炉は積載された水素燃料40リットルで約77時間稼働します。この車両は標準操縦席で制御されます。荷台には1.4kl搭載可能です。運転者を1名必要とし、他に3名を搭乗させることができます。価格は18.36KCr.(標準設計による10%引きを適用)で、製造に7時間かかります。

 ここから改造するとするなら、2000クレジットの追加で自動操縦(ただしTL9を維持するなら〈反重力機器-0〉しか取れませんが)、後部シートを外して操縦席を2人掛けにして貨物スペースを増やすか軽い武装をつけるか装甲を増やす、あたりでしょうか(容量が厳しいので車載武器は無理ですが)。操縦性を犠牲にして(敏捷度修正を減らして)車体価格を削るのは、元々の価格が安いのであまり意味がないでしょう。

 元々ケチくさいコンセプトの上に、VDS自体が「初期核融合+反重力」を基準にした係数設定になっているのでかえって見本としては不適格になってしまいましたが、従来の『トラベラー』シリーズの車両設計システムより簡易に作れるのはおわかりいただけたでしょうか。
 入手性の容易さから、今後このVDSで設計された車両が次々と産み出されそうな気がします、いや産み出されるに違いないと確信できる完成度です(疑問点や悪用されそうな点はなくはないですが…)。

40周年記念企画:『通信機』で見るトラベラーの40年

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 『トラベラー』が誕生した1977年から2017年までの40年間で大きく進化したものの一つに通信技術、つまり電話が挙げられます。今や小型化して「携帯電話」となっただけでなく、同じく大きく進化したコンピュータと一体化して「スマートフォン」と呼ばれる存在となり、生活のあり方すら変えてしまいました。SFというのは未来を予測する分野ですが、その予測が一番難しいのも事実。人間、自分の知識の範囲内からの延長線上でしか想像できませんから、1977年の段階で今のようなスマートフォンを想像しろ、というのは無理があるでしょう。

 さて本題です。『トラベラー』は「第三帝国」というある程度固定された世界観を持っていながらも、ファンタジーと違って未来を舞台としている以上、その認識は「今現在の」技術に影響されてしまうのは仕方ないことです。私自身、かつては情報収集に「図書館まで出向いて端末を叩く」という行為に何ら疑問を抱いていませんでしたが、今なら極自然に「宇宙船のコンピュータから星系のネットワークにログインして情報検索」ぐらいのことはするでしょう。
 ということで今回は、過去40年間に発売されたルールブックの中から『通信機(Communicator)』に関する部分が、時代の変化に合わせてどのように変遷していったかをまとめてみました。

(※下記解説文は一部文章を省略している場合があります。各単位は特記がない限り、重量はキログラム、容積はリットル、価格はクレジット、距離はキロメートルです)


Book 3: Worlds & Adventures(1977年)
 初代Little Black Bookの通信機(Communicator)には特に解説文はなく、しいて言えば(当然とはいえ)無線が使われることと、軌道上の艦船と通信するには長距離通信機が必要であることがわかる程度です。この頃の通信機は、音声トランシーバー以上でも以下でもありません。

 TL重量価格有効範囲 短距離通信機5310010 中距離通信機5520030 長距離通信機615500500


Adventure 2: Research Station Gamma(1980年)
 この『研究基地ガンマ』では、基本ルールブックには存在しない「個人用通信機(Personal Communicators)」が初登場します。TLの記載がなぜかありませんが、後の設定から逆算してTL8~9程度の物品と思われます。
個人用通信機 Personal Communicators
 長寿命のバッテリーを備えた小型のイヤホン型短距離通信機です。重量は無視できるほどで、一般の者にはまず気付かれません。
 有効距離:開けた場所なら10km、水中なら1km未満。価格:1個Cr.100。


Double Adventure 2: Across the Bright Face(1980年)
 邦題は『焦熱面横断』。記録媒体がTL11なのにも関わらずテープなのが時代を感じさせます(※TL11光学ディスクが最初に登場するのは『The Travellers' Digest』誌第5号(1986年)が最初だと記憶しています)。『Double Adventure 5: The Chamax Plague』(1981年)でも同じ装備が登場しますが、なぜか価格だけが2倍になっています。
無線送受信・録音機 Radio Receiver, Recorder, Transmitter
 音声または無線を受信し、記録し、その情報を連続的に送信することができる小型電子装置です。送受信は標準的な音声通信帯域で行われます。従ってこの機器は信号を受信して再送信したり、事前に記録された音声を継続的に送信したりすることができます。
 テープの長さ:10分。送信範囲:視界(建物や山などには遮られる)。TL11。寸法:25✕50✕50mm。基本価格:Cr.400。


Book 3: Worlds & Adventures(1981年)
 改訂版Little Black Book(雷鳴社版はこれが基になった)では、簡素ながら解説文と、TL7の軽量版通信機が追加されました。
短距離通信機(Short Range Communicator):ベルトに装着される無線機で、有効範囲は10kmです(地下や水中ではより短くなります)。
中距離通信機(Medium Range Communicator):ベルトに装着もしくは肩掛けで運ばれる無線機で、有効範囲は30kmです。
長距離通信機(Long Range Communicator):背嚢で運ばれる無線機で、有効範囲は500km。加えて軌道上の艦船と通信ができます。

 TL重量価格有効範囲 短距離通信機5510010 70.310010 中距離通信機51020030 70.520030 長距離通信機615500500 71.5500500


The Traveller Book(1982年)
 1981年版LBBを合本し、記述や編集を大幅に見直したこの本から通信機の項目が「個人用装備(Personal Devices)」から独立して再構成され、更に解説文が詳しくなりました。なおこの記述は翌1983年発売の『Starter Traveller』(ホビージャパン版はこちらが基)でも踏襲されています。
 ここでは短・中・長距離に加えて大陸間距離(Continental Range)が追加され、無線到達距離の区分けも変更されています。文を見てわかる通り「データ」の送受信も可能となっています。またTL10~13の「未来の」通信機も追加されましたが、運用の仕方は依然として「双方が受信範囲内に居る」トランシーバーを前提としているのは否めません。
 ところでなぜかこの版(と83年版)のみ、軌道上の艦船との通信に必要な能力が中距離に変更されています。50kmでは地球なら成層圏までしか届かないのですが…?
通信機 Communicators
 通信機は内部電源で作動する無線送受信機の組み合わせと定義されます。携帯用なので供給電力に接続する必要がありません。これは音声とデータを送受信することができます。軌道上の艦船と通信するには最低限中距離用が必要です。

 TL重量価格有効範囲 短距離通信機5202255 80.1755 中距離通信機57075050 100.425050 130.125050 長距離通信機51501500500 91.2500500 140.5500500 大陸間通信機5300150005000 91.550005000 12150005000


Megatraveller: Imperial Encyclopedia(1987年)
 邦題は『メガトラベラー:帝国百科』。従来の通信機とは別に「通信機(動画)」「通信機(レーザー)」が追加されたのが特徴です。通信機の項目からは「軌道上の艦船との通信」に関する文が消え、レーザー通信機にその用途が移されたように読めます。
 TL10で登場する貼付式通信機の「コムドット(Comdot)」がルールブックに登場したのもここからです。これは耳の裏と喉仏に貼り付けられる超薄型のイヤホンマイクですが、送受信範囲が1メートルなので通信機の子機として専ら使われます。通話で手が塞がれないのが大きな利点です。
通信機 Communicator
 (上記1982年版の解説に追記)0.2リットル以下のものは耳に装着でき、一般の者には気付かれません。
(※これは『研究基地ガンマ』に登場した「個人用通信機」の設定が取り込まれたと思われます)

TL容積重量価格有効範囲 540202255 51407075050 53001501500500 5600300150005000 80.20.1755 92.41.2500500 931.550005000 100.80.425050 122110005000 130.20.125050 1410.5500500

通信機(レーザー) Communicator, Laser
 レーザー通信機は視線の通る地域間距離(500km)以内を結ぶ機器です。この距離ともなると地平線までの距離がまず有効範囲を制限するので、地表ではほとんど必要とされませんが、軌道上を周回する艦船との通話の際に利用されます。レーザー通信機の主な利点は、収束光によって秘話通信を確保することにあります。
 複数のレーザー通信機ではしばしば「連携」通信網が構築されます。地平線や地域間の距離を置く基地局から基地局へと再送信することによって、世界中に通信を即座に伝えることができます。

TL容積重量価格有効範囲 1051.52500500

通信機(映像) Communicator, Video
 映像通信機は、500km(地域間距離)の範囲に音声と二次元映像を送信します。この機器はポケットに入れて運んだり、ベルトに掛けられるほどに小さいです。通信機には入力用のマイクとビデオカメラ、出力用の小型スピーカーと高透過性キュプロタリウム(polylucent cuprothallium)ディスプレイが内蔵されています。ディスプレイは使用されない時には本体内に格納され、ビデオカメラは必要に応じてスイッチを切ることができます。機器がベルトに装着されているなら、コムドットで話したり聞いたりすることができます。
(※ちなみにこの型の通信機(に加えてコムドットやレーザー通信機)の初出は『Grand Census』(Digest Group Publications, 1987年)で、そこでは大きさは「15cm✕10cm✕3cm」とされています)

TL容積重量価格有効範囲 140.450.2500500


Traveller: The New Era(1992年)
 解説文は上記の『メガトラベラー』のものを大筋で踏襲していますが、機種の整理統合、一部説明文の簡素化、容量・重量・有効距離の変更がなされています(※MTとは逆に重量が容積の倍の値になっているのですが…?)。あと、コムドットはこの新時代には残らなかったようです(笑)。

TL容積重量価格有効範囲 通信機5501002253 510020075030 6150300100003000 7102025030 80.10.2753 912500300 9102050003000 101225030 121250003000 140.10.2500300 通信機(レーザー)1081611000300 通信機(映像)140.40.81000300


Reformation Coalition Equipment Guide(1994年)
 軍事ゲームの色が強いTNEの装備品ガイドなので、ここで紹介されている通信機も軍用装備ばかりです。通信機の変遷という今回の企画意図から大きく外れるので紹介は割愛しますが、後にも先にも「メーザー通信機」のデータが有るのはこれだけのはずです。


Marc Miller's Traveller(1996年)
 基本設定の変更(帝国暦0年)に伴い、TL12が最先端技術扱いです。また「Comm」という略語が正式名称となった初のバージョンです。
 これまでの設定が統合されて、通信機一つで「手帳・時計・携帯テレビ電話」を兼ねるようになりました。そして低TL版通信機の存在が見当たりません。ここへ来てようやく、現代では常識の「通信機が基地局を経由して遠方の他の通信機に接続する」方式が登場して利便性が向上しています(逆に基地局のない低技術世界では使い物にならなくなってしまいますが)。
通信機 Comm
 通信機は、個人的な手帳、時計、携帯テレビ電話の機能を持つ通信機器の一形態です。一般的には男性用腕時計程度の大きさですが、首飾り、サングラス、折り畳み大画面の搭載、もしくは音声のみの耳輪にすることもできます。TL12の暗号化技術を利用して盗聴を防止した送受信が行われます。
 個人用通信機には所有者に関する基礎情報が入力されており、音声などで動かすことができます。一般的には所有者の名前・住所から親族・友人・仲間の通信コードのリストなど、所有者が持ち運ぶのに重要であると考える様々な情報が収められています。通信機は後に検索可能な少量の音声・動画、およびデジタルデータを受信して格納することができます。記憶容量は限られていますが、低品質のビデオカメラとして使うことができます。
 多くの星系では法令執行のために上書き命令(override command)ができるようになっています。これは火災や暴動などが発生した際に、警察本部から地域内全ての通信機に放送をするためです。
 電子機器の進歩に伴い、通信機は電力消費低減の代償に近隣に基地局を必要とするようになりました。人口密集地域や主要な旅行先では問題になりませんが、田舎や辺境ではブースターが利用されます。これは財布程度の大きさの増幅器で、通信衛星を介して相手まで通じるのに十分な強度で通信信号を送信します。衛星回線の利用は若干高価です。
 通信機は安価な物ならCr.50から、高性能の物ならCr.200で販売されていて、重量は0.1kg以下です。通信機はコンピュータ/1と同等です。


GURPS Traveller(1998年)
 T4が先進的過ぎたのか、1977年版LBBと同様の通信機像に差し戻されています。ただしなぜかTLは8に引き上げられました(※誤植ではないようです)。ここでは割愛しましたが「TL8デジタルカメラ」が別に存在することから、画像撮影の機能もなくなったと思われます。
(※GURPSルール下ではTLの刻みが従来と異なるため、この項目では独自に変換を行っています)
通信機(短距離)(TL8) Communicator, Short-Range
 しばしばヘルメットに組み込まれている、小型の双方向無線機です。基本有効範囲は10マイルで、TL9ではその10倍に、TL12では50倍となります。Cr.50、重量は無視できるほどです。価格を1割増しで腕時計や耳飾りに偽装できます。

通信機(中距離)(TL8) Communicator, Medium-Range
 手の平に乗る大きさの無線機です。基本有効範囲は100マイルで、TLによる拡大は上記と同様です。表示画面の追加はTL8なら価格が2倍となりますが、TL9なら無料で追加できます。Cr.200、重量1ポンド。

通信機(長距離)(TL8) Communicator, Long-Range
 書籍程度もしくは背負われる大きさの機器です。基本有効範囲は1000マイルで、TLによる拡大は上記と同様です。Cr.600、重量10ポンド。表示画面はTL8ならCr.100で、TL9以上なら無料で追加できます。
GURPS Traveller: First In(1999年)
 偵察局や探査活動を解説するこの本ではレーザー通信機と、コムドットと同等性能の「隠密行動通信機(Covert Action Communicator)」が登場します。TL15相当の装備とされたお陰か、有効範囲が単体で50マイルと広がり、低軌道上の艦船との直接通話も可能とされています。
レーザー通信機(TL8) Laser Communicator
  屋外用レーザー通信機は、無線通信が傍受される恐れのある際に探査隊が使用することが多いです。レーザー装置は頑丈な三脚に取り付けられており、狙いを維持しやすくなっています。有効範囲はTL8で10マイル、TL9で100マイル、TL12以上で500マイルですが、障害物によって妨げられます。連続送信で1時間稼働します。Cr.650。重量5ポンド。


Traveller20: The Traveller's Handbook(2002年)
 こちらもTL7以前の通信機はLBBを踏襲した上で、新たに「TL8個人通信機(Personal Communicator)」を登場させています。文面からすると、この段階では音声のみの携帯電話に相当する物でしょう。
長距離通信機 Long Range Communicator
 背嚢で運ばれる無線機で、有効範囲は500kmもしくは軌道上の艦船までです。TL7では重量が1.5kgに減り、ベルトまたは肩紐に装着できます。

中距離通信機 Medium Range Communicator
  最大30km圏内に対応できる、ベルトもしくは肩紐装着式の無線機です。TL7では重量が500gに減ります。

短距離通信機 Short Range Communicator
 10km圏内(地下または水中では更に短くなります)で利用できるベルト装着式の無線機です。TL7では重量が300gに減り、片手で持てるようになります。

個人用通信機 Personal Communicator
 携帯型の、単回線通信機器です。TL8以上の世界では、個人用通信機が世界の衛星通信網に接続し、有料で他の通信機に連絡することができます。回線は秘匿されていますが安全ではなく、一部の世界では監視される場合があります。通常、各星系の宇宙港ではわずかな料金で通信網への接続手段を手配できます。TL7以下の世界では個人用通信機は動作しません。

 TL重量価格有効範囲 長距離通信機615500500 中距離通信機51020030 短距離通信機5510010 個人用通信機80.3250解説参照


Traveller Hero(2006年)
 長中短の各通信機については「無線トランシーバー」と簡単な解説、というより定義があるだけです。TL9装備になった分だけ軽量化がされています。
携帯型レーザー通信連絡器 Portable Lasercomm Relay
 地表から軌道上への通信に利用されます。無線ではなく収束光で送信するため、秘話通信が可能です。

通信機(映像) Communicator, Video
 ポケットやベルトで運べるぐらいに小さく、音声や二次元映像信号を最大500km送信できます。

 TL重量価格有効範囲 長距離通信機91.5500500 中距離通信機90.520030 短距離通信機90.31003 携帯型レーザー通信連絡器101.52500解説参照 通信機(映像)100.81000500


Mongoose Traveller: Main Rulebook(2008年)
 ここでは音声のみのTL5トランシーバー(Transceiver)、通話に画像送信も含めたTL8の通信機(Comm)、超小型イヤホンマイクなTL10コムドット(Commdot)の3種類に分けられました。コムドットはともかくとして、トランシーバーも通信機も「TLが高くなるほどコンピュータとしての機能も向上する」のが特色です。マングース版ルール下ではコンピュータの性能値以下のプログラムを実行することができるので、主な用途としては〔翻訳(Translator)〕や〔熟練(Expert)〕(※知力・教育度関連技能判定の支援を受けられる)を走らせることが想定されます。
トランシーバー(TL5) Transceiver
 トランシーバーは単独運用される通信機器です。確立された通信網の存在に依存する通信機と異なり、トランシーバーは自らの電力で直接送受信することができます。ほとんどのトランシーバーは無線またはレーザーで通信が行われます。中間子トランシーバーも実現可能ではありますが、一般的には簡単には利用できません。確実に軌道上まで届かせるためには、500kmの有効範囲が必要です。

TL重量価格有効範囲特記 無線トランシーバー
Radio Transceivers520505 821005 9125050コンピュータ/0 121500500コンピュータ/0 13110005000コンピュータ/1 レーザー・トランシーバー
Laser Transceivers9 1.5100500 110.5250500コンピュータ/0 13-500500コンピュータ/1

通信機(TL6) Comm
 個人用通信機は、かさ張った送受話器(handeset)から薄型腕時計まで様々な大きさの携帯型電話兼コンピュータ兼カメラです。比較的大型の通信機は物理的な制御盤(※キーボードなど)と画面を持ち、小型のものは近くにデータや制御表示を投影したり、折り畳み式の画面に表示したり、サイバー化機器に接続(※人工網膜への投影?)したりします。通信は短距離の送受信機能しか持っていませんが、技術的に進んだ世界の多くでは惑星全体を覆う通信網を持ち、利用者がどこにいてもメッセージを送信してデータに接続できるようになっています。

TL価格送受信内容特記 650音声のみ  8150音声・映像コンピュータ/0 10500様々な種類のデータコンピュータ/1


Traveller5: Core Rules(2013年)
 様々なMakerによってあらゆる物を設計することが前提のT5ですが、さすがにそれではすぐに遊べないので、見本がいくつか掲載されています。
通信機 Comm
 一般的な通信機は容積0.2リットルの手持ち可能な機器で、有効距離は1000kmです。デザインには無数のバリエーションがあります。

通信機(改良型) Comm, Modified
 一般的な通信機の高技術版です。

通信機(最先端) Comm, Advanced
 帝国で製造された最高級の通信機です。これは何年ものの激しい使用に耐えるよう作られています。その「壊れない」電子基板は、人間工学に基づいたケースに収められています。ケースは改造防止機能を備えており、バッテリーには緊急用の内部ブレーカーが装備されています。

通信機(据え置き) Comm, Installation
 惑星間通信に用いられるような大規模通信アレイです。

通信機(長距離) Comm, Long Range
 携帯型通信機の優れたバージョンです。

通信機(豪華版) Comm, Luxury
 この通信機は非常に優れた物です。例として「ナアシルカCX-5700」は、信頼性の高いナアシルカ社製電子技術と優れた安全機能で知られています。この通信機は一般的な物と比べて25グラム軽い以上に、驚くほど軽く感じます。このクラスの通信機ともなると、天然素材の使用、個人に最適化された執事ソフトウェア、高度な侵入防止プログラム、衛星誘導機能(※俗に言うGPSです)など、様々な注文生産が可能となっています。

通信機(高耐久型) Comm, Ruggedized
 典型的な高耐久型通信機は、危険な任務を前提に設計されています。例えば10メートルからの落下にも耐えて、それでも機能します。内蔵された動画または静止画カメラのために、優れた雑音除去や逆光軽減などの機能が備えられています。「T-Del C10r」のような通信機は、真空や腐食性大気の中でも短時間耐えることができるため評価されています。

通信機(車載) Comm, Vehicle
 車載通信機は軌道上(500km)まで通信できます。

無線機 Radio
 容積1.5リットルのトランシーバー、もしくは携帯電話のことです。

無線機(試作段階) Radio, Experimental
 「SCR-300」は、有効範囲5kmの人が運べる大きさ(容積15リットル)の試験的通信機です。

 TL重量価格 通信機80.21000 通信機(改良型)100.2500 通信機(最先端)150.2500 通信機(据え置き)8-1500000 通信機(長距離)140.25000 通信機(豪華版)110.1755000 通信機(高耐久型)100.241750 通信機(車載)85050000 無線機71.5100 無線機(試作段階)4151000


Traveller: Liftoff(2014年・未発売)
 装備品リストの中にはないですが、「誰もが持っている物(Stuff Everyone Has)」の中に「スマートフォンと同類の個人用通信機(A personal communicator similar to a smartphone.)」の記述があります。


Mongoose Traveller: Core Rulebook(2016年)
 第2版ルールに移行したマングース版『トラベラー』ですが、記述自体に変更はありません(通信機(Comm)が携帯通信機(Mobile Comm)に変わった程度)。トランシーバーにいくつか機種の追加と変更があります。旧来のルールと比べて欠落していた部分の穴埋めとバランス調整でしょう。

TL重量価格有効範囲特記 無線トランシーバー5202255 57075050 51501500500 5300150005000 8-7550 9-500500 9-50002500コンピュータ/0 10-250500コンピュータ/0 121100010000コンピュータ/0 13-2501000コンピュータ/1 14-5003000コンピュータ/1 レーザー・トランシーバー91.52500500コンピュータ/0 110.51500500コンピュータ/0 13-500500コンピュータ/1


Cepheus Engine: System Reference Document(2016年)
 建前上は『トラベラー』ではないですが系列ゲームですし、一応「最新」なので紹介します。Open Game Licenses下にあるT20(厳密にはSciFi20?)を踏襲、というよりデータ面は全く同じですが、T20にはなかった解説文が追加されました。
通信機 Communicators
 物理的に隔てられたキャラクターは、時に会話を維持する必要があります。これらの通信機器はその要求を満たします。これらの機器の日常的な利用には技能判定は必要ありませんが、混信を解消しようとしたり他の目的で使用する際には〈通信機〉技能判定が必要です。

【まとめ】
 この40年の「通信機」の変遷を見てきたわけですが、ゲームのルールとしての後方互換性の確保(や大人の事情)もあって、「通信機」の解釈も行きつ戻りつしているように感じます(T4が意外にも飛び抜けて先進的な通信機像を提示しましたが)。とはいえ、今更「スマホすらない未来社会」という世界観を提示するのは無理があります。ならば、これまで記されてきた数々の設定を「美味しいとこ取り」して「均していく」必要があると思います。

 まず、『Liftoff』で提示された「誰もが個人用通信機を持っている」という設定は採用の価値があるでしょう。また同時に、T4やマングース版の「高TLの通信機はコンピュータと同等」という設定もありです。通信機としての全体的なバランスではマングース版がいいとは思うのですが、TL13のトランシーバーなんて需要あるか?という疑問はあります。反重力車両がやがて船舶や航空機を駆逐したように、TL10~11ぐらいで全てが個人用通信機に統合されてしまっても良いのではないか、と思います(まあ軍隊のことを考えるとそうもいかないのかもしれませんが…)。

 そして「個人用通信機」(略称はパーコムでしょうか、モバコムでしょうか?(笑))の設定も考え直してみます。未来デバイスですから音声操作は当然としてホロ(三次元)画面の一つも採用したいところですが、『メガトラベラー』設定では「Pocket Holovideo」(T5設定だと「Personal Holovideo」)なるものはTL16の産物とされています。帝国では家庭用三次元テレビはあってもモバイル環境で立体映像は見られなさそうです。
 個人用通信機にホロカメラ機能を搭載するのも問題です。『メガトラベラー』設定ではホロビデオ技術の確立はTL10、手持ち型ホロカメラ(Hand Holocameras)がTL13です。前述の「Pocket」や「Personal」が何を指しているかがあやふやなのが困るところですが、録画機能も含めた意味でのことだとすると、個人用通信機にホロ動画撮影機能が搭載されるのはTL16以降ということになります。

 こうなると、TL8~9のスマートフォンと見かけは大差ない(といっても中身のコンピュータは進歩した)物をTL12以降の旅人も携帯している、というあまり夢のない結論が出てしまいそうですが、「公式」設定を崩さないようにするにはそうせざるを得ないでしょう、残念ながら。まああまり進歩しすぎた未知のデバイスをプレイヤーに想像させるのもなかなか難儀なことですし…、眼鏡や腕時計などのウェアラブルな方向へ進化させるのが妥当な落とし所でしょうか。いずれにせよ現代のレフリーは、キャラクターがどこにいてもライブラリ・データを検索し、仲間と連絡をつけることに対して心構えが必要なのは間違いありませんね。

 なお、本稿の作成にあたり各方面に多大なご協力を頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。


レビュー:『ドラコニム星域(The Draconem Sub-Sector)』

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 『ドラコニム星域(The Draconem Sub-Sector)』は、著者Andrew J. Luther氏が最近流行りの「プロトトラベラー(Proto-Traveller)」という概念に共感してわずか1月ほどで作り上げた星域設定集です。

 まず「プロトトラベラー」とは何ぞや、ということなのですが、簡単に言うと「重く複雑になりすぎた『第三帝国(The Third Imperium)』設定を脱ぎ捨てて原点回帰する」といったところでしょうか。人によって「プロト」の部分が指す対象が曖昧ではあるのですが、一般的には「基本ルールとしてクラシック・トラベラーのBook 1~3に加えて『Supplement 3: The Spinward Marches』から得られる情報のみを使用する」とされています。そのため、あえて帝国設定を利用した際の雰囲気として「その力は徐々に弱体化しつつあります」というライブラリ・データの『Supplement 3』のみにある記述が重視されることが多いです。

 今回の『ドラコニム星域』は、「1977年版ルールで」1星域分40星系のUWP(77年ルールなのでUPPか)を作り、それぞれ設定(Planet Description)とシナリオフック(Adventure Seeds)を起こし、なかなか美麗なCGイラストとともに1冊にまとめたものです。余談ですが、作成に使ったルールこそトラベラーなものの、トラベラー固有用語の例えばUWP表記などは避けて記述されているので、「汎用SF-RPG向け設定集」です(熟練のトラベラーファンなら一目でUWP変換が可能にはなっていますが)。配布元のDrivethruRPGでもジャンル分けはトラベラーかつ「Old School Revival(OSR)」となっています(※このOSRも今や一大ジャンルなのですが、話が長くなるので割愛します)。

 『トラベラー』の1977年版ルールと日本語訳もされた1981年版以降のルールの最大の違いは、「星間航路(Space-Lane)」の有無です。『第三帝国』設定の整備が始まった81年版以降では「Xボート網」に取って代わられたこの「星間航路」は、航路策定の準備なしにジャンプできる「安定した航路」を表し、同時に通商路も表現しています。二星間の宇宙港規模の大小で航路が存在するかどうかの確率が上下し、航路があれば星域図に書き込まれます。航路がない星々をジャンプするには事前のプログラム準備が必要となり、必然的に自前の宇宙船持ちしかそういう芸当は不可能となります。
 この「星間航路」ルールは興味深くはあるのですが、今回のように1星域に40星系も詰め込まれると星域図の見た目がゴチャゴチャしますし、仮にジャンプ-3旅客船に乗っても各駅停車ならぬ「各星停船」を強いられがちなので、旅行価格が1ジャンプでいくらのトラベラー宇宙では高くつきます。逆に言えば自分の宇宙船が欲しくなる気分を高めてくれるわけですが…。

 この『ドラコニム星域』では、冒頭1ページに宇宙全体の設定が簡単にまとめてあります。いつしか宇宙に進出した人類は幾つもの異星人と共同で「諸世界連盟(Federation of Worlds)」という恒星間国家を築き上げ、中央では開拓も終わって社会は安定しましたが、逆に言えばプレイヤー・キャラクター(PC)のような「流れ者」にとっては沈滞した息苦しい社会に映るわけです。そこでPCは「何か」を求めて連盟非加盟の辺境であるこの『ドラコニム星域』にやって来た…という感じです。
 ドラコニム星域ではステラ・システムズ社(Stellar Systems Corp.)という社有星系すら持つ大企業が重要な存在となっており、海軍や偵察局ですらこのステラ・システムズ社傘下の「民営海軍・偵察局」なのです(イメージとしてはアニメ『マクロス』シリーズのS.M.Sやケイオス社のようなものでしょう)。海軍は宇宙海賊の脅威からの重要な防衛力なので色々な星系政府が契約していますが、悲しいかな会社の利益に反する作戦行動は取らないようです(苦笑)。
 また、各星系が独立星系であるがゆえに複雑な政治的利害関係が構築され、「神知教団(Found People of God)」なる宗教団体も星域内に信徒と勢力を拡大しています。加えて星域内には様々な知的種族も存在し、冒険とトラブルの種には事欠きません。
 各星系の技術水準は辺境なのでTL10~11ぐらい…と思いきや、突然15とか17(!)の星があったりと油断なりません(笑)。まあ小惑星星系のTLはルールに従うなら高くなりがちなので、上限を定めていないとこうなりますよね…。特に高TL星系が設定の根幹に関わってくる様子はないので、気に入らなければ12ぐらいに削ってしまうのも手でしょう。

 ざっと見た感じでも1か月で作られたのが信じられない力作で、これを作者サイトで無料配布してしまう太っ腹ぶり。投げ銭したい方にはDrivethruRPGで対応しています。これまで築き上げられた第三帝国設定を普段から「重く」感じている方には必携、覚えるべき設定が少ないのでカジュアルプレイや初心者向けセッションのお供に、そうでなくても設定作りの参考やシナリオのネタ探しに使える逸品です。

トラベラー40年史(1) 黄金の時代(~1987年)

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 1947年に生まれた「彼」は、14歳で『D-DAY』(Avalon Hill)と出会い、これが彼にとってのゲームの原体験となりました……が、実際にはルールを理解できずに棚にしまわれました。
 イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(UIUC)に進学した彼はそこで政治学の「ロールプレイング」と「シミュレーション」を学び、やがて陸軍に入ってベトナム戦争に砲兵として従軍しました(実際には防空任務の需要がなかったので、司令部勤務だったそうです)。
 1972年に24歳で軍を除隊した彼は、偶然イリノイ州立大学ゲーム同好会(Illinois State University Strategic Games Club)に出会います。この会はフランク・チャドウィック(Frank Chadwick)とリッチ・バナー(Rich Banner)が設立・運営しており、ここでようやく彼は棚に収められたままだった『D-DAY』をちゃんと理解して遊ぶ機会を得られました。ゲーム同好会の常連となった彼は深夜まで様々なゲームにのめり込み、やがてチャドウィック、バナーと共に自分のゲームを制作するようになりました。
 こうして彼は『Triplanetary』というゲームを作り上げるのですが、同時に彼と仲間たちはゲームに可能性を感じ、大学にゲームデザイナーとして雇うよう働きかけます。1973年1月、彼とチャドウィックとバナーは「Simulation Research Analysis and Design(SIMRAD)」を立ち上げて、学内で使用されるシミュレーション器具を受注して制作する仕事に励みました。しかしSIMRADへの大学の資金提供が1年半で打ち切られたため、彼らは創業に打って出ます。社長にはチャドウィック、彼が副社長となり、バナーはアートディレクターに就きました。また、創業時に新たにローレン・ワイズマン(Loren K. Wiseman)と、『Triplanetary』をミラーと共に作り上げたジョン・ハーシュマン(John Harshman)が加わって、1973年6月22日、最初の商業ゲームの発売と共に「Game Designers' Workshop(GDW)」の船出が宣言されました。最初の「本社」は、ミラーとチャドウィックが住むアパートに置かれました(後にイリノイ州ノーマルに社屋を移転)。
 GDWは当初、市場人気の高い第二次世界大戦ものに限らず数々のウォーシミュレーションゲームを産み出しましたが、1973年の段階であの『Triplanetary』を商業生産するなど、SFゲームへの関心を失ったわけではありませんでした。
 1974年、ゲーム業界に大革新が訪れます。ゲイリー・ガイギャックス率いるTSR社が『ダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)』を発売し、「ロールプレイングゲーム(RPG)」という新たなジャンルがやがて社会現象をも引き起こしました。当時のGDWでも仕事を忘れて迷宮探検に没頭していたようです(そのため「勤務中は厳禁」とする社則が設けられました)。GDWも遅れ馳せながら、1975年にチャドウィックらが銃士もののRPG『En Garde!』を開発して流れに乗ってきます。
 1976年、彼はその頃の市場で空白となっていた「サイエンス・フィクションRPG」を作りたいと仲間に告げ、了承を得ると制作に没頭します。彼は若い頃に触れていたE・C・タブの『デュマレスト・サーガ(Dumarest of Terra)』、アイザック・アシモフの『ファウンデーション(The Foundation)』、H・ビーム・パイパーの『スペース・ヴァイキング(Space Viking)』、ラリー・ニーヴンの『ノウンスペース(Known Space)』、ジェリー・パーネルの『連合国家(CoDominium)』、ポール・アンダースンの『惑星間協調機関(The Psychotechnic League)』といったSF小説から着想を得て、チャドウィックやワイズマンやハーシュマンの助けも借り、それはやがて「キャラクター作成と戦闘ルール」「宇宙船に関するルール」「世界作成ルール」と形になっていきました。軍隊「出身者」が冒険の旅に出るというゲーム構造は、ミラーらの経歴から発想されました。彼の仲間たちはそれを使って冒険を堪能し、楽しんだだけでなく良質のゲームだと判断しました。原稿は後に「Little Black Book」と呼ばれる5.5✕8.5インチの本3冊にまとめられ、サイコロ2個とともに箱詰めされました。リッチ・バナーが別の仕事で忙しかったので、箱や表紙は黒一色となりましたが。
 そのゲームの表題は『Traveller』とされました。購買層を考慮して「スター~」「スペース~」といった題名を避け、米国英語では普通使われない「ll」の綴りを商標保護のためにあえて用いました。

「プレイヤー・キャラクターが何をすべきかを、我々は表題で喚起したかった」
(ローレン・ワイズマン)
 彼の名は、マーク・ウィリアム・ミラー(Marc William Miller)。『トラベラー』の歴史が、ここから始まります。


【1977年】
こちら自由貿易商船ベオウルフ号、誰か応答してくれ……
メイデイ、メイデイ……我々は攻撃の中にあり……主機関が破損した……
第一砲塔も反応がない……メイデイ……船室の気圧も失われた……
誰か応答してくれ……頼むから助けてくれ……
こちら自由貿易商船ベオウルフ号……
              メイデイ……
(『Basic Traveller』の箱に書かれた一文)

(CC BY-SA 4.0) 1977年7月22日、ニューヨーク市のスタテン島で行われたゲーム見本市「オリジンズ'77」にて、『Basic Traveller』ボックスセットは先行発売されました(※小売店での一般販売は9月頃になったらしいですが、はっきりしたことはわかりません)。この『Basic Traveller』は評判が評判を呼び、最終的に12刷64320セットを出荷する大ヒット作となって、『D&D』『ルーンクエスト』と並ぶ古典RPGの「ビッグ3」と称される地位を築きます。

「2000部売れればと思っていたら、1万部台に達してしまった」
(マーク・ミラー)
 実のところ、『トラベラー』が最初のSF-RPGというわけではありません。Flying Buffalo社の『Starfaring』やTSR社の『Metamorphosis Alpha』が既に1976年中に発売されています。しかし1977年5月に映画『スター・ウォーズ』の公開でSF、特にスペースオペラの大ブームが巻き起こり、その直後に発売された最初のSF-RPGだったのです。大きな注目を集めるのは必然だったと言えるでしょう。

「映画館からの帰りの車中で、マークと話をした。詳しくは忘れてしまったが一言だけ覚えている。『ローレン、トラベラーこそスター・ウォーズなんだ』。そして彼は正しかった」
(ローレン・ワイズマン)
 ゲームシステムの面でも、16進数を用いる能力値表記や星系データはSFの雰囲気をよく出しており、『D&D』に代表されるクラス制ではなくスキル制をいち早く導入したのは革新的で、星系間貿易ルールどころか「人生の機微すら感じられた」キャラクター作成ルールすらソロプレイに向いていました。またリアリティ重視の観点から、キャラクターは他のゲームと比べて負傷に対して極めて脆弱であり、「人間はそう簡単に成長しない」とばかりに経験値による成長システムを廃したのも大きな特徴です。そして星系データや異星生物の作成ルールによって、冒険の舞台を誰もが想像力が尽きるまで用意することができました。
 ちなみに独特の「キャラクター作成時にキャラクターが死亡する」というルールは、テストプレイの際に「経験豊富で金持ちな年老いたキャラクター」ばかりを作られた(※成長の機会が作成時のみなので無理もありませんが)ことから対抗策として設けられたもの、と後に語られました。

 またこの年、ミラーは『Imperium(インペリウム)』を発表します(初版はConflict Game Companyから。2年後の再販分からGDWに移管)。宇宙の彼方からやって来た〈帝国〉軍と地球軍の戦いを描いた戦略級SFウォーゲームで、これ自体は1973年から開発に入っていたものですが(試作段階では『Star Fleet』という題名で、当初は拡張マップ『Twilight』との連結も構想されていました)、後に『トラベラー』史に大きな影響を与えることとなります。


【1978年】
「私が見た『トラベラー』の最初のレビューには、『これは素晴らしいが、私はシナリオのないRPGをやらない。背景設定も欲しい』とあった。同時に彼は編集後記で『私は特定の背景設定に縛られてプレイするようなゲームをやらない』ともしていたので、だから私は双方の消費者の態度に対処しなくてはならなかった」
(マーク・ミラー)
 GDWは当初、単独で完結している『トラベラー』の拡張を考えていませんでした。彼らは購入者が(自分たちと同じように)自分自身の宇宙設定を作り、NPCを生み出していると思っていました。しかし多くの人にはそうするだけの暇がないことに気付きます。

 この年、GDWは『Supplement 1: 1001 Characters(1001人のキャラクター)』『Book 4: Mercenary(傭兵部隊)』のサプリメント本を発売しました。他社に大きく先駆けて「特定の職業を掘り下げていく」本を出したこと以上に、特に重要なのは、『Mercenary』は文中に〈帝国(Imperium)〉という用語が登場した最初の本だということです。
 実は前年発売の『Imperium』とは別に、ミラーたちは1975年~1976年にかけて〈帝国〉というSFウォーゲームを練っていました。地球周辺20光年を舞台に様々な異星種族が軍事や経済で覇を競い合う内容で、アスラン、ハイヴ、ヴァルグルといった後の異星種族の原型が既に存在していました。ミラーはこれを銀河系規模に拡張して設定を創り上げていくのですが、しかし、〈帝国〉の全貌が明らかになるのはもう少し後のことになります。

「私はこの未来社会を、解りやすく親しみやすいものにしようとした」
(マーク・ミラー)
 また、『Mercenary』は最終的に23刷103849冊という、記録が残っているものの中では歴代最高の印刷数を記録しています(発行10万部以上は、この他に翌年発売された『Book 5: High Guard(宇宙海軍)』のみです)。

 そしてこの年、宇宙戦闘ゲーム『Mayday(メイデイ)』が発売されました。この時点では『トラベラー』とは独立した「シリーズ120」(120個の駒と12頁のルール、120分で遊べることを目指した入門者向けウォーゲーム)の一つでしたが、『トラベラー』との連携は初めから考慮されていたようです。『Triplanetary』譲りのベクトル移動ルールが特色の『メイデイ』は、この年付のチャールズ・ロバーツ賞(Best Fantasy / Futuristic Board Game部門)を受賞しています。

 Metagaming Concepts社が発行していたSFゲーム誌『Space Gamer』第15号から、『トラベラー』の記事が登場します。ただし毎号のように記事が掲載されるようになるのは第32号(1980年10月号)以降で、丸2年の空白期があります。
 他にもTSRの『Dragon』誌(第18号~第120号)や、Chaosiumの『Diffrerent Worlds』誌(第9号~第46号)、Games Workshopの『White Dwarf』誌(第9号~第82号)、Judges Guildの『Dungeoneer』誌(第9号~第19号)といったRPG雑誌にも『トラベラー』の記事が掲載されるようになりました。


【1979年】
 「Book」「Supplement」に続く新たなシリーズとして、ようやく冒険シナリオを収めた「Adventure」シリーズの刊行が始まります。第一弾はとある巡洋艦をめぐる物語の『Adventure 1: The Kinunir(キンニール)』で、この年付のH・G・ウェルズ賞(Best Roleplaying Adventure部門)も受賞しています。
 Supplementシリーズでは『Animal Encounters(異星生物との遭遇)』『Citizens of the Imperium(帝国市民)』も出ましたが、中でも重要なのが『The Spinward Marches(スピンワード・マーチ宙域)』です。星域単位の簡単な解説ながら、『キンニール』で示されたリジャイナ星域以外の全貌が明らかになったことで、旅の舞台は大きく広がりました。
 また、艦内戦闘ゲーム『Snapshot』も発売されています。これも「シリーズ120」ながら『トラベラー』との連携は意識されており(そもそも命中判定が『トラベラー』と同じです)、1マス1.5m四方のデッキプラン上での戦闘ルールとして機能していました。

 ローレン・ワイズマンを編集長に据えて、季刊誌『Journal of the Travellers' Aid Society』によるサポートも開始されます。第1号の特集は(いまだに)謎の宇宙船「アニック・ノヴァ(Annic Nova)」。ショートシナリオ「アンバーゾーン(Amber Zone)」、各地の異星生物や装備品の紹介といった定番コーナーも創刊当時に出来上がっています。そして『トラベラー』を特徴づける「トラベラー・ニュースサービス(TNS)」の掲載は第2号から始まり、これによりゲーム内の「歴史が動く」というリアルタイム性が当時の人々を更に惹きつけました。
 ウィリアム・キース(William H. Keith Jr.)とアンドリュー・キース(J. Andrew Keith)の「キース兄弟」が登場したのは第4号からでした。弟アンドリューが黎明期のJTAS誌に(ゲーム代を浮かせるために)投稿を始め、兄ウィリアムも「自分の方が上手くできる」とそれに続いたことで両者がワイズマンの目に留まり、デビューの運びとなりました。その後の彼らは、初期『トラベラー』の宇宙観を深める原稿や美麗なイラストを多数手掛け、無くてはならない存在となります。その活躍ぶりは、様々な仕事を「John Marshal」や「Keith Douglass」といった数々の偽名を使い分けてこなしていたことからも伺えます(後に熱心な読者に語彙分析で指摘されて白状しています)。
 ちなみにJTAS誌は、H・G・ウェルズ賞(Best Magazine Covering Roleplaying部門)を1979年、1980年、1981年の3度受賞しています。

 この年からGDWはライセンス提供を行い、『トラベラー』のサプリメントを自社以外も開発・販売できるようにしました。そこでまず参入したのが『D&D』などのサプリメント本を出していたJudges Guild社で、レフリー・スクリーン、ログブックといった小物から、『Dra'k'ne Station』を皮切りとしたシナリオ集・設定集、デッキプラン集を次々と出していきます。


【1980年】
 Adventureシリーズでは『Research Station Gamma(研究基地ガンマ)』に加えて、この年付のH・G・ウェルズ賞(Best Roleplaying Adventure部門)を受賞し、名作と名高い『Twilights Peak(黄昏の峰へ)』が発売されています。この作品では従来の単発シナリオと異なり、複数の冒険を繋ぎ合わせた「キャンペーン・シナリオ」の形式が提唱されました。
 また、Adventureシリーズの亜種として「Double Adventure」シリーズが始まります。これは20頁程度の小規模シナリオを1冊に2つ収めたもので、1960年代のSF小説の出版形式を模したものだそうです。この年は『Shadows / Annic Nova(シャドウ/アニック・ノヴァ)』『Across the Bright Face / Mission on Mithril(焦熱面横断/ミスリルでの使命)』が販売されています。
 Supplementシリーズでは『76 Patrons(60人のパトロン)』『Traders and Gunboats(商船と砲艦)』が販売されました。前者は「偶然の遭遇」による冒険の端緒を60人分と「傭兵チケット」を16種類収めたもので(※日本語版ではこの部分を分けて収録したのでタイトルが変わっています)、後者は各種艦船の解説とデッキプランが記されています。
 前年に発売されたばかりの『Book 5: High Guard』には、早くも改訂版が登場しています。旧版の購入者向けには、JTAS第6号~第8号にて変更部分が全て公開されました。

 関連ウォーゲームでは『Azhanti High Lightning(アザンティ・ハイ・ライトニング)』『Dark Nebula(ダークネビュラ)』発売されました。前者は『Snapshot』を転用した艦内戦闘ゲームで、この年付のチャールズ・ロバーツ賞(Best Fantasy / Science-Fiction Board Game部門)を受賞しています。後者は『Imperium』を「シリーズ120」に合うように簡略化し、無作為に組み合わせ可能なゲームボードが特徴となっています。加えて『Mayday』は第2版となり、包装が袋詰めから箱に変更されました。『トラベラー』とは直接の関係はないですが、ボードゲーム『Asteroid(アステロイド)』が発売されたのもこの年です。

 そして『Different Worlds』第9号にて、ついに〈第三帝国〉の設定が明らかになりました。自社誌のJTASではなくわざわざ他社誌を選んだ理由は不明ですが、この5頁の記事により既知宇宙(Charted Space)の全体像や、『Imperium』をも取り込んだ宇宙史が示されたのです。
 さらにGDWは、サードパーティ各社に「開拓認可状(Great Land Grants)」を出し、これを受けて既知宇宙各地の「開拓」が一斉に開始されます。Judges Guildは早くも年内に『Ley Sector』(およびその中の星系を解説した『Tancred』)、翌1981年には『Crucis Margin』『Glimmerdrift Reaches』『Maranantha-Alkahest Sector』を矢継ぎ早に発売し、Paranoia Pressは1981年に『Beyond』『Vanguard Reaches』を、Group Oneも同年『Theta Borealis Sector』を、FASAも同年『High Passage』誌(全5号)を創刊してオールド・エクスパンス宙域を、翌82年には(編集社を契約解除して新創刊した)『Far Traveller』誌(全2号)でリーヴァーズ・ディープ宙域を、シナリオでは『Sky Raiders』三部作や『Uragyad'n of the Seven Pillars(砂漠の傭兵)』『Rescue on Galatea(ガラテア救出作戦)』を1981年~1982年にかけてファー・フロンティア宙域で展開するなど、宇宙観は爆発的に広がりました。これら会社間の設定の調整には、ジョン・ハーシュマンが飛び回りました。
 GDWも1980年中にトロージャン・リーチ宙域を舞台にした『Adventure 4: Leviathan(リヴァイアサン)』を発売し、Games Workshop制作ゆえに設定に若干の齟齬はあるものの、長く愛される作品となりました。余談ですがこの本には、ゲームブック『火吹山の魔法使い』で名高いイアン・リビングストン(Ian Livingstone)が編集に参加しています。

 後に『Battletech』や『Shadowrun』で名を馳せるFASA社は、ジョーダン・ワイズマン(Jordan Wiseman)らによってこの年設立されたばかりでした。そんな彼らの企業としての第一歩は『トラベラー』用のデッキプラン『I.S.P.M.V. Tethys』でしたが、この頃のFASAにはイラストレーターがおらず、単純で稚拙な線画しか掲載することができませんでした。
 そこでジョーダン・ワイズマンは、マーク・ミラーの紹介で面識があったキース兄弟に白羽の矢を立てて招聘します。彼らを得たFASAは高品質の製品を作ることが可能となり、またキース兄弟もGDWとFASAの双方で自分たちが望むように『トラベラー』宇宙を開拓していきます(ちなみに前述の『I.S.P.M.V.』シリーズも後にキース兄弟によって手直しされています)。
 またこの年は、Judges Guildからの独立組で創業されたGroup Oneも参入しています(が、刊行点数こそ多かったものの翌年に解散し、従業員の多くはJudges Guildに出戻りました)。
 そして記録上ではこの頃には、Martian Metals社が『トラベラー』のメタルフィギュアの販売を開始していたようです。1982年とされる事業終了まで、最終的に車両も含めて40種類以上のフィギュアが制作されています。


【1981年】
TNSニュース速報
リジャイナ/リジャイナ(0310 A788899-A)発   1107年187日付
 リジャイナ公は家令を通じて緊急会見を行い、本日午前12時01分をもって帝国とゾダーンが公式に戦争状態に入ったと発表しました。家令によると、昨晩遅くにゾダーンのシュタービフリアシャフ大使から宣戦布告書を手渡されたとのことです。家令はこれ以上の情報は現時点では無いと述べて、記者陣からの質問には答えませんでした。
 JTAS誌に掲載されるTNSではきな臭い報道が続いてきていましたが、第9号掲載分でついに「第五次辺境戦争」が開戦となりました。この年発売された製品も、戦略級ウォーゲーム『Fifth Frontier War(第五次辺境戦争)』、ミニチュアゲーム『Striker』、艦船データ集『Supplement 9: Fighting Ships(戦闘宇宙艦)』と軍事色の強いものがずらりと並んでいます。『High Guard』で作り上げた自慢の艦船を一定のルール下で存分に戦わせられる『Trillion Credit Squadron(一兆クレジット艦隊)』や、シナリオ『Expedition to Zhodane』も発売されました。

 また1981年はルールブックが新版に移行した年でもあります。基本ルールであるBook 1~3の記述は各所が改められ、より〈帝国〉設定との結び付きが強まりました。またこの3冊に加えて『Book 0: An Introduction to Traveller』『Introductory Adventure: The Imperial Fringe』や「スピンワード・マーチ宙域図」を封入した『Deluxe Traveller』ボックスセットも発売されています。特にBook 0は、ロールプレイングゲームとはなにか、レフリーやプレイヤーのやり方、キャンペーン・シナリオの組み方などRPGの入門書としての役割を担っていましたが、遊び方の見本として「トム(レフリー)、ディック、ハリー、グロリア」の4人がどう発言したかを戯曲の台本のように表記した……つまり今で言う「リプレイ」が掲載されているのが注目点です。

 キース兄弟制作の『Double Adventure 5: The Chamax Plague / Horde』は、1981年7月のゲーム大会「GenCon East」にて行われた競技シナリオを含めたシナリオ集ですが、これは「フォーイーヴン宙域」を舞台とした数少ないGDW「公式」出版物です(※現在では「Free Sector宣言」によって、フォーイーヴン宙域を舞台にした公式出版物が出されることはありません)。

 カナダの『Adventure Gaming』誌第6号に、マーク・ミラー書き下ろしのシナリオ『Stranded on Arden』が掲載されました。これは後に「出国ビザ型」と呼ばれる、官僚機構という名の迷宮を右往左往させられる『トラベラー』独特の型式のシナリオの元祖です。この作品は1993年になってStar Quest Gamesから復刻単行本が発売されたものの長らく幻となっていましたが、2001年にようやく『Double Adventure 7』に収録されました。

 Games Workshopは前述の通り、自社誌『White Dwarf』にて『トラベラー』の記事掲載を行っていましたが、自社製品としてはこの年にデッキプラン集『IISS Ship Files』や『Personal Data Files』『Star Ship Layout Sheets』といった小物を展開しただけで終了しました。
 Marischal Adventuresからは、キース兄弟がGDWで没とされたシナリオ『Fleetwatch』『Flight of the Stag』『Salvage Mission』や、『Space Gamer』誌に掲載した「スコティアン・ハントレス号」シリーズの『Flare Star』『Trading Team』『Periastron』『The Newcomers』が単行本化(といっても1冊が4~6頁という代物でしたが)されました。そしてこのシリーズのもう一つの作品『Night of Conquest(侵略の夜)』は、翌年に『Double Adventure 6』に収録されてGDWから発売されています。
 そのキース兄弟の助力を得たFASAは、デッキプランに加えて『Ordeal by Eshaar』でシナリオ集にも参入し、特に翌年にかけて発売された『Sky Raiders』三部作は、初期シナリオの中でも傑作巨編として知られています。

 この年発売された『Double Adventure 3: Death Station / The Argon Gambit(デスステーション/アルゴン・ギャンビット)』『Double Adventure 4: Marooned / Marooned Alone(逃避行/単独逃避行)』は従来のスピンワード・マーチ宙域ではなく、新たに「人類の故郷」ソロマニ・リム宙域を旅の舞台としていました。翌年には『Supplement 10: The Solomani Rim』『Adventure 8: Prison Planet』、さらにその翌年には『Adventure 9: Nomads of the World Ocean(海洋世界の遊牧民)』『Adventure 11: Murder on Arcturus Station』と立て続けにそこを舞台にした書籍も発売されるなど、スピンワード・マーチ宙域と平行して新宙域の整備が続きました。
 ちなみに描く時代こそ違いますが、帝国軍による地球侵攻をテーマにしたウォーゲーム『Invasion: Earth』も発売されています。

 現在確認されている最古の『トラベラー』ファンジン(ファン制作の雑誌)である『Alien Star』が、この年創刊されました。当初は英国ドーセットにある中等教育校(Grammar School)での会報として制作され、ゲーム大会や『White Dwarf』誌を通じて販売されました。後に大学進学などの事情で編集権はD.W.Hockham社に譲り渡され、1982年の第8号まで刊行されています。

 そしてこの年付で、マーク・ミラーはチャールズ・ロバーツ賞の殿堂入りを果たしました。また『Games Magazine』誌は「Games 100」に『トラベラー』を選んでいます(その後も1982年、1983年、1984年、1991年に受賞)。

 5月20日にGDWは、Edu-Ware Services社との訴訟で和解に至っています。Edu-Wareは1979年に『Space』『Space II』というコンピュータゲームを出したのですが、これをGDWは『トラベラー』の著作権侵害だとして訴えていたのです(事実、『トラベラー』の模倣としか言いようのない代物でした)。その結果、GDWは和解金の支払いと引き換えに2作品の著作権と全在庫を譲渡されました(つまり流通を停止させることができたのです)。

 ところで、Chaosium社からファンタジー小説原作の『Thieves' World』が発売されたのですが、これは当時としては珍しい「汎用RPG設定集」でした。様々なRPGに対応させるためのルールや図表が盛り込まれていて、その中には『トラベラー』も含まれていました。『Thieves' World』自体が世界初のシェアード・ワールド小説なので、その精神が反映されたとも考えられます。

 出版点数や出来事から振り返ると、この時が『トラベラー』の絶頂期とも言える年でした。なおこの年、GDWは社屋をイリノイ州ブルーミントンに移転しています。


【1982年】
 1981年版のBook 1~3を加筆修正し、シナリオ『Shadows(シャドウ)』『Exit Visa(出国ビザ)』、既知宇宙やリジャイナ星域の解説などを全て160頁のペーパーバック1冊にまとめた『The Traveller Book』が発売されました。RPG市場は成熟が進んでもはやLBBでは店舗の棚で目立たないので、判型の大型化と表紙のカラー化という改良が施されたのです。
 Adventureシリーズでは傭兵シナリオ『Broadsword(ブロードソード)』が、Supplementシリーズでは前年発売の『Library Data(A-M)』に続いて『(N-Z)』が発売されました。この『Library Data』は単にライブラリ・データを集めただけでなく、帝国皇室やメガコーポレーションに関する情報、スピンワード・マーチ宙域の歴史、ソロマニ・リム宙域の政治力学など興味深い情報も収められています。

 『Imperium』などのGDW製ウォーゲームをホビージャパンが輸入し、日本国内で和訳ルール付きで販売を開始しました。また、創刊されたばかりのウォーシミュレーションゲーム専門誌『タクテクス(TACTICS)』第3号では、海外の動きとして初めて『トラベラー』を紹介する記事が掲載されました(本格的な紹介記事は、翌年第5号の「宇宙をたずねてみませんか? ロールプレイングゲーム“トラベラー”の世界」(高梨俊一)を待ちます)。

 メタルフィギュア製造のCitadel Miniatures社が参入し、1983年にかけて『Adventurers』『The Military』『Ships Crew』『Civilians』『Aliens』の5種類のボックスセット(1箱20個入り)を販売します。これとは別にブリスターパック版も存在し、『Adventurers』『Military』『Aliens』『Law Officers』『Robots』が販売されています(基本的に箱版の再構成ですが新造されたフィギュアも封入されています)。
 また北米市場でCitadel製品を販売していたRAFM Companyもビニール袋入りで5セットを販売し、後に『Striker』向けに再構成した11セットを出しています。

 スティーブ・ジャクソン率いるSteve Jackson Gamesが参入しますが、この時はペーパーフィギュア『Card Board Heroes』の販売のみに留まりました。ただし同社が1980年の独立開業と同時に得た『Space Gamer』誌で、『トラベラー』のサポートは続けられました。
 この会社が『トラベラー』史における重要な役割を担うのは、まだ先のことです。


【1983年】
 前年発売の『The Traveller Book』を「Rules Booklet」「Charts and Tables」「Adventures」に三分割し、サイコロなどを封入したボックスセット『Starter Traveller』が発売されました。ただし収録シナリオは『Shadows(シャドウ)』と『Mission on Mithril(ミスリルでの使命)』に変更され、設定紹介は割愛されました。製品の位置付けとしては、従来ファン向けの完全版である『The Traveller Book』に対して、新規入門者向けの『Starter Traveller』だったようです。

 『トラベラー』最大の(記述量の)キャンペーンシナリオ『The Traveller Adventure(トラベラー・アドベンチャー)』が発売されたのもこの年です。表紙はカラーイラストで、ページ数も160頁弱であることから、前年発売の『The Traveller Book』と対になるように作られたのだと思われます。また、これを皮切りに『The Traveller Alien』『The Traveller Encyclopedia』『The Traveller Fleet』『The Traveller Soldier』という製品が予定されていましたが、発売は中止されています(一部は形を変えて発行されました)。
 さらに、Prentice Hall Trade社によって5月頃から『The Traveller Book』の書店流通が始まっています。ただし書店流通版は判型こそ大判化されているものの、ハードカバーの表紙はLBBと同様の黒一色に戻されています。上記の『The Traveller』シリーズは書店流通も睨んだ製品と思われますが、実際に販売されたのはこの『The Traveller Book』のみでした。

 他には4年ぶりのBookシリーズの新作『Book 6: Scouts(偵察局)』が、Supplementシリーズでは最後の作品『Forms and Charts(トラベラー書式集)』『Veterans(ベテラン)』が発売されています。また、それに代わって新しい刊行形態「Moduleシリーズ」が始まります。従来の書籍形態ではなくボックスセットで販売することで、図表の封入など表現力を高めた展開が可能となりました(また『The Traveller Book』の時と同様に、店舗で目立つことも意図しています)。その第一弾として、一つの星系を徹底解説した『Tarsus』が販売されています。

 『Mayday』第3版、『Dark Nebula』第2版、『Asteroid』第2版が発売されました。それぞれ箱絵が変更されています。

 メタルフィギュアにはGrenadier Modelsが参入しました。『Imperial Marines』『Adventurers』『Alien Animals』といったフィギュアセットを(ショートシナリオを封入して)発売し、翌年には『Alien Mercenaries』と独自設定シナリオ『Disappearance on Aramat』を展開しています。

 FASAが『Star Trek: The Role Playing Game』発売のために『トラベラー』関連の製品展開を打ち切ります(複数作品が発売されずに幻となりました)。『Far Traveller』第3号も発売されず、キース兄弟は自らが持つ『トラベラー』関連の版権を(Marischal Adventuresの物も含めて)Gamelordsに移しました。
 1980年創業のGamelordsは『トラベラー』に参入したのは前年発売の『Lee's Guide to Interstellar Adventure』が初という新参でしたが、キース兄弟が権利を持っていたリーヴァーズ・ディープ宙域を舞台にした、『The Undersea Environment』を皮切りとするEnvironmentシリーズや、シナリオ『Ascent to Anekthor』『Duneraiders』『The Drenslaar Quest』、星域設定集『Pilot's Guide to the Drexilthar Subsector』をこの年から翌年にかけて発売していきます。


【1984年】
 Adventureシリーズは『Safari Ship』『Secret of the Ancients』の2冊が発売されました。特に後者は、『黄昏の峰へ』から続く文字通りの「太古種族の秘密」に迫る重要なキャンペーン・シナリオです。
 Moduleシリーズでは小惑星帯を舞台にした『Beltstrike』も出ていますが、この年は何と言っても『Atlas of the Imperium』の発売でしょう。帝国(とその周辺合わせて35宙域)を網羅した宙域図集として期待を集めましたが、実際の中身は宙域図は宙域図でも「座標と宇宙港クラスと高人口世界と水界やガス惑星や基地の有無がわかるだけ」という残念な代物でした。とはいえ、サードパーティ各社がそれぞれ展開していた宙域設定が(Judges Guildを除いて)GDW公式設定として取り込まれた、という意味では画期的でした。
 そして「Alien Module」シリーズが開始されます。この年から順次、アスラン、ククリー、ヴァルグル、ゾダーン、ドロイン、ソロマニ、ハイヴ、ダリアンと、1年で3作のペースで刊行が続きます。

 日本語版『トラベラー』の展開がついに開始されました。この年は7月に『スタートセット』、12月に『研究基地ガンマ』が発売されています。日本語版の特色としては、全ての製品がボックスセットであり、その美麗な箱絵は画家・加藤直之が手がけていることです。またGDWからの発売順での訳出に拘らず、レフリーやプレイヤーの習熟具合を見計らって同系テーマの本を一箱にまとめて発売する方式を採っています。一方で安田均による翻訳は、訳文の正確さよりも直感的な理解を優先させたために当時でも賛否が分かれていたと聞きます。
 なお、『スタートセット』は前述の『Starter Traveller』を丸ごと翻訳したものですが、本家には入っていない「スピンワード・マーチ宙域図」が付属しています。
 また、雑誌『タクテクス』第18号では『トラベラー』大特集が組まれ、日本におけるロールプレイングゲームの時代の幕開けを告げる記念碑的な号となりました(ただし、安田均による連載「ロールプレイング・ゲーム入門」はそれに先駆けて第17号から開始されています)。その後は、JTAS誌の翻訳記事である「ジャーナル・コーナー」も定期掲載されました。

 ジェファーソン・スワイカファー(Jefferson P. Swycaffer)が小説『Not in Our Stars』をAvon Booksから発表します。これは彼が身内で遊ぶために制作したキャンペーン世界〈アーカイヴ機構(The Concordat of Archive)〉を舞台にしたもので(※『Dragon』第59号(1982年)掲載の「Exonidas Spaceport」に小説の登場人物がNPCとして既に登場しています)、非公式扱いながらも一応初の『トラベラー』小説となります(※ゲーム内用語の使用は許可を得ていますし、出版の際にはJTAS誌で紹介もされています)。その後彼は1988年まで2つの出版社から合計7冊の〈機構〉設定小説を刊行していきます。
(※日本語版ではThe Concordat of Archiveの訳語を〈公文書機構〉としていましたが、Archiveとは〈機構〉の首星名のようなので修正を施しました)

 GamelordsがRPG市場の縮小により活動停止に追い込まれます。『Grand Survey』『A Pilot's Guide to the Caledon Subsector』という製品が印刷を待っていたと伝えられていますが、発売されることはありませんでした。しかし後者に関してはその原稿が1994年に『Traveler Chronicle』誌で発表され、2009年には電子版ながらも「書籍」の形で発行されました。
 なおキース兄弟は活動拠点をFantasy Games Unlimited社に移しながらも、その後も変わることなくGDWのJTAS誌やエイリアン・モジュールなどに携わります。中でも特に『K'kree』『Hiver』は、兄ウィリアムの元衛生兵としての解剖学的知見が存分に発揮された作品として名高いです。

 JTAS誌は第19号から年3回発行になり、年1回の恒例だった総集編『Best of the JTAS』も第4号をもって廃止されました。ちなみに、JTAS第20号にて約3年に及んだ第五次辺境戦争が停戦しています(※正式に休戦するのは翌年発行の第22号です)。

 余談ですが、この年に発売された傑作コンピュータゲーム『Elite』は、随所に『トラベラー』の色濃い影響が指摘されています。マーク・ミラーも「話を聞いてやってみて、『トラベラー』のクローンかと思った」と語っていますが、製作者本人は噂を再三否定しています。ただし発売当時の雑誌記事の中に、製作者が「『トラベラー』を遊んでいた」という記述も存在します。


【1985年】
 前年にジョー・フューゲート(Joe D. Fugate Sr.)とゲイリー・トーマス(Gary L. Thomas)によって設立されたDigest Group Publicationsが、季刊誌『Travellers' Digest』を創刊しました。目玉は何と言っても「Grand Tour(グランドツアー)」でしょう。記者アキッダとその仲間たちが、スピンワード・マーチ宙域を飛び出して古都ヴランド、帝国首都キャピタル、人類の故郷テラ、そしてアスラン領へと数年間に及ぶ旅を続ける、という全21話の(当時のRPG業界でも最大級の)壮大な各話完結キャンペーンシナリオで、シナリオの舞台となった(これまで全く設定のない)星域のライブラリ・データも併せて掲載されるなど、『トラベラー』宇宙をさらに深掘りする大人気連載となりました。そして創刊号から第3号にかけて掲載されたロボット作成ルールは、その完成度から翌年にGDWから『Book 8: Robots(ロボット)』として単行本化されました。
 また、初期のダイジェスト誌では「共通判定書式(Universal Task Profile)」の試作改良が続けられました。これは『トラベラー』に欠けていた統一的な判定システムを導入するものでしたが、この完成形が後の新作の核となるのです。

「ダイジェスト・グループの『トラベラー』製品についてどう思うかって? 君が『トラベラー』に本気なら、彼らの製品を入手すべきだと思うよ」
(マーク・ミラーによる宣伝文句)
 『Book 7: Merchant Prince(豪商)』が発売されましたが、これは元々JTAS第12号(1982年)に『Special Supplement 1』として掲載されたものに加筆して単行本化したものです。Moduleシリーズでは、第五次辺境戦争の総集編である『The Spinward Marches Campaign』が出ています。
 そしてAdventureシリーズとしては最後の本、『Adventure 13: Signal GK』も発売されました。ソロマニ・リム宙域を舞台に冒険が繰り広げられるのですが、このシナリオの存在が後にとんでもない出来事を引き起こすとは当時は知る由もなかったのです……。

 日本では3月に『メイデイ』、7月に『宇宙海軍』、12月に『黄昏の峰へ』が発売されました。さらに『インペリウム』『アステロイド』の日本語版も発売されています(これらも加藤直之が箱絵を担当し、『インペリウム』にはアニメを元ネタにしたジョークユニットが追加されています)。
 また、Fantasy Productionからドイツ語版『トラベラー』シリーズも発売開始されました。ドイツ語版は独自のカラー表紙が目を引く装丁となっています。


【1986年】
 エイリアン・モジュールやこの年発売のシナリオモジュール『Alien Realms』など、GDWの稼ぎ頭である『トラベラー』自体の展開は続いていましたが、TSRの『Star Frontiers』(1982年)やICEの『Spacemaster』(1985年)などの追い上げを許し、もはや『トラベラー』がSF-RPG界を独占しているわけではありませんでした。草創期を支えたサードパーティ各社も1984年を最後に全て離れ、入れ替わるように1985年に参入したDGPとSeeker(とドイツ語版のFantasy Productionsと日本語版のホビージャパン)だけが『トラベラー』を支えている有様でした。
 ただし、これは無理もない面もあります。製品の出来自体はともかくとして、サードパーティにとって『トラベラー』ですら『D&D』ほどには本が売れなかったのです。実際、いち早く参入して精力的に展開を行ったJudges Guildは、最終的に倉庫に30✕50✕高さ6フィート(※デッキプランの60マスに高さ1.8メートルまで本が積まれていると考えると目安になります)もの在庫を抱えてしまったそうです。やり過ぎた例ではありますが。

 1984年11月にGDWが発売した軍事RPG『Twilight: 2000』(フランク・チャドウィック作)は、初版1万セットをすぐに売り切る人気作となりましたが、ある意味これが「トラベラーの黄金時代」の終わりを告げることになりました。サポート誌JTASも1986年発行の第25号から刊行形態を変更してGDWのゲーム総合誌『Challenge』となり、JTAS自体は「誌内誌」扱いとなりました(第33号までは表紙にその名を残していましたが……)。

 そんな中、マーク・ミラーが『Challenge』第27号にて新作『Traveller: 2300』を発表します。発売から10年近くが過ぎて古さが否めなかった『トラベラー』を世界観から(『Twilight: 2000』より続く未来史として)全面刷新し、DGP製の共通判定書式を搭載(ただし10面体ダイスを使用)するなどゲームの近代化を目指した作品でした。スペースオペラとは別の柱としてハードSF路線も打ち立てる狙いがありましたが、『トラベラー』の要素を何一つ残さなかったのに『Traveller』を「SF-RPGの代名詞と自認して」冠したのは確かに紛らわしく、市場の評価は今ひとつでした。結局第2版(1988年)以降は『2300AD』と改題され、全くの別ゲームとして存続することになります。
 この失敗を受けてかミラーは、『Book 8: Robots』以来目をかけていたDGPのフューゲート、トーマスらに書簡を送り、『トラベラー』の正統後継作の制作を依頼します。彼らの実力を高く評価していたのもありますが、GDWとしては『Traveller: 2300』に専念できる利点もありました。しかしその開発期間は、あまりにも短かったのです。
 ちなみに、そのDGPからは『101 Robots(101ロボット)』『Grand Survey』が発売されています。

 日本では6月に『傭兵部隊』、12月に『第五次辺境戦争』が発売されました。

 ルールやコンポーネントを改定した『Imperium』の第2版が発売され、この版から『トラベラー』と連動した小冊子「History of the Imperium」(恒星間戦争史)が同梱されるようになりました。

 ファンジン『Imperium Staple』『Third Imperium』誌創刊。特に後者は毎号トロージャン・リーチ宙域の設定を公開し、現在にも影響を残しています。
 DGPも含めてこういった小規模出版が活発になったのは、コンピュータの低価格化により出版までのハードルが下がったことが挙げられます。


【1987年】
 『トラベラー』としては最後のモジュール『Alien Module 8: Darrian』が発売されました。この後も「イレリシュ宙域を舞台にした貿易取引・海賊行為のモジュール」や「『Striker』と『アザンティ・ハイ・ライトニング』の良い所取りをした新戦闘ルール」といった新モジュールの予定はあったようですが、全て中止されています。特に前者は付録にイレリシュ宙域図が付属するようだったので惜しまれます。
 なお、DGPからは『Grand Census』が発売されています。

 カタログ上ではHobby Products Miniaturen社が、この頃から1990年にかけてメタルフィギュアを6セットほど展開していたようです。

 7月1日、トラベラー・メーリング・リスト(TML)の開始が宣言されました。80年代からGEnieなどパソコン通信内でファン同士の交流が続けられていましたが、その舞台をインターネットに移したことになります。

 日本では6月に『砂漠の傭兵』、10月に『レフリー・アクセサリー』、12月に『アザンティ・ハイ・ライトニング』が発売され、また、この年の終わり頃には安田均による連載をまとめ、シナリオ『侵略の夜』を翻訳収録した『トラベラー・ハンドブック』が発売されています。

 第五次辺境戦争休戦後は大きな事件もなく細々と続けられていたTNSでしたが、この年から季刊に戻った『Challenge』第27号で帝国暦1112年142日付を掲載した後、第28号ではとうとう休載となりました。しかし、『トラベラー』10周年記念号である第29号で拡大復活したTNSは、衝撃のニュースを伝えていました。

キャピタル/コア(0508 A586A98-F)発   1116年132日付
 ストレフォン・イーラ・アルカリコイ皇帝陛下が本日1517現地時に、キャピタルの皇宮宮殿・謁見の間にて暗殺されました。続く銃撃によってイオランス皇后陛下、イフェジニア皇女殿下の他、アスランのイェーリャルイホ氏族大使や12名の近衛兵、多数の列席者も殺害された模様です――
 それに併せて誌面上で、後継作『MegaTraveller』の発売がミラー自身から予告されました。7月発売の『Travellers' Digest』第9号でもフューゲートが『MegaTraveller』について言及し、皇帝暗殺当日のキャピタルを追体験する『メガトラベラー』初のシナリオ「Lion at Bay(窮地のライオン)」が掲載されています。
 時代は、激動の反乱(Rebellion)に向けて突き進んでいました――


「トラベラー40年史(2) 反乱と苦難の時代」に続く)
(文中敬称略)


【ライブラリ・データ】
オリジン賞 Origins Award
 毎年夏に行われる、Game Manufacturers Association(GAMA)主催の「オリジン・ゲーム・フェアー(Origins Game Fair)」(※2006年以前はOrigins International Game Expo)にて、前年発売のゲームの中から優秀なものにAcademy of Adventure Gaming Arts and Designから贈られる賞です。この賞の源流は、1975年のオリジンズから表彰が行われた「チャールズ・ロバーツ賞(Charles S. Roberts Award)」で、当時は優秀なシミュレーションゲームを称えるものでした。
 1977年度からは新ジャンルであるロールプレイングゲームを表彰する「H・G・ウェルズ賞(H. G. Wells Awards)」が新設され、そしてチャールズ・ロバーツ賞が1987年にオリジンズから独立して以降は「オリジン賞」として再編されて現在に至ります。
 また、極めて優秀と認められた個人や作品には、後に「殿堂入り(Hall of Fame)」の称号が贈られます。なお、1986年度までにチャールズ・ロバーツ賞の殿堂入りを果たした12名は、オリジン賞の殿堂入りとしても扱われます。
(※文中に登場した者では他に、ゲイリー・ガイギャックスが1980年、スティーブ・ジャクソンが1982年、フランク・チャドウィックが1984年、ジョーダン・ワイズマンが1994年に殿堂入りしています)

トラベラー40年史(2) 反乱と苦難の時代(1987年~1993年)

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【1987年】
「ある意味では、この10年でやったことは全て試遊に過ぎなかった」(エド・エドワーズ)
 10年前のあの夏の日と同じように、7月2日からメリーランド州ボルチモアで行われた「オリジンズ'87」の会場で、『MegaTraveller Box Set』は公開されました(※この会場では、ウィリアム・キースによるSeeker社製の『トラベラー』10周年記念ポスターも出展されています)。箱の中にはやはり同じように『Players' Manual』『Referee's Manual』『Imperial Encyclopedia』の3冊のルールブックと、10年の時を経て微妙に変化した「スピンワード・マーチ宙域図」が収められていました。


 Digest Group Publications(DGP)のフューゲートとトーマスが『MegaTraveller』の制作で採った手法は、過去の全『トラベラー』ルール・データの「総集編」でした。ゲームルールの核には自分たちが練り上げた共通判定書式(UTP)を採用し、過去に発表された上級キャラクター作成ルール、スクエア制戦闘ルール(『Snapshot』や『アザンティ・ハイ・ライトニング』)、改定貿易ルール、ライブラリ・データなどを全て盛り込み、『トラベラー』10年間の集大成として仕上げました。確かに『Mega』を冠するに値する分量であり、それでいてルールは緻密で、これはファンや市場が求めていた物と製作期間の最大公約数を取れば妥当と言える判断でしたが、裏を返せばルールや表の肥大化を招き、詰めの甘さが散見される仕上がりとなってしまいました。
 そして最大の問題点が「誤植の多さ」でした。これはDGPとGDWが当時使用していたワードプロセッサ・ソフトウェアの間にデータの互換性がなく、DGP側が仕上げた原稿をGDW側が印刷のために「手作業で」入力し直していたことに起因しています。これにより、GDWは8頁もの正誤表小冊子の発行(ただし1990年9月になって)や、『Challenge』誌でのサポートに追われることになりました。誤植が取れ切るのは1992年発売の第3刷までかかっています。

「この10年間でレフリーもプレイヤーも、宇宙のどこに何があり、どのような危険があるか知ってしまったはずだ。スリルのあるゲームを楽しむためには、何か劇的な変化が必要だったんだ。それが『メガトラベラー』なのさ」
(マーク・ミラー)
 さらに、前述したストレフォン皇帝一家暗殺事件によって宇宙設定にも大幅な変動が加えられました。突然の暗殺で1100年の歴史を誇る〈帝国〉は分裂し、諸勢力が相争う時代となったのです。兄の不可解な死体の上に皇位を継承したルカン、暗殺を決行しながら〈帝国〉を掌握できなかったイレリシュ大公デュリナー、両者の皇位継承を認めない貴族が担ぎ出した先々帝の血を引くマーガレット、自領防衛のためにルカンの命令を拒み独立を選んだワリニア公クレイグと〈新ヴィラニ帝国〉、中央から切り離されて自活を迫られたデネブ大公(を領内安定のために詐称した)ノリス、大裂溝の淵で決起した「本物の」ストレフォン、〈帝国〉を見限ったアンタレス連盟、に加えて、空前の大混乱に乗じて侵攻を続けるヴァルグル海賊やアスランやソロマニ連合……と、〈帝国〉全土が戦場と化しました。『Challenge』誌のトラベラー・ニュースサービスは毎号「反乱(Rebellion)」の推移を報じ、同時にショートシナリオや新設定の公開などにより、第五次辺境戦争以上の戦乱の宇宙がレフリーとプレイヤーに提供されました。

 最終的に『MegaTraveller』は総出荷数26642セット(※加えて、後に単品売り版が各9000部前後出荷されています)を数えるヒット作にはなりましたが、かつてと比べれば、業界自体の勢いの陰りを示すようでもありました。

 マイケル・ミケシュ(Michael R. Mikesh)と、1984年~1985年にかけて全11号が発行されたファンジン『Working Passage』の編集者であったエド・エドワーズ(Ed Edwards)によって「History of the Imperium Working Group(HIWG)」が結成されました。HIWGはDGPと連携し、〈帝国〉に限らず既知宇宙全ての歴史や設定を起こしていくための団体で、最盛期には全世界で200名を越えた会員の中にはクレイ・ブッシュ(Clay Bush)、ドン・マッキニー(Don McKinny)、ジオ・ジリナス(Geo Gelinas)といった重要人物が含まれています。後に下部組織としてHIWG-UK(イギリス)、HIWG Australia、HIWG-NZ(ニュージーランド)も作られました。
 またパソコン通信のGEnieやTML、会報『Tiffany Star』『AAB Proceedings』『Starburst』『Starport』『Kfan Uzangou』などで会員同士の交流や情報交換、設定公開が積極的に行われました。

 このように『メガトラベラー』は、アマチュア(実質セミプロ)団体HIWGが起こした設定をサードパーティDGPが拾い上げ、システムやシナリオに組み込んだ物を原作者マーク・ミラーの下で製造元GDWが販売する(逆にミラーからHIWGに要望を出すこともありました)、というRPG業界でも稀有な体制で制作が続けられました。この三者協調は初めは非常に上手くいっていましたが、しかし作品世界を動かす権限を終始GDWが握っていたことが、彼らの関係を徐々に歪にしていったのです。

 ファンジンでは『Jumpspace』(全6号)、『Security Leak』(全5号)、およびジオ・ジリナスによる『Traveller Times』が創刊されています。特に『Traveller Times』は、途中『Terra Traveller Times』と名を変えて1991年まで存続しました。紙としては全43号が刊行され、以後電子化がなされましたが現在では全て消失しています。

 なお余談ですが、この頃ジョー・フューゲートは公式設定にある単語や文法を用いて、まるでヴァルグルのように喋ることができるようになりました。ただし喉に非常に負担がかかり、日頃の練習が欠かせないようです。


【1988年】
 GDWから『Rebellion Sourcebook(反乱軍ソースブック)』と『Referee's Companion』が発売されました。前者は反乱の経緯や各反乱勢力の解説、後者はボックスセットに収まり切らなかった各種設定情報(エイリアン・モジュール総集編など)やルールが詳述されています。

 DGPからは車両データ集『101 Vehicles』、入手困難だった「グランドツアー」第1話~第4話をまとめた単行本『The Early Adventures』、レフリー・スクリーンに加えて(ザルシャガル宙域を舞台にした唯一の)シナリオ小冊子が付属した『Referee's Gaming Kit』、宇宙船運用ルール・設定集『Starship Operator's Manual Vol.1』が発売されました。

 『Challenge』誌が季刊から隔月刊に移行しました。また、第34号から誌面内の『Traveller』表記が『MegaTraveller』に切り替わり、第35号からはGDW製に限らないSF-RPG総合誌として再編されました。これはかなり異例なことではありますが、意図としては他社ゲームのファンをGDW作品に引き込むことが推察されます。自社製RPGを優先的に扱う方針に変化こそなかったものの、相対的に『メガトラベラー』の地位が低下したともいえます。

 日本では『タクテクス』第58号から「グランドツアー」の翻訳連載が開始されています。年末には『トラベラー・アドベンチャー』も発売されました。


【1989年】
 GDWから『COACC』が発売されました。惑星の大気圏と低軌道を守る「空軍」に焦点を当てた初の資料集で、解説と様々なデータが収録されています。
 製品番号から推測すると、この『COACC』の次には『Flashback: Historical Adventuring in the Imperium's Past』というシナリオ集が計画されていました。PCは冷凍睡眠による時間旅行者となって、恒星間戦争、暗黒時代の始まり、帝国建国、内乱の始まりと終わり、超能力弾圧、ソロマニ・リム戦争といった歴史的事件に立ち会い、最終的に帝国暦1300年の未来から「過去」を俯瞰する、という構成だったようです。この企画は1992年に再浮上したようですが、結局この時も立ち消えとなりました。

 DGPからは『World Builder's Handbook』が出されました。これは『トラベラー』時代の資料集『Grand Survey』『Grand Census』(1986年~1987年)を合本して調整を施したもので、半分は偵察局による惑星探査活動の解説や追加装備、残りの半分はかつての『偵察局』や『メガトラベラー』搭載の上級星系作成システムよりも詳細な、星系の文化や宗教観にまで踏み込んだ作成のできる改定ルールが収められています。

 『Challenge』第39号に「Special Supplement: The Hinterworlds」が掲載されました。ヒンターワールズは中立星系や小国家群が多くを占める宙域で、〈帝国〉の反乱から離れたい人々(と新規入門者)に向けて掲載されたようです。宙域の歴史や小国家の解説、かつての『Supplement 3: The Spinward Marches』と同等の宙域内全UWPや星域情報が収められています。
 そしてこの号から後、チャールズ・ギャノン(Charles E. Gannon)によるヒンターワールズ宙域を舞台にしたショートシナリオが少しの間掲載されるようになります。

 Paragon Softwareが『トラベラー』初のコンピュータゲーム『MegaTraveller 1: The Zhodani Conspiracy』を開発しました(販売はMicroproseから)。『メガトラベラー』のルール自体を(簡略化しながらも)そのまま取り込んだことに称賛の声が挙がったものの、一方で戦闘システムの作りがまずく、『Computer Gaming World』誌では「歴代4位の酷いゲーム」と(1996年発売の第148号にて)評されてしまいました。
 ちなみにこれは、『メガトラベラー』を冠しながらも反乱以前の時代を描いた唯一の作品です。

 パソコン通信GEnieに、ジョー・フューゲートが『Atlas of the Imperium』を基にした膨大な量のUWPデータを公開しました(DGPからフロッピーディスクで販売する予定でしたが、実現しませんでした)。1994年にGEnieのFTPサーバーであるSunbaneに転載されて広まったことから今では「Sunbane」と呼ばれるこの標準世界書式(UWP)集は、欠けた部分を補う手法の違いで幾つかの派生版を産みましたが、現在にまで至る既知宇宙設定の根幹を成す最重要資料となりました。ただしデルファイ宙域のUWPに「10043」が多発したり、マッシリア宙域にTL16世界が乱立したりしたのは、当時から問題視されていました。

 日本では『タクテクス』誌の「グランドツアー」連載が第6話をもって事実上打ち切られ(ただし第6話として掲載されたものは本当は第7話です)、佐脇洋平による『メガトラベラー』紹介連載に切り替えられました。また、ホビージャパン版『トラベラー』としては最後のサプリメント『トラベラー・ロボットマニュアル』が発売されています。日本でもいよいよ『メガトラベラー』時代の到来となるのですが、諸事情により発売までは随分と待たされることになります(その間は細々とTNSの翻訳記事が掲載されました)。

 一方で、Diseños Orbitales社からスペイン語版『トラベラー』が発売されました(※1987年の段階でミラーが言及しているのでかなり遅れたようです)。内容は1977年版の翻訳らしいのですが、表紙も含めて再編集が行われ、チャート小冊子やスペイン語版のスピンワード・マーチ宙域図、珍しいものとしてはペーパーフィギュアが付属していました。
 その後は『Suplemento 1: 1001 Personajes』『Aventura 1: Kinunir』『Libro 4: Mercenario』が発売されたものの、そこで展開は途絶えました。


【1990年】
 GDWから艦船データ集『Fighting Ships of the Shattered Imperium』、キャンペーン・シナリオ『Knightfall(ナイトフォール)』が発売されました。後者は反乱激戦区のマッシリア宙域で行方不明となった貴族の謎を追う話なのですが、日本語訳された際に随所に訳者から指摘が入るという穴だらけの展開と、まさに労多くして功少なしな締め方は、各地で数々の悲喜劇を生んだようです。実はこの作品は「太古種族の秘密」に代わる新シリーズの序章に過ぎなかったのですが、続きや結末が明らかになることは結局ありませんでした。
 ちなみに『Knightfall』以降のGDW製品は、全て発行部数が5000部に減らされています。『トラベラー』時代は1万部を切ることがなかったことを考えると、寂しい数字ではあります。

 DGPからはまず、ヴランド宙域を舞台にしたキャンペーン・シナリオ集『The Flaming Eye』が登場しています。前述の『Knightfall』もそうですが、DGPが提唱した「ナゲット・システム」によるシナリオ進行が特徴です。
 そして『メガトラベラー』版エイリアン・モジュールである「MegaTraveller Alien」シリーズの刊行が『Vilani & Vargr: The Coreward Races』から始まりました。その質は極めて高く、特にヴィラニ人に関する設定資料は現時点ではこの本だけという貴重なものです。そして翌年には第2弾の『Solomani & Aslan: The Rimward Races』も発売されています。

 雑誌『Travellers' Digest』の方では、第21号をもって「グランドツアー」が(作品内で)12年間に及んだ長旅を終えて遂に完結し、翌年発売分からは『MegaTraveller Journal』に改題して主にデネブ領域の設定掘り下げに特化しました。
(※なお日本では『タクテクス』第74号において、「グランドツアーの面々も、ダイジェスト誌11号以後は崩壊した帝国での冒険を続けています」との情報が流されましたが、最終話は帝国暦1112年なので当然崩壊はしていません。問題の第11号から対応システムが『メガトラベラー』に移行したことによる勘違いと思われます)

 この年からAdjutantという(自費出版同然の)ところから『Striker』用の車両・航空機データ集が、翌年まで全10冊が刊行されました。
 また、RAFM社からは28mmサイズの宇宙船メタルフィギュアの製造・販売が始まっています。最終的に30種類ほど制作されたようです。

 『Challenge』第43号から編集長が交代し、長年編集長を務めたローレン・ワイズマンは副編集長に退きました。
 また、『Far & Away』誌が創刊されています。キース兄弟が記事や表紙に参加し、雑誌広告も打つなど華々しくデビューしましたが、発行はわずか第2号で潰えたようです。ファンジン『Coreward』も創刊されました(これも全2号でしたが)。


 年末、日本語版『メガトラベラー スターターセット』がホビージャパンから発売され、それを受けて『RPGマガジン』第9号にて特集記事が組まれました。(日本語版全てで)翻訳は佐脇洋平が、表紙絵は漫画家・山田章博が手掛けています。しかし原文由来の多くの誤植に加えて日本語版固有の誤植も抱えてしまい、その訂正は有志がパソコン通信上で行った上で、1993年発売『RPGマガジン』第39号~第41号掲載の「メガトラベラー正誤表」まで待つことになります(そしてその後、正誤表を小冊子として添付した単品売り版が販売されました)。

 また、富士見書房から小説『トラベラー(1) 戦乱のアウトリーチ宙域』が発売されましたが、これは前述の「Not in Our Stars」を佐脇洋平が和訳したものです。翌年には『逃亡の惑星(Become the Hunted)』も刊行されましたが、展開はそこで途絶えました。
(※解説文を寄せた安田均が「(著者は)いまは“メガトラベラー”小説に取り組んでいる」と記しているのは、「別の出版社(※New Infinities Productionsのこと)」から出された「同じシリーズ」の数を「二冊」としていることから、1988年に既に発売されている『Tales of Concordat, Book 3: Revolt and Rebirth』を指してしまっていると思われます)

 余談ですが、Steve Jackson Gamesのスティーブ・ジャクソンは自社紙『Roleplayer』第19号において、1981年発売の第2版が絶版になって以降幻となっていた『Triplanetary』の復活を宣言します。「オリジンズ'89」の会場でマーク・ミラーと交渉して後に権利を得たこと、1991年に発売の見込みであること、単なる復刻ではなく自社のGURPS Spaceとの連携も企図した改定がなされることが明かされました。
 ……が、後に追信として、当時のSJGはかの「合衆国シークレットサービス強制捜査事件」の渦中にあったこと、また試作はなされたものの社外での試遊は行われなかったことが記され、結局『Triplanetary』が復活することはありませんでした。


【1991年】
 この年はGDWにとって、様々な意味で転機となる年となりました。まず8月発売予定で制作が進んでいたシナリオ集『Rebels’ Tales』が4月に中止され、製品番号に2つ目の欠番が生じました。これは元々「Rebellion Sourcebook 2」として企画され、帝国暦1125年までの反乱の推移とその時代のショートシナリオ数本を収める予定でした。しかしマーク・ミラーは、そもそもこの本の必要性には懐疑的だったと伝えられています。

 そしてそのマーク・ミラーが、この年GDWを退社しています。彼は当時副業で保険代理店を営んでおり、そちらに専念してGDWから給与を受け取ることをやめたのです。依然としてミラーはGDWの大株主であったので会社に対する影響力は保持していたものの、彼の退社に前後して『メガトラベラー』に、そして目をかけていたDGPに重大な影響がありました。

 実のところ、GDWは売上不振から1990年の段階で事業閉鎖を考えていました。ウォーゲームは全盛期の2割に落ち込み、『Twilight: 2000』はまだまだ現役なものの、不振だった『2300AD』や『Space: 1889』は前年で新製品の投入をやめてしまいました。
 SF-RPG界隈も大きく変わっていました。特に1988年発売の『Cyberpunk』(R. Talsorian Games)が火付け役となった「サイバーパンク」の隆盛はスペースオペラを過去のものとし、一方でそのスペースオペラもWest End Gamesの『Star Wars』(1987年)に大きく侵食されていました。

 しかし、1990年8月に起きたイラクによるクウェート侵攻がGDWの転機となります。1991年1月初頭にフランク・チャドウィックが書き下ろした『The Desert Shield Fact Book』が、同月17日のアメリカ軍による「砂漠の嵐作戦」開始によって大ベストセラーとなったのです。ニューヨーク・タイムズ紙による売上ランキング1位を獲得し、ある意味GDW最大のヒット作と言えるかもしれません。この本で得た多額の資金で息を吹き返したGDWは、社員や設備を増強して反転攻勢を狙います。

 ミラーに代わって『メガトラベラー』の担当となった新規雇用者デイビッド・ニールセン(David Nilsen)が9月末に初出社した際に見たものは、数枚の「崩壊した帝国」図を含むイラストと、表紙原稿のコピー、そして倉庫にあった5000部分の完成した表紙カバーでした。そして彼に与えられた仕事は、来る出版のために原稿を編集することでした。
 実はGDWはミラーの退社前にチャールズ・ギャノンを中心にして、従来と異なりDGP関係者を一切使わずに(※一部のHIWG会員は関わっています)この『Hard Times(ハードタイムズ)』を、そしてそれに続く2作品を書き上げさせていたのです。

 ミラーやDGPはそれぞれ、(少なくともミラーは1988年の段階で)帝国暦1125年時点での反乱終結の構想を持っていました。ミラーは、ストレフォンとマーガレットの滅亡、ソロマニ占領地の中で孤立したヴェガ自治区と〈帝国〉中央を繋ぐ1本の「スター・レーン」というアイデアを持ち、一方DGPは、ダイベイの陥落、デュリナー=マーガレット同盟とソロマニ連合との停戦合意、アンタレスの超新星爆発による滅亡、といういずれも「小国分裂による現状維持」を思い描いていました。
 しかしギャノンがミラーに提示したものはそれらよりも遥かに過酷で現実的な、〈帝国〉が軍事的ではなく経済的に自壊するというものでした。ミラーはそれを認めて自身の「1125年停戦」構想を取り消し、『Rebels’ Tales』の発売中止に至ったと思われます。

「マークはどんな構想に対しても寛大で、私の創造性を抑え込んだりもみ消したりするような職権は決して用いなかった」
(チャールズ・ギャノン)
 この『Hard Times』によって、設定は反乱の最中の帝国暦1122年から一気に1128年に進み、もはや反乱勢力の誰も〈帝国〉の再興は望めない、荒廃した「苦難の時代」が描かれました。国家に代わって個人(つまりプレイヤーが)が英雄となりやすくなることを企図した激変でしたが、これによりDGPは深刻な打撃を受けます。これまでのミラーを間に入れたGDWとの協調体制を反故にされただけでなく、発売を準備していた資料集・シナリオが路線変更によって出版する機会を逸してしまったのです。

 1990年の段階で、DGPは以下の作品の出版計画を持っていました。

『Campaign Sourcebook 1: The Black Duke』:
1989年末発売予定。イレリシュ宙域を舞台にした『トラベラー・アドベンチャー』型の商人キャンペーン・シナリオで、前述のデュリナー=マーガレット同盟締結の話にも触れられるはずでした。1990年に入って『Rebels’ Tales』との入れ替えでキャンセルされたようです(※この時に同時に、『Knightfall』や『Solomani & Aslan』とも絡めたDGP側の反乱終結構想も立ち消えとなったと思われます)。
『Manhunt』:
キャンペーンシナリオ「Onnesium Quest」三部作の第1部で、Gen Con '90(1990年8月)で発売予定でした。銀河で最も希少な物質「オンネシウム118」が多く眠るとされる伝説の小惑星帯ははたしてどこに? そして、鉱脈を見つけたと言い残した宇宙鉱夫はどこに消えたのか? 第2部『Antares Down』も1990年秋発売予定だったようです。
『Robots & Cyborgs』:
1990年夏発売予定。ロボット作成ルールの改定と人体の機械化ルールの追加、『101ロボット』相当のロボット型録を収録する予定でした。ロボット作成ルールに関しては2011年に草稿が発掘され、有志によって『MegaTraveller Robots: Shudusham Concords Revisted』として編纂されました。
『Grand Explorations』:
1990年夏発売予定。深宇宙探査や植民地化の解説、未知世界用に調整された星系作成システム、探査シナリオに向いたフラニ宙域の設定と新知的種族、4つの探検シナリオが収録される予定でした。
『Starship Operator's Manual Vol.2』:
1990年秋~冬発売予定。ジャンプドライブや宇宙船整備についての解説、宇宙船の入手について、宇宙船の駆動方式について、100トン偵察艦の派生型等々が盛り込まれる予定でした。
 他にも「Alien」シリーズの第3~5巻である『Zhodani & Droyne: The Psionic Races』『K'kree & Hiver: The Exotic Races』『Humans & Nonhumans: The Minor Races』、反乱の主役たちのインタビュー記事を中心に構成した総集編『The Best of the Travellers' Digest』が1991年以降の発売予定で計画が組まれていましたが、これら全てが「時期外れ」となってしまいました。これら未発売作品の原稿料などによって、DGPの財務は大きく苦しめられました。結果的にDGPから出たサプリメント本はこの年発売の『Solomani & Aslan』が最後となり、その後は『MegaTraveller Journal』の発行に専念しつつ、裏でとある企画を動かしていました……。

 この年、SeekerがSeeker Gaming Systemsに社名変更しています。SGSは1985年の創業以来『Research Facility』『Empress Marava』『Gazelle Class Close Escort』といった、『メガトラベラー』(や『2300AD』)向けに様々な建物や艦船のデッキプラン(兼ミニチュアゲーム用ゲームボード)を提供してきました。また、表紙にウィリアム・キースを起用するなどキース兄弟とも近く、彼らが版権を持つ「スコティアン・ハントレス号」シリーズなどの復刻も手掛けています。
 しかし翌1992年に活動を停止してしまいました。

 『メガトラベラー』の広報紙『Imperial Lines』がGDWから発刊されました(実質HIWG制作ですが)。8頁の中に設定や追加装備、ショートシナリオが収録されています。また、スピンワード・マーチ宙域に隣接する「フォーイーヴン宙域」の設定作りを個々のレフリーやプレイヤーに正式に委ねた、後の「Free Sector宣言」に繋がる重要資料も掲載されています。
 なお、第2号も年内に公開されたものの、1992年6月発行予定だった第3号は延期され、第3/4号合併号として仕切り直して同年11月発行に向けて制作が続けられましたが、結局幻となりました(第5号の計画もあったようです)。

 日本では9月に『反乱軍ソースブック』が発売されています。また、『RPGマガジン』ではキャンペーン・シナリオ「ガシェメグの嵐」が連載されました(全9話)。シナリオの舞台となる「ガシェメグ宙域」はマーク・ミラーの許可を得て日本独自設定での展開がなされ、簡素ながら一部の星域図・UWPの公開もされています。
(※ちなみにこの「ガシェメグの嵐」では“「本物の」ストレフォンはクローン”説が採用されていますが、一方HIWGではエド・エドワーズが“「本物の」ストレフォンはクローンだが、暗殺されたストレフォンも実はクローン(オリジナルは10年前に死亡)で、ルカンに捕殺されなかったクローンがあと1人行方不明となっている(しかも超能力者)”という設定を起こしています。そしてGDWは……)

 ドイツ語版『トラベラー』最後の作品『Splitter des Imperiums』が発売されました。これは『トラベラー』と『メガトラベラー』の橋渡しをする独自編集本で(といってもJTAS誌の翻訳記事も多いですが)、ルールの変更点の解説、デッキプラン、異星生物などが収録されています。
 ドイツでは(と言うより日本以外では)『メガトラベラー』は翻訳されなかったため、ドイツでの『トラベラー』の展開はこれで一旦途絶えることになります。

 マーク・ミラーによると、1991年末以降の発売予定で『トラベラー』初の公式小説が企画されていたようです。ヒューゴー賞受賞の大物編集者が携わり、大手出版社から様々なテーマ(太古種族、第五次辺境戦争、反乱等々)の小説が出るようでしたが、結局何一つ発売はされませんでした。

 コンピュータゲーム第2弾である『MegaTraveller 2: Quest for the Ancients』が発売されました。前作の反省を活かしてシステムを刷新し、またマーク・ミラーが直接製作に関与しています(前作では資料提供のみ)。今回は上々の評価を得られ、直接の続編である『MegaTraveller 3: The Unknown Worlds』の制作も予告されましたが、1992年に製作元のParagonがMicroproseに買収されたのが響いてか、結局発売されることはありませんでした。


【1992年】
「我が社の製品名がこれから起こることを不気味に暗示していた。『苦難の時代(Hard Times)』『荒れ狂う波(Troubled Waters)』『危険な旅路(Dangerous Journeys)』『異議あり(Challenge)』と……」
(デイビッド・ニールセン)
 『ハードタイムズ』時代としては初の(そしてGDWとしても初の二つ折り判の)シナリオ集『Assignment: Vigilante』が発売されます。荒廃したディアスポラ宙域を征く星間傭兵ヴィジランテの活躍を描いたこの作品ですが、著者のはずであるチャールズ・ギャノンは「自分の原稿の大部分が削除され、『劇的に』書き直された」と後に語っています。同じく発売された宙域設定集『Astrogator's Guide to the Diaspora Sector』についても「希望の兆しを示すはずだった」と振り返っています。

 というのも、ギャノンはまず『ハードタイムズ』で反乱を事実上終結させ、その後の200年に及ぶ復興期を新作「Surveyor」で描く構想を持っていました(『ハードタイムズ』本文中にもその伏線が伺えます)。また、フランク・チャドウィックが1990年頃から開発を進めていたものの発売中止となったミニチュアゲーム「Star Viking」は、その中間の帝国暦1130年頃に位置付けられることになっていたようです。これにはGrenadier社との提携も見据えていた上に、ギャノンによる小説執筆の契約もされていました。
 ギャノンの構想では、サーベイヤー(探査者)たちが傭兵スター・ヴァイキングと共に、かつての『リヴァイアサン』のように未知と化したも同然の危険な宇宙の荒野に飛び込み、海賊らと戦って人々を助け、やがて復興と成長を遂げた彼らの前に機械の体で永遠の命を得たルカン率いる「暗黒帝国」が立ち塞がり、イリジウム玉座の奪還を目指す戦いが始まる……というものだったようです。

「イリジウム玉座への帰還は新たな帝国を象徴していただろうし、“短い夜”の終わりを明示したことだろう。もっとも、それが良い企画だったかどうかは全く別の問題だが……」
(チャールズ・ギャノン)
 しかし、ギャノンのGDWでの仕事はミラーの退社とともに終了しています。なぜなら1991年から開発が始まったとされる新作“Traveller: Take 3”は、彼が全く想定していなかった「新時代」を舞台としていたからです。

「事実、JTASやChallenge誌の一番人気はトラベラー・ニュースサービスだった。彼ら(GDW)のファンは彼らが築いた宇宙を熱愛していたのに、その歴史を根本的に終わらせて別のものとして再開させるのは、それに至った議論は理解するにしても決して理解できない商売上の決定だったと思う」
(チャールズ・ギャノン)
 9月発売の『Challenge』第64号に、突如として「When Empires Fall」という8頁の記事が掲載されます。その内容は、何かを示唆した詩、「帝国暦1130年、〈帝国〉は滅んだ。」という衝撃の一文から始まる文章、そして人工知能や宇宙船の自動応答装置(transponder)に関する設定が記され、最後に『Twilight: 2000』第2版由来のゲームシステムを搭載した『Traveller: The New Era』が1993年2月に発売される(※実際は6月までずれ込みました)という予告が載りました。

 こうして反乱は、そして『メガトラベラー』は事実上の終焉を迎えたのです。この路線変更がミラーの退社後に行われたのは間違いありません。これがミラー主導なのかGDW主導なのかははっきりしていませんが、ギャノンの証言の中でミラーが以前から“Traveller 3rd Edition”を準備していたくだりがあるので、ミラー退社後にGDW側で“3rd Edition”が“Take 3”に差し替えられた可能性は高そうです。また、HIWG会員は1991年末の段階で路線変更のことを知らされています。

「ノリスに伝えてくれ。すまなかった、と――」
(皇帝ストレフォンの遺言)
 GDWが制作した最後の『メガトラベラー』作品である『Arrival Vengeance: The Final Odyssey』は、ノリス大公の特命を受けて3年間に及ぶ航海に旅立ったライトニング級巡洋艦アライバル・ヴェンジェンスの軌跡を体験するシナリオ(の概要)集です。かつての「グランドツアー」とは奇しくも逆回りに、ある「重要人物」と共にデネブ領域を出てアスラン領を経由し、ワリニア公クレイグやデルファイ公マーガレットといった反乱の当事者と会見し、荒廃した帝国中央を突っ切り、最後は「本物の」ストレフォンに「託されて」大裂溝を踏破してデネブに帰還する……という、来るべき「新時代」に向けての地ならしと伏線張りの要素が強く感じられます。また、長らく秘密にされてきた「本物の」ストレフォンの正体が明かされるという意味でも重要な資料です(とはいえ、今さら明かされてもどうにもなりませんが……)。

 日本では『ナイトフォール』が発売され、『RPGマガジン』にてリプレイ『サイオニック・バスターズ!』が連載開始されました(全6回)。反乱とは距離を置き、超能力者PCたちが同じく超能力を駆使する宗教団体への潜入任務を行うという派手さを求めた、ある意味「邪道」(本文より)な話でした。
 そして、このリプレイ連載終了と共に『RPGマガジン』での記事掲載は散発的となり、翌年発売の第44号の記事と『ハードタイムズ』の発売をもって日本における『メガトラベラー』は終了します。構想では日本独自のレフリー・スクリーン、「ガシェメグの嵐」の単行本化、『Referee's Companion』や『The Flaming Eye』の翻訳が挙げられていましたが、全て幻となりました。


【1993年】
 Sword of the Knight Publicationsから『Traveller Chronicle』誌が創刊されました(刊行数は年2~4)。掲載された重要資料としては、かつてFASAが展開していたファー・フロンティア宙域の設定紹介や、チャールズ・ギャノン自らが執筆した「Astrogator's Update to Diaspora Sector」、リーヴァーズ・ディープ宙域の幻の設定集「A Pilot's Guide to the Caledon Subsector」が挙げられます。

 米国のヘビーメタルバンド「The Lord Weird Slough Feg(現Slough Feg)」は、文字通り『トラベラー』を主題としたアルバム『Traveller』をリリースしました。「The Spinward Marches」「High Passage/Low Passage」「Vargr Moon」といった曲が12曲収められています。各地の批評を見る限りでは、音楽ファンから非常に好評をもって受け入れられたようです。

 前号から1年振りに発行された『MegaTraveller Journal』第4号には、ウィリアム・キース書き下ろしの大規模キャンペーン・シナリオ「Lords of Thunder」が丸々収録されました。これは元々SGSから発売する予定だったものを買い入れた、という経緯があります。旅の舞台はゲイトウェイ宙域に(Judges Guildのものに上書きして)設定され、これまで距離的事情から絡みの少なかった知的種族ククリーが大きく関わってきます。
 ちなみにこの「Lords of Thunder」が、長らく『トラベラー』を支え続けたウィリアム・キースにとって最後の作品となりました。その後、ウィリアムは以前から平行して手掛けていた小説業に専念して数々の作品を残します。

「『Traveller: The New Era』の登場で、我々は『トラベラー』のサポートをやめることにしました。これには多くの理由がありますが、最も重要なのはゲームの針路を自分たちで決めたいという望みです」
(ジョー・フューゲート)
 そしてこの第4号は、DGP最後の出版物でもありました。いえ、彼らはこれを最後にする気はなかったのです。彼らは『A.I.』という超未来(もしくは超過去)の「サイエンス・ファンタジーRPG」を計画し、着々と準備を進めていました。当初予定では1991年10月の発売で、それから遅れに遅れてはいたものの雑誌やイベント会場で広報活動を念入りに行い、華々しく発売させるはずでした。DGPの悲劇は、優れたゲームシステムや設定をいくら作り出しても、ゲームの「針路」自体を自分たちで決められずに翻弄されたことにありました。自社作品の『A.I.』なら、それができるはずだったのです。

 しかし、信じがたいことに『A.I.』の原稿を収めたハードディスクが破損する事故により、出版は頓挫してしまいます。この話が本当かどうかはさて置いても、『A.I.』を出せずに借入れ金を返済する見込みがなくなったDGPは、いくつかの原稿料遅配トラブルを抱えつつ、ジョー・フューゲート1人だけの債権整理企業として消えていきました……。

 ……が、まだDGPをめぐる物語は終わりません。1994年にフューゲートのもとをロジャー・サンガー(Roger Sanger)なる者(※といってもHIWG会員だと思われます)が訪れ、DGPの資産(版権や商標を含む)の買収を持ち掛けます。9ヵ月間に及ぶ交渉の末、数千ドルでDGPはサンガーの物となりました。その後のフューゲートはゲーム業界から身を引き、趣味だった鉄道模型の世界で活躍しています。
 そして1996年、サンガーとDGPが歴史の表舞台にもう一度だけ現れるのですが……その前に「新時代」について語らねばなりません。「新時代」がもたらしたものは、反乱以上の混乱と凋落だったのです。

「もうよせ、報道を止めても無駄だ。全てが終わったんだ」
(帝国暦1130年243日付TNS記事より)

「トラベラー40年史(3) 新時代、そして暗黒時代へ…」に続く)
(文中敬称略)

トラベラー40年史(3) 新時代、そして暗黒時代へ…(1993~1997年)

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【1993年】
「フランクが最初にコンピュータウイルスのアイデアを述べた時の皆の反応は、『不可能だ。今はウイルス保護ソフトがあるので、ウイルスで〈帝国〉が滅びるのはありえない』だった。しかしそれでは『自分が見ていない・理解できないことは起こり得ない』というのと同じことだ。そうだ、我々は『Signal GK』という冒険をしていたのだ……」
(デイビッド・ニールセン)

緊急速報 緊急速報 緊急速報
セスタオ(レフト宙域 1301 A120675-C アンバー)発   1130年312日付
 デネブ領域海軍は、領域境界を即時無期限で封鎖すると発表しました。今後デネブ領域への侵入を試みる者は誰であろうと捜査、押収もしくは発砲の対象となります。通信は全て拒否されます。
 繰り返す、デネブ領域は直ちに応答を停止す。我々は文明の炎を守る。さらば。以上通信終了。

緊急速報 緊急速報 緊急速報
全TNSデータノードを対象
 ウイルスは通信に乗って宇宙船で運ばれるものと判明。Xボート網とトラベラー・ニュースサービスも既に感染しており、これを読むことでウイルスがそちらのデータシステム内に広まる可能性も考えられる。
 唯一の対処方法はあらゆる通信を遮断することである。全システムを落とし、通信を受けるな。更なる報 告 告 ................. . . . . . . . . . . .m1√0TUT .... ... .. äE@>]K0√0√... ......A%aÜcƒÅ...HX'ö"(...a¯...J@-ÇíÄD...'δ) R_CËâ*‡Δ 1ÄP...Cr=!D....±?2ìA0'F(Ñ(Ê(íΔä ...â" Ç...HBÄx√)|...... ...... . . . ±√årT'â JÖ@AÇå Fä1«q«0√
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 凶王ルカンが創らせた「超兵器」コンピュータウイルスは、そうとは知らないデュリナー大公によって奪取され、宇宙船間通信によって帝国全土に拡散しました。自殺衝動を組み込まれていたウイルスはあらゆる人を、建物を巻き込んで破壊の嵐を引き起こし、恒星間文明は瓦解しました。一方で、いち早く事態を察知したデネブ領は境界を封鎖してウイルスの侵入を何とか食い止め、文明の炎を守りました。
 「大崩壊(Collapse)」から約70年後、オールド・エクスパンス宙域の人類は友朋種族ハイヴらと共に文明再建の第一歩を再び宇宙に踏み出しました。しかし彼らの前に立ち塞がるのは、より進化してロボットや宇宙船どころか知的生命をも支配下に置くウイルスだけでなく、荒野星域に取り残された人々に蔓延する「技術恐怖症」、そしてそんな人々を扇動して貴重な技術の独占を目論む組織の暗躍だったのです……。

 そんな帝国暦1201年、改め「新暦元年(New Era 1)」を舞台とする新作『Traveller: The New Era』(通称「TNE」)は、設定だけでなくゲームシステム自体に全面変更が施されました。当時のGDWは自社製RPGのシステムを、『Twilight: 2000』第2版に改良を加えた「ハウス・ルール」に統一を進めていました。これには一つのルールに習熟すれば他のゲームの習熟も容易となり、全体として売り上げが増えるであろう、そして新ゲームを出す際にも開発費を削減できるであろうという(よくある甘い)目論見があったようですが、従来から掛け離れたシステムへの移行と宇宙設定の激変への反発は強く、中には「The New Error」と陰口を叩かれる始末でした。一方で熟成を重ねたゲームシステム自体に対しての評価は高く、この年付のオリジン賞(Best Roleplaying Rules部門)を受賞もしています。

 そしてもう一つ、TNEで加えられた重大な変更点に「スラスター駆動の廃止」があります。ジャンプ航法・反重力といった『トラベラー』の根幹を成す「大ボラ」は残し、残る部分は現実的な物理法則に則って装備品や輸送機器のルールが再構築されたため、もはや反重力は「重力を打ち消す」だけで推進力を持たず、宇宙船だけでなくエア・ラフトに代表される反重力機器すら燃料の残りに神経をすり減らすようになりました。地表からジャンプ可能となる距離への到達にも数十時間、下手すれば百時間越えと、従来と同じ宇宙とは思えないほどです。
(※スラスター駆動には「燃料が続く限り無限に加速できかねない」という物理的に見過ごせない問題点があったために、今回の変更となったようです)

 そんな『The New Era』と『メガトラベラー』を繋ぐ本として『Survival Margin』も発売されています。皇帝暗殺以降の全ニュース(に加えてルカン、デュリナー、ストレフォンの回想録付き)や「When Empires Fall」を再録し、「新時代」の大まかな解説とさらに『メガトラベラー』のキャラクターを『The New Era』のシステムに合わせて変換するルールを載せています。

 『Fire, Fusion, & Steel』は設計に特化した本で、車両や宇宙船だけでなく武器も緻密に設計可能です。また、様々なものに事細かく動作理論や科学的根拠が示されているのも特徴です。ちなみに『トラベラー』では扱われないワームホール航法やスターゲート利用、『2300AD』のスタッターワープ航法どころか「超能力駆動機関」の宇宙船すら制作できてしまいます。

 『Brilliant Lances』は『メイデイ』の系譜に連なる艦船戦闘ゲームで、TNEの世界観に合わせて武器や燃料関係などのルールが調整・精密化されています(反重力のない『2300AD』に合わせて出された『Star Cruiser』(1987年)での進化を踏まえた、とも言えます)。

 『Traveller: The New Era Deluxe Package』(※資料により商品名にかなりの表記揺れがありますが、現在はこの名前で出されています)も発売されています。これは本体ルールブックに『Fire, Fusion, & Steel』と補助カード類、そしてスピンワード・マーチ宙域図(帝国暦1130年版)を同梱したもので、箱絵はかつての『Deluxe Traveller』の内側からTNEが破り出て来る、という構図でした。ちなみにこの商品は、当初は『Brilliant Lances』を同梱する計画でしたが、価格面を考慮して『FF&S』に差し替えられた、という裏話があります。

 「Reformation Coalition Manual」シリーズの第1弾『Path of Tears』は、プレイヤー・キャラクターが基本的に所属する〈再建同盟(Reformation Coalition)〉の歴史、組織、加盟星系それぞれの文化、友朋種族シャリィ(Schalli)の解説、同盟の誇る「スター・ヴァイキング」の作戦行動の対象となりうる星系の設定などなど、様々な設定が収められています。
(※この『Path of Tears』は資料ごとに発売時期のずれが有り、1994年初頭の発売だった可能性もあります)

 ちなみに本体ルールブックは12月に、『Fire, Fusion, & Steel』は翌年1月に誤植修正や微調整が施された「Mark 1, Mod 1」版が発売されています。この版の『FF&S』には『Upgrade Booklet』という小冊子が付属しており、初版の本体ルールブックを「Mark 1, Mod 1」版に合わせるために必要でした。

 激動の新時代とは別に、『Luna: Travellers Guide』という小冊子がStar Quest Gamesというところから出ています。これは1984年にマーク・ミラーが雑誌『Dragon』第84号に書き下ろした原稿の単行本化で、表題通り惑星テラの衛星ルナについての設定が記されたものです。
 また、ドイツのIBR Productionsというところからは『The Traveller's Aid Society Alien Encyclopedia』が200冊限定で出版されました。これは『トラベラー』時代のエイリアン・モジュールの総集編で、全てに製造番号とマーク・ミラーのサインが入っていたようです。


【1994年】
 「Reformation Coalition Manual」シリーズでは『Smash & Grab』『Reformation Coalition Equipment Guide』『Star Vikings』が発売されました。
 『Smash & Grab』はTNEで新たに導入された遊び方「一撃強奪(Smash & Grab)」を解説するもので、少人数のスター・ヴァイキング精鋭部隊(つまりプレイヤー)が強襲をかけ、短時間で目標を襲撃もしくは対象の奪取を図ります。そういった作戦任務シナリオ数本と追加装備品が収録されています。
 『Reformation Coalition Equipment Guide』はその名の通り装備品集です。〈再建同盟〉に限らず、〈旧帝国〉の遺産や荒野星域の低TL世界で使用されるもの(といっても戦車や対空ミサイルも十分「低TL」の範囲ですが)も収められています。
 『Star Vikings』は『トラベラー』史上初と言ってもいい、人物像に主眼を置いたNPC集です。頼もしい味方から憎らしい敵まで、様々なNPCが収録されています。後に明かされたことですが、一部の重要人物は「砂漠の嵐」作戦に参加した実在の軍人の顔と性格を取り入れているとのことです。
(※余談ですがこの縁が巡り巡って、後に『熱砂の進軍』(トム・クランシー、フレッド・フランクスJr.著)の参考文献に『Command Decision』が加えられることになります)

 チャドウィック作のウォーゲームは2作品が出されています。『Battle Rider』は、一艦船単位の戦いだった『Brilliant Lances』をさらに小艦隊単位にまで拡大させたゲームで、艦隊戦を再現するためにカードによる戦闘解決ルールが導入されています。
 『Striker II』は、同じくチャドウィック作で1986年度H・G・ウェルズ賞(Best Miniatures Rules部門)を受賞した傑作ミニチュアゲーム『Command Decision』を、TNEの世界観に合わせて(といっても懐かしの「第4518反重力化歩兵連隊(リジャイナ公直属部隊)」など、旧帝国時代の部隊編成も付録で収録して)改良したものです。『Command Decision』は小隊規模の地上戦ゲームでしたが、こちらは旧『Striker』と同じく1車両・1班規模に縮小されています。また、『Fire, Fusion, & Steel』で設計した車両を登場させることも可能でした。

 他に『World Tamer's Handbook』が発売されていますが、これには詳細な探査活動ルールや上級星系作成ルールに加えて、経済面も含めた入植ルール、大規模戦闘ルール、シナリオ2本、さらに「黒色火薬」銃器の設計ルールやデータを収録しています。

 ちなみに『Star Vikings』発売の後、TNEの公式グッズとしてTシャツ(大きさはLとXLのみ)が発売されたのですが、その図柄はTNE最大の秘密である「ブラック・カーテンの内側」をイメージしたもの、ということが後に明かされています。おそらく今後の展開を睨んでの伏線だったのでしょう。

 『Traveller Chronicle』誌も第5号からTNEへの対応が進みます。リーヴァーズ・ディープ宙域の解説記事も帝国暦1201年を舞台とするようになりました。


【1995年】
 この年から〈再建同盟〉だけでなく、ウイルスを瀬戸際で食い止めたデネブ領域の〈摂政領(The Regency)〉を扱う「Regency Manual」シリーズが始まり(※その存在自体はルールブックや『Survival Margin』に記されています)、『Regency Sourcebook』と『Regency Combat Vehicle Guide』が発売されます。前者はデネブ領域の全UWPデータや各知的種族の設定などが収められ、後者はその名の通り〈摂政領〉で使用される戦闘車両のデータ集です。
 〈摂政領〉は従来のファン向けに基本的にウイルスとは無縁の旅が可能なように設定されていますが、それでもゾダーン人難民の受け入れに伴う超能力解禁や、Xボート網を廃止してより情報伝達を効率化した「Xウェブ」の導入など、「大崩壊」から70年を経た変動は避けられませんでした。

 〈再建同盟〉側の資料集としては、知的種族ハイヴなどを解説した『Aliens of the Rim』、「Virus Redux Epic」と銘打たれた新キャンペーン・シナリオの第1部『The Guilded Lilly』、そしてTNE最大の謎と敵であるウイルス自体を解説する『Vampire Fleets』が発売されました。
 他に、『トラベラー』初の公式小説『Death of Wisdom』『To Dream of Chaos』が発売されています。これらはTNE設定の3部作構成の物語でしたが、この時は未完に終わっています。

 HIWG-NZによるファンジン『Meshan Saga』が創刊され、彼らの管轄だったメシャン宙域などについて設定を掘り下げています。1999年までに全10号が発行され、2007年には(主要会員のマーティン・レイト(Martin Rait)が経営する)FSpace PublicationsからCD-ROMに収録されて再販されています。

 しかし、『Challenge』誌が第77号をもって休刊となりました。季刊から始まり、隔月刊化を経て1991年には月刊化もされた雑誌でしたが、1993年には季刊に戻っていることからその衰退ぶりが伺えます(※しかし1995年から再月刊化する計画だったようです)。ただし第78号の予告は誌面に掲載されていたので、発行後に休刊の判断があったのでしょう。また、ローレン・ワイズマン本人が「1995年に失業した」と語っていることから、休刊に合わせて編集者たちは皆GDWを退社したと思われます。

 低迷を続けていたGDWの業績はこの年も回復せず、それどころか10月~12月期は突如35%も急落します。決断の時が、迫っていました。


【1996年】
「市場が失敗したのではない、我々が市場で失敗したのだ。我々は変化に適応しなかった」
(フランク・チャドウィック)
 2月29日、資金繰りに行き詰まったGDWがついに事業を停止します(※声明発表は1月5日でした)。予告されていた『Reformation Coalition Player's Handbook』『Regency Starship Guide』は当然ながら発売中止となりました。
 ミラーは「皆が燃え尽きていた」と当時を振り返っています。会社に郵便や電話で押し寄せる質問への対応が追いつかず、昼食時間を削って対応するよう指示が出されたほどでした。

「GDWでの最初の1年は週77時間働いていた。2年目は78時間働き、3年目は79時間働いた(それ以降は数え切れないぐらい悪化した)。結果として、私は離婚した」
(デイビッド・ニールセン)
 それでいて末期のGDWは売上不振が社員の解雇を呼び、それがまた売上不振を呼ぶという悪循環に陥っていました。最後の社員は、社長のチャドウィックの他に経理担当のもう1人だけでした。

 事業が行き詰った理由は、まず、1991年の『Desert Shield Fact Book』の大成功を受けて同年春に刊行した『Gulf War Fact Book』が、その年の後半には大量の返本に遭って逆に大損してしまったことです。GDWは流通取次への返本代金を支払えず、書店への販路も失われました。

 加えて、1993年に発売された『Magic: the Gathering』に始まるトレーディング・カードゲーム(TCG)の世界的大流行により(※余談ですが、マーク・ミラーは1994年に『Super Deck!』なるTCGを出しています)、縮小を続けていたRPG市場にとどめの一撃が加えられたことですが、アニメ原作で軽妙さが求められた『Cadillacs and Dinosaurs』に重くて現実的な「ハウス・ルール」を載せてしまったように、GDWの打ち出す施策自体がファンどころか市場にも受け入れられていませんでした。
 ただし、別の見解を持つ者もいます。

「『The New Era』に移行した本当の理由は“混沌”を導入することだった。宇宙全体が混沌としていれば敵と戦って勝利することができ、プレイヤーは盛り上がれる。しかしその実装が成功しなかったのは、第一にGDWの制作陣が混沌よりも秩序を好み、混沌を深めようとしている時でも混沌を減らそうとする物語を書いていたからだ」
(マーク・ミラー)
 そしてもう一つは、「RPGの父」ゲイリー・ガイギャックスを迎えて1992年に大々的に発売した『Dangerous Journeys』が、『Dangerous Dimensions』からの題名の変更(略称がDDとなるので)や、広告で「これは『AD&D』第2版ではない!」と再三連呼する労力をかけたにも関わらず、結局『D&D』のシステムの権利を持つTSRから訴えられて、1994年の和解で販売を停止するはめになったことでした。在庫分の金銭は得られたものの、将来の利益は永遠に失われました(ガイギャックスによると、ようやく軌道に乗ってきた矢先の和解だったようです)。

 しかしGDWは最後に「ゲームの版権をデザイナーに譲渡する」という英断を見せます。これにより、『トラベラー』全シリーズの版権はマーク・ミラーに帰属することになりました。また、声明では『2300AD』『Twilight: 2000』『Dark Conspiracy』の版権は当初チャドウィックに帰属していましたが(後ろ2つはチャドウィック作なので当然です)、販売か何らかの事情でこれらもミラーが持つことになりました。
(※『Dark Conspiracy』の版権は直後にDark Conspiracy Enterprises社に売却され、ミラーはGDW版の販売権のみを持つ形になっています)
 その後、『Space: 1889』などの版権を得たフランク・チャドウィックはミニチュアゲーム作家として活動を続けながら、版権管理会社Heliographを設立します。2009年には『Volley & Bayonet: Road to Glory』でオリジン賞の候補作にも選ばれています。

 さて、GDWの解散を受けてミラーの取った動きは素早いものでした。2月には早くも『トラベラー』シリーズの新作制作に着手し、4月には『トラベラー』などの著作権管理会社「Far Future Enterprises(FFE)」を自宅のあるイリノイ州ブルーミントンに設立しています。そして8月頭には新作ゲーム『Marc Miller's Traveller』(通称「T4」)の完成に驚異的な早さでこぎつけているのです。
(※加えてミラーは、この年1月から地元の反人種差別運動の広報担当に就き、2月からは児童音楽学校Pratt Music Foundationの主宰を務め、3月には妻が経営するHeartland Publishing Servicesの副社長にもなっています)

 ここでケネス・ホイットマン(Kenneth E. Whitman Jr.)について語らねばなりません。彼は1989年に最初の会社を興してRPG業界に参入し、2つ目の会社が1994年に買収された後はゲーム大会Gen Conの役員としてTSRに雇われ、RPG業界内に多くの知己を得ることになりました――その中にはマーク・ミラーも含まれます。
 やがてTSRを退社したホイットマンはミラーと合流し、1996年2月にImperium Gamesを共同設立します。ただしホイットマンは特段『トラベラー』をやりたかった訳ではなく、「自分が経営する」RPGの出版社で「何か」をやりたかったものの、様々な所に持ち掛けた交渉が上手く行かなかっただけであったことが関係者の証言で明らかになっています。

 そしてミラーは、船出したばかりのImperium Gamesの出資者として映画会社Sweetpea Entertainmentとの提携にこぎつけます。経営者にして映画監督(※ただし監督デビュー作はこの4年後です)のコートニー・ソロモン(Courtney Soloman)は当時『D&D』の映画化権を持っていましたが、加えてテレビドラマやMMORPGの題材になりそうなSF作品を欲していました。両者の思惑が合致し、『トラベラー』の映像化権とImperium Gamesの株式と引き換えに、Imperium Gamesに資金が投じられました。

 共同経営者ながら、ミラーがゲーム開発に専念したために社長となったホイットマンは、持てる人脈を駆使して執筆者を集めました(正規雇用ではなく個人契約ですが)。元GDW社員として『Traveller: 2300』『2300AD』の開発や『Challenge』誌の編集に参加し、1989年にTSRへ移籍すると「Ravenloft」や「Dark Sun」の設定制作に関与した経歴を持つティモシー・ブラウン(Timothy B. Brown)。同じく元GDW社員で、TSR移籍後に開発したトレーディング・ダイスゲーム『Dragon Dice』でオリジン賞を受賞したレスター・スミス(Lester W. Smith)。後に『Dragonlance Campaign Setting』を執筆するドン・ペリン(Don Perrin)など、自ら「ドリーム・チーム」と称するほどの陣容でした。
 特に表紙絵には小説『ファウンデーション』や『レンズマン』などの表紙や、映画『エイリアン』で宇宙船デザインを手掛けた巨匠クリス・フォス(Chris Foss)を、挿絵には『D&D』や『Magic: The Gathering』で名を成して2000年にオリジン賞殿堂入りするラリー・エルモア(Larry Elmore)を起用するなど、気合の入ったものでした。ただしエルモアは基本ルールブックのみの参加に留まり、クリス・フォスは従来の宇宙船デザインとは掛け離れた独自の絵のタッチだったので、残念ながらシリーズの好評価には繋がりませんでした。

 『Marc Miller's Traveller』制作の驚異的な早さの裏には、ブラウンは異星人について、ペリンは宇宙船、ホイットマンは超能力、と、「ドリーム・チーム」が完全分業制で自分の仕事「のみ」を完遂したことが挙げられます。彼らは2月に一度集合して会議を行うと、それ以降はインターネットと電話ですり合わせを行う程度で、次に顔を合わせたのは最終作業に入ってからでした。全ては8月14日から始まるゲーム業界の一大商戦である「Gen Con 19」に間に合わせるためです(※広告では8月1日発売になっていましたが、印刷所から納品されたのは8月2日でした)。確かに短期間での制作にはこの体制は合理的でしたが、試遊や推敲をする時間は全くありませんでした。そして編集を担当したホイットマンは、ローレン・ワイズマンのような優秀な編集者ではなかったのです。
 かくしてT4は、またしても大量の誤植を誘発してしまいました。単語の打ち間違いや文法ミスに始まり、時間短縮のために過去の『トラベラー』から転写された文章が不整合を起こしていたり、挙句の果てにはISBNコードや価格表記すら取り違えていました。

 T4はゲームシステムにも大きな変更が加えられました。『メガトラベラー』までは、技能レベルと能力値(修正値)にサイコロの出目を加えて目標値を上回るかどうかで判定する「上方ロール」でしたが、T4では能力値+技能レベル+修正値以下を難易度で定められた数のサイコロの合計値が下回るかどうかで判定する「下方ロール」となりました(※TNEで採用されたハウス・ルールも下方ロールです)。しかし失笑を買ったのは下方ロールへの移行自体ではなく、難易度によって振るサイコロの数に小数点以下が存在する、つまり6面体サイコロと「3面体サイコロ」を併用するという不格好な発想でした。
 ちなみに、初代『トラベラー』を指して「Classic Traveller」と表記したのは、このT4ルールブックが最初だと思われます。

 予告では翌月からすぐさまサプリメント展開が始まるはずでしたが、第1弾の『Starships』が出るまでに間隔が空いてしまいます。この時期、事務所をウィスコンシン州レイク・ジェニーバ(※ちなみにここはTSR創業の地であり、Gen Con発祥の地です)からカリフォルニア州ビバリーヒルズに移転させていた影響もありますが、一番の問題は売上金をImperium GamesとSweetpea Entertainmentのどちらが使っていいのかが不明確だったことにつきます。これにより完成した原稿を印刷に回すことができなかったのです。発売計画の遅れは財務面での不安を呼び、Sweetpea側が原稿料の3割削減を命じてくるなど混迷は深まりました。その頃、社長のホイットマンはインターネット(のメーリングリスト)上で、発売の遅れに苦情を申し立てた顧客への「まあ落ち着けよ!(GET A GRIP!)」発言で批判の矢面に立たされていたのですが、加えて会社の会計に使途不明金を発生させたことで早くも辞任に追い込まれます。
 Sweetpea側はImperium関係者が持っていた株式を買い取る形で再建に乗り出し、後任の社長にティモシー・ブラウンを据えました(同時にImperium Games唯一の正規社員となりました)。

 かくして11月になってようやく発売された艦船設計ルール集の『Starships』でしたが、内容の6割がデッキプランなのはともかく、美麗だが内容とは特に関係のないクリス・フォスによるカラー挿絵が1割強も占めていました。
 それは置いておくとしても、Imperium Games作品全てに言えることでしたが、GDW時代と比べてT4の本はページ数が減った上に価格はむしろ高くなっており、商品の魅力を更に損なっていました。

 その後は遅れを取り戻すべく、異星人(ただし母星の位置をあえて特定しない「汎用の」)設定集『Aliens Archive』、追加装備集『Central Supply Catalog』と立て続けに出版されました。しかし、編集力の無さが年末発売の『First Survey』『Milieu 0』(およびハードカバー合本版『Milieu 0 Campaign』)でまたも露呈します。T4が扱う新設定である「帝国暦0年代(Milieu 0)」の解説、という重要な役割を担うこの本で、収録した9宙域約4000星系分のUWPデータを全て誤る(※政治形態コードと治安レベルの数値が皆同じ)というとんでもない失敗をしてしまったのです(偶然合ったものもあるかもしれませんが、確認する術はありません)。後の有志による正誤表作成でもこの本だけは匙を投げられ、「存在自体が誤植」との不名誉な烙印を押されてしまいました。
 一方で好評だった作品もあります。前述の『Central Supply Catalog』と、復刊された『Journal of the Travellers’Aid Society』です。特に新JTAS誌は旧JTASとの継続性を示すべく「第25号」と銘打たれていました。

 一方『Traveller Chronicle』誌の第10号からは、元HIWG会員のハロルド・ヘイル(Harold D. Hale)による新企画「Children of Earth」が開始されています。これは「新時代」のソロマニ・リム宙域を解説し、GDWが全く触れなかった空白地帯を埋めるものです。これは事前にデイビッド・ニールセンの査読を受けてから発行されているので、扱いとしてはほぼ公式と言っていいでしょう(※ただし、フランク・チャドウィックは「Virus Redux Epic」の結末をテラ方面で迎えさせる構想を持っていたそうなので、実際に続いていた場合は「設定の衝突」が起きたはずです。またニールセンも、〈再建同盟〉とテラ共和国が復興と拡大を続けた場合、両者の対立でTNEの主軸(ブラック・カーテンとの戦い)がぶれることを懸念していました)。
 大崩壊後に成立した「ガブリール教(Gabreelism)」を拠り所にソロマニ党との激しい内戦を経て復興を果たした「テラ共和国(Terran Republic)」や、暗黒時代以来の復活となった「ディンジール連盟(Dingir League)」、知的種族ヴェガンの設定や、変わり果てたソロマニ・リム宙域全星系のUWPデータ、シナリオなどが掲載されていきました。

 またこの頃、Traveller Mailing List(TML)上で作られていた「摂政領文化教育学会文書(RICE Paper)」と呼ばれるTNE設定などをまとめた『B.A.R.D.(Bureau of Aggregate Reference Data)』がウェブサイト上に公開され始めています。

「新しい『トラベラー』の持続的な発展のために、ブリテン島(British Isles)と合衆国(United States)が共に手を取り合って働けることを嬉しく思う」
(マーク・ミラーが贈った序文)
 1993年にDGPやSGSが撤退して以来、久々のサードパーティとしてBritish Isles Traveller Support(BITS)がこの年から参入します。BITSは1995年に結成され、イギリス国内で『トラベラー』のゲーム大会を開催するなどで普及に努めている団体です(後に法人化されますが、これは米国内で製品を販売する際に必要だった措置で、形式上は今もアマチュア団体です)。
 BITSが最初に出版事業に乗り出したのはキャンペーン・シナリオ『Long Way Home』で、これは9月に行われたEuropean Gen Con 1996に合わせ、T4普及のために制作されたものです。制作にはHIWGでグシュメグ宙域の設定を起こしていたデイビッド・ワイズ(David Wise)や、『Signal-GK』誌のジェイ・キャンベル(Jae Campbell)、レイトン・パイパー(Leighton Piper)らの協力を得ており、会場で実際に販売された140部は非常に好評をもって受け入れられました。
 そしてこの『Long Way Home』の刊行には、新設された団体「CORE」を宣伝する目的も持っていました。COREはHIWGに並ぶアマチュア執筆者集団を目指して、BITSの会員に加えて外部から様々な国籍の執筆者が集いました。そんなCOREは10月には、代表作となる「101シリーズ」の第1弾として『101 Cargos』『101 Plots』を発表します。
 この「101シリーズ」は、様々な遭遇・異星生物・貨物・団体などを101個ずつ収録したものです。これらはT4対応で出されましたが、全『トラベラー』シリーズで利用可能な汎用性の高さが魅力です。COREは早くも翌1997年には訳あってロゴだけ残して解散状態となるのですが、それでも残った会員らが1998年にかけて集中的に7作品を出し続け、2001年以降に発売された3作品は初めから「トラベラー汎用」資料集として出されています。

 もう一つ、この年は重要な出来事があります。1995年末から新生Digest Group Publicationsのロジャー・サンガーは動きを活発化させていました。各方面にDGPの復活を宣言する文書を流し、DGPの過去作品をまとめたCD-ROMの販売を約束します。それどころか、あの『A.I.』だけでなく新作SF-RPG『Infinite Earths』『Interstellar』『MetaSpace』の発売計画も発表しました。全ては、10月のマーク・ミラーとの直接会談の結果次第でした。
 しかし交渉は決裂します。新生DGPがT4のサプリメント本を「版権料なしで」出す用意があることを告げ、旧DGP書籍の版権を数十万ドルという法外な価格での購入を求めたため、当然ながらミラーに拒絶されたのです。
 かくしてサンガーは、貴重なDGPの版権を抱えたままRPG業界から姿を消しました。最後にサンガーは11月になって、DGPが起こした設定について今後の利用を妨げない声明を発表しましたが、あくまで口約束にすぎないため、膨大で極めて質の高いDGP設定は「無視もできないが触れもできない」デリケートなものとなってしまっています。ましてや、電子復刻の可能性はほぼ皆無です。
 ロジャー・サンガーがこの後どうなったのか、今どこで何をしているのか、誰も知りません。


【1997年】
 ところで、1997年に入ってから発売されたT4製品には「Edition 4.1」という表記が入っています。これはImperium Gamesが早くも誤植修正と微調整を施した「第4.1版」ルールへの移行を進めていた証であり、BITSの書籍には「第4.1版」の判定システムが記載されていましたが、結局11月に計画されていた「第4.1版」の発売は幻に終わりました。会社の状況が、それを許さなかったのです。

 Imperium Gamesからはこの年だけでも、資料集『Emperor's Arsenal』『Emperor's Vehicles』『Psionic Institutes』、設計ルール『Fire, Fusion, & Steel』、デッキプラン集『Naval Architect's Manual』、シナリオ本『Anomalies』『Missions of State』『Long Way Home』『Gateway!』『Annililik Run』、小帝国運営ゲーム『Pocket Empires』『Imperial Squadrons』と、驚異的な速度での刊行が続きます。この間、Imperium Gamesは個人の執筆者と次々と契約を交わし(その中には後の『トラベラー』を牽引するマーティン・ドハティ(Martin J. Dougherty)も含まれます)、中には外部団体のBITSから原稿そのものを入手してまで刊行を急ぎました。
 これにはSweetpeaから出資を受ける際に交わした契約が関係しており、Imperium Gamesは毎月1冊以上の新刊発行を義務付けられていたのです。製品の質は二の次でも、彼らは本を出し続けるしかありませんでした。原稿の執筆体制自体には決して無理はなかったのですが、売り上げは上向くことはなく、続々と出るはずだった新JTAS誌も刊行が早くも第26号で停止していました。

「Imperiumの関係者は良い人ばかりだったが、全体的に私の印象はひどいものだ。彼らの製品の多くは『トラベラー』を知る者が書いておらず、『トラベラー』の基本設定すら守られていなかった(例えば、通信をした4~5日後に宇宙船がやって来るなど)。編集に関しても誰かがスペルチェッカーで何も考えずに置換していたらしく、スペルチェッカーが知らない単語は文意が通らなくなるように改悪されていた。どうやら最終校正をする者はいなかったようだ」
(マーティン・ドハティ)
 しかし彼らの努力に原稿料で報いることができないほどに、この年に入ってからのImperium Gamesに余力は残されていませんでした。会社の資金は明らかに欠乏していたのですが、訳あってSweetpea側からの支援は先延ばしにされていました。というのも、当時のSweetpea Entertainmentは大逆転の博打のために資金が必要だったのです。
 それは、あのTSR社の買収でした。『トラベラー』に加えて『D&D』をも手に入れ、その強力な知名度を活かして映像化やコンピュータゲーム化など知的財産ビジネスに打って出ようとしました。

 しかし1997年4月10日、あの『Magic: the Gathering』のWizards of the Coast社がTSRの買収を発表します。Sweetpeaは入札に敗れていたのです。すぐさま『World of Darkness』シリーズで名高いWhite Wolf Publishing社の買収も目指しましたが、これも失敗に終わりました。
 これら買収の失敗で余計に資金は失われ、もはや打つ手はなくなりました。7月にアジア通貨危機が会社を直撃し、8月のGen Conの頃にはImperium Gamesは死の淵に瀕しており、その後は細々と在庫処分が続けられました……。

 1998年3月31日、マーク・ミラーはTMLにて公式にImperium Gamesの閉鎖と、Sweetpea Entertainmentに与えた『トラベラー』ライセンスの失効を宣言します。T4に関する版権は全てFFEに戻され、こうして短かったT4の時代は終わりました。最後の製品は、3月にByron Preiss社から出されたばかりの小説『Gateway to the Stars』でした(これも物語としては未完に終わっています)。
 予告されていて発売されなかった「Nobles」「Aliens, Volume 1」「The Vilani Hypothesis」以外にも、1997年夏の段階で企画されていたT4製品は多数に上りました(とはいえ企画した本人が原稿料の遅れに悩まされていたので、実現したかどうかは怪しいですが)。マッシリア宙域を舞台にしたシナリオ、再接触や大裂溝探査をテーマにした資料集、ジュリアン戦争や融和作戦の解説本、太古種族や遺跡に関する設定集……、さらに新展開として「帝国暦200年代(Milieu 200)」、つまりアスラン国境戦争時代のダーク・ネビュラ宙域やソロマニ・リム宙域の設定集、年代に関係のないものとしては主要種族や人類の設定集、追加経歴部門、都市や宇宙港の解説本、等々……。
 特に「The Vilani Hypothesis」は、0年代と200年代と400年代を繋ぐ3部作キャンペーン・シナリオの序章として設計され、まずこの話で学者の調査に協力して「ヴィラニ仮説」の証拠を集め、第2部「The Solomani Hypothesis(ソロマニ仮説)」で学者の子孫がヴィラニ仮説の隠蔽された真実に迫り、第3部でソロマニ仮説を証明すべくテラに探検に赴く……という展開でした。

 そもそもT4は「30万年前から宇宙の熱的死まで」を扱うという壮大な構想を掲げて旗揚げされました。帝国暦0年代を前提としていた本体ルールでも、帝国暦1105年を舞台にするあの懐かしのシナリオ「Exit Visa(出国ビザ)」を収録していたほどです。しかし掲げた理想の天文学的な大きさに対して、制作の現実があまりにお粗末だったことが製品の寿命を縮めてしまいました。彼らは、過去にGDWが犯した失敗から何も学んでいませんでした。

 他社の方でも『Traveller Chronicle』が第13号で休刊しています。この第13号からハロルド・ヘイルに編集長が交代し、第15号までにTNE誌から総合『トラベラー』誌への転換が宣言されていた矢先の出来事でした。翌1998年には出版元のSword of the Knight Publicationsが閉鎖されます。

 そして最後にHIWGについても記しておきます。元々HIWGは〈帝国〉の歴史と地誌を編纂するための団体でしたが、1991年の『ハードタイムズ』、そして1993年登場のTNEによって〈帝国〉自体が滅亡してしまい、存在意義を無くしてしまいました。
 会としては存続したものの目的を失った影響は大きく、次第に求心力が失われていきます。HIWG-UKとHIWG Australiaは1995年の時点で休眠状態となっていました。会員はそれぞれの道を歩みます。TNEに協力した者(会員の起こした設定の一部は公式に採用されています)、個人の活動に切り替えた者(「Children of Earth」や『Signal-GK』など)、単純に離れていった者……。
 現時点で残されているHIWGの活動記録は1999年9月末が最後です。末期のHIWGは恒星間戦争時代の設定を細々と起こしていました。

 こうして『トラベラー』20年の歴史は幕を閉じました。皮肉なことにこの年、オリジンズにて『トラベラー』がオリジン賞殿堂入りを果たし、『Adventure Gaming』誌の創刊20周年企画でも殿堂入りしています。まるで一つの時代に終止符を打つかのように……。
 しかしそれは新たな20年の幕開けでもあります。そう、『トラベラー』は終わってなどいなかったのです。

「これは我々とファンが長く、長く待ち望んでいたことだ。我々はついにそれを実現できてとても嬉しく思う。とりわけ、『トラベラー』を偉大にした人々と共に働けることに」
(スティーブ・ジャクソン)

「トラベラー40年史(4) 夜明けの時代」に続く)
(文中敬称略)


 その後のSweetpea Entertainmentですが、コートニー・ソロモンは念願叶って2000年に『Dungeons & Dragons(邦題:ダンジョン&ドラゴン)』で映画監督デビューを果たしたものの、評価は散々でした。それでも諦めずにプロデューサーとして2005年には低予算映画ながら第2作、2012年には第3作を公開し、翌2013年には劇場から法廷に舞台を移してWizards of the CoastやHasbroとの戦いを始めました。2015年に訴訟が解決した後は、製作中の『D&D』最新作映画のプロデューサーとして参加しているようです。

トラベラー40年史(4) 夜明けの時代(1998年~2007年)

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 Steve Jackson Gamesは1997年9月4日付の『Daily Illuminator』にて、GURPS版『トラベラー』の権利獲得を公表します。古くからの『トラベラー』愛好家であるスティーブ・ジャクソンは、既に80年代末にDGP関係者とGURPS版『トラベラー』の構想について話し合っており、1996年のGDW閉鎖直後には早くも『トラベラー』ライセンスの取得に動いていました。
 GURPSは1986年に初版が発売されたゲームで、当時は第3版改訂版(GURPS Basic Set Third Edition Revised)が最新版ルールでした。「Generic Universal Role Playing System」の名が示す通り、「包括的な汎用RPG」としてGURPSはあらゆる分野、そして様々な原作世界をも再現しようとする野心的な作品であり、また、キャラクター作成に乱数を用いず一定の点数で「特徴を買う」という形式を採った最初の成功作です。1988年にはオリジン賞(Best Roleplaying Rules部門)を受賞し、2000年にはオリジン賞殿堂入りを果たしています。一方でこの頃のGURPSは、90年代初頭の「合衆国シークレットサービス強制捜査事件」やトレーディング・カードゲームの流行によって停滞期にあり、GURPS版『トラベラー』にはGURPS復活の期待もかけられていました。
 さらに衝撃の情報が続きます。主任編集者(兼アートディレクター)として、あのローレン・ワイズマンを起用すると発表したのです。彼はGDW退社後、郵便局や内国歳入庁のパートタイムの仕事を経て当時は会社員になっていたのですが、このために生まれ育ったイリノイ州ノーマル(※ブルーミントンとは同じ都市圏です)からSJG本社のあるテキサス州オースティンに転居しています(同時に彼はSJGの営業幹部として迎えられたからです)。
 そしてもう一つは、旅の舞台を大胆にも「反乱の起きなかった帝国暦1120年」をするとしたのです。これはSweetpea Entertainmentが「従来の時間軸」の権利をまだ手放していなかったことによる回避策だったようですが、結果的に反乱とそれが引き起こした破滅的結末を望んでいなかった層に歓迎されることになりました。

 ゲームシステムの抜本変更にはファンの間でも賛否両論あったようですが、何はともあれ期待と不安に包まれながら発売のその日を待つことになります……。


【1998年】
TNSニュース速報
キャピタル(コア宙域 2118 A586A98-F)発   1116年131日付
 デュリナー・アストリン・イレシアン大公閣下が本日、艦載艇の原因不明の爆発によって亡くなられました。艇は大公の旗艦である巡洋艦サーゴンから皇宮に向かう途中に航空管制の指示した航路から逸れ、深宇宙で巨大な火の玉となりました――
 『GURPS Traveller』の開幕に先駆けて3月に「復活」したオンライン版トラベラー・ニュースサービスは、「デュリナー大公爆殺事件」の報道で連日埋め尽くされました。従来の時間軸なら皇帝暗殺事件の起きたであろう日の前日に起きたこの大事件により、人知れず〈帝国〉は崩壊を免れました。実行犯は結局判明せず、デュリナー大公の故郷イレリシュではつつがなく葬送と大公位の継承が行われ、ルカン皇子は内なる野心に未自覚なまま趣味に生き、各地の諸侯は己の職務に精励し、国境線は穏やかでした。いくつかの事件こそ起きたものの、その後の定期更新では皇女イフェジニアの婚礼などの報道が伝えられ、〈帝国〉の安定(ある意味では停滞)は盤石なものとなっていきます。この平和な時間軸は、後にファンから「Lorenverse(ローレン時空)」と呼ばれました。

「反乱は確かに魅力的でしたが、それを無かったことにして欲しいとの多くの願いが存在したのも事実です。GDWは『Challenge』誌の四月馬鹿号でその感情をパロディ化しましたし(※ストレフォン皇帝は単に6年間も長風呂をしていただけだった、という第59号付録の冗談TNS記事のこと)、反乱が起きなかった別の時間軸の企画を持った外部の執筆者がGDWを何度も訪れて来ていました。GDWは様々な理由でそれを採り上げることはありませんでしたが、それと同じ発想を今スティーブ・ジャクソン・ゲームズがやっているのです」
(ローレン・ワイズマン)
 ルールブックは9月(8日のDragonConでお披露目して14日発売の予定でしたが、印刷が間に合わず23日に延期されています)に発売されています。まず表紙にあの「ベオウルフ号からの救難信号」を載せて『トラベラー』の帰還を宣言し、内容の多くをライブラリ・データに割きました。他に、各種キャラクター・テンプレート、装備品、キャラクター変換ルール、宇宙船のデータとデッキプラン(GURPSの戦闘ルールに合わせたため、1マスが従来の1.5メートル縮尺の正方形から1ヤード≒1メートル縮尺の六角形に変更されています)、車両・宇宙船設計ルール、宇宙戦闘ルールが収録されています。
 ルール本体がGURPSに移行したので、遊ぶには『GURPS Basic Set(第3版)』が必要となり、ルール本文ではそれに加えて『GURPS Compendium』『GURPS Space』『GURPS Ultra-Tech』『GURPS Vehicles』を参照させる記述も見られます(必須とまではいきませんが)。

「『GURPS Traveller』にはもう一つの目的があります。〈第三帝国〉の歴史と設定を詳述している原書の多くは絶版となっています。この仕事によって、新規の人でも20年来の収集家と同等の情報に接することができるのです」
(ローレン・ワイズマン)
 元々高品質の資料本を数多く刊行していたSJGはこの言葉通り、10年以上絶版となっている過去作品以上の資料本を次々と刊行していき、「GURPSで遊ばなくても一級の資料として購入の価値がある」という認識をファンに定着させていきました。

 本体ルールに続いて発売されたのが『Alien Races 1』で、これは従来のエイリアン・モジュールに相当するシリーズです。この第1巻では主要種族のゾダーン人、ヴァルグルに加えて3種の群小種族の歴史・身体的精神的特徴・言語・社会・政治形態などが詳細に記載されています。
 この『Alien Races』シリーズは翌年以降も発売され、第2巻ではアスラン、ククリー(と群小種族2種)、2000年発売の第3巻ではドロイン、ハイヴ(と群小種族2種)、2001年発売の第4巻では16種に及ぶ群小種族が解説されていきます。

 そして忘れてならないのが『Behind the Claw』です。マーティン・ドハティと盟友ニール・フライヤーによる渾身の一作で、スピンワード・マーチ宙域「全星系の」詳細な設定を組み上げるという難事業を見事に実現させました(ただし、かなり新設定を盛り込んだことは賛否両論だったようです)。星系データの記述法こそ『GURPS Space』に準拠して従来のUWP式は廃されましたが、新設定の帝国暦1120年に至る歴史、大小数々の企業の紹介、政府機構や群小種族の解説、レフリーだけが知るべき秘密などを収めて、この宙域を旅の舞台とするなら必携の一冊となりました。

 電子技術の発展とともに、コンピュータをゲームの支援に使おうとする動きは当然起こりえます。古くはJTAS誌にマーク・ミラー制作のBASIC言語によるプログラムを載せる企画「Using Your Model/1 bis」などがありましたし、パソコン通信上でも『メガトラベラー』のキャラクター作成プログラム等が公開されていました。DGPは本以外にもプログラムの開発には積極的でしたし、TNE時代にも支援プログラムが発売されました。
 そしてこの年、長く『トラベラー』ファンに愛されたMS-DOS用プログラム「Galactic 2.4」(通称「GAL24」)がジム・バシラコス(Jim Vassilakos)によって開発されました(※これより古いバージョンについては調査がおよびませんでした)。GAL24はSunbaneのUWPデータを「星域図として」書き出す(もしくは乱数生成する)プログラムで、収録されたデータの差異によって幾つかの派生版が存在します。このGAL24の登場で星域図を簡単に可視化することができるようになったのです。

 12月にSJGはBITSと契約を結び、翌年1月からBITS製品の米国内での流通に協力することになりました。BITSはこの年、『101 Governments』『101 Religions』の発売と『102 Vehicles』の無料公開をしています。


【1999年】
 GURPS Travellerでは前述した『Alien Races 2』に加えて、商人に焦点を当てた『Far Trader』、偵察局に焦点を当てた『First In』、傭兵部隊に焦点を当てた『Star Mercs』が発売されています。特に『Far Trader』では宇宙港ごとの貨物取扱量から交易路を算出するルールが設けられ、従来のXボートとは違った視点から星域図を眺めることができるようになりました。翌年4月にはこの『Far Trader』ルールで描画された「Trade Routes of the Imperium(国内全通商路図)」が公開されています。

 BITSからはシナリオ『SpaceDogs』『Khiidkar Incident』が発売されました。前者は1998年のGen Con UKで使用されたもので、プレイヤー全員が事前生成された帝国籍のヴァルグルを演じ、海賊に脅かされている植民星系を守る勧善懲悪物シナリオです。同時期発売の後者は、Imperium Gamesが発売したシナリオ集『Missions of State』にマーティン・ドハティが寄稿した同名シナリオの単品売りです。元々T4用でしたがこの版ではGURPSでも遊べるように調整が施されました(BITS製品はこの頃から『トラベラー』全シリーズ対応がされていて、これらも例外ではありません)。

 Microsoft Windows用『トラベラー』支援プログラム『Heaven & Earth』の開発が始まり、最終安定版のバージョン1.0.4は2000年10月に公開されています(非公開の最終ベータ版は2001年2月のバージョン1.0.8です)。これは1999年に開発が終了した『World Builder Deluxe』を継承し、宙域データを取り込み、表示するだけでなく、星系内の惑星・衛星の詳細なデータ、異星生物との遭遇表、貨物や旅客需要、経済・軍事情報、惑星図などの自動生成機能(クラシック版の『Scouts(偵察局)』形式、メガトラベラーの『World Builders Handbook』形式、TNEの『World Tamer's Handbook』形式、GURPSの『First In』形式全てに対応)を備えていて、さらにデータや図自体の編集操作も可能な代物でした。

 そんな中、初期『トラベラー』を牽引したキース兄弟の弟、アンドリュー・キースが8月2日に40歳の若さで亡くなりました。言うまでもなく彼は『トラベラー』に多大な貢献をした偉人であり、その早い死は多くの人々に惜しまれました。


【2000年】
 GURPS Travellerでは陸軍・海兵隊に焦点を当てた『Ground Forces』、ソロマニ・リム宙域の資料集『Rim of Fire』、宇宙港を解説した『Starports』が発売されています。特に『Starports』は『トラベラー』の遊び方に新たに「宇宙港キャンペーン」を導入した一冊です。
 またデッキプラン集の発売も始まり、第1弾として『Beowulf』が出ています。これはSJGの出していたペーパーフィギュア『Cardboard Heroes』で遊べるようになっていたため、200トン自由貿易商船であっても実際にはかなりの床面積を取ってしまうのが玉に瑕でした(ベオウルフ級のメインデッキすら7枚組です)。なおこのデッキプラン集にはGURPS向けとは別に、伝統的な「1マス=1.5メートル縮尺の四角形」のデッキプランも収録されているので、従来のルールでも遊べるようになっていました(ただGURPS側に合わせて壁や障害物が設置されているので半端なマスの処理が厄介ですが)。

 2月にはJTAS誌もローレン・ワイズマンを編集長とする年額15ドルの会員制オンライン誌として復活します。公開当時の購読者数はわずか100名程度だったようですが、半年後には600名まで増えたことが公表されています。そこに記載された数々の記事の一部は2004年に『Best of JTAS Vol.1』として書籍刊行もされました。
(※単行本化されなかったものについては非会員が触れる機会がなかったのですが、2017年11月にマーク・ミラーが刊行予定の『GROGNARD: Ruminations on 40 Years in Gaming』の特典として「オンライン版JTAS総集編USBメモリ」が用意されたため、今後CD-ROM等で復刊される可能性も考えられます)

 FFEは「Classic Traveller Collecters' Edition」(通称「Hardcopy Reprints」「Classic Reprints」)シリーズの刊行を始めます。これはクラシック・トラベラーの全書籍・ゲームを「見開き2頁を1頁にして」印刷し直したもので、当然ながら判型は横長になっています。『Books 0-8』『Adventures 1-13』『Basic Books 1-3』『Short Adventures 1-6+』『Games 1-6+』『JTAS 01-12』『JTAS 13-24』『JTAS 25-33』『Alien Modules 1-4』『Alien Modules 5-8』が2003年まで順次刊行されていきます。

 Cargonaut Pressはキース兄弟の初期作品を集めた『Lost Supplements Collection』を500部限定で発売しました。これにはシナリオ『Letter of Marque』『Scam』『Faldor』、宇宙港での乱数遭遇集『Starport Planetfall』、悪環境ルール『Arctic Environment』、設定集『Reaver's Deep Sector Sourcebook』、『Imperial Calendar (Memorial Edition)』、1985年に制作されたApple II用ゲーム『The Volentine Gambit』(※現在はマーク・ミラーの許可によりフリーソフト化されています)、地図など小物類が箱に収められていました。

 BITSから『At Close Quarters』が発売されています。これはT4(もしくはクラシック版)の戦闘ルールを合理化することを意図したミニチュアゲームで、各キャラクターは「敏捷力+知力+〈戦術〉技能レベル」で求められる行動力(Action Point Pools)を消費しながら様々な戦闘行動を組み立てていきます。
 また、Gen Con UK 1998で使用されたシナリオ『Star Worn』が無料配布されています。内容は、題名から薄々感じられる某有名SF映画のパロディであり、事前作成されているどこかで聞いたような名前のキャラクターをプレイヤーは演じます。

 クリフォード・ラインハン(Clifford Linehan)による「Core Route Project」が開始されます。これは非公式ながら「ゾダーン人による銀河核方向探査」で得られたであろう167宙域分の星図を構築するものですが、事前にマーク・ミラーとの質疑応答を経ているので裏付けが存在します。ウェブサイト自体は2005年以降に消滅しましたが、ここで得られたデータは各種設定に取り込まれています。


【2001年】
 GURPS Travellerでは資料本『Modular Cutter』の他に、デッキプラン集である『Modular Cutter』『Empress Marava』『Assault Cutter』『Sulieman』が発売されました。また、新シリーズ「Planetary Survey」が始まり、特徴的な1つの惑星の設定を32頁で解説していきました。遊園地惑星『Kamsii』、GDWのシナリオ『Safari Ship』のその後を描く『Denuli』、海賊の拠点『Granicus』、小惑星都市『Glisten』、海洋惑星『Tobibak』、刑務所惑星『Darkmoon』が刊行されています。

 BITSからは資料集『101 Corporations』とシナリオ『Delta 3 is Down』が発売されています。『Delta 3 is Down』は1999年のGen Con UKで使用されたシナリオで、事前作成されたゾダーン人キャラクターを演じるという『トラベラー』史でも類を見ない構成となっています。またT4用に設計されていますが、舞台は第五次辺境戦争初期のスピンワード・マーチ宙域(エメラルド星系)となっています。

 Seeker Gaming Systemsが、自社が保有していたFASA製品の版権をマーク・ミラーに譲渡しました。翌年からは自社製品である『メガトラベラー』時代のデッキプランの再販(在庫処分かもしれませんが)を開始しています。

 久々のボードゲーム『Imperium 3rd Millennium』がAvalanche Press社から発売されます。小幅のバランス改善に留めた第2版と異なり、駒絵の刷新、艦隊戦用・地上戦用マップの導入など大幅な改定を施した内容は賛否両論を呼びましたが、オリジン賞の候補となるだけの評価は得ていたようです。なお、2006年に販売終了となりました。
 また、『インペリウム日本語版 2nd edition』が国際通信社から発売されました。ホビージャパン版と異なり『Imperium』第2版の翻訳ですが、独自にルールを明確化し、ユニット総数に変更があるので厳密には「国際通信社オリジナル版」という扱いです。同社の雑誌『コマンドマガジン』ではリプレイの掲載も行われました。

 HIWG-NZ(およびFSpace Publications)のマーティン・レイト(Martin Rait)は、これまで築き上げてきたメシャン宙域の設定を商業出版しようとマーク・ミラーの許可を得ます。しかしこの企画は翌年に棚上げとなりました。


【2002年】
 この年を語る前に、まず2000年からのRPG業界の潮流を知っておく必要があります。その2000年にWizards of the Coast社が発売した『ダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)』第3版は大人気作品となりましたが、それ以上にこの『D&D』第3版がRPG業界にもたらした革新は、Open Gaming License(OGL)とd20 System Trademark Licenseという画期的な「契約」でした。TSR時代の『D&D』でもサードパーティは互換製品を出してはいたものの、それは「汎用」という名のオブラートに包んだものに過ぎず、堂々と銘打てばTSRからの訴訟に晒されていたのです。しかしOGLの登場で「誰も」が「自由」に堂々と『D&D』互換製品を出すことができるようになり、商業出版に対してはd20 System Trademark Licenseによって版権料と引き換えに「保護」が得られるようになりました。そしてWizards社は、OGLの下で『D&D』第3版の中核である「d20システム」のSystem Reference Document(SRD)を無償で公開したのです。
 d20システムは瞬く間にRPG業界を席巻し、2000年から2004年にかけて『D&D』互換製品だけでなく様々なRPGが、言うなれば猫も杓子もd20システム化されて出版されました。最盛期には数百もの新規や老舗の会社が参入していたとされています。
 そして、この流れは『トラベラー』とも無縁ではありませんでした。

 1998年にハンター・ゴードン(Hunter Gordon)によって創業されたQuikLink Interactive(QLI)社は、元々はインターネット上で(『トラベラー』も含めて)RPGを遊ぶためのソフトウェア『GRIP(Generic Roleplaying for Internet Players)』を開発・発売するための会社でした(GRIPには通常版の他に『トラベラー』向けに調整が施された『GRIP: Traveller Boxed Edition』が存在します)。
 『トラベラー』ライセンスを取得したQLIはまず、ペーパーバック書籍の『Basic Books 1-3』を、FFEとの共同制作で発売します。表紙は他の「Reprints」シリーズと異なり特別なカラー表紙仕様で、内容も1981年版のルールやスピンワード・マーチ宙域図に加えて、マーティン・ドハティ書き下ろしの短編小説「The Olympia Incident」が収録されていた豪華版でした。ちなみにドハティはマーク・ミラーの推薦でこの仕事を得て、ゴードンと知り合うことになりました。
 そしてゴードンは新作の開発に着手します。それこそがd20システム版『トラベラー』こと『Traveller20』(通称「T20」)だったのです。

「マーク・ミラーとの長い議論の末、d20版『トラベラー』はソロマニ・リム戦争の直前直後の時代に設定されました。そこは冒険せずにはいられない、わくわくするような時代です」
(ハンター・ゴードン)
 2001年3月にこの企画は公表され、翌年の発売まで試遊が繰り返されました。ルール本体はハンター・ゴードンが制作しましたが、ルールブック『The Traveller's Handbook』の大部分の執筆や編集はマーティン・ドハティが担いました。そしてドハティはこの後、ほとんど全てのT20サプリメント本の編集に携わります。またルールを64頁にまとめた『Traveller's Handbook Lite Edition』(通称「T20 Lite」)も無料公開されました。
 陸軍や海軍といった各経歴部門は「職業(Class)」に姿を変えましたが、「上級職(Prestige Class)」に用意されたのが「懸賞金稼ぎ(Big Game Hunter)」「トラベラー協会特派員(TAS Field Reporter)」「エースパイロット」というのには大きな疑問符がつきました。
 『トラベラー』のd20システム化で一番懸念されていたことが「レベルアップとともにヒットポイントが増加する」ことでしたが、ヒットポイントと同義の「スタミナ」に加えて決して成長することのない「生命点(Lifeblood)」という能力値を設定することで、『トラベラー』らしい「死にやすい」戦闘システムを提供しました。
 その他、輸送機器の設計や貿易、遭遇などのルールはd20システムに合わせて改定されながらも残されました。事前公表された「新設定」についてはルールブックには特に盛り込まれませんでしたが、プレイヤー・キャラクターとして選択できる種族(race)として人類以外にもヴァルグル、アスランなどの異種族を選ぶことができ、それぞれ特徴的な利点・欠点が設けられました。
 ただし、d20 System Trademark Licenseによる保護は同時に、遊ぶ際に『D&D Players Handbook(第3版)』が必須となるという制約も生んでいました。契約上、キャラクター作成や戦闘に関する中核ルールは掲載できなかったのです。

 QLIは『The Traveller's Handbook』こそハードカバー書籍で刊行しましたが、その後の「Traveller's Aide」と名付けられたサプリメント展開は主に電子出版を採用したのが時代を感じさせます。第1弾の武器データ集『Personal Weapons of Charted Space』、第2弾の『Grand Endeavor』がこの年発売されていますが、なぜか後者は短編小説集(しかもその一篇はT20が扱っていない恒星間戦争時代を舞台にしたもの)でした。これとは別に、本体ルールで触れられなかった「新設定」については極一部が『Linkworlds Cluster』で解説されました(この文書は翌年発売の『T20 Referee's Screen』に再録されています)。

 QLIの最大の功績は、自社サイト内に『トラベラー』系総合掲示板「Citizen of the Imperium(略称CotI)」を設立したことです。これにより各地に分散されていたファン共同体の拠り所ができ、情報交換や各種新設定の開発などがより進むことになりました。
 また、1987年の設立以来、1992年、1994年、1999年、2001年と管理人交代やサーバー移転を繰り返しながら存続していたTMLはこの年、当時の管理人が接続料を賄えなくなり、ゴードンの提案によりQLIのサーバーに移設されました。

 加えてQLIからはマーティン・ドハティによるTNE小説『Diaspora Phoenix』が電子出版されています。これこそがかつてドハティがGDWに持ち込み、契約にまで至ったものの出版が中止された幻のデビュー作なのです。熱心なTNE設定のファンとして知られるドハティによって(※彼はルールを把握できなかったので、遊ぶ時は自作システムを使ったそうです)、TNEの要素を余すところなく盛り込まれたこの作品は、TNE解説書としても「リプレイ小説」としても高い評価を得ています。作品自体は壮大な5部作構想を掲げ、最終的に「カーテンの向こうの暗黒帝国」との最終決戦を迎えるはずだったようですが、それは後に形を変えて披露されることになります。
 この作品は2004年にはペーパーバック書籍としても出され、2006年に一旦絶版となりましたが2012年に再度電子復刻されています。

 SJGからは『Heroes 1: Bounty Hunters』が発売されています。NPC集として新シリーズとなる予定でしたが、続刊は出ませんでした。また8月に、SJGは自社の持つ『トラベラー』ライセンスに関して3年間の延長でFFEと合意に達しました。また同時に翌年夏からの「新展開」についての予告がなされましたが、何らかの事情でそれは遅れに遅れ、実際に発売されるまでには2006年まで待つことになります。
 また、4月30日付で『GURPS Traveller』の主任編集者がローレン・ワイズマンからジョン・ジーグラー(Jon F. Zeigler)に交代しました(オンライン版JTASの編集長も交代しています)。ワイズマンは後見人的立場として『GURPS Traveller』全体の舵取り役を任され、同時に一執筆者として『GURPS Traveller』(や他のGURPS作品)に関わっていきます。

 BITSからは艦船戦闘ゲーム『Power Projection: Escort』が出ています。これはGround Zero Gamesの『Full Thrust』(1991年)を原型にして『トラベラー』に合わせて改良が施されたもので(当然許諾を得ています)、5年もの開発期間を経て満を持して発売されました。
 このルールでは「Escort」の名が示す通り、主に護衛艦規模以下の戦いを再現します。旧来の宇宙戦闘ゲームと同様に「二次元ベクトル移動」が採用されていますが、移動や射程の管理はヘクスではなくミニチュアゲームのように「物差し」を使用します。
(※ちなみにGen Con UK 2002で75部だけ初販売された際の題名は『Power Projection: Lite』でした。しかし「Lite」が無料のお試し版と誤解されやすいことから、誤植修正と合わせて改題されました)

 この年放送されたテレビドラマ『Firefly(ファイヤーフライ 宇宙大戦争)』は、原作者が大学時代に行った「SF-RPGのキャンペーン」が元になったとされています。そのゲームが何なのかに関しては本人は語っていませんが、数々の傍証からそれは『トラベラー』ではないかと言われています。


【2003年】
 QLIの「Traveller's Aide」シリーズからは、地上車データ集『On the Ground』、NPC集『76 Gunmen』、シナリオ(と超能力者の上級職試作版)『Objects of the Mind』、反重力機器集『Against Gravity』、戦闘艦艇集『Fighting Ships』が発売されました。

 SJGからは資料集『Humaniti』『Starships』が発売されました。また、ローレン・ワイズマンが長年の功績を評価されてオリジン賞の殿堂入りを果たしました。

 日本の雷鳴社からは、『トラベラー』の『基本ルール ボックスセット』が発売されました。かつてのホビージャパン版と異なり、雷鳴版は1981年の『Deluxe Traveller』を基にして翻訳を全てやり直しているため、ゲーム内用語の差異が見受けられます。表紙や箱は著作表記がGDWからFFEになったのを除いて忠実に再現されていますが、挿絵は加藤直之によるものです。この『ボックスセット』には『Book 1~3』の他に、初邦訳となる『Book 0』が封入されています(※スピンワード・マーチ宙域図は翌年発売の『Supplement 3』に同梱されました)。
 そして同年中には『Supplement 1: 1001キャラクター』『Supplement 2: 動物との遭遇』 『Double Adventure 1: シャドウ/アニック・ノヴァ』が出されています。このように雷鳴社版は「番号順」での刊行がこの後も続きます。
 サポート誌としては国際通信社の『RPGamer』誌、アークライト社の『Role & Roll』誌がその役目を担いました(後者は佐脇洋平が文を書いています)。加えて、この年発売の『RPGamer』創刊号には『アステロイド』が付録として収録されています。

 BITSから『Power Projection: Fleet』が発売されます。前年発売の『Power Projection: Escort』の完全版と言うべき内容で、大型艦艇同士の艦隊戦を再現するルールが追加されました。また『一兆クレジット艦隊』型の戦略ゲームや、『宇宙海軍』や『メガトラベラー』やT20の艦船を『Power Projection』形式に変換するルールも含まれています。

 ロジャー・マルムスタイン(Roger Malmstein)がHIWGの『Kfan Uzangou』誌などで創り上げてきたグヴァードン宙域の設定をまとめた『Gvurrdon Sector Campaignbook』が刊行され、グヴァードン宙域の歴史、各勢力の解説、ライブラリ・データ、1105年・(反乱の起きた)1120年・1200年に対応したUWPデータなどが収録されました。これは2006年にインターネット上に公開され、2008年には改訂版(Rev1.1)が発表されています。

 そして4月1日、ついにマーク・ミラーの新作『Traveller 5』の情報が公開されました。制作自体はImperium Games閉鎖直後に始まっていて(この時はT4の第2版という意味で「Traveller, 4th Edition」という仮題でした)、ファンの間では周知の事実となっていたようですが、公式情報サイトTraveller5.comの開設によってその存在が公となったのです。
 同時に公開された文書には本体ルールの目次や刊行予定書籍リストが記され、期待は高まりました……が、まさかそこから実際に製品が届くまでには長い月日を要するとは思わなかったのです。


【2004年】
 SJGから『Sword Worlds』が発売され、シナリオ集『Flare Star』が無料配布されました。

 雷鳴からは日本語版『Book 4: マーセナリー』『Book 5: ハイ・ガード』『Supplement 3: スピンワード・マーチ宙域』『Adventure 1: キンニール』が発売されています。また、『RPGamer』第5号の付録として『メイデイ』が(安田均を監修に迎えて)収録されました。一方で、『Role & Roll』誌のサポート記事は第5号をもって終了しています。

 QLIの「Traveller's Aide」シリーズは第8弾の船舶データ集『Through the Waves』が出たのみでしたが、この年は久々のハードカバー書籍(※電子書籍版もあります)でようやくT20の主舞台となる「帝国暦1000年頃のゲイトウェイ領域」を解説する『Gateway to Destiny』が発売されています。マーティン・ドハティ入魂の一冊となったこの本は、〈帝国〉、ソロマニ連合、ハイヴ連邦、ククリーといった大国やメガコーポレーション、そして大国の合間に浮かぶ中小国家の詳細な解説、そして4宙域分約1000星系の全UWPデータを収めていました。
(※この『Gateway to Destiny』の発行により、Judges Guild社がかつて起こした設定は完全に上書きされました。現在では『Gateway to Destiny』の設定の方が「公式」とされています)

 そしてそのマーティン・ドハティがAvenger Enterprisesを設立します。ドハティは以前、ニール・フライヤーと共にIlelish Free Pressという出版社を起業しようとして頓挫したこともあり、念願の独立となりました。初期のAvenger社はQLIと提携し、QLI名義で電子出版に特化して刊行していました。Avenger/QLIの書籍にはいくつかのシリーズがあり、T20だけでなくクラシック・トラベラーも対象としていました。
 「EPIC Adventure」シリーズは『Stoner Express』『Into the Glimmer Drift』『Chimera』『Merchant Cruiser』『Scout Cruiser』が出されました。また「Golden Age EPIC Adventure」シリーズは帝国暦1100年代の「黄金時代」を舞台にしたもので、『The Forgotten War』が発売されています。この「EPIC」とは「Easy Playable Interactive Checklist」の略で、前年にマーク・ミラーが提唱したシナリオ記述方式のことです(シーン制やキーイベントの概念など、DGPの「ナゲット・システム」に類似していて革新的とは言い難いのですが…)。
 「Special Supplement」シリーズでは第1弾として『Sydymic Outworlds Cluster』が出ています。レイ宙域の〈帝国〉国境付近の4星域分の解説と、噂、遭遇、シナリオヒント、傭兵チケット、シナリオ1本が収録されています。
 これとは別に、群小種族の設定を記した『The Mahkahraik』という文書が無料配布されています。

 電子出版物販売業OneBookShelf社が2001年の「RPGNow」に続いてこの年、「DrivethruRPG」を創業します。それに合わせてFFEは、過去のGDW製品の中からまず『メガトラベラー』とTNEとT4の関連商品を電子復刻してこの新市場に投入します。


【2005年】
 SJGからは『Nobles』『Psionic Institutes』が出ています。特に前者は〈帝国〉の有力貴族家の設定から、貴族の暮らしと責務、〈帝国〉の政府機構や裁判制度といったものまで網羅した他に類を見ない設定集となっています。

 QLIのT20製品は完全に停滞期に入っていました。この年刊行されたのは、Avenger制作の「EPIC Adventure」シリーズ『Mercenary Cruiser』『Merc Heaven』の2作品のみでした。

 雷鳴版『トラベラー』の展開も『Supplement 4: 帝国市民』の発売をもって途絶しました。現在もウェブサイトは健在ですが、事業の再開はなされていません。
 また、『ダーク・ネビュラ』が『RPGamer』第9号の付録として収録されています。

 ジェイソン・ケンプ(Jason Kemp)によるファンジン『Stellar Reaches』が創刊されました。当初はFLTGames Gaming Groupから、2009年公開の第9号からはSamardan Pressから出版されています。内容はエンプティ・クォーター宙域の設定紹介に特化しており、定番の帝国暦1105年に限らず、帝国暦993年(T20)、帝国暦1125年(メガトラベラー)、帝国暦1200年(TNE)のデータが揃っているどころか、「苦難の時代(ハードタイムズ)がそのまま続いた帝国暦1145年」「暗黒時代が訪れずにローマ・カトリックが国教となった第三帝国」なる別時間軸のものまであるという、ファンメイドの非公式設定とは思えない充実ぶりです。
 刊行間隔こそ広がったものの現在も続いており、最新刊である2016年冬号で通巻26号を数えます。

 FFEから『MegaTraveller CD-ROM』(と『2300AD CD-ROM』)が発売され、当然ながら「GDWが」発売した『メガトラベラー』製品のみが電子版で収録されています(※ただしDGPやSGSが出した「ライセンス製品」の表紙画像が付録として添付されています)。

 Cargonaut Pressが事業を終了し、全製品は一旦絶版となりました。

 インターネットの普及により、オンライン上で星域図・宙域図を確認したい・表示しようという動きが活発化します。この年以前にもいくつか存在していましたが、その決定版といえるものがヨシュア・ベル(Joshua Bell)が制作した「Traveller Map」で、Google Mapの仕組みを取り入れることによってマウスなどの操作で星域図を「動かす」ことが可能となりました。Traveller Mapは誕生以降、搭載機能と収録UWPデータの拡張を繰り返して『トラベラー』ファンに必須のサイトに成長します。


【2006年】
 QLIからは『The Traveller's Handbook』の分冊版『Characters and Combat』『Vehicles and Starships』『Worlds and Adventures』、「Golden Age EPIC Adventure」シリーズの第2弾『Gabriel Enigma』、TNEシナリオ『The Guilded Lilly』の復刻版、T20を利用して『2300AD』の20年後の宇宙を描いた『2320AD』を発売しています。

 しかし2月になって、Avenger EnterprisesはQLIとの関係を解消し、同時にComstar Media社と提携して(後に傘下に入って)製品を発売すると発表しました。理由は定かではないですが、後にマーティン・ドハティがQLIからの原稿料が不払いになっていたことを示唆する発言をしています。これ以後のAvenger製品はComster Games名義で発売されます。
 優秀な執筆者かつ編集者であるドハティを失ったQLIは、これにより実質上の終焉を迎えました(前年の段階で実質休眠状態であったとする指摘もあります)。一方、枷が無くなったAvengerはT20の「Gateway Domain」「Special Supplement」シリーズを継承しつつ、帝国暦1100年代の「Golden Age」シリーズと、帝国暦1200年代の「The New Era」シリーズを新たな看板とし、ここから怒涛の出版展開を見せます(マーティン・ドハティは原稿を書き溜めておいて一気に刊行する傾向があるので、以前から大量の原稿を書き上げていたと思われます)。

 「Golden Age Starships」シリーズでは、『Fast Courier』『Sword Worlds Patrol Cruiser』『Archaic small craft, shuttles, and gigs』『Boats and Pinnaces』『Cutters and Shuttles』『Corsair』『Modular Starship』『Armed Free Trader』が出ています。
 帝国暦1110年のスピンワード・マーチ宙域を舞台にした「Adventure」シリーズでは、『Call of the Wild』『Range War』が、1星団を掘り下げる「Cluster Book」シリーズでは『Bowman Arm』『Starfall』(前者は268地域星域、後者はゲイトウェイ宙域)が、1星系をさらに深く掘り下げる「System Guide」では『Datrillian』『Flexos』が刊行されています。
 T20を拡張する「Special Supplement」シリーズでは、ロボット関連の『Robots of Charted Space』『Robot Adventures』、遭遇集『Patron Encounters』、シナリオ『One Crowded Hour』が出ています。

 単発で出された『Grand Fleet』は、これまでなぜか出ていなかった帝国海軍の組織そのものの設定集です。これは元々2000年に発売予定だった「GURPS Traveller: Imperial Navy」の原稿でしたが、訳あって企画自体がなくなり、この機会でようやく日の目を見た作品です(GURPSルールに関する部分は削除されています)。

 「New Era」シリーズでは単発シナリオ『Early Fallen』の他にキャンペーンシナリオ「Operation Dominoes」が始まり、第1弾として『Moonshadow』が発売されました。さらにTNE小説として『A Long Way Home』も出しています。これは『Traveler Chronicle』誌第11~13号で連載された同名小説をまとめ、同誌の廃刊によって幻となった後半部分を書き下ろして完結させたものです。この作品は後にChaosium社から2012年に『A Long Way Home: Tales of Congressional Space』という題名でペーパーバック書籍化されていますが、版権の事情でTNEに関する設定は別の物に置き換えられています。
 加えて、マーティン・ドハティによるTNE小説『Tales of the New Era 1: Yesterday's Hero』も出されています。これは主人公の15年間に及ぶ「経歴」を11本の短編小説にまとめた回想録的な体裁をとった構成になっていますが、『Diaspora Phoenix』との接点は特にないようです。

1248年設定の既知宇宙図 そして「New Era」にはもう一つ、「New Era 1248」シリーズが加わります。ウイルスによって〈第三帝国〉が滅亡してから〈第四帝国〉が再建されるまでの激動の118年間を解説しつつ、過去の『トラベラー』シリーズで積み残された数々の伏線を次々と消化していったマーティン・ドハティの豪腕に、ファンが色々な意味で騒然となりました。もちろんマーク・ミラーの許可を得ての出版なので、今では「公式の」時間軸に加えられています。ただし『トラベラー』宇宙の真相を知る一人であるデイビッド・ニールセンに対してはドハティ側から接触はなく、独自の推論で1248宇宙を構築していきました(ニールセン本人も真相については「忘れた」と語っています)。また「大人の事情」で一部設定(「Children of Earth」など)が取り込まれていません。

「何よりも私は、1248年設定に全ての『トラベラー』を提供したいと思っている。時間軸を動かして安定感が戻ったところで、TNEの1202年設定が好みと大きく異なると感じていた古参ファンに何かを提供できると考えたのだ」
(マーティン・ドハティ)
 「New Era 1248」は特定のルールに依存せずに過去のあらゆる遊び方を許容するように設計されており、「安定した帝国」での商業活動や貴族の陰謀劇をしたければ〈第四帝国〉が、スターヴァイキングとしてウイルスとの戦いを続けたければ〈再建同盟〉改め〈自由連盟(Freedom League)〉が、群雄割拠の反乱時代を体験したければ荒野地域の小国家群が、T20のように小国家間や中立星系を巡る旅をしたければ「スピンワード諸国(Spinward States)」が用意されています。
 このシリーズは、まず「帝国暦1248年」に至る歴史と宇宙設定の全体像を解説する『Out of the Darkness』と〈第四帝国〉を解説する『Bearers of the Flame』、1248年代の宇宙船を解説する「1248 Ships」シリーズの第1弾として『Small Merchants』が刊行されています。

 更にAvengerは新たな『トラベラー』の開発に着手します。「Avenger Classic Traveller」と名付けられたこの企画は『メガトラベラー』の判定システムとT20の設計システムを併せ持ち、クラシック版のBook1~8と同等の内容を備えて出版される計画でした。

 Seeker Gaming Systemsが、3Dグラフィックソフトウェアの制作・販売に業態変更するために『トラベラー』事業を終了しました。FFEへの版権の譲渡は現時点で行われていないので、SGS製のデッキプランは全て絶版となりました。

 元HIWGのレイトン・パイパー(Leighton Piper)によって、電子版『Signal-GK』誌がインターネット上に公開されました(が、何らかの事情により長らく第6号のみが欠けた状態でした)。
 そしてネット上での最も大きな動きといえば「Traveller Wiki」の開設が挙げられます。『トラベラー』シリーズの膨大な設定が有志の手によって続々と書き記され、資料の有力な情報源として今も編纂され続けています。

 Mega Miniatures社はこの年、25mmサイズの宇宙船(ベオウルフ級自由貿易商船・S型偵察艦・小艇)と知的種族(ドロイン・ヴァルグル・ブワップ・ククリー)のメタルフィギュアの製造販売を始めました。

 2003年夏発売を目指して開発が続けられていた『GURPS Traveller: Interstellar Wars』が、ようやくこの年発売されました。2004年にGURPS基本ルールは第4版に移行したため、遅れ馳せながらこの『Interstellar Wars』も第4版ルールに対応した「新展開」となっています(※厳密には前年発売の『Psionic Institutes』から第4版対応です)。
 旅の舞台は帝国暦から遙か以前の、西暦2170年の恒星間戦争期に置かれました。この本には、恒星間戦争に至る歴史(そして「未来」も)、地球連合やジル・シルカ(第一帝国)の詳細な設定、戦争に関わった各種族、後のソロマニ・リム宙域にあたる太陽系周辺星系の全データ、宇宙船、シナリオヒント等々が盛り込まれています。また同時に、宇宙戦闘用に『Interstellar Wars Combat Counters』も別途発売されました。
 今後の展開も期待させる内容ではありましたが、残念ながら『GURPS Traveller』自体が結果的にここで終了します(※GURPS自体も2007年以降終息に向かっていました)。

 ローレン・ワイズマンは電子自費出版ブランドLoren K. Wisemanを立ち上げ、デッキプラン集『30-Ton Ship's Boat』『600-ton Subsidized Liner』の販売を開始します。データ部分に関しては『宇宙海軍』、『メガトラベラー』、『GURPS Traveller』の3作品に対応していますが、マス目は「1マス=1.5メートル四方」のみとなっています。

 FFEからは小説『The Force of Destiny』が電子出版されています。これは数奇な運命を辿った作品で、著者は元々FASAの『Far Traveller』誌などで編集者として参加していたのですが、同誌の廃刊後にファー・フロンティア宙域を舞台としたこの作品を書き上げてGDWに出版を持ち掛けていました。合意していればおそらく初の『トラベラー』小説となったでしょうが、その前にGDWは閉鎖されてしまいます。
 その後、自身の原稿をEbayで販売していたところCargonaut Pressから声をかけられ、200部の発行で合意に達します。しかしこの時は版権的には疑義の残る形での出版でした。そこで2003年にHamster Press社が正式に『トラベラー』ライセンスを取得して改めて出版されたのですが、編集に難のある残念な形となってしまったようです。かくして2006年になって、ようやくちゃんとした形での発行にこぎつけたのです。

 7月、ドン・マッキニー(Donald E. McKinney)が『MegaTraveller Consolidated Errata(メガトラベラー統合正誤表)』の初版を公開します。これは過去に公開された『メガトラベラー』関連製品の公式な正誤表や、CotIでの討議を経て指摘された誤植修正をまとめたものです。これ以後改版を繰り返し、2013年まで修正作業は続きました。
 またマッキニーは『Integrated Timeline』を9月に公開しています。これは30万年前から帝国暦1116年までに起きたあらゆる出来事を、過去に発売された膨大な公式資料の中からことごとく拾い上げて歴史年表としてまとめたものです。

 年末、新興のSpica Publishingから『Traveller Calendar 2007』が発売されました。これは児童福祉事業への寄付を目的とした企画で、T20やGURPSで挿絵を担当したアンドリュー・ボールトン(Andrew Boulton)、ジェシー・デグラーフ(Jesse DeGraff)、ウェイン・ペータース(Wayne Peters)がCG絵画を提供しています。
 このカレンダー企画は翌年以降も恒例化し、参加するCG作家も増えていきます。


【2007年】
 『RPGamer』の後継誌である『季刊R・P・G』第3号に、最後の『トラベラー』記事が掲載されています。これをもって日本における『トラベラー』の展開は事実上の終了となりました。

 実はこの年、2005年創業のTud Glas社からクラシック版『トラベラー』のフランス語版が出る予定でした。編集はやり直され、「ルールブック」「スクリーン」「主要種族」「ソロマニ」「技術」「反乱」と分冊されて9月から翌年にかけて販売される計画でしたが、公式サイトは更新されないまま2009年頃に閉鎖され、書籍が実際に出た形跡は見当たりません。

 HIWGの中核会員として多大な貢献をしたクレイ・ブッシュ(Clayton R. Bush)が6月12日に48歳で死去しました。生前はHIWGの主席(Chairsophont)として会を牽引しただけでなく膨大な量の設定を起こし、公的出版物の方でも『Travellers' Digest』第18号掲載の「第三帝国概史(A Concise History of the Third Imperium)」や『MegaTraveller Journal』第1号掲載の「反乱概史(A Concise History of the Rebellion)」といった歴史解説やいくつかのシナリオを遺しました。

 Ad Astra GamesはMega Miniaturesから権利と金型を譲り受けて、宇宙船メタルフィギュアの製造販売に乗り出します。さらにBITSの『Power Projection: Fleet』の米国内販売権も獲得し(※これまではSJGが販売していました)、「自社製」フィギュアですぐに遊べるようにしました。またこれに合わせてルールブックが第2版に移行しました。
 加えて、プランクウェル級などの縮尺が75000分の1となる艦船フィギュアの製造と予約受付も開始しました。

 BITSはGen Con UK 2005で使用したシナリオ『Cold Dark Grave』を発売します。イリース星系(リジャイナ星域)の小惑星帯を舞台に、破産寸前の採掘業者に舞い込んだ「簡単でおいしい仕事」が当然のごとく思わぬ事態を巻き起こす話です。
 この本が現時点でBITS最後の出版物ですが、会の活動は今も続いています。

 Loren K. Wisemanからはデッキプラン集『20-ton Launch』『40-ton Pinnace』が出されています。

 FFEからついに『Classic Traveller CD-ROM』の販売が開始されました(2006年末の発売予定でしたが、パッケージ印刷の遅れでずれ込みました)。このCD-ROMにはこれまで幻となっていた作品がいくつか収録されており、『Double Adventure 7』に収録された「A Plague of Perruques」と『Short Adventure 8: Memory Alpha』は、元々ゲーム大会向けに30部程度が制作されたのみであり、原稿自体が失われていたのを有志が所有していた原本から電子復刻したものです(※ただし『Memory Alpha』は舞台を変えてT4の『Game Screen』に収録されています)。また、『Double Adventure 7』には「Stranded on Arden」も再録されています。加えて、『Special Supplement 4』として『Lost Rules of Traveller』が新規に制作されています。これは1977年版・1981年版・1983年版(『Starter Traveller』)の各ルールブックの文章の差異をまとめたものです。
 一方、同時期に発売された『JTAS CD-ROM』には旧JTAS誌第1号~第24号、および『Challenge』の誌内誌時代の該当分第25~第36号、総集編『Best of the JTAS』第1号~第4号が収録されました。
 そしてFFEはこの年、Gamelords社製品の版権を取得しています。

 Avengerはこの年も好調でした。新設の「Gateway Domain Campaign」シリーズでは第1弾の『Homecoming』が、T20の「Special Supplement」シリーズでは『Short Adventures』『Guns, Gadgets and Gear』が、「Operation Dominoes」の続編として『Minds of Isdur』『Isdur Gambit』が、「Guilded Lilly」の新作続編として『Belly of the Beast』が、「New Era 1248 Ships」からは『Scout Ships』、と続々と発売されました。

 加えてComstar Gamesは『トラベラー』の新たなルールブックを刊行しました(※出版の名義上Avengerから出ていますが、制作には関与していないようです)。それが『Traveller Hero』です。「Hero」とはHero Games社の『Hero System』を指し、『GURPS Traveller』と同様に別の汎用RPGシステム上で『トラベラー』を再現する試みでした。
 『Hero System』の歴史は古く、その起源は1981年のスーパーヒーローRPG『Champions』にまで遡ります。その後1989年に第4版に移行した際にルール部分が独立して『Hero System』となり(その際『指輪物語ロールプレイング(MERP)』のICE社と背景設定を共有していました)、紆余曲折を経て2007年当時は第5版改訂版が最新ルールでした(※現在は2012年発売の第6版改訂版が最新です)。
 『Traveller Hero』は「Book 1」「Book 2」の分冊で出され、第1巻ではキャラクター作成、超能力、戦闘、種族について、第2巻では背景設定、装備品、輸送機器、ロボット、宇宙船についてのルールが記載されています。設定は〈帝国〉を前提としていますが時代背景には特に指定はなく、過去作品の帝国暦0年から「新時代」(ウイルスに関するルールも載せられています)、『GURPS Traveller』の別時間軸、そして自社製品の「帝国暦1248年」まで全て対応していることを打ち出しています。
 ただこの『Traveller Hero』はサプリメント展開に恵まれず、この年から翌年にかけて「Golden Age Starships」シリーズを『Traveller Hero』に合わせて変換したものが計8冊出されただけで終了してしまいました。

 QLIからは『The Traveller's Guidebook for Players』が発売されています。これは「for Players」が示す通り、プレイヤー向けにT20ルールブックから「キャラクター作成と成長」「装備品」「戦闘ルール」を抜き出して再編集したものですが、キャラクターが選択できる「職業(クラス)」が大幅に増強された上に(上級職も含めて16種類が29種類に)、ゲームを遊ぶ際に必ずしも『D&D Players Handbook(第3版)』を参照しなくても良いようになっています(※d20 System Trademark Licenseによる保護と制約を脱してOpen Game Licenseのみによる刊行としたため可能になったのです)。
 またこの本には、ローレン・ワイズマンが序文を贈っています(が、文中の表現からこの序文は2004年頃にハンター・ゴードンから依頼を受けて書き上げたものと推測されます)。

「しばらくの間、サイエンス・フィクションは科学技術が悪用された陰惨な未来への警句でした。1980年代後半から1990年代初頭のロールプレイングゲームはこの気分を反映しています。一方、『トラベラー』は違いました。『トラベラー』のゲーム世界は、来るべき未来について楽観的です。未来は鬱屈としたディストピアではありません。未来社会は生活するだけの価値があり、宇宙は素晴らしい場所です」
(ローレン・ワイズマン)
 11月、イギリスのMongoose Publishing社は新たな『トラベラー』ルールブックの発売を予告し、年末にFFEは電子版『Traveller 5』の予約受付を開始します。この時点では1000頁に及ぶ内容が予告され、販売開始は当初翌年1月31日とされていましたが、実際に「ベータ版が」購入者に送付されたのは2009年になってからです。

 このように30周年を迎えた『トラベラー』は、また新たな時代に向けて一歩一歩動きつつありました……。


(「トラベラー40年史(5) 古典復興の時代」に続く)
(文中敬称略)
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